70. 独白

「…それで焦って、誘拐して身代金をなんて考えちゃったんだ。失敗したけどね」

「そういうことだったのか…」


 それ以上掛ける言葉が見つからず、俺は口を閉ざしてしまった。

 リーサは炎を一瞥すると、薪を1本差し込んだ。

 目に見えて炎が大きくなる。差し込むタイミングとかにコツがあるんだろうか。


「どうしたらいいんだろうね」


 リーサは相変わらず体育座りをして、膝に顔をうずめていた。


「…ううん、どうすればいいかなんて本当はわかってるんだ。3級依頼を受けられるようになって、もっとお金を稼げるようになればいいんだ。それは分かってるつもりなんだけど…」

「体が自由に動かない、か」

「そう。…知ってたんだね」

「まぁ、前の世界では有名な話だったしな」


 詳しくはないが、要するにトラウマだろう。

 治療法には、わざと思い出したりして「その記憶があっても自分は被害を受けない」と感じられるよう訓練するとかみたいな方法があるらしい。

 まぁリーサの場合は、こうやって依頼を受けたりエルディラットの外に出たりできているから、症状自体は軽いような気もするが…


「辛い記憶をわざと思い出して慣れるといいよって、エーシェンさんが言ってたんだけど…」

「それは正しい方法だな」

「うん。あの人、そういう精神的な病気にも詳しいんだって」


 なんと、そんなカウンセラーみたいなことができる人だったのか。

 もしかしたら、この世界では心理学とかは案外発達してるのかもしれない。


「だけど…わたしの場合、関連するものを見たときに思い出して怖くなるみたいで、思い出すだけだとそこまで怖くなくて…」

「それで治療が難航してるのか」

「そうみたい」


 トラウマにそういう症状があるのかどうかは知らなかったが、とりあえずリーサにはそういう症状が出ているらしい。


「いっそ3級依頼受けちゃえば楽になるんだろうけどね…ってそういえば、前間違って3級相当の依頼受けたことなかったっけ?」

「うん。多分、3級って認識してなければ大丈夫なんだと思う。でも、いちいち依頼の難易度を隠したりごまかしたりしてもらうのは無理だし…」

「まぁ、現実的じゃないよな」


 二人揃ってため息をつく。

 あと他に方法があるとすれば…


「いっそ、狼でも現われりゃいいのかな」


 隣のリーサの肩がびくりと震えた。


「…すまん。失言だった。軽々しく言っていい類のものじゃないよな」

「別にいいよ。実際、きっとそれくらいしないと治らないんだと思う」


 リーサは肩を落とす。

 どうにか治す機会があればいいのだが…

 そう思った瞬間、茂みの揺れる音が聞こえた。


「何だ!?」


 二人して音のした方を向く。


「…うそ…でしょ…」


 リーサが声を震わせる。

 そこには、黒洞々たる夜に浮かび上がる狼の姿があった。

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