68. 実験という名の休暇 #4

「そろそろいいかな?」

「慌てるなって、寄生虫とか危ないからしっかり火ぃ通さないと」

「調味料準備できたぞー」


 やんややんやと騒ぎながら鹿肉や他の野菜を焼き、塩コショウをふりかけていく。

 持ってきた飯も加えて、豪勢な食事となった。


「…うっま!」

「新鮮で良いですわね。簡素な味付けで素材の味も活きていますの」


 生憎素材の味とやらがわかるほど高尚な舌は持ち合わせていなかったが、それでも確かに美味しいと感じられた。

 バーベキューなんて、地球でも全然やっていなかった。

 一体いつぶりだろうか。子どもの頃、家族でキャンプ場に行ったのが最後だったかもしれない。

 こうやって友人と騒ぎながらのバーベキューは初めてだった。


「いやー、久々に体を動かしたあとの飯は美味いねえ」

「イルク先輩は動かなさすぎなんですよ。マーリィ先輩もですからね?」


 先輩2名がリーサにお説教を食らっていた。

 …地球での俺が聞いたら、さぞかし耳が痛くなっていたことだろう。

 なにせ、大魔法理論執筆のためにずっと部屋にこもりっきりで作業していたのだから。

 もしかしたら、俺は動かなすぎて死んだからこっちの世界に来たのかもしれない。

 そうしたら転移じゃなくて転生か…

 今度はちゃんと体を動かすようにしよう。まぁ、冒険者をやってるから平気だとは思うが…


「これからも時々魔科研エルヴォクロットのみんなで冒険者やりませんか?安全な常設依頼なら体動かすのには最適ですよ」

「「はーい…」」


 あっさり約束させられてしまう先輩2名に少々同情しながら、俺は野菜を口に放り込んだ。



「薪は足りてるね?よし、寝よう!」


 リーサの号令で、男女に分かれてテントに入る。

 男側に俺とイルク先輩、女側はリーサとマーリィ先輩だ。

 最初の番はシルヴィの仕事だ。何時間かしたら俺とリーサに交代することになっている。

 ちなみに『オレもオレも』とこっちに来ようとしたエルジュはシルヴィに首根っこを掴まれて焚き火の方に引きずられていった。

 まあ何時間も一人だと心細いし、仕方ないな。

 二人で頑張ってくれ。



「…ろ、…きろ…起きろ…」


 体を揺さぶられる感覚が、意識を深淵から引き戻していく。

 ゆっくりと目を開けると、焚き火の明かりが布越しに人影を映し出した。

 瞳孔が暗闇に慣れていく。

 エルジュだった。


「…お前かよ」

「悪かったな、リーサやシルヴィみたいな美少女じゃなくて」

「んなことは思って…たかもしれない」

「正直なヤツは嫌いじゃないぜ。んじゃいってら」

「あいよ」


 適当に返事して、テントを出る。

 焚き火のそばに敷かれた布の上に、リーサが体育座りしていた。

 歩いていくと、リーサはこちらに気づいて小さく手を振った。


「おはよう」

「真夜中だけどな」

「多分日付は変わったと思うよ。わたし、時間の感覚には自信あるんだ」

「そりゃすごいな」


 言いながら、俺はリーサの隣に腰を下ろす。

 リーサは近くに積まれた薪の山から1本取って、火の中に投じた。

 パチパチと弾けるような音だけが静寂の中に横たわる。


「暖かいな」

「むしろ熱いかもね」


 そんなことを言いつつ、周りを見渡す。

 ホゥミィちゃんがぐっすりと眠っているだけで、怪しい影は見られない。

 火を焚いてるだけでもわりと動物避けの効果があるらしい。


「眠い…」

「昼間動いたからねぇ」

「そう言うリーサは全然平気そうだよな」

「まぁ、わたしは結構冒険者やってるし。仕事で徹夜したこともあるから」

「それは…すごいな」


 俺は仕事関係で徹夜したことはほぼなかった。

 その仕事だって肉体労働ではなかったが、次の日はものすごい疲労感と眠気に襲われた。

 そう考えると、ケロッとしているリーサの能力がどれだけすごいのかがわかる気がした。


「やってれば誰でも身につくと思うよ。わたしはたまたまそれを身につける機会があっただけ。…こういう技術持ってたほうが、お金稼げるからね」

「…そうか」

「別にそんな辛い話じゃないから、遠慮しなくて大丈夫だよ。仕事をするのはなんだかんだ結構楽しかったし。今はあんまり受けてないんだけどね」

「まぁ、学校も忙しいしな」

「それもあるんだけどね…」


 リーサは顔を下に傾けた。

 横顔が炎に照らされて浮かび上がり、綺麗などという場違いな感想が浮かび上がる。


「わたしね、3級以上の依頼を受けられないんだ」


 そして、リーサはぽつぽつと告白を始めた。

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