61. キャリアアップへの道
教員棟は遠い。
歩けないとかそういうレベルではないのだが、なにせこの学校自体が小さな街と同等のデカさを誇る場所なので、建物間の距離も長いのだ。
まあ同等もなにも、大学内の敷地のほとんどを占める研究区の中は一つの街を構成していると言っても過言ではないが。
手で日差しを遮りながら歩き、教員棟に到着する。
冷房なんてものはないが、直射日光を避けられるだけ幾分かマシに思えた。
「ところで、どの職員室に行くんだ?」
「わたしの担任の先生がいる第1職員室かな。2階に上がらないと」
「了解」
ちょうど目の前に階段が現れた。
同時に、上から人が下りてくるのに気づいた。
「おや、君はヒロキじゃないか!」
「アルナシュ先生、お久しぶりです」
自分の担任相手に久しぶりと言うのはなんだか変な感じもするが、実際ここ一週間は新入生対抗戦があったので会ってなかった。
「見てたぞ、ジュルペを倒したところ!本当に君は強いんだな…」
「それはどうも。できれば今後は赤魔法使いの魔族に対しても、もうちょい柔らかく接してくれると嬉しいです」
「あはは…それは、気をつけなくちゃな…なにせ、今まではジュルペ一人だったからな」
「今のエルディラットじゃ、多分俺とリーサだけが赤魔法使…赤魔族ですからね」
「なるほど、赤魔族。簡潔な言い方だな」
いい加減長ったらしく『赤魔法使いの魔族』と言うのが面倒になったので、ビスティーの言い方を採用した。
アルナシュ先生には受け入れられたらしい。
「それじゃあ新しい赤魔族たち、エルディラットの平和は頼んだぞ」
「それは騎士団に言ってくださいよ」
「騎士団なんかより君らのほうが強いだろ。特にヒロキ、君は注目の的だ。そのうち騎士団にスカウトされるだろう。リーサは…大学を出る頃に来るかな」
「そういうものなんですか?」
「そうだ。平民出身の赤魔族たちは、騎士団という政府機関に取り込まれ、そこで形式的な昇進を重ねることによってキャリアを上げるんだ」
「へぇ、詳しいんですね」
「ま、ちょっとした情報のツテがあってな。君たちは当事者だから話したが、あんま外に広めるなよ?」
「わかってますって。しかし、あっさり抜かれた方はたまりませんね」
「そりゃな。ま、赤魔族ってのはそもそも貴族様の多い百名家の出がほとんどなもんだから、そういうパターンは超レアケースなわけだ」
アルナシュ先生は得意げに説明した。
「おっと、話しすぎたかもな。この話はオフレコで頼むよ」
「わかってますよ。別に先生の正体を詮索しようとか、そんなことは思ってませんって」
「おいおい、私は一介の教師だぞ?ありもしない情報を探るのに夢中になって、成績が落ちたりしたら本末転倒だからな?」
正体が別にあるとしたら、この先生は口が軽すぎるのではなかろうか。
「ま、そんな情報源の多さというミステリアスなポイントも一つの魅力と捉えてくれたまえ。というか…君たち、休みの日にまで学校に来なくてもいいんだぞ?」
「いやー、研究室の手伝いがなかなかおもしろくて…ってそうだ、本題を忘れてた!先生、紙ください!」
「紙…?」
一瞬変な顔を浮かべた先生だったが、隣にいるリーサを見て納得したような表情に切り替わった。
「なるほど、紙も安くないからな」
「リーサのことを知ってるんですか?」
「少なくとも、教師の間では有名だぞ。家の事情で…いや、これ言って良いのか?」
「別に隠すようなことじゃありませんよ。家の事情で貧乏なのに生活保護とかが受けられない、ってだけですから」
「だけ、って…」
ぶっちゃけこっちに来て初日にそういうやり取りを親としていたのは聞いていたから、まあそういうことなんだろうとは思っていたが。
改めて聞くと、とんだ家庭事情だ。
「わたしもさっさとお金貯めて家脱出したいんだけどね…自分の食費やら学費やらでいろいろキツくてね」
「学校側としても憂慮しているが、こっちで家庭にまで介入するのは流石に難しくてな。だから、成績優秀者の学費を半額にする支援プログラムとか、文房具の貸与・譲渡とかみたいなことをやってるわけだ。平民には珍しい頭の持ち主を『金が払えませんでした』なんて理由でみすみす逃すわけにはいかないからな」
まったく、と先生は呟いた。
表情に怒りが見え隠れしている。
「ヒロキ、君は確か生活保護を受けてたな?大丈夫か?」
「はい、月3万もらってます。学費もこっちで負担しないで済んでるし、それにこないだの優勝賞金10万ももらったんでしばらく食いっぱぐれることはなさそうです。まあ稼ぎすぎたんで、来月分は1万引かれるらしいですけど、週末に冒険者をやれば十分生活できる範囲です」
「それはよかった。だが、困ったらいつでも言うんだぞ?」
「わかりました」
「それじゃ、職員室に行くか。二人ともついてこい」
先生は踵を返して階段を上った。
「…そういえば、リーサの不健康生活もなんとかしないとなぁ。成長期の女子が1日2食なんて、さすがに酷だ」
「そんなにですか?」
「ぶっちゃけ俺もきついと思うぞ。やめてほしいっちゃやめてほしいけど、お金貯めてるのを知ってるから…」
「うーん…でもなぁ…」
「とりあえず、上に掛け合ってみる。うまくいけば支援プログラムの対象を学食代にも拡張できるかもしれん」
「ありがとうございます。でも、なんでそこまでしてくれるんですか…?わたしとアルナシュ先生、あまり会ったことないのに…」
「なんで、って…こっちは先生だぞ?生徒を思いやるのは当然だろう?それに…」
先生はそこで口を閉じ、少し思考に耽る。
「まぁ、うん。なにかの縁だよ」
どこか誤魔化すように言って、少し歩く速度を上げた。
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