57. 歴史講座

「おはようございまーす。なんか適当な木の板と彫刻刀と釘ありませんか?」

「朝来て第一声がそれなのは僕もさすがにどうかと思うぞ…板と釘は隣にある廃材倉庫からくすねてくればいい。学生向けに解放されてるから」

「わかりました、取ってきます」


 材料を適当に揃えて床に腰を落ち着け、作業モードに入る。リーサは馬車から底面の魔法陣が刻まれた板を取り外そうとしていた。


「おはようございます。手伝いますわ、リーサ」

「ありがと、シルヴィ」

「おはよう…イルク先輩、新しい魔法陣持ってきた」

「おぉ!今回はどんなのだ?」

「おーっす。あれ、ヒロキ何やってんの?」

「ちょっとこの熱さを解決する魔道具を作ろうと思ってな。手伝ってくれ」


 そんなこんなで、週末二日目である一曜日も見事に魔科研メンバーが揃った。


「さて、僕は約束通り歴史講座でも開きますかね。最近はやることも落ち着いてきているし」


 イルク先輩はデスクに置いてあった教科書を手にとった。『歴史Zenatotta』と書いてあるその教科書は、俺たち1年生には渡されない代物だ。


「僕が高2のときのやつを引っ張り出してきたからね。虫食いとか無いといいけど」


 ぱらぱらとめくってざっと確認を終えたイルク先輩は、俺のそばにどっかりと腰を下ろして表紙をめくった。


「さて、どこから話そうかな…」


 そう言うイルク先輩は楽しげだ。聞くことも話すことも楽しく感じる、勉強を娯楽と感じているタイプの人間なのだろう。


「…『昔々、とても大きな文明がありました。5000年もの間栄えた文明は、この星…クラヴィナのすべてに広がり、科学技術と魔法技術で栄えていたそうです。』…あ、これは教科書の記述だからな。僕は魔法と科学が一体だと分かっているぞ」

「それは気にしませんよ」

「続けるぞ。…『おとぎ話にも語られるその文明は、今は遺跡となってこの世界に存在しています。現在、およそ300年かけて私達が知ることができているのは、その文明のほんの一部でしかありません。すべてを忘れてしまった私達は、その大文明の遺したものに頼りながら生きています』」


 前文明の産物は、ここ1ヶ月半で何度も見た。

 どれも、前の文明の技術力を伺わせるものだった。

 魔法理論も発達していて、オリジナルの魔法陣をいくらでも生み出せる状態だっただろう。


「…まぁ序文を全部読む必要はないか。掻い摘んで言ったほうがわかりやすそうだしな」


 イルク先輩はページを飛ばした。


「ま、要するに300年前何があったかって話だが…理解できないかもしれないが、端的に言うぞ。ある日、


 俺の手が止まる。

 記憶を、失った?

 個人がとかじゃなくて、人類が?


「ここ自己保持術式だよな?掘るのやっとくぞ」

「あ、あぁ、ありがとう…」


 手元の板がエルジュに引き取られたので、俺は話を聞く専門の体勢になった。


「自分の名前とか年齢とか、誰が家族かとかはわかる。だが、それ以外の情報はわからない。遺跡の中で人も、外で人もいたそうだが…皆、作業中といった感じではなかったそうだ」

「作業中では、ない…?」

「例えばだが、料理をしていれば食材がそこにあるはずだし、冒険者として外に出ていれば剣やら魔道具やらを持ってるはずだろ?なかったんだよ、それが。皆簡素な服を着てそこに突っ立ってただけだったそうだ。おまけに、遺跡はその時からすでにボロボロでな…今の時代になってからわかったことだが、おそらく今の時点で1000年は経過している」

「そんな、それじゃあ…700年間、何があったんですか」

「わからない。遺跡を掘り起こして出てくる情報は、当時の暮らしが少しと、あとは魔法陣くらいかな」

「イルク先輩…百名家の話、忘れてない…?」


 百名家。

 ようやくこのワードが出てきた。

 百名家はどうやら、前文明とも関係があるらしい。


「別に忘れていたわけじゃ…って、ヒロキ君、どうやら気になっていたようだな?」

「そりゃ、前々から気になってましたからね。意味ありげな単語でしたから」

「幸い、ここには百名家のメンツであるマーリィとアルティストのお嬢がいる。聞きたいことは聞けると思うぞ」

「お嬢ってなんですのお嬢って」

「さすがに貴族様相手に呼び捨てはできないだろう?」

「別にシルヴィで構いませんわ。学内では皆平等というのは国王陛下のお言葉ですわよ」

「ふむ…ならば、これからはシルヴィと呼ばせてもらおう」


 そんなやり取りを挟んで、イルク先輩は説明を続けた。

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