56. 魔法講座

「…で、そうだな…内側の環から順に、文字を使ってAアー環、Hハー環、Vヴァー環としておきましょう。A環とH環の魔法陣が空気中から魔力を吸い込み、V環に流す。これが自己保持術式の仕組みです。ね、簡単でしょ?」

「そうなっていたのか…」


 イルク先輩が呟きを零す。

 他3人も、マーリィ先輩でさえ驚いたような表情を浮かべてこちらを見つめている。

 リーサはあんまり驚いていない。まあ、前魔法陣の解説をしてやったしな。


「流れの向きは決まっているから、単純に繋げるなら副陣として組み込むよりも、ここをこう…V環から伸ばして繋ぐと、効率が良くなって…」

「僕たちが見つけたと思ってた自己保持術式も、まだまだ無駄が多かったんだな…」

「理屈を知らなければどうしようもないですからね。このまま研究を続けていれば、俺がいなくとも先輩たちは第二のアーヴェニル・オングスティートになっていたでしょう」

「…なんか悔しいな。オレはまだアーヴェニル爺のやってたこと、ほとんど理解できてないのに…この研究室は、アーヴェニル爺をすぐにでも超えてしまいそうだ」

「そう気を落とすことはないぞ」


 エルジュを慰めたのは、研究室を立ち上げた張本人たるイルク先輩だった。


「僕だってアーヴェニル氏に影響されてこの研究室を立ち上げたし、百名家に連なるマーリィの力がなければいろいろな魔法陣は入手できなかった。自己保持術式を見つけたのも偶然だし、僕は運に恵まれていただけだ」

「オレも運に恵まれますかね」

「ヒロキ君に会えた時点で、僕たちの運は最高だろう?」

「本人の前でそんな恥ずかしいこと言わないでくださいよ」


 俺の言葉に、5人は笑った。

 エルジュももう気にしていないようだったので、俺は話題を戻した。


「さて、次は何の話を…そうだ、シルヴィとの戦いで使った空中浮遊の魔法の説明がまだだった。あれは脳内魔法陣展開といって…」



 日が沈んだ夜、レストランにて。


「あ゙ぁー…つっかれたぁ…」


 エルジュが喉のどこから出しているのかわからない音と共に疲労を訴えた。


「『魔法は科学だ』って言ってた理由が分かった気がするよ。あそこまで密接に結びついてたとはね」


 イルク先輩はそう言ってスープを啜った。

 魔法の中でも魔素や魔子に触れれば当然原子論についても説明する必要があるし、重力加速度を弄る魔法陣の話をする前に重力について話しておく必要がある。

 そのせいで、俺の話の3割くらいは魔法とは関係ない話だった。


「常識が完全に破壊されてしまいましたわ。これからは、教師の言うことが間違っていると思うこともあるのでしょうね」

「正しいと思ってたことが変わるのなんて、世の常だからな」

「そうそう。オレらの世界だってまだ前文明の滅亡から300年しか経ってないしな。前文明は5000年以上続いたんだろ?」

「そうなんだ、意外と長い文明だったんだな」

「記録によるもんだから実際どうだったかは怪しいがな…ってそうか、ヒロキは知らないのか」

「歴史の授業は2年からだからな。図書館には行ってみたんだが、やっぱ長い文章は読む気が失せるね」

「そりゃ仕方ないさ、一から言語を学んでるんだもんな。むしろオレらと並んで授業を受けられてることに驚きだよ」

「記憶力はいいからな、俺は」


 そうでなければ大魔法理論を全部覚えた上でいろいろな魔法陣を覚えるなんてできなかっただろう。

 こっちに来てからも記憶力は衰えることはないから、まだまだ脳の容量には余裕があるとみえる。


「図書館に行ったということは、ヒロキ君はこの世界の歴史に興味があるということかい?」

「そりゃありますよ。だいたい皆何事もなかったかのように前文明前文明って言ってますけど、魔法を始めとした科学技術がほとんど全部断絶するって相当な大事おおごとですからね」

「なるほど。明日の予定は?」

「俺はリーサが良ければ明日も魔科研で魔法陣作りとかしようと思ってますけど」

「わたし?別に予定ないしいいけど。数週間は冒険者やらなくても保ちそうだし」

「よし、じゃあ明日は僕がヒロキ君に歴史を教えよう。他にも知りたいことがあったら訊いてもらって構わんぞ」

「本当ですか!ありがとうございます」


 かくして、俺の予定は定まった。

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