第2章 夏はアクティビティの季節
1 魔科研の夏
54. 朝の目覚め
「んぁ…」
自分の間抜けな声で目が覚めた。
窓は開いていて、初夏の日差しが眩しい。リーサが開けていったのだろう。
眠気に身を任せベッドでうだうだしていると、外から鐘の音が聞こえてきた。
午前8時を知らせる鐘だ。どうやら俺も早寝早起きが板についてきたらしい。
…さて、今日のタスクは…
「馬車浮遊魔法陣…」
なんとなく口から発せられたその言葉で思い出した。
そういえば、俺はジュルペを倒す魔道具を作ってもらうかわりにあの魔法陣を改造しなければいけなかったのだ。
対抗戦でバタバタしていてすっかり忘れていた。なんで今口から出てきたかは定かではないが。
だが、昨日まで激戦を繰り広げたせいかだいぶ疲れが溜まっている。
今日は土曜日…じゃなかった、七曜日なのだからのんびりしたい気持ちもあるが、あまりベッドでごろごろしているとリーサがまるで母親のように俺をベッドから引きずり下ろしてくる。
まあ俺から頼んだことでもあるし、おかげで生活リズムが保てているわけでもあるのだが、落ちると普通に痛いので素直に起きることにしている。
そんなわけで俺はベッドから降りようとしたのだが、その前にドアの軋む音が聞こえてきた。
思わず俺が動きを止めてしまったのは、そのドアの音がいつもと違ったからだ。
いつもならバタンと音を立てて開けてくるから、軋む音などしないのだ。
足音がゆっくりと近づいてくる。
なんとなく目を閉じ、寝たふりを決め込んでしまう。
「…ヒロキ…朝だよ」
囁くようないつもとは全く違うその声に、芽生えた悪戯心から目を開けないでいると、
「起きないと…」
リーサの手のひらが、そっと髪の毛を撫でた。
思わずビクリと反応してしまうのを、必死で抑えた。
そのまま黙っていると、リーサはさらに絶妙な力加減で撫でてくる。
どうしよう。ヤバい。気持ちいい。ずっと撫でられていたい。
…でもこれ、続ければ続けるほどあとが怖い。
そろそろ、限界か。
「今日はやけに優しいな、リーサ」
「ひゃあっ!?!?」
瞬間、リーサは沸騰して飛び退った。
「お、お、お…起きてたなら最初から言いなさいよ!!!」
「…すまん、タイミングを見失ったというか」
一応嘘ではないのだが、7割位は手の感触を楽しんでいたので言い訳である。
「…少なくとも、これだけ借りがある恩人をベッドから引きずり下ろしたりはできないって」
「別にそれは気にしなくていいんだが」
「だって…昨日、お金までもらっちゃったし」
そう、俺は結局賞金の10万ガットのうち、5万をリーサに渡したのだ。
俺の意図としては、もう少しリーサにまともに飯を食ってもらいたいという気持ちと今回のことに巻き込んでしまった迷惑料という二つの側面があった。
「誘拐は見逃してもらえるわ赤魔法は使えるようにしてくれるわ冒険者業の稼ぎは増えるわジュルペからは守ってくれるわ、おまけにお金までくれたら借りばっかり増えていっちゃうじゃない」
「そのかわりに夜通し辞書を読んでもらったり、言語を教えてもらったりしてるわけだがな。お互い様だろ?」
「こっちの得が多すぎるのよ…だからせめて、朝の起こし方くらいは優しくしようと思ったのに…」
「俺が頼んだことだから本当に気にしなくていいのに」
一回マジで引きずり落とされて床に激突したときはマジで痛かったけど。
それは別に根に持っていない。めっちゃ痛かったけど。
「そういえば、制服着てるんだな」
「うん。ヒロキにもらった5万でだいぶ余裕できたし、
「なるほど。俺も着替えるか」
「はいどぞ」
すかさず、リーサが俺に制服のシャツを差し出してきた。
「…えっと…?」
「少しでも借りを返そうと思って」
「それされ続けたら俺完全なダメ人間になるからな?」
身の回りの世話を何から何までされるのは、さすがに勘弁してほしかった。
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