53. <Unknown>

 これは夢だ、と確信できる夢というのはあると思う。

 ぼんやりとした白い空間に、丸いテーブルが1つ。向かい合うように配置された椅子が2つ。

 周りは不明瞭で、焦点を合わせようとしても意図的にずらされるような感覚がある。

 夢の中だと夢であることに気づけないことも多いが、今の俺は夢だと確信していた。

 …まぁ、夢だと思ったら現実だったことが一度あったが、それでも今度の確信は正しい。

 なぜなら、俺はこの空間を知っているからだ。

 椅子の片方に腰掛け、夢への客人を待つ。

 やがて、気づくと目の前の椅子に女性が腰掛けていた。

 白い布を纏った、ギリシャ神話にでも出てきそうな服装。顔立ちは…どこかリーサに似ているように見えた。


「お久しぶりです、弘樹」

「お久しぶりです。最近はいらっしゃっていませんでしたね。その…顔立ちが、前と違うように見えますが」

「私の容貌はあなたの認識によって成立します。つまり、あのリーサという女の子が気になっているようですね」

「…お見通しでしたか。お恥ずかしい限りで」


 俺は曖昧に笑いながら、さっきまでは存在しなかったティーカップを傾けた。

 温かい紅茶が喉を潤していく。まあ夢の中なので感覚だけだが。


「近況を伺いに来ました。どうでしょう、新天地での暮らしは?」

「悪くはありません。史実の中世ヨーロッパよりは衛生意識が高いですし、物資不足の雰囲気もない。のっけから誘拐されかけたときは驚きましたが、治安もいいようですしね」

「正直、私との会話を記憶していない貴方が空から落ちるだなんて自殺でしかないと思いましたよ。一応少しでも生き残る可能性を高めるために、水の上から落としましたが…まさかそれが仇になるとは」

「あの時はマジで死ぬかと思いましたね」


 彼女は申し訳なさそうな表情をした。


「まぁ、別にいいんですよ。実際今こうして生きているわけですしね」

「本当に良かったです。あの子にも感謝ですね」


 彼女は細い指先でマカロンをつまみ、小さい口で少しだけ齧った。


「…我々の都合に巻き込んでしまったことは申し訳なく思っています。一応本来の目的を果たしてほしい、とは言っておきますが、どうか無理はなさらないでください」

「大丈夫だと思いますよ、生活にも慣れてきましたし。もうすぐ夏休みですから、もしかしたらエルディラットの外に出る機会もあるかもしれません」

「その前に、まずは7月の技術発表会に向けて馬車の魔法陣を完成させなければいけませんね」

「やっべ、忘れてました」

「イルクに怒られますよ」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 それから、真面目そうな表情になった。


「…忘れることを承知で忠告しておきますが、エルディラットの外は決して安全とは限りません。ですが、楽しいことも多いでしょう」

「楽しみにしておきます」

「できれば、オーチェルンは避けてほしいですが…もし行ったとしても、貴方なら大丈夫だろうとは信じています」

「どういうところ…というのは、聞いてもしょうがないですね。どうせ忘れるので」

「そうですね。…本当に気をつけてくださいね」


 どうせ夢から醒めたら忘れるのに、彼女はそれでも忠告してきた。


「こちらから現実の行動にまで干渉するのは、極力避けたいですから。…話は以上です。これからも頑張ってくださいね」

「記憶を失くしたあとの俺に任せますよ」


 白い空間が、だんだん霧散していく感じがした。

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