52. 祝杯再び
「乾杯!!!」
「「「かんぱーい!!!」」」
リーサの号令で、店中が湧いた。
何日かぶりのどんちゃん騒ぎだ。
主役はやはり俺だった。
「優勝おめでとう、ヒロキ!」
「ありがとな、リーサ!」
いつにも増して自分のテンションが上っているように感じる。
酒は飲んでいないが、雰囲気に飲まれたのかもしれない。
「今日は俺も見たけどよ、マジですごかったぜ!人間同士の魔法戦闘ってあんななんだな」
ガルゼが興奮気味に言う。
「いやぁ、僕の作った魔道具がちゃんと役立ってたようで嬉しいよ」
「最後、手放したときは…びっくりした。けど、勝ててよかった」
「マジすか、オレの知らない魔道具開発者がいるなんて…!」
イルク先輩とマーリィ先輩、そしてエルジュが口々に話す。
せっかくだからと思って知り合いを招待したらみんな来てしまったのだ。
そして…
「まったく…お互い赤魔法使いなのに、まさか首を絞められて負けるとは思いませんでしたわ」
「2日目の試合だって同じことしてたじゃないですか」
目の前にはシルヴィーナがいた。
「貴族のお嬢様がこんなとこ来ちゃって大丈夫なんですか」
「別に良いのですわ。ここの客にも護衛は混ぜてますの。それに、新入生対抗戦優勝者に魔道具開発者が数名、赤魔法使いも混じっているここに攻撃を仕掛けてくるお馬鹿なお方はそうそういらっしゃらないのではなくて?」
なんとなく周りを見回してみたが、こちらへ意識を向けていそうな人は見当たらなかった。
どんちゃん騒ぎに見事に溶け込んでいるらしい。
「あと、もう丁寧な話し方はよろしいですわ。わたくしもシルヴィと呼んで下さったほうが気楽ですの」
「…んじゃ、お言葉に甘えるとするとして…マジでなんで来たんだ、シルヴィ」
「それはもちろん、魔道具開発者としてあなたの使った魔道具が気になったからですわ」
こともなげにシルヴィは答えて、ホットドッグを齧った。
なんとも庶民派な貴族だ。
「一体、あの魔法陣を飛ばす魔道具は何だったんですの?撃たれると魔法が使えなくなるのはわかったのですが…」
「あー、それオレもぶっちゃけ気になってた。マジで何なんだアレ…確か作ったのはイルク先輩…でしたっけ」
シルヴィとエルジュ、二人の魔道具開発者がイルク先輩ににじり寄る。
イルク先輩は冷や汗をかきながら二人を制止した。
「待った待った!確かに作ったのは僕だが、実を言うと僕も全然知らないんだ。あの魔道具…というか、魔法陣を作ったのはヒロキ君だ」
「「魔法陣を作ったぁ!?」」
シルヴィとエルジュが見事にハモってこちらを向いた。
…めんどくさいな…完全に説明する流れになってしまった。
「はぁ…わかったよ、どうせ隠す気もないしな」
よいしょ、と座り直して俺は説明の体制に入った。
「まず、あの火の弾をやたら連射するやつだが…基本的には初心者用のあの杖に刻まれたやつの流用だ。多少手は加えたが」
「手ぇ加えるって…どうやってだよ」
「まず、殺傷能力はいらないから威力を落とすだろ?で、魔法陣から魔素を抜く部分を作って待ち時間を無くして…」
「「そうじゃない!!」」
二人はまたもやハモった。
仲いいなお前ら。
せっかくだし、説明してやるか。
「…一つ言えるのは、魔法陣言語説は間違っているということだ。魔法陣は物理法則に則って魔法を発動させる。究極的には、魔法陣は魔素…魔力の流れによって力場を発生させているに過ぎない。それを溝でいろいろな方向や大きさに調整して干渉させ、様々な現象を生み出している。火も電撃も重力も全部元は同じだ」
「そんな…そんなの、今の世界の理論では影も形もないぞ…」
「前文明ならともかく、現代の知識ではあり得ませんわ…一体どこで、そんな知識を手に入れたんですの…?」
「さぁな、俺は記憶喪失なもんで。目覚めたら知ってたとしか」
ちらり、とリーサの方を伺う。
なんでこの世界で用いられているかはともかく、魔法理論が俺の作ったものだとは知っているリーサとは口裏を合わせる必要があった。
リーサは小さく頷いた。こちらの意図を汲んでくれたようだった。
「只者じゃないようですわね…」
「らしいな」
白々しく俺は答える。
「…で、ヒロキ、もう一つの魔法陣は何だったんだ?多分、ぶつかると魔法が使えなくなる魔法陣だと思うんだが」
「正解。あれはマーリィ先輩が見つけてきたものだ」
二人の視線がマーリィ先輩に向く。
無表情ながら、わずかにその表情が引いたものになった気がした。
「失礼ですが、名字を教えていただけないですの?」
「エルヴェッタ…です…」
「エルヴェッタ、なるほど。…あなたも百名家の一員でしたのね」
「お世話に…なってます…」
どうやら2人とも百名家というコミュニティの一員らしい。
そういえば前も言ってたな。
「確かに、ありましたわね。人間の身体から魔力を流出させる魔法陣。わたくしの開発していた『
「確かに、あれは直接相手に触れる必要があった。…でも、ヒロキが改造して空中を飛ばせるようにした」
「マジですげぇな…うちのアーヴェニル爺みてぇ…いや、下手したらもっとすげぇかもしれん。…なぁ、ヒロキ」
唐突に、エルジュが真剣な顔になる。
「魔法を教えてくれ。魔道具開発者の端くれとして、興味がある」
「わたくしからもお願いいたしますの。アルティスト家として…いえ、わたくし個人としても、非常にためになることを教えていただけると感じますの」
「うーん…」
唸り声を上げて俺は悩む。
俺としても、魔法理論が世界に広がればいいなとは思っている。
赤魔法使いの、特に魔族だけが幅を利かせることがなければ、ジュルペのような輩が発生することもないだろう。
ゆくゆくは人類すべてが赤魔法を使えるようにしてしまいたい。しかし、無闇矢鱈にこの理論を広めるのが悪手であることくらいはわかる。やりすぎればすぐに、いろいろな国や組織から狙われるだろう。そもそも信じてもらえるかどうか自体怪しい。
「…部外者…特に、魔道具開発者という魔法陣を世間に出す人に教えるのは…どうなんだろうな…あんまり広めてほしくないんだよな」
「…そりゃそうか。駄目で元々とはいえ、残念だ」
エルジュはあっさりと引き下がった。
「え、あなた、そんなすぐに引き下がるってしまうんですの?アルティスト家の
「そりゃオレだって知りたいけどな。ヒロキがそう言うなら仕方ないだろ、広めたくない事情があるんだろうし」
「…わたくしは諦めませんわ。お願いですの、教えていただいたことはわたくし個人の利用に留めますわ。ですから、どうかお願いいたしますの」
シルヴィがテーブルにぶつかるくらい深々と頭を下げた。
周囲の客が、ぎょっとした様子でこちらを見る。
自分たちの地方を統治する貴族の娘が、一市民たる俺に対して頭を下げるなどということは、いくら貴族に対してフラットに接するエルディラットという都市の人間であっても衝撃的なようだ。
もっとも、シルヴィが俺に頭を下げるのは今日で2回目なのだが…
「どうしたものかなぁ…」
貴族相手に断ると、アルティスト家の心象を悪くするとかあるんだろうか。
そういう事情抜きでも、頭を下げている相手の願いを断るのはなんだか気分が悪い。
「…イルク先輩、
「ん?ウチはいつでも募集中だが」
「ならよかったです。エルジュ、シルヴィ、そういうわけで魔科研に来ないか?」
「えるゔぉ…って、なんですの?」
「『魔法と科学の融合思想研究室』の略だ。僕が室長を務める研究室で、『魔法と科学は同一のものである』という思想を持つ僕、マーリィ、リーサ、そしてヒロキが所属している。もっとも、主流な考え方ではないから全く人は集まらないが」
「同じ研究室に所属する人なら、部外者ではないからな」
「「…!!」」
エルジュとシルヴィの顔が、ぱぁっと輝いたように見えた。
「入らせてくれ!」
「入りますわ!」
「許可しよう!ようこそ我が研究室へ!」
かくして、魔科研はメンバーを増やしたのだった。
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