41. 切り札

「よし、君の出自については今後何も訊かないようにしよう。多分そのほうが良いだろう?」

「…そうしてくれるなら助かります」


 イルク先輩はどうやら俺の嘘に気づきかけているようだ。

 だが、その上で何も訊かないと宣言した。

 何かを要求してくる腹積もりのようだ。


「代わりにと言っては何だが…この魔法陣を改善できないか?」


 そう言って、客車底面の魔法陣を指す。


「別にそれくらいはできますけど…」

「どれくらいかかる?」

「多く見ても3日あれば十分だと思います」

「わかった。なら、この馬車の開発は一旦止める。戦闘用魔道具の開発を急ごう」


 そう言って、イルク先輩はひょいとマーリィ先輩から紙を取り上げた。


「これを見てみろ」

「イルク先輩…ひどい」


 マーリィ先輩の言葉を無視して紙を差し出したイルク先輩に苦笑しながら、俺は紙を覗き込んだ。

 魔法陣と、その説明の文章が書いてある。


「これをうまいことあいつにぶつければ、勝ち目はあるだろう?」

「なるほど…直接触れなきゃいけないのがちょっとキツいですけど」

「そこで君の出番というわけだ。この魔法陣の効果を遠くに伸ばせないか?」

「なるほど…じゃあ、伸ばすよりもいい方法があります」


 俺は指を銃の形にして言った。


「魔法陣を飛ばしましょう」



 木の板に刻まれた魔法陣に魔素を流してやると、数cmほど離れたところに空中魔法陣が現れ、前へと飛んでいく。

 15mほど離れたところに立ったリーサが「うっ」と声を上げる。


「大丈夫か?」

「大丈夫、ちゃんと効いてる。効果は3秒くらい」

「よし、じゃあ魔法陣はこれで完成だな。あとはこれを小さく刻んでもらえれば…」

「ヒロキ…握る部分、できた」

「了解です!すぐ行きます」


 マーリィ先輩に呼ばれ、すぐに魔科研エルヴォクロットの研究室へと戻る。


「おお、ヒロキ君早かったな」

「練習やってる空き地はすぐそこですから」

「あんま人に見られるなよ?」

「人通り少ないんで大丈夫です。練習中も人通らなかったし。それより、できたんですか?」

「ああ、君の言う通りに削ったつもりだが、どうだ?」


 そう言って、イルク先輩は銃のグリップを手渡してきた。

 木製のそれを握ってみると、見事に手にフィットした。


「完璧です。ありがとうございます」

「なに、気にするな。既に銃身も作ってあるから組み合わせてみよう」


 イルク先輩はこれまた木製の銃身を取り出し、銃身と組み合わせ、鉄製のピンを通して組み合わせる。


「どうだ?」

「完璧です」


 俺は木でできたその銃を構えて、そう返した。


「上の魔力を流す溝も歪みがなくて素晴らしいと思います」

「当然だ。俺は器用だからな」


 ドヤ顔をして、イルク先輩は彫刻刀を構えた。

 魔素を流す溝が歪んでいると余計な力場が発生してしまうため、可能な限り真っ直ぐに彫ってほしいと頼んだのだが、まさか手作業でここまで正確にできるとは思わなかった。


「こっちも魔法陣を完成させました。ちゃんと効果を発揮します」

「君こそ素晴らしいな。この世界で誰もやってないことを、こうも簡単に成し遂げてしまうとは」


 そう言いつつ、魔法陣が刻まれた板を俺から受け取る。


「これを、この金属板に刻めばいいんだな?」

「はい。細かい作業ですが、よろしくお願いします」

「構わんさ。こっちだって馬車の改造を頼んでるんだ」


 直径5cmほどの円形の鉄板に複雑な魔法陣を刻むことが、機械化されていないこの世界でどれだけ難しいことなのかは想像に難くない。

 それでもこの先輩ならあっさりやってみせるんだろうと、俺は銃身の真っ直ぐな溝を見て思った。


「まぁ、今は馬車よりリーサだな。ヒロキ君、こっちはしっかり作ってやるから安心しろ」


 そう言うと、先輩は俺に背を向けて、作業台に座った。

 そして道具を手に取ろうとして、ふと手を止めた。


「絶対に負けるなよ」


 今までのイルク先輩からは考えられないような、凍りつくような低い声だった。

 しかし、恐怖は感じなかった。明るく振る舞っていた彼も、俺と同じ怒りを持っていたのだと実感できたからだ。


「もちろんです。絶対に勝ちます」


 イルク先輩は、一回だけ頷いて作業に取り掛かった。

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