42. 開始
『ただいまより、第153回新入生対抗戦を行います』
空気の振動を増幅する拡声魔法のアナウンスが、大学敷地内にある闘技場に響き渡る。
満席になった客席から歓声が上がった。
『まずは開会の挨拶を、エルディラット市長のアンセン・ホーヴァラー氏から…』
そんな声を、俺は選手控室で聞いていた。
「ふー…」
「緊張するか?」
「そりゃ緊張しますよ。失敗は許されないんでしょう?」
「当然だ。我が
腕を組んで、イルク先輩は冷たい怒りを目の奥に見せた。
「ヒロキ…失敗したら、私も許さない」
「イルク先輩もマーリィ先輩も、あんまりヒロキを緊張させないでください」
唯一庇ってくれたのは、自分の命がかかっているはずのリーサだった。
「別にいいんだ、リーサ。そもそも俺があの時あいつに手を出したのが全ての原因だしな」
「それに関しては別に気にしていない。僕だってその場にいたらそいつを張り倒していた」
「私も同じ。そもそも、そのときにヒロキがリーサを守らなかったら、あのゲスはもっと酷いことをしていたかもしれない」
「だが、それでリーサを賭けた戦いが発生してしまったなら、勝つのは義務だろう」
「だからって…」
それでも食い下がるリーサの肩を叩く。
「リーサ、いいんだ。負けてしまったら、どうせ俺は自分を許せない。最初から勝つしかないんだ。それに、俺は負けるとは思っていない」
「油断ではないな?」
「信頼ですよ」
イルク先輩に、飄々と返事をする。
「なんせこっちには素晴らしい魔道具を作ってくれたイルク先輩に、魔法陣を見繕ってくれたマーリィ先輩、練習に付き合ってくれたリーサ、そして魔法には人一倍詳しい俺がいますからね」
「そこに自分も含めるのは流石だな」
「俺は魔法に関しては他人に負けるつもりはありません。ですが戦いにおいて自分一人で勝てるとも思っていません。なんでもかんでもできると言うつもりはないですよ」
実際、体力なんてほとんどなかった。ここ1ヶ月ほど冒険者をやってようやくまともになり始めたレベルだ。
「…安心した。すまない、少々熱くなっていたようだ」
「…私も。ごめん」
「大丈夫ですよ。むしろ、もっと熱く怒っていただいても結構です。多分、俺はそのほうが冷静でいられるので」
まあ、イルク先輩もマーリィ先輩も、どちらかといえば怒るとどんどん冷たくなっていきそうだが。
『4日間にわたる全250戦最初の対決は、大注目のこの2人!エルディラットの赤魔法使いといえばこの人、1年13組ジュルペ・アリーカー!!』
唐突に、アナウンスが聞こえてきた。
いつの間にか開会式は終わり、試合直前になっていたらしい。
「やっぱあいつ有名なんですか?」
「悪名を轟かせてはいるな。金を踏み倒すのは日常茶飯事、気に入らないとすぐ暴れまわって魔法を暴発させる。おまけにあの年で娼館に入り浸っていたらしい。高校に入ったら周りの女を従わせるとか触れ回ってたらしいな。もっとも学生にそんな暇があるわけないから今のところは無事らしいが、そのうち学業をサボり始めて好き勝手やりだすだろうな」
「…なるほど。なら、叩きのめしても文句は言われないですね」
「言われないだろうな。思う存分やっていいぞ」
イルク先輩からお墨付きをもらった。
深呼吸を一つして、控室のドアを開ける。
闘技場のフィールドにつながる廊下が姿を現した。
「んじゃ、行ってきます」
俺はドアまで行って、振り返った。
一番大事なことを言い忘れていたことに気がついたからだ。
「リーサ、絶対に勝ってくるよ」
「うん。信じてるから」
柄にもなく、心の中が燃え上がるような気がした。
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