39. 研究

「うわー、下衆だな、下衆」

「ゲス…です…」


 イルク先輩が発した感想に、隣の眠たげな少女が追従した。


「えーと、そちらの方は…?」

「マーリィ・エルヴェッタ。僕の後輩で、大学1年生。そしてここの副室長さ」

「えっ!?」


 俺は目を疑った。

 だって、明らかにリーサよりも小さいというか幼いというか…


「ヒロキ…あなたの考えてること、わかる。失礼」

「えっ!?あ、ごめんなさい!?」

「…やっぱり考えてたんでしょ。私が幼いとか…そういうこと」

「…すいません、勘違いして」


 マーリィ先輩はまだちょっと膨れているが、とりあえず許してくれたようだった。


「しっかし、こりゃウチも戦闘系の道具作りに集中したほうがいいのかね?」

「ダメですよ!技術発表会は来月なんですから、客室浮遊式馬車の開発を急がないと」

「そうは言っても、かかっているのは君の貞操だぞ?ヒロキ君は、奴に勝つ手立ては何かあるのか?」

「手立てっていうか…必殺技ならありますけど、それ以外は正直…」

「その必殺技は絶対に相手を倒せるものか?」

「今のところは全部当たって効いてますけど…」

「うーん…」


 イルク先輩が唸る。


「マーリィ、何か良さげな魔法陣はあるか?こうも時間がないと、組み換えには到底挑戦できないからな」

「この間見つかった、これとかどう…?」


 マーリィ先輩は1枚の紙を取り出し、イルク先輩に渡した。


「ふむ…これは面白そうだ。リーサ、これを見てくれ」

「これは…なるほど。少し難しいですけど、確かにこれなら勝てるかもしれません」

「よし、決まりだ!これを刻んだ魔道具を作ろう。いや、なんなら複数でも…」

「え、ちょっと、馬車は…」

「後回しだ!なぜなら…我が研究室の大切な研究員が、強大な悪によって汚されようとしているのだからな」

「単に面白そうってだけでしょ」


 マーリィ先輩が見事な回し蹴りを食らわせ、イルク先輩は床に倒れ込んだ。

 俺とリーサは同時に吹き出した。


「見事な夫婦漫才でしょ」

「まったくだ…ところで、馬車というのは、もしかしてアレのことか?」

「いてて…君は客室浮遊式馬車を知っているのか?」

「一度乗せてもらったことがあるんです。1ヶ月前に」

「リーサが、走行試験してた…ちゃんと帰ってきたけど、魔法陣の効果が切れて、落ちた」

「わたしが赤魔法使えるようになったからつきっきりでいれば問題はないけど、せいぜい1日持てばいいほうかな」


 自己保持術式は、基本的に赤魔法の専売特許だ。

 水はどこにでもあるとは限らないが、窒素を含んだ空気ならどこにでもあるからだ。

 青魔法では無理な代わりに、永久とまではいかないもののそのエネルギー効率は極めて高く、一回魔素を流せばかなりの長期間効果を持続させられる。

 しかし、いくら客車を浮かせるという仕事をさせているからって、効果が持続する期間が1日というのは短すぎる。


「あの、馬車に刻まれている魔法陣を見てもいいですか?」

「ダメだ。部外者には見せられない、盗まれる可能性があるからな。いくら君がリーサの友達だとしてもだ」

「うーん…じゃあここの研究室に入らせてくれませんか?」

「それならいいが…また急だな」

「少なくとも、わたしが見る限りヒロキは悪い人じゃないし、盗まれる心配もないと思う。とりあえず、別の研究室が寄越したスパイとかではないから大丈夫」

「うーん…わかった。入室を許可する。しかし、魔法陣なんか見てどうするつもりだ?」

「俺は魔法陣を解析できます。もしかしたら改善できるかもしれません」

「…本当か?」

「とりあえず、その汎用魔道具の魔法陣を発動させずに効果を言い当てて、改善案を示したのは見ました。わたしは本当だと思います」


 リーサは壁に立てかけてある杖を指して言った。

 イルク先輩は10秒ほどかけて悩んだあと、結論を出した。


「…リーサを信じることにしよう。着いてきてくれ、魔法陣を見せよう」

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