9. 道案内
「別に…本当に、殺したりするつもりは、なかったんだって…冗談だって…」
「いや、その…ごめん」
俺は男たちを縛っていた縄をほどきながら言った。
「はいよ。あんま悪事働くもんじゃないぞ」
「…本当にいいのかよ」
「今お前らが俺を襲ってこない時点でわかるよ。そういうこった」
「お前のあのわけわからん攻撃が怖いだけだよ」
「じゃあなリーサ。俺たち宿に戻ってるぜ」
厳つい男たちが裏路地から消えて、俺とリーサ(と胃の内容物と縄)がそこに残った。
「はぁー…」
ようやく落ち着いたリーサが気を取り直して歩き出す。
少し進んで、こちらを振り向いた。
「ついてこないの?市役所、行くんでしょ」
「連れてってくれるのか?」
「あなたが先に言ったんでしょ。置いてくよ」
「わかったわかった、ちょっと待ってくれ」
そして俺たちは裏路地を脱出した。
「で、実際ここの治安ってどんなもんなんだ?」
「普通。可もなく不可もなくってとこ。ま、誘拐を企てる輩はそうそういないと思う」
リーサはそんな冗談を口にした。
「気に入るだろうってのはホント。わたしたちみたいな若い人間は特にね。ここ、学生の街だから」
「なるほどなぁ。俺もああいう大学とか行けたりするんかな」
「行けるんじゃない?この街の人はみんなあそこに通ってるし」
「マジで?入学試験とかは?」
「一応あるけど、よほど失礼なことやらかさなければ大丈夫でしょ。とにかく人集めて教育して、優秀な人間をすくい取っていく方針なんだって。それこそ生活保護受けてても入れるほど学費も安いし」
「そりゃ優しいな」
「その代わり、競争は激しいけどね。成績による差別は禁止されてるけど、実際上の方にいる奴らに見下されることは日常茶飯事」
「へぇ、リーサも通ってんのか」
「正確には高校。エルディラット大学附属のね。あなたも通いたいなら、そこに転入することになると思う」
「へぇ…教えてくれてどうも」
「どういたしまして」
ぶっきらぼうなやり取りにはなってしまったが、教えてもらえるのはありがたい。
「ま、あなたなら高校なり大学なり行っても充実した生活を送れるんじゃないの?だってあなた、赤魔法使える人でしょ」
「ん?まぁな」
「赤魔法を使える人は、世界でも1000人に1人くらいだと言われているの」
「え、そんなん魔子を…」
言いかけて気づいた。
青魔法とは、魔子を体内の水分と結びつけて魔素とし、放出するもの。
対して、赤魔法とは、魔子を水分と結びつけることなく放出し、空気中の窒素と結びつけるというもの。
魔子は空気中に偏在し、呼吸によって容易に体内に取り込める。つまり赤魔法はほぼ無限に発動させ続けることができるが、青魔法は体内の水分量に左右される。
魔子を自分の意志で放出するのは誰でもできるが、それこそ自転車に乗ることやキーボードをタイピングすることのように、ある程度は練習を積む必要がある。
しかも、それ以前に魔子がどんなものなのかをある程度理解しておかないと、魔子の放出はできないだろう。
魔子は素粒子の一つだ。地球上で初めて素粒子が発見されたのは1897年。
この世界の技術レベルは、地球で言えば中世から近世といったところだろう。元素すら正しく認識されていない可能性は高い。
とはいえ、偶然赤魔法が使えるようになったり、生まれつき赤魔法が使えたりする可能性はゼロではない。それを成し遂げた人が1/1000という数字に入っているのだろう。
「…なるほどな」
「赤魔法が使える人は、一握りのエリート様。もしその上魔族だったら、各国から引っ張りだこになって年収3000万はくだらない」
通貨価値がわからないと年収3000万がどれくらいなのかは判断できなかったが、どうやらすごいことではあるらしい。
しかし、魔族か。この世界にも、俺が定義した魔族の概念はあるのか?
「魔族ねぇ」
「一応忠告しておくけど、自分が魔族だという期待はやめたほうがいいよ。魔族は2000人に1人くらいしかいないの。赤魔法が使えて、かつ魔族であるとなると…」
「200万人に1人だな」
「…そういうこと。自分が赤魔法使いであることだけでも感謝しときなさい、青魔法しか使えないとただの人も魔族も大して変わらないから」
そう言ったリーサは、自嘲するような表情をしていた。
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