8. お見通し
「え…?わたしも、なんでこうなったのかはさっぱり…」
「質問を変えようか。どうしてこんなことをした、リーサ?」
「……」
「沈黙は肯定と見做すぞ」
「…はぁ。どこでわかった?」
さっきまでの優しい微笑みはどこへやら、下がった声音とともにリーサは問うた。
「…最初から、見知らぬ人間を完全に信用しきっちゃいなかったよ。怪しいと思ったのはさっき治安の話をスルーされたときだな。多分だが、あのときは俺をわざと一人にして俺を襲わせたんだろう。あわよくば攫えりゃいい、とでも思ってな。で、失敗した今度は裏路地に連れ込んで…ってところか。失敗したな、俺だったら信用させてアジトまで連れて行ったぞ」
「…で、わたしをどうするつもりかしら」
「うーん、どうしようか」
「え?」
俺のそんな返答を予想していなかったのか、リーサが目を丸くする。
「とりあえず市役所行って、身元の照合とかして、ギルドに登録するんだっけ?」
「そんなの、する必要ない。記憶喪失になってるのはさすがに想像してなかったけど、あなたが転がしたそこの一人がちょうど催眠術師だったから、記憶を思い出させて身代金を要求するつもりだった。どうせ縛り上げたあとなんだから無理矢理にでも従わせりゃいいでしょ」
「…なるほど。なら残念だけど、お前らの企みはどっちにしろ失敗に終わってたな」
「どういうこと?」
「一つ嘘をついていた。俺は記憶喪失ではない。だが、この世界のことはマジで何も知らない」
「…何だそれ、意味分かんない」
「同感だ。なんでこんなことになってんだろうな」
「…随分と、面白そうな話をしてんだ、な…」
地面から声がした。
見下ろすと、縛られて転がった男たちが目を覚ましていた。
「はぁ…全くひどい目にあった。縛られてなくとも、抵抗する気も起きんわ」
「全くだ」
催眠術師の男の言葉に、他の男達もうんうんと首を振った。
「…もう、騎士団でもなんでも呼んで来なさい。こんなことした以上、どうとでもなる覚悟はある」
「うーん、それだったら市役所に連れてってほしいな。騎士団?には別に突き出さないからさ」
「は?」
「この世界での振る舞い方とか何もわからないし、俺としては一緒に来てもらえたほうが助かるんだけど」
「はぁ…バカじゃないの?こっちは仮にも犯罪者なのに」
「犯罪者でもいないよりはマシかな」
リーサは大きなため息をついた。
「そんなんじゃ、いつか奇襲受けて死ぬよ。…こんな風に!」
「うおっ!?」
リーサが突然俺に体当たりを仕掛けてきた。
反射的に出した俺の手が、リーサの腹に触れる。
そしてさっきの癖で、つい少しだけ魔子を流し込んでしまった。
リーサの動きが止まる。
「…お゙ぇっ」
「あ」
リーサはふらふらと壁に寄り、両手をついた。
「お゙っ…お゙ぇぇ…うっ…え゙っ…」
そして断続的に胃の中身を逆流させる様子を、仲間の男たちが「あーあ」といった様子で見ていた。
…攻撃としてやる分には、体内魔素乱しは弱めにやったほうが相手を苦しめられるらしい。大魔法理論に書かれていない、最初に得た知識がこれだった。
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