10. お役所仕事

「着いた。ここがエルディラット市役所」

「へぇ、立派な建物だな」

「そりゃ市の顔だし、立派じゃないとナメられるでしょ」

「…世知辛いな」


 門をくぐると、石の外壁とは対照的な木の内装が出迎えた。

 それでいて、光をうまいこと取り込む構造になっていて、そのぼんやりとした光がお役所という堅苦しい印象を和らげるものになっている。


「ほら、行くよ」


 リーサはつかつかと設けられた窓口に向かった。


「ご用件は何でしょうか?」

「記憶喪失の身元不明者を見つけて、連れてきました。照合をお願いします」

「…少々、お待ち下さい」


 窓口を担当していた職員は面食らったような表情をして、ドアの向こうに消えていった。

 少しして、彼は戻ってきて、面談室に俺たちを案内した。



「…行方不明者名簿には、ないようですね」


 出されたお茶を飲んでいると、案外早く職員は戻ってきた。


「そもそも、姓が先にくる名前が主流の国はこの大陸にはいませんね。海を渡って来たとなれば、それこそお手上げです」

「すいません、お手数かけてしまって」

「仕事ですから、お気になさらずに。それでは、身分証の発行などの手続きをしましょうか。滞在先は決まっていますか?」

「えーっと…」


 そういえばリーサの家は宿と聞いたが、アレも誘拐のための嘘だろうか。


「リーサのとこって、泊まれる?」

「え?うちでいいの?」

「うん、まぁ行く先ないし」

「別にいいけど…」


 これに関しては嘘ではなかったらしい。

 俺は内心胸をなでおろした。


「それでは、そちらの住所を教えて下さい」

「エルディラット市第17区34番地です」


 リーサが答えた。


「記載するお名前はアモン・ヒロキさんでいいですね?」

「この国…大陸?に従って、姓と名を逆にしておいてもらえると助かります」

「わかりました。ヒロキ・アモンと記載します。では、測定に移りましょう」

「測定ですか?」

「はい、あなたが魔族であるか否か、そして赤魔法を使えるか否かを調べます。身分証に基本的な情報として記載しますので」

「わかりました」


 職員が奥に消えていった。

 ドアが閉まると同時に、リーサが大げさにため息をついた。


「どうした?」

「…嫌だな、と思ったの。そういう情報を載せられるのが」

「そうなのか」

「赤魔法使いは身分証があればいろいろと優遇を受けられるから、せいぜい有効活用することね」

「…なんか当たりが強いな」

「…ごめん。わたしは青魔法しか使えないから」

「そういえば、学校は競争社会なんだっけ」


 リーサは見下されてきた側なのだろう。

 それでどれくらい辛い思いをしてきたかまでは想像できないが。


「…わたしさ、一応魔族なの。だから普通の人よりは魔力が多くて、魔法を持続させることができるわけ。でも、赤魔法が使える人にはかなわない。ずるいもんだよ、長時間魔法を発動させ続けられるなんて」

「それは…なんかごめん」

「あなたは悪くない。これはわたしの八つ当たり。…せっかく魔族に生まれたのに、青魔法しか使えないなんてね」


 魔力という概念は知らないが、俺の定義では魔族というのは『呼吸による魔素循環効率が良い人』だ。

 普通の人は、赤魔法であっても発動させ続けると供給が追いつかなくなり、先に体内の魔子が尽きる。赤魔法使いの魔族なら循環効率がいいから延々と発動させ続けられるだろう。


「…赤魔法を、使えるようになる方法があると言ったらどうする?」

「えっ…」


 リーサが振り向く。

 しかし次の瞬間、測定機器を持ってきた職員がドアを開け、話は途切れた。

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