6. まあ、定番イベントなので
「エルディラット学園都市は、基本的には普通の街なんですけど、なんと街の3分の1が学校、王立エルディラット技術大学になってるんですよ」
「3分の1…」
現代だったらドイツあたりに残っていそうな町並みを眺めながら、俺は馬車に揺られる。全然揺れないけど。
「残り3分の2はご覧の通り普通の街で、『居住区』なんて呼ばれてます。大学の中は生活スペースもあるんですけど、基本的には研究をするところです。まとめて『研究区』なんて呼ばれてますね」
「なるほど」
「さて…市役所に行く前にこの馬車を返さないといけないので、一旦大学に寄り道しますね」
「えっ、連れてってもらえるのか?場所さえわかれば一人で行けると思うけど」
「さすがに記憶のない人を一人で行かせるほど薄情じゃありませんよ」
リーサはそう言って優しく微笑んだ。
その笑みは、勘違い男をたやすく落としてしまうものだった。
一切策略がないなら逆に恐ろしい。この子、ストーカーに追われたりしないんだろうか…。
「…本当にありがとう。感謝してる」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですから」
このままでは感謝と遠慮の無限ループに陥りそうだと判断し、俺は口を閉ざした。
「大学構内は身分証がある人しか入れないんですよ、ちょっと待っててくださいね」
「わかった、待ってる」
俺はおそらく校名が書いてあるであろう(読めない)金属製プレートの前で、空を見上げた。
至って普通の青空。みんな大好きレイリー散乱による、透き通った青。
一つ浮かんだ太陽っぽいもの。
「なんなんだろうな…」
俺はひとりごちた。
だが正直なところ、異世界転移やら転生やらに理屈を求めても仕方ないことはわかっている。
ここは俺の考えた魔法が通じる場所。それでいい。
いいはずなんだけど…
「なんなんだ…」
納得はできない。
俺はため息をついた。その次の瞬間。
「ぐえっ!?」
「…んだ?どこ見てんだ避けろやコラ」
「はぁ!?俺はそこに立ってただけだ!」
「なんだと?」
胸ぐらを掴もうとする筋骨隆々な不審者に、俺は後ずさる。
手が空を切る。
「いいのか?ここは大学の前だぞ?」
俺は周囲を指す。
人通りの注目がこちらに集まっていた。
「…チッ」
男は舌打ちをして去っていった。
…危なかった…異世界特有のヤバいのに絡まれるイベント、ギルドの酒場とかそういうところで発生するもんじゃないのかよ…。
どこぞの学園都市に負けず劣らずの治安だったら嫌なんだが…。
「お待たせしました!…って、どうしたんですか?」
「ああ、いや、ちょっと記憶がおかしくて」
俺はまた方便を吐いた。本当に便利だなこれ。
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