5. 学園都市エルディラット

「ところで、俺はその…エルディラットだっけ?に着いたらどうすればいいのかな」

「そうですね…まず、エルディラット市役所で身元の照合をしないといけませんね」

「へ?市役所?」


 異世界感が一気に下がるその単語に、俺は思わず間抜けな声で聞き返してしまった。


「そうですよ。ヒロキさんは身元不明者ですからね。まずは行方不明者の情報と照らし合わせないと」

「そうか、そりゃそうだよな」

「その後はギルドに登録して冒険者で日銭を稼ぐのが一番手っ取り早いでしょうね」

「へ?ギルド?冒険者?」


 下げられた異世界感が一気に上がった。まるでジェットコースターだ。


「しばらくの間は冒険者をやりながら宿に泊まるといいですよ。希望すれば最低でも1年間は生活保護を受けられますし」

「生活保護、ね…」


 再び下がった異世界感に、俺はため息をつくことしかできなかった。


「…変なプライドで生活保護を断ったりすることはおすすめしませんよ?」

「しないって…」


 そんな事情は日本に似てなくていいんだよ。



 馬車が森を抜けると、遠くに城壁みたいなのが見えた。


「見えてきましたね。あれが学園都市エルディラットですよ」

「学園都市?」


 壁に囲まれた学園都市なんて、またベタな…


「…まさか魔法研究が盛んで世界より技術が進んでいるってことはないよな?」

「研究は盛んですし最先端技術もありますけど、魔法だけじゃないですね」

「他にも研究があるのか?」

「科学ですよ。この街では、世界でも珍しく魔法と科学が両方研究されているんです」

「か、がく…?」


 科学。

 一定領域の対象を客観的な方法で系統的に研究する活動、なんて辞書には書かれていたりする。

 俺の作った大魔法理論は、あくまで現実の科学世界に上乗せできるもの。

 設定では、そもそも魔法を司る最小単位が「魔子」という電荷のない素粒子であり、それが原子核の中性子をいくらか置き換えることで元素が「魔素」となる、ということになっている。

 そんな感じで、俺は魔法を科学的に作ってきたのだ。

 あくまで魔法というのは化学や地学、生物学といったものと同じ科学のサブジャンルでしかない。

 それは、魔法と科学を対立したものとして扱うのが主流だった地球むこうで、俺が一番こだわり抜いた点だと思っている。

 研究して、仮説を立てて、実験し、まとめる。

 その一連の流れが魔法においても成立するなら、魔法は科学である。

 少なくとも、俺はそれが成立するように作ったつもりだったが、魔法が最初から存在しているであろうこの世界においても、魔法と科学は対立する運命にあるのかもしれない。


「そうか」

「も、もしかしてヒロキさんは科学がお嫌いでしたか…?」

「いや、そんなことないが、想像もつかなくて…なにせ記憶がなくて」

「そ、そうですよね…ごめんなさい」

「謝らなくていいよ」


 罪悪感はあるが、記憶を失ったという方便はとても便利だ。

 記憶の混濁も合わせれば、大抵のことは誤魔化せそうに思えた。

 まあ、この世界に関する記憶がないのは事実だし、まだしばらくはボロが出るたび誤魔化していくしかない。


「そういえば、もう門が近づいてきたね」


 俺は話題を逸らすため、都市の入り口に設けられた門を指した。

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