3. 夢?
「うー…つめてぇ…」
あまりの冷たさに驚いて一瞬溺れかけた俺は、なんとか命からがら木にすがりついて、陸に這い上がった。
池に目をやると、全体がぼんやり青く光っている。
この現象は知っている。
「温度低下の、自然魔法陣…水分子ベース、か」
温度低下・温度上昇の魔法陣は非常にシンプルだ。地形の条件が揃えば自然発生することもある程には。
「乾かさ、ないと…」
震える手で、地面に温度上昇の魔法陣を描く。
魔素流入口に指を差し込み、体内に貯蔵されている水分子ベースの魔素を流す。
指先で掘った溝が、目を凝らさないと見えないほど淡い光を放つ。
物理的に掘った溝でできた魔法陣なら、多少踏むくらいは問題ない。
俺はその上に寝転んだ。
背中がじんわりと暖かくなってくる。
しかし服を乾かすには程遠い。
(せめて服を乾かす魔法くらい作っとくべきだったかなぁ…)
俺が考えたのはあくまでも理屈がメインで、それを組み合わせて複雑な効果を発動させる魔法を考えることにまではあまり手を回していない。さっきまでの反重力なんかはたまたま考えていたけど、そんなにレパートリーがない。他はせいぜい戦闘に使えそうな魔法を考えたくらいだ。
唇の震えすらだんだんとなくなってきた。
(これは、夢ではないのか)
感覚がリアルすぎる。その感覚すらなくなってきているが。
俺は、ここで死ぬのか?それともキーボードの上で目覚めるのか?
…前者だろう。直感的にそう思った。
(…くそ)
意識が遠のいていくのがわかる。
こんな、よくわからない森の中で、俺は、命を、落とし…
「だ、大丈夫ですか!?」
突然、よく通る声が響き、死へと向かっていた意識を覚醒させた。
目を無理やり開けて、そちらを見やる。
栗色の長い髪をした、美少女だった。
「…天使、さま」
「ち、違います!あなたはまだ死んでないですよ!ちょ、ちょっと待っててください!」
彼女は何やら手に持った杖で魔法陣をガリガリと描き始めた。
俺は地面に横たわりながらそれを眺める。
(多重円系…4重か…A環とB環で、温度上昇の魔法…C環とD環は、風を起こす魔法…D環に副魔法陣を書いて…あぁ、方向指定か)
「いきますよ!…ふんっ!」
彼女の手のひらから流れ出した魔素が、魔法陣に行き渡って青い光を放った。
俺の体に、熱い空気が吹き付けられる。
それはまるでドライヤーのように服を乾かし、俺の体を温めた。
ゆっくりと立ち上がると、先程までの寒気も眠気もすっかり消え去っていた。
「もう…大丈夫…ですね…よかった、です…」
彼女は息を切らして地面に膝をつき、倒れてしまった。
「悪いな、無理させちまって…ちょっと待ってろ」
俺は手頃な大きさの石を見つけ、魔法で爪を硬化させて表面に魔法陣を刻んだ。
窒素ベースの魔法陣を流すと、魔法陣が赤く光る。
石を水に向けると、水が吸い付いてきた。
力場を発生させ、物を吸い付ける魔法。今回刻んだものには、そこに温度上昇の魔法を加えた。こうすることで、水を吸い付けてぬるま湯にする石ができた。
「水ベースの魔法をあんな使ったら、脱水まっしぐらだって…ほら、飲んで」
彼女は無言で、水を吸い取るように飲んだ。
何度も喉を鳴らすと、彼女はようやく息を吹き返した。
「ありがとうございます。青魔法を使うとどうしても乾いちゃうんですよね。赤魔法を使える人が羨ましいです」
「青魔法?」
そんなもの、俺は作った覚えがない。もちろん、赤魔法もだ。
「え、青魔法を知らないんですか?」
「そりゃ、俺は作ってないからな」
「作る…?」
彼女は首を傾げた。
その動作は可愛らしいが、俺としてはこの状況に疑問が募るばかりだ。
「というか…ここはどこなんだ…」
「エルディラットの近くの森ですよ?」
当たり前のように返されるが、わからない。
俺が作ったのは理屈であって、世界ではない。そもそも大魔法理論は地球の物理法則に上乗せできるよう作ってあるのだ。
ただ、ここまで来るといい加減予想はできる。
俺は何らかの理由で異世界に転移し、その世界では俺の考えた魔法が物理法則に組み込まれている。
どうして、と思わなくもないが、とりあえず取るべき手段は一つ。
「申し訳ないですが、わかりません…どうやら、俺は記憶喪失になってしまったようです」
「そ、それは大変ですね…どうしましょう…でも魔法は使えてましたよね?」
「あ、えっと、なんか魔法はわかるみたいで…でもこの世界のこととかは忘れているというか…」
さすがに言い訳としてはキツいか?
「うーん…不思議な状況ですね?でも、知らないのは本当みたいですし…とりあえず、エルディラットまで一緒に行きましょうか」
「いいんですか?」
「うーん、正直に言っちゃうとですね、服とかも珍しいし魔法を作る云々言ってたからなんか怪しいなとも思ったんですけど、とりあえず魔法を使いすぎて倒れたわたしを助けてくれましたし、悪い人じゃないとは思うので」
「それは俺を助けたからで…とにかく、ありがとうございます」
「いえいえ。さあ、馬車に行きましょう」
「はい」
こういう世界の馬車ってサスペンションとか無くて尻が痛くなるとか言われてた気がするけど…命を救ってもらったのだ、それくらい我慢だ。
(こうしてよくありがちな異世界冒険譚が始まったのでした、なんてな)
そんなモノローグを、頭の中で組み立てた。
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