2. 落ちる

 これは夢だ、と確信できる夢というのはあると思う。

 俺にとって、今見ているこの夢が正にそうだった。

 今の俺は、落ちている。

 風を切って、地面へ真っ逆さまに落ちている。


「…なんだこれ…」


 夢とわかっていれば、恐怖はある程度抑えられる。

 そうすると困惑が一番上に来た。

 まあいい。夢に理屈を求めるものではない。

 下を見ると、森が広がっていた。

 遠くには一瞬街が見えた気がしたが、あんまり鮮明には見えない。

 まあ夢なんてそんなもんだろう。


(さて、どうしたものか)


 落ちたとして痛みがないだろうことは想像できるが、それでもその恐怖は抑えづらいものだ。

 俺の夢の中なのだから、もしかしたら俺の考えた大魔法理論が通用するかもしれない。だが、大魔法理論を元にすると、普通の人間はMCDATマクダット――魔法陣展開補助器Magic Circle Deployment Assistant Toolを使わないと反重力のような強力な魔法を行使できない。

 今の俺は普通の服しか着ていないからどうしようも…


(…この感覚は!)


 左手に、ふとエネルギーの流れのようなものを感じた。

 間違いない、これは魔素…全ての魔法の発動に係る元素によるものだ。

 そして、魔素の流れでわかる。今の俺は、自分で定義したところの『魔族』に違いない!


「いっちょやってみっか!」


 景気づけに叫び、忍者の印のように手を組み合わせる。魔法手型キネトサインと呼ばれる(と俺が考えた)一般的な魔法発動方法で、手の中にできた空間が立体魔法陣の役割を果たす。

 そんなに強い魔法を発動させることはできないものの、魔法の補助役として使われることが多いということになっている。


「albregt qlajun」


 加えて、詠唱チャンティングを上乗せする。音が意味を持っているわけではなく、発音することで口内に魔素の流れができ、これもまた立体魔法陣として機能するのだ。

 この詠唱は、このあと空中に展開される魔法陣を俺に追従させる効果を持つ…はずだ。

 俺は組み合わせたままの手を下に向け、手の表面から魔素を流し込んで、魔法を発動させた。


「脳内魔法陣、展開っと」


 足元に空気の流れができ、赤く光る線が現れ、美しい魔法陣を描いていく。

 窒素ベースの魔素による、空中二次元魔法陣。

 組み替えるべき線を見つけ、直接触れて魔素の量を調整していく。

 魔法陣の効果は、その陣の上の空間にはたらく重力加速度を変更するというもの。

 一旦重力加速度をマイナスにして勢いを十分殺してから、再びプラスに戻す。火星レベルまで落とせば、下に針やマグマでもない限り怪我することはあるまい。


「ふぅ…」


 ようやく一息つけた。

 夢の中とはいえ、俺の考えた大魔法理論が完全に再現されている。

 完璧だ。おかげで助かった。

 ふわふわと木々の間を下りていく。

 俺は着地すべき地面を見据えようと下を向いた。


「は?」


 そこには池があった。

 俺の降りようとしていた場所はちょうど水の上だったらしい。

 池のど真ん中にも木が生えていたせいで、水が見えなかったのだ。


「やっべ、albregt…」


 詠唱しながら魔法手型を形作る。しかし時既に遅し。

 俺とともに下に動いていた空中魔法陣が水に触れる。

 空気の流れでできていた魔法陣が水に触れれば、当然ながら崩壊する。


 俺はバシャンと派手な音を立てて思い切り水に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る