第128話 種族会議と忠誠の証2
最初に話の矛先を向けたのはシムシスだった。
彼を納得させることが出来れば、併せてローラルにも諦めさせることが出来るだろうと言う考えからだった。
「色々と聞きたいことはあるが、お前の一族の女は全て成人前だったと聞いている。その点についてはどうなんだ?」
「問題ありませぬ。今月には全員が成人を迎えますので」
「ん?」
「根魂属、と言うよりは木人種の大半がそうでしょうが、基本的に我らは土の月に子を宿すか、あるいは土の月に出産を迎えるよう調整します。故に、世代ごとに殆どの者達が同じ齢を重ねます。今月中に我が一族の生き残りである女達は全員が成人を迎えます」
それはもっと早くに知りたかったな。そう思うも、今重要な点はそこでは無い。
そもそも今回の三種族の繁殖、繁栄に関する話し合いの切っ掛けはシムシス達根魂属の今後の運用についてから始まっているのだ。そのシムシス達根魂属の女の全てを僕のものにしては本末転倒になってしまう。
まだ根魂属の男も居るので完全に、と言う訳では無いが、僕の思惑から外れることに違いはない。
「分かっているだろうが。俺の
「承知の上です」
「サガラ、パーラ一族は人数が居るが、お前達ザンド一族はそもそもの数が少ない。女全員が子を宿せないではこの話し合いの意義が失われてしまうぞ」
「存じております」
僕は眉根を寄せた。
一族の繁殖、繁栄の話をしているのに、それを否定することを承知の上での発言とシムシスは口にした。捉え方一つでは、僕の意に背いていることにもなる。
確かに自分の考えを口にしろとは言った。僕への気遣いも不要と伝えた。だが、それ即ち話し合いの前提を覆していい理由にはならない。
疑念に満ちた僕に対し、シムシスは声色を変えることなく言葉を続けた。
「愚問かも知れませぬが、主殿は妊娠が技能であることはご存じでしょうか?」
僕は更に眉間の皺を深くした。
「妊娠が技能」だなんて、そんな専門的な知識がまさかシムシスの口から出てくるとは思わなかったから。
「……それは、人体基礎理論の話をしているのか?」
「専門的な学問については存じませぬが、私が述べているのは
「なら合ってるな。基本技能は人体基礎理論で語られているものだ」
人体基礎理論。これは『魔力論』の一つ『生物学』で主に説明される。
ただこの理論自体は数多くの学問でも触れられるもので、それこそ『魔術学』や『宗教学』など様々な分野で語られている。
そもそも人と言うものは、創世神話で説明されるように『七つ神』によって創造された。では、『七つ神』によって生み出された人は“どうして生きることが出来ているのか”、と言うことについてを説明しているのが人体基礎理論だ。
人が生きる上で絶対にしなければいけないことがある。
それは食事であったり、呼吸であったりだ。では何故これらが必要なのかと言えば、人の魂、ひいては内殻や外殻が『七つ神』の属性によって構成されているからだと人体基礎理論は語っている。
人の外殻や内殻の全ては魂によって創造されており、それを維持する為には金の色を除いた六色を取り込まなければ人の魂は『七つ神』より賜った色を失い、魂そのものが枯れ果ててしまうのだと言う。
魂が枯れてしまえば、魂によって作り保たれている外殻は形を保てず朽ち、内殻や魂が崩壊していくのだと。
その色を取り込む為に必要なのが、先程語った人が絶対にしなければいけないことだ。
人が呼吸をするのは何故か?
それは空気に含まれている風の属性を取り込む為だ。
人が水を飲むのは何故か?
それは水に含まれている水の属性を取り込む為だ。
食事もそう。あれは糧となる全てに宿っている属性を取り込む為の行為だ。
また一部例外を除く人は長い間日の光を浴びなければ、夜の闇を纏わなければ体調を崩すと言われている。光の属性と闇の属性を取り込む必要があるからだ。
こう言った、人が生きる上で必要な行為の殆どは六色の属性を取り込み、また調整する為に行われているとされている。
次に、シムシスの口から出てきた『基本技能』と言うものについてだ。
今述べたように、人は六色を取り込まなければ生きていけない。ならば、その取り込むことを可能としているのは何かと言えば、人の魂が人の身体を作り出す際に作り出した技能だと言う。より厳密に言えば、『七つ神』が初まりの人を生み出す際に、魂に与えた技能とされている。
例を挙げれば呼吸、あれも基本技能の一つだ。“風属性を取り込む”と言う行動を可能にしているのが、肺と言う外殻だ。肺を通して“風属性を取り込む”ことを、呼吸と言う技能と呼ぶのだ。
これは少し分かりづらいので噛み砕いて言えば、【剣術】と言う技能がある。
あれは「腕」と言う外殻と、それを支える「身体」と言う外殻があって初めて可能となる。それらの外殻が行動を起こすことで、【剣術】と言う技能を可能としている。
呼吸もこれと同じで、肺と言う外殻が行動することによって、呼吸と言う技能を可能としているのだ。
食事などもまた同様に、あれらは胃や腸などの内臓器官があってこそ可能となっている。食事を経て至る消化、栄養吸収と言う技能だ。
これら、人の生命維持活動に於いて必要不可欠となる技能のことを基本技能と呼んでいる。翻って言えば、人の活動の全ては技能によって成り立っているのだと。
これは学問的な観点で語っている部分が多分にあるので、本当に呼吸などと言った技能があるのかどうかは定かでは無い。ただ、基本技能と言う単語がはるか以前より存在していたのは間違いないらしい。
シムシスが口にした「妊娠が技能」と言う言葉も、この基本技能の話になる。
人が生まれる為には、男が生み出す魔力の籠もった魂の欠片、所謂精子と、それを受け入れ宿し、己の魂の欠片を掛け合わせ子を育む女の外殻、子宮が必要となる。
子宮を用いて子を宿し、“人と言う魔力”を生み出す女性だけが持つ技能、それが基本技能の一つである妊娠なのだ。
しかしこの妊娠という技能は、現在と過去ではその中身がまるで別物なのだ。
「ちなみに、お前が言う妊娠はどちらの意味だ?
「能動発動型技能の方ですな」
妊娠する為には男女間で性行為をしなければいけない、と言うのは人が生まれて
一度男と交われば子が宿ることもあるし、数ヶ月の間毎日交わっても子を宿せない場合もある。言ってしまえば運次第だし、「子は神の授けもの」と言う人も居る。
しかし、嘗ての女性達は違っていたらしい。
過去の女性達は、子を宿すか否か、種族は、性別はどうするかを女性が任意で決めることが可能だったと言う。
つまり、女性は妊娠しようと思えば一度の交わりで確実に子を宿せたし、もし男女で種族が違う場合はどちらにするかの選択も出来た。最終的に生まれる子供が男性か女性かすらも選ぶことが可能だったと言う。
これは『七つ神』が作り出した人が世界を発展させる役割を与えられていたからこそ持っていた、本来の妊娠方法だという。
世界を発展させる為には人を成長させねばならず、その為には必要に応じた数や能力を生み出し繁殖、繁栄させなければならない。その成長を助長する為に、妊娠と言う技能には選択する自由が与えられたのだ。
こう言った違いから、過去の妊娠技能を能動発動型技能。現在の妊娠技能を常時発動型技能と呼び分けることがある。
これを知っているのは殆どが有識者達であり、一般的な市民どころか、貴族でも知らないものは居る。
シムシスからこの話題が出たことに驚いたのも、そう言った理由からくるものだ。
まぁ古くから生きる種族なので、代々そう言った知識が受け継がれていてもおかしくはないのかも知れない。
「もちろん知っているが、それが?」
「我ら根魂属の女は、通常の妊娠も可能ですが単体での妊娠を可能とするのです」
「……うん?」
今、何だかとんでもないことを耳にした気がするな。
「それはどう言うことだ?」
「言葉通りです。魔窟でお見せしたように、また先日植物を生み出すことが可能と述べたように、根魂属は己の分体としてそれらを生み出します。つまり、魂の欠片と母体、その双方を根魂属の女性は最初から持っていることになるのです」
「なら、そもそも生殖行為は不要だと?」
「いえ、対となる男性の魔力、色を取り込まねば所詮は自分の分体を生み出すことしか出来ませぬ。魂の欠片こそ不要であるものの、交感自体は必要となります」
「……それは、木人種全てがそうなのか?」
「全てとは言いませぬが、多くがそうでしょう」
僕は思わずローラルを見てしまった。
「もしかして花人種もそうなのか?」
「いえ、花人種は人種と同じね。男性からの魂の欠片が無ければ子を宿すことは出来ないわ」
「なるほど」
僕は紅茶を一口飲んだ。ティーカップをソーサーに戻すと、その手を掴んだミミリラが指を自分の口に含んだ。僕の気持ちを落ち着かせようとしてくれているのだろう。
「……」
指先にミミリラを感じながら、今のシムシスの言葉について考える。
今シムシスが語ったものは、言外に「魔力さえ頂けたら子は成せます。その子には王族の魂の欠片は宿りません」と言っているのだ。
女性が子を宿す為には、男の魂の欠片を“魔力と共に”女性の胎内へ送らねばならない。シムシスは魂の欠片を不要と語っているが、そもそも魔力と言うものは人の核足る“魂と言う魔力”から発せられているものだ。
人が持つ魔力、所謂生命力や精神力、魔力の波動などと魂の欠片は別物として考えるべきだが、それを用いて子を宿すと言うのであれば疑念は残る。
ただ、これは植物で例えれば納得出来る部分もある。
男が生み出すのが種子、女が持つのが土壌だとする。
種子とは土壌から栄養を吸い取り育つものだが、そもそも種子そのものにも栄養と育つ為に必要な情報――先程の「人の活動は技能によって成り立っている」と言う例えで表せば、“成長する”と言う結果を為すための技能――が詰まっている。
根魂属の場合はこの種子と土壌の両方を最初から女性が持っていると言うことだろう。
普段彼女らが己の分体である木々を生み出す際は全て本人の種子と土壌を用いているが、そこに自分ではない男の魔力を用いることによって、「自分でありながら自分ではない分体」、即ち“子供と言う魔力“を結果として生み出すのだろう。
つまり男性の魔力とはあくまでも自分の分体では無い自分を生み出す為に必要な要素と言う訳だ。子供に宿るのは女性の魂の欠片だけ。男性の魔力は最初に消費され、後は全て女性の魔力だけで“子供と言う魔力”は創造されていく。
なるほどそう考えれば確かに僕の魂の欠片が渡ることは無いだろうし、アーレイの血が流れることも無い。
それでもやはり素直に頷けるものでは無い。僕の子供、と言うだけでも重たい意味を持つのだから。その情報が外部に漏れるか否かの問題ではない。カー=マインがそれを許容することに問題がある。
王族の直系、その子を個人的な理由で密かに世に生み出すだなんて、王族の魂の欠片を継ぐ僕に出来る訳が無い。
僕が子を為すことを許されるのはザルードとして、あるいは国王陛下か王妃陛下より特別な許しがある場合だけだ。
故に、僕はザンド一族の女達と子を成すことは出来ない。
「改めて聞こうか。俺の胤は渡せない。その意味は分かるな?」
「無論のこと。今の言葉はあくまでも我ら一族の種族特性を説明させて頂いたに過ぎませぬ」
「ならこの話し合いの意義が失くなることに変わりない訳だ。それを理解しての言葉と受け取っていいのか?」
「承知の上です」
僕は目を細めてシムシスを見据えた。
しかし、僕の視線を受けてもシムシスの表情は変わらない。自分の意思を貫こうとする姿勢に一切の揺ぎは無い。
そのまま何を言うこともなく、僕はローラルへと視線を移した。
「ローラル、お前達吸血属は人種と変わらない妊娠方法だと言ったな」
「ええ」
「ならお前と、お前の親族は子を作ることが出来なくなる訳だ。その場合、族長の血は途絶えるぞ」
「構わないわ。元を辿れば私達パーラ一族は血で族長を選んでいた訳じゃないから。もう何世代も血の系譜で族長は引き継がれてきたけれど、それは偶々のこと。私が世界へ還元する前に他の娘へ族長の座を譲れば問題ないわ」
「それはお前を含む十五名に価値が無いと言っているも同然に思えるが?」
「大事なのは今ある価値だと私は思っているわ」
「ほぉ」
先程シムシスに向けた視線をローラルに向ける。
やはりと言うべきか、彼女もまた僕から視線を逸らすことをしなかった。
「……」
目を細めたままに視線を落とし、紅茶を飲み、瞼を閉じる。
指でテーブルを叩き、叩き、叩き、瞼を開き――【王者の覇気】を僅かながらに開放した。
視界の中、ローラル、そして彼女の集合体員の表情が強ばったのが見て取れた。
視線を移せば、歯を食いしばり耐えているシムシスと身体を震わせる彼の集合体員の姿があった。
そんな彼ら、彼女らに対し、僕は言葉を向ける。
「最後に問おう。貴様ら、意味を理解しての言葉であろうな?」
「……はい」
「無論に御座います」
【王者の覇気】の重圧が支配する中、僕と二人の族長との視線が交差する。
十数秒が経っても一切視線を逸らすことの無い二人に目を細め、僕は【王者の覇気】を抑えこんだ。
小さく息を吐き、紅茶を一口飲み、思う。まぁこうなるよな、と。
そもそも今回、何故ローラルとシムシスがこんなことを言いだしたのか、それは嘗てのミミリラと全く同じ理由だろう。
ミミリラと初めて交わったあの日、ミミリラは自らを
ローラルもシムシスも土地を追われた一族の族長だ。二人共が、己の一族を守らねばならぬと言う重たい責を肩に背負っている。それは族長と言う、率いる者にしか決して理解出来ぬ苦しみを与え続ける。
この二人からすれば、自分達の立ち位置は非常に曖昧なのだ。
自分達から金の神への誓いは口にした。けれど、僕からは誓っていない。ただ主人と配下、庇護者と庇護下の関係性を作っただけ。
それは最初に僕とサガラが交わしていた、ただの契約事と同じだ。お前達の安全は約束してやろう。但しそれに見合う働きを寄越せ。そこにあるのは雇い雇われの間柄だ。
そう言う意味で、パーラ一族とザンド一族はいつ僕に切り捨てられても不思議ではない立ち位置にいるのだ。僕にその気が無いにしても、それは上位者足る僕だからこそ分かることで、二人からすれば無条件に安心は出来ない。
つまり、この二人は嘗てのミミリラと同様に、自分を、自分の一族の女を捧げることで一族の安寧を欲しているのだ。
また、どうしてローラルがこの場でこんなことを口にしたのか。シムシスがそれに追従したのかの理由に付いても察しは付く。
それは昨夜の僕とサガラのやり取りが全ての原因だろう。
僕はサガラに安寧を金の神に誓っている。全幅の信用と信頼をサガラに向けている。またサガラも僕に絶対的な忠誠を誓っている。それは金の神への誓い関係なく、本人達の意思からくるものだ。
それが、昨夜の僕とサガラのやり取りで明確となった。それを、ローラルとシムシスは目にした。してしまった。サガラ一族と自分達では立ち位置が全く違うのだと。
以前から不安を抱えていたのかは定かでは無いが、昨夜の光景を目にすることで焦燥感を抱いたとしてもおかしくは無い。
ローラルが先程、僕の膝に乗るミミリラに視線を送ったのもその辺りが理由だろう。
ミミリラはサガラの族長であり、僕から絶対的な寵愛を受けている。それはもう言葉にせずとも、普段のやり取りから言動から、そして主人の膝に乗ることを許される程の関係からも確信出来るだろう。
だからこそローラルは自身と自身の親族を、シムシスは自らの親族と一族の女全てを僕に捧げることで、その関係性を確かなものにしようとしているのだ。
僕が二人からの懇願を安易に拒否出来ない理由がここにある。
この二人は忠誠の証として、女と言う捧げものを差し出している。これを断ることは即ち、二人からの忠誠を受け取る気はないと言う僕の意思表明になってしまう。
支配者が従属者からの捧げ物を受け取らないと言うことは、そう言った重たい意味を持つのだ。
また、これは『
二人はサガラが見ているこの場で、主人である僕に自分達の覚悟と誠意を表しているのだ。これを断ることは、二人の覚悟を踏みにじることにも、惨めを味わわせることにもなる。
それは今後の僕と二つの一族との関係に罅が入ることにも繋がりかねない――いや、確実に支障が出てくるだろう。不安や不信を抱えた関係からは信用と信頼は生まれないのだ。
つまり、こうして決意と共に忠誠の証を捧げられた時点で、僕には受け取らないと言う選択肢は無いのだ。
そう言った理由もあって二人に自らを納得させる方向で説得しようとしたのだが、この様子では梃子でも動きそうに無い。本人達の言葉に問題があると指摘しても、【王者の覇気】で威圧しても、この二人は引こうとはしなかった。
ならばその心意気を称賛し、忠誠の証を受け取るのが上位者としての正しい行いだろう。
一応とばかりにローラルやその集合体員、シムシスの集合体にいる女達を人見の瞳で見れば、薄らとではあるが内面が映し出された。
まだ殆ど「
彼女達のことを「要らない」とは思ったが、別に嫌っている訳でも無い。振り返れば嘗てのミミリラやサガラ女衆も同じだった。僕は最初、別にミミリラ達を強く求めていた訳じゃないのだから。
ならば、きっと僕と彼女達との関係も、今のサガラと同じ結果に収束してくれるだろう。
僕は苦笑するように鼻を鳴らし、微笑んだ。
そして、二人が求めている言葉を柔らかな声色で口にする。
「分かった」
僕がそう言うと、ローラルとシムシス、二人の集合体員の面々が安堵の表情を浮かべた。
了承した以上何を言うつもりもない。但し、最後に一応念は押しておこう。
「シムシス、魔窟で聞いていたとは思うが、俺の避妊魔術は女性側が魔力を吸収してしまう。それで万が一にも子を宿してしまう、と言うことは無いだろうな?」
「はい。通常ではない妊娠は能動発動型技能によるものですので」
「ならいい。但し一族の者には確実に伝えておけよ。もし俺の子を宿した時点で一生表には出られないと思え」
「畏まりました」
「重々気を配らせておいてくれ。万が一があった場合、俺が国王陛下よりお叱りを受けてしまうからな」
僕がそんな風に言えば、周囲から僅かに笑いが漏れた。
視線を巡らせれば、サガラの面々も表情を柔らかいものにしている。そんな様子を見て、これなら大丈夫そうだと安心した。
実を言えば、話の途中でサガラの表情がかなり険しいものになっていたのだ。
魂の波動こそ放たれていなかったものの、殆どの面々が「ぶっ殺すぞてめぇ」と言わんばかりにローラルとシムシスを睨みつけていた。
まぁ主人である僕が「一族の人数増やす為のお話をしましょう」と言っているのに、「ところで子供は増やせなくなりますが女を差し上げたいと思います」なんて返しているのだ。サガラからすれば「てめぇふざけてんのか」と言う気持ちにもなるだろう。
サガラとて、二人があんなことを言いだした理由に察しはついていたと思うが、それはそれ、これはこれ、と言うところだろう。
僕が敢えて不快感を露わにしたとは言え、危うく今後の失敗が約束されてしまうところだった。僕が許し、こうして皆で笑えているならもう問題はないだろう。
そこからは具体的に今後どういった形で三種族の繁殖、繁栄をしていくか、それぞれの慣習や決まりごとの確認をした上でどういう流れに持っていくかなどを話し合った。
一応は一夫一妻の形で進めていくことにはなったのだが、パーラ一族の方がサガラとザンド一族の男の総数よりも多い。その辺りは今後どうなるかを見定めていくことに決まった。
それ以外の部分でも、すぐに全ての物事が上手くいくとは思っていない。様子を見ながら適時適応と言う感じにはなるだろうけれど、他種族同士、一族単位で伴侶を作るとはそういうものだろう。
粗方の話し合いが終わると、僕は小さく息を吐いて椅子に背を預け、後ろに立っているパムレルの胸に頭を埋めた。
何だろう、昼間はのんびり過ごせていた気がするのに、一日の終わりがこれかと思うと変に疲れが溜まってしまう。その疲れを生み出したのは自分なので自業自得と言えばそうなのだが、内心で溜め息を吐くことくらいは許されるだろう。
そんな風に気が抜けたからか、僕は特に深い意味もなくこんなことを口にしてしまった。
「まぁパーラ一族とザンド一族は『ミミリラの猫耳』に花畑と大森林を広げられるよう励んでくれ」
「ご安心下され。我ら木人種、体力には自信があります故」
シムシスの言葉に、一拍の間があった。そして次の瞬間、サガラの男衆が大きく口を開いて笑い声を上げた。僕もまた釣られるようにして笑ってしまった。
いやはや、まさか堅物一辺倒だと思っていたシムシスからそんな言葉が出てくるなんて誰が思おうか。
僕の脳裏に、戦で初めてロメロが冗談を口にした瞬間が思い起こされた。そう言えばあの時も、まさかロメロの口からお茶目が出てくるなんて思ってもみなかったっけ。
何とも言えぬ情動が湧き上がり微笑んでいると、強い視線を感知した。それも一つや二つでは無い、大量の視線だ。
何事かと周囲を見渡せば、サガラの女衆全員が僕を見ていた。一体何だと思う僕の頭の中に、姦しい声が響く。
《カイン様を前に体力を誇るなんて愚か》
《何度か世界に還元して出直してくるべきですね》
《どうせ枯れ木みたいにすぐ
《根魂属って言うくらいですし、意外と粘るかも知れませんよ?》
《
《右に同じく、です。何が木人種だからです、笑わせてくれるです》
《私達は絶えず注いで貰えてますし、いつでも花盛りですね》
《その理屈で言えば、私は毎日花満開》
《ミミ、最近ちょっと不公平だと思いませんか?》
《なのん》
《全く思わない》
《族長ぅ。花は沢山咲いた方がジャスパーさんが喜びますよー?》
《ですです!》
《私一人の花でカイン様を包み込むから問題ない》
《昔の愛らしい族長はどこへ行ったのかしら》
《ああー、ちっちゃい頃の族長可愛かったですね》
《カイン様だけに可愛いと思って頂けたらそれでいい。私はもっと可愛くならないといけないから皆こそ遠慮すべき》
《『酷い!』》
《やっぱりミミは鬼なのねん》
僕の集合体員の会話に、どうして女衆が僕を見ているのか理解した。どうやら体力と励むという言葉に僕との交わりを連想したらしい。
道理で僕を見つめる女衆の瞳に熱っぽいものが混ざっている訳だと納得した。だが今はシムシスの言葉に苦笑するか、男衆に冷たい視線を送っていて欲しい。
見てみろ、お前達の視線と様子に気が付いたローラル達吸血属や、根魂属の女達が僕を見て何とも言えぬ表情を浮かべているじゃないか。
「やれやれ」
大事な話し合いの最後にしては何とも締まりのないものになってしまったが、これが『ミミリラの猫耳』としての正しい光景なのかな、と苦笑してしまった。
結局堅苦しい話し合いはそこで終わり、その後はまた各自で歓談の時間を過ごしてから解散となった。
翌日からは、お祖父様が来られるまでの間に色々とした。
思ったよりも早くジャルナールから空家の情報が届いたので回収に行ったり、その後ローラルやシムシスの一族を迎えに行ったりだ。語ることは特にない。両方とも【
強いて言えば、新たな建物で空いた敷地面積が減ってしまったので、早い内に連盟拠点の要塞化を行おうと思ったくらいだ。
全ての種族が連盟拠点に
さて、そうしていざ迎えた歓迎パーティーだが、正直歓迎では無く殆どお見合いパーティーみたいなものになっていた。新規連盟員と娼婦達との顔合わせの意味合いもあった筈なのだが、どう見てもおまけにしかなっていなかった。
流石にまだ顔を合わせて間もないのですぐに男女の相手が見つかると言うことは無かったが、見ている限り悪い感じはなかった。上手く他種族同士、男女問わず談笑している姿も見受けられたし、女性陣に関してもアンネ達娼婦と交流を深めていた。
少し面白かったのが、ニール達サガラ男衆のパーラ一族に対する接し方だった。
普段から下品な冗談を口にしたり、鼻を伸ばして娼館に足を運んでいるのが嘘のように、至って紳士的に接している。
サガラの女は貞操が固く、男は番に対して一途とは僕も聞いていたが、なるほどと納得した。伴侶が居なければ好きにするが、そうでは無い、生涯を共にするかも知れない相手には真剣に向き合うと言うことなのだろう。
嫌いじゃないな、と思った。
笑顔の裏に腹黒いものを抱えたまま令嬢を口説く令息を見てきた僕としては、彼らの姿は気持ちよく感じた。王族として生まれ育った僕もそんな令息達と同類だからこそ、ニール達の姿が美しく映った。
僕も正式な当主として認められた後は、正妻となる相手を見つけなければいけないな。
貴族家当主としての大事な勤めの一つには、家を継ぐ者、それを支える者達を多く作ることもあるのだから。
「……」
少しだけ、嘗て伴侶となる予定だった美しい少女の顔が頭に浮かんだ。
家族とは違った意味で、彼女は僕という存在を見てくれていた。侮辱でも皮肉でも無く、「カイン、貴方はいつになったら本気を出すの?」だなんて、貴族達に蔑まれていた僕を優しい声で叱咤してくれていた。
下手をしなくとも『
母上以外には、それこそ父上にですら平気で物申すような怖いもの知らずだったけれど、確かに彼女は僕の味方であり続けてくれていた。
……何だか碌でもない記憶ばかりが蘇ってくるな。
僕に対しての言葉も、きちんと思い返せば己の思いと考えを愚直すぎる程に真っ直ぐ口にしていただけな気がしてきた。さっきの言葉の後だって、「早くあの屑を世界へ還元させましょう」と続いていたのだから。
その言葉の矛先はダイン兄上の祖父であるニコラ公爵だったが、公爵級を斬り殺しましょうだなんて微笑みながら言葉にする公女は他に居ないだろう。
そんな感じで徐々に三種族との関係を深めつつ日々を過ごすこと幾日後、ついにお祖父様が城塞都市ガーランドへ到着された。
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