第126話 ミミリラとのんびり

 あれから、僕達はそのままパーティーホールで大宴会とばかりに酒を片手に騒ぎに騒いだ。

 その賑わいは連盟設立パーティーを遥かに凌ぐもので、アンネ達の娼館にまで届いた程だった。実際、始まって暫くして何事かとアンネ達数人が様子を見に来た。

 そのままなし崩し的な形で、これまで行えていなかった『セルリーム』の歓迎パーティーに突入することになった。テーブルや椅子、その他食器類などは以前からジャルナールに頼んで連盟拠点ギルドハウスに搬入して貰っているので備え自体は出来ていた。


 あっという間にパーティーホールは総勢二百九十九人と言う大人数で埋まった。

 使用人組だけでは無く、サガラの女衆に娼婦の多くが調理場で動き回り、更には焼肉調理器具をそのままパーティーホールに並べるという無茶苦茶なことまでした。

 本来であれば一面が華美な装飾に彩られ、整然と配置されたテーブルの合間合間を豪奢な装いを身に纏った王侯貴族がグラス片手に歓談の時を過ごすパーティーホールは、最早何を目的とした場なのか分からぬ混沌の場へと変貌を遂げていた。


 結果、普通なら決して交わることのない演芸の空間がその場に生み出された。

 最初にサガラが一族に伝わる踊りと歌を披露すれば、教養と芸能に富んだ娼婦達が美しい歌声や、いつの間にか購入していた各種楽器を用いて耳に心地よい演奏をパーティーホールに響かせた。

 それに負けじと吸血属と根魂属合同で、彼ら、彼女らだからこそ可能な幻想世界を作り出す。シムシス達がホールをぐるりと一周する形で葉の付かぬ枯れた木々を生み出すと、そこから美しい花々が咲き誇り、生み出された風によってホール中を花びらが舞い踊った。


 その美麗な光景に、皆が目を奪われた。

 宙を舞い踊り降り注いだ花びらが皆の持つ杯へと落ちていくその様は、『花見酒』と言うものを彷彿とさせた。花を咲かせる木々の側で美景を眺めながらに飲むそれは、別名『花飲み酒』と言う。

 花を見ながら杯を交わし、そこに舞い降りた美しさを味わうという、王侯貴族のみならず、平民にも広く伝わっている縁起行事だ。同時に、最高の酒の飲み方の一つとされている。


 それを踏まえれば、僕達は最上の場で最高の酒を飲んでいることになる。

 盛宴に至った祝宴を見て、今日という日こそが本当の『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』設立になったのだろうかと、僕はそんなことを思った。


 酒も食も歓談も進みに進んだ宴は、とうとう終わりを迎えようとしていた。

 普段に輪をかけた調子ペースで飲んでいた男衆は完全に潰れ、ホールの隅へと沈んでいく。ところどころでは見せてはならぬ醜態を晒している者達も居たが、僕が【光の部屋ライト・ルーム】や【闇の部屋ダーク・ルーム】で隠し、【還元する万物の素ディ・ジシェン・ジ・マナ】などで綺麗にすることで何事も無く済んだ。

 普段なら呆れていただろうそんな光景も、今日ばかりは構わないだろうと皆は笑っていた。


 その後、死屍累々となった面々は【悪性還元リターン・ヂェイド】と【母の手ラ・メール】で体調を治してやった上で【間の間マナ・リル】を用いて各部屋に放り込んだ。

 僕は僕でサガラの女衆と娼婦全員で一夜を過ごすこととなった。パーティーホールの片付けが終わるや否や、これ幸いとばかりに娼婦連中に娼館に引き込まれたのだ。

 僕としてもまだ魔窟ダンジョンでの精神的な疲れが取れていなかったので丁度良い機会でもあった。今では娼婦連中との営みも、安堵する時間となってくれているから。


 饗宴の高揚が残っていたのか、これまでで最も激しい一夜を過ごした次の日、一睡もしていないにも関わらず僕の体調は万全だった。身を包んでいた倦怠感などの全てが吹き飛んでくれている。

 その代わり、無事なのは僕とミミリラの二人だけだった。

 日が昇り僕が娼館から出る時には、昨夜酔いに潰れた面々とは違った意味で死屍累々だった。そんな女性陣を置いて、僕とミミリラは連盟拠点ギルドハウスへと戻った。


 エントランスホールに入ると、既に起きていた使用人組に紅茶と朝食を頼む。

 席に着けばすぐにミミリラが膝の上に乗ってくる。甘い香りと温もりを届けてくれる柔らかさを味わいながら、力を抜いて椅子の背に身体を預けた。


 何をするでもなく、ミミリラの尻尾が肌を撫でてくるのを感じながら、ぼんやりとエントランスホールの景色を眺める。

 何だか凄く久しぶりに落ち着いた時間だな。そう思う僕に、ミミリラが涼やかな声を届けてくる。


「今日はどうするの?」

連盟ギルドは完全休業。俺はのんびり、そうだな。ちょっと魔道具でも作るかな。ミミリラも偶には皆で遊んできても良いぞ?」

「ジャスパーの傍に居る」

「そうか」


 なら魔道具とは違った意味で弄ってやろうかな。そう思うと尻尾が腕に巻きついてくる。応えるようにして、ミミリラの髪に鼻先を埋める。酷く安心すると同時に激しい劣情を催す匂いが鼻腔を満たし、それ以上に強い睡眠欲が湧いてくる。

 疲れているのかな、と思った。女性達と交わったからか今はそうでも無いのだが、魔窟から帰ってどうにも倦怠感が無くならない。肉体的、精神的な面では無く、もっと根本的な部分で疲れが溜まっている気がする


「少し休んで欲しい」

「だなぁ」


 顔を上げて返事こそしたが、暫くの間は純粋な意味での休息を取ることは叶わないだろう。父上に代替わりの挨拶をしてからはすることが山程あるのだから。


 最優先で手に付けたいのは城塞都市ポルポーラの復興作業だ。

 今の僕なら進化させた【魔力視マジカル・アイズ】で城壁や家々、その他建築物を視ることで正確にその構造を理解することが出来る。併せて設計や施工、土木などと言った建築に関係するものの知識を蓄えれば、頑丈なものを一気に魔術で作り出すことだって可能だ。

 城塞都市ポルポーラだけでは無い。各地区で被害にあった場所の見回りを含め、手を出せるところには極力救済の手を差し伸べていきたい。


 ザルードに関係ないところで言えば、吸血属や根魂属に関することだ。

 ジャルナールから空家の情報が入ればすぐにでも回収に行かなければならない。いつまで経っても彼ら、彼女らが離れている状況はあまり歓迎出来るものではない。

 コンコラッド公爵の奴隷狩りによって攫われた吸血属の売り先も分かれば色々と動く必要があるだろう。公爵としてか、冒険者としてか、あるいはジャルナールに頼むかはその時次第だが、出来うる限り吸血属を買い付ける必要がある。

 また彼女達の種族技能を用いての諜報活動も必要となる。どこで、誰に、どういった運用をするか等、予め想定しておかなければならない――この辺に関しては少し悩んでいることがあるので、それの答えを出してからにはなるかも知れない――。

 根魂属に関してはお祖父様と打ち合わせてからになるので、もう暫く後のことになるだろう。

 その他にも、小さなことを考えればするべきことは際限なく頭に浮かんでくる。


 思い浮かべるだけで疲れを生み出してくるそれらを一旦頭の端に寄せてから、僕はミミリラの滑らかな髪に再び鼻先を埋めた。

 甘い香りを楽しみながら、ふと浮かんだ先日の経験値稼ぎレベリングに関する話題を言葉にする。


「そう言えば、もう俺達の集合体パーティーだけで危険度第6段階は普通に狩れそうだな」

「特殊個体が出てこない限りは簡単だと思う」

「今後は楽が出来そうだ」

「ジャスパーの負担が減るなら何でもする」

「それは嬉しいが、その間はお前達が傍に居ない訳か。手慰みを見つけておかないといけないな」

「じゃあ戦いは他の六人にさせる。私はジャスパーの手慰み」

「文句の嵐だな」


 そう言って笑い、甘えるように擦り寄ってきた尻尾を手に取り撫でる。


「お待たせしましたっ」

「ん、ありがとう」


 暫くして紅茶が持ってこられたので、ミミリラを膝から下ろす。

 視線を向ければ、そこには小さなお手々で盆を持つ子供の姿がある。僕の膝の上に乗るのが大好きなあの子だ。


 二つのカップが載ったそれを両手で受け取りテーブルの上に置く。


「いつもありがとな」

「えへへ」


 お礼に頭や耳を撫でてやると、子供は嬉しそうに微笑んでから向こうへと去っていった。


 その背を見送り、紅茶を一口飲んでからミミリラに問いかける。


「なぁ、小さい子供の耳とか尻尾に他人の男が触れるのはどう言う意味があるんだ?」

「将来お前は俺の嫁」

「え?」

「女の子はそう。男の子は単純に親愛。どっちも普通は触らないし触らせない。男も女も、本能的にそこが大事なところだと知っているから」

「さっきの子ってどっち?」

「女の子」

「つまりそういう風に取ってるってことか」

「うん。もう発情の匂いが凄い。皆気づいてる」


 まだまだ少女でしか無いのに発情とくるか。人種と獣人種では成長の度合いや諸々の適齢期が違うのだろうか?


 僕の心を読み取ったミミリラがその疑問に答えてくれる。


「属にもよるけど、基本的には獣人種も人種と成長は変わらない。出産適齢期も変わらない。ただ、自分がつがいになりたいと認めた異性に対しての求愛行動に年齢は関係ない」

「へぇ……」


 つい感心の声が漏れた。

 言われてみればニールだって十歳の頃には実姉であるイリールに求婚していたと言うし、獣人種にとってはそれが当たり前のことなのだろう。

 ただ、ミミリラの語る言葉は生涯僕には理解し得ない感覚だろうなと思った。

 自分の番、伴侶となる相手を自らが決めるなんて考えたことも無かった。物心着く前から既に許嫁は居たし、そうでなくとも王太子妃となる相手は父上や母上が決めることだったから。

 そこに疑問や不服を覚えたことなんて一度も無い。それこそが当然であり、正しいことだったから。

 父上や母上、お祖父様やお祖母様は完全に埒外だが、本来王侯貴族に恋愛感情なんて有って無いようなものだ。求愛とは如何にお家の為になるか否かで決めるもの。その相手と婚姻を結ぶことによってどれだけお家や自分に得があるかどうかが初めに来る。

 器量が良い、性格が好み、体付きに魅せられる。そう言ったものはあくまでもおまけ程度に付随するものだ。まぁ見目が悪い相手を選ぶことは本人の器やお家の品格にも関わることなので、美醜は前提条件としてくることが殆どだ。


 今振り返れば、王太子屋敷のメイドをしていた僕と同い年のリーサ。彼女に抱いていた恋慕染みたあれは、物珍しさからだったのだろう。

 ミミリラの言葉を借りれば「一時の珍味なるもの」。貴族が戯れでメイドに手を出すのと同じ。

 でなければ王城のパーティーなどで美しい令嬢を目にし続け、美しさの象徴とも言える母を持ち、妖精種に例えられる程の美顔を持った婚約者が居たのに、生家が子爵程度の利用価値が無い女に入れ込む訳も無い。

 あの頃は王城から王太子屋敷に環境が変わったことで緊張感も抜けていたように思うし、食指が動いたと言うやつだろう。リーサに手なんて一切出してないし、どちらかと言えば出された感もあるが。


 何とも詰まらないことばかりを考える僕に、心を完全に読めるミミリラは何を言うことも無かった。ただ、僕の考えること全てが正しいのだと、感情が伝えてきていた。


 ミミリラは何を指摘することも無かったが、淡々とした口調で言葉を続けた。


「私としては、あの娘がジャスパーに感謝以上の想いを抱いているのは嬉しい」

「どうして?」

「あの娘は私の異母妹だから」

「ああ、やっぱりそうなんだな」

「うん」


 実を言えば、そうなんだろうなぁと言う思いは持っていた。

 あの子供――ティティリと言う女の子の名前は比較的最近になって知った。名前の響きから女の子かな? と言う予想は出来ていたし、「リ」が付いているのでミミリラの姉妹か従姉妹のどちらかだろうと思っていた。


 ただ、僕はあの娘の名前以外の殆どを知らない。

 普段触れ合う機会が少ないと言うこともあるし、サガラには辛い過去がある。ニール達大人ならば自分で感情に整理をつけることも可能だろうが、子供であればそうもいかない。

 故に、僕はあの子が自分から話してくるまで、個人的な部分に関して問いかけることはすまいと心に決めていた。


 ミミリラが自分の紅茶を一口飲み、小さな唇を潤す。たったそれだけの所作に、蠱惑的な色香を感じさせられた。


「私程じゃないけど、里の中でも群を抜いた才能を持っていた。それもあって里から逃げる一人として選ばれた。私もあの子には才能があると思う。将来は必ずジャスパーの為になる」

「へぇ」


 確かに、ティティリは逃げ延びたサガラの中では最も幼く見える。

 ミミリラの父親が如何に若く優秀な者から逃げ出すよう指示したとは言え、あんな年齢の子供までもが逃げているのは少々違和感のあることだった。言っては悪いが、逃げる際に力の無い幼子など、邪魔にしかならないのだから。

 ミミリラが認める程に才能のある親族であれば納得もいく。


 疑問があると言えばティティリの年齢だ。

 五年前、まだドゥール王国が健在だった頃には、既に才能に関しての判断が為される程度には年齢を重ねていたことになる。しかし、里から逃げ延びて五年経っている今も、あの子の身体は幼女と少女の間くらいに見える。

 逆算すれば里から逃げ延びた時点でティティリは二歳、三歳であってもおかしくは無い。それで才能があると判断されていただなんて、末恐ろしいにも程がある。


 そんな僕の疑問に、ミミリラは小さく首を振った。


「あの子は生まれた時から身体が小さかったし、各地を彷徨う五年の間に殆ど肉体的な成長が見られなかった。比較的早い段階から弱体化効果バッドステータスが付いていたこともあると思う」

「じゃあ元から?」

「うん。あの子と私の年齢は殆ど変わらない」

「なるほどな」


 普通に生きていれば人の外殻は魂と共に成長していくものだが、条件次第ではそうならないこともある。

 例えば幼い頃に食事を録に取ることも出来ずにいると、その間外殻は成長しない。きちんと栄養を取れるようになればきちんと成長するのだが、逆に言えば栄養を摂取出来なければいつまでも成長期と言うものは訪れない。


 これは人の魂が本人の成長を阻害させていることが理由だと言われている。

 成長する為には栄養が必要で、成長すればその必要摂取量は増えていく。成長させる為の栄養が無いのに無理に外殻を成長させてしまえば、そもそも生命の維持が出来なくなる。

 それを避ける為に魂が自己防衛の一つとして敢えて成長を止めているのだろうと、魔導士達は語っている。他にも人が外殻の成長を止めてしまう理由は幾つか存在する。


 ティティリに関しては弱体化効果が原因だろうか。

 ミミリラと出会った当初、サガラは生活自体には困窮していないと彼女は語っていた。ならば食事面で不足があった訳では無い筈だ。

 それを踏まえれば、ティティリの身体が成長していなかった理由は他にあると推測出来る。具体的にどんな弱体化効果が付いていたのかは知らないが、ティティリの魂が成長を阻害した何かがそこにはあるのだろう。


 そう考えれば、現在普通の生活を過ごせているティティリは今後、急激な外殻の成長を遂げるのだろう。

 ……いやまぁ、サガラがこの連盟拠点を住まいとして一年近く経とうとしている。出会った当初とは比べられぬ程に健康的な肌色をしているが、現時点であまり成長しているようには見えないので、もしかしたら彼女は小さな体躯のままで成長が終わるのかも知れない。

 姉であるミミリラだって僕の胸元程度にしか身長が無い訳だし、血の繋がりがあるニャムリとピピリも身長は低い方なので、族長の血筋そのものがそうなのかも知れない。


「まぁ今はゆっくりすれば良いさ。五年も疲れていたんだ。少しくらい休んだって誰に何を言われることも無いだろう」

「うん」


 そんな取り留めの無い会話を続けること暫くして、二人分の朝食が持ってこられた。

 ただただ無言のままにそれらを食し、食べ終わると食後の紅茶を用意して貰い、再びミミリラが膝の上に乗ってくる。


 昨夜の喧騒が嘘のような静かな空間の中、無言のままに紅茶を飲む。

 少し離れたところでは使用人組もお茶をしており、このまま午睡でもしたくなる。まだ日が上がって早いので、単なる二度寝にしかならないかな。


「ところでジャスパー」

「うん?」

「使用人組の女達を寝床に呼びたい」

「ん? それって前に話さなかったか?」


 使用人組の女衆にも未婚は居る。それでも今まで抱いてなかったのは、単純に冒険者組ばかり抱いていたのと、身体が完調ではなかったからだ。

 それに、僕との行為は冒険者組ですら体力が付いてこない。故に、使用人組には手を出さないようにしようと、以前ミミリラと話し合っていた筈だった。


「最近、彼女達から少し言われるようになった。身体はもう動くようになったし、時間がある時には訓練もして体力を取り戻してきたから、って」

「ほお」

「ジャスパーが思っている以上に、求められてる」

「まぁ俺は良いよ。ただ無理は禁物だ」

「うん。そう伝えておく」

「よろしく」


 再び無言の時間が流れる。

 悪くない気分だった。のんびりした会話と何をするでもないこの空間は、ミミリラと二人だけなこともあってか酷く落ち着く。


「ところでなんだがな」

「うん」

「今後番となる奴らの住まいはどうするか。吸血属や根魂属は別途聞くとして、サガラの里ではどうしてたんだ?」

「家の大きさによる。基本的にサガラの里では、家族の全ては同じ家に住んでいた。家族が増えれば家を増築するか、それが無理なら側に新しく家を建てて、そちらに何人かが移ると言う形。それでも通路と屋根で繋げるから、母屋と離れみたいな感じになる」

「ああ、だからサガラの面々は一人部屋が無いんだな」

「うん。里の皆は仲間であり家族。一緒に居るのが当然だった」


 なるほどな、と僕は頷いた。

 僕個人の思いとしては、配下の住まいを連盟拠点の敷地から出したくは無い。身の安全のこともあるし、ミミリラから話を聞いた後では違う意味でも離すことは宜しくないだろう。


 いっそ屋敷の敷地が埋まることを承知の上で、増築に増築を重ねてしまおうか。

 馬車の出入りや大量の物資搬入を考えれば、どうしてもある程度の広い空間は必要になる。ならば、一階部分は柱以外の全てを広場にする形で、二階からを居住空間にすれば通路と収容領域は確保出来そうだ。


 折角なので各所に手を入れるのもありだろうか。

 屋敷の門は楼門ゲートハウス、塀は高さを増して幕壁にすると同時に居住塔を建てることで防衛機能と居住機能を兼ねる。そうすれば屋敷全体を住まい兼、防衛拠点として機能させることだって可能だろう。

 もう屋敷では無く小規模な砦と化していっている気がするな。確実に代官から一言ありそうだ。そうなる前に公爵として「『ミミリラの猫耳』をザルード家で抱える故、よしなに」とでも言っておこうかな。


 色々と思考を巡らせながらミミリラの頭を撫でる。

 耳を弄り、手を滑らせて顎をくすぐる。本来の猫とは違う、色を感じさせる音を喉から鳴らすミミリラに呟く。


「ミミリラ」

「んぅ?」

「またこの間のやりたいな」


 頭に思い浮かべたのは、ミミリラと過ごした二人だけの濃密な時間だ。

 魂が結合したり今以て不明な技能を手にもしたが、最高の時間であったことに違いはない。


 僕の思いがはっきり伝わっているミミリラは即答した。


「凄くしたい」

「じゃあ今度するか」

「うん。楽しみ」


 穏やかな時間だけが過ぎていった。



 ※



 結局、昼まではそのままミミリラとのんびり過ごした。

 無事に起きてきた面々に完全自由行動の旨を告げると、僕は僕で色々とすべきことに手を付けた。


 先ず魔窟でローラル達に種を植えさせた魔獣達の保管場所だ。

 あれらは武器庫や娼婦達の目の付かない場所に隠しておいたのだが、ずっとそのままと言う訳にもいかない。かと言って庭に放し飼いと言うのも、もし外部の人に見られた場合非常に面倒なことになる。

 よって、僕は武器庫を入口とした地下を掘ることにした。そこに巨大な空間を作り出すことで一時的な魔獣の隔離場所とし、必要に応じて取り出していくつもりだ。


 次に簡易的な作りをしていた庭の罠だ。

 これは一緒に居たミミリラとニャムリ達六人に色々と聞きながら改良することにした。

 流石と言うべきか、僕では思いつかない視点からの改良点を意見として貰うことが出来た。どれだけ知識や魔術の技能があろうとも、その道の専門家には勝てないのだということがよく分かった。


 後は『以心伝心メタス・ヴォイ』を初めとした魔道具の作成に時間を割いた。

『以心伝心』はローラルとシムシスに渡す必要もあるし、今後も都度必要な状況が出てくるかも知れないので予備も含めて多めに作った。


 僕の【母の手ラ・メール】と同等の効果を持った魔道具にも作手してみた。

 魔石の数こそ多く掛かったけれど、思いの外あっさりと作ることが出来た。ただ効果が高いからか僕の技術が甘いのか、使いきりのものしか作ることは出来なかった。

 それでも、もしもの時には確実に役に立ってくれる魔道具だろう。なにせ死んでいなければ凡ゆる傷を癒す回復魔術だ。即死さえしなければ、或いは死に至る程の毒を服毒しない限りは何とでもなる。

 これは各集合体に一つずつ渡すことにした。僕の集合体のものも一応は作ったけれど、常に僕と一緒に居る以上は不要だし、もし僕が居ない状況でもミミリラさえ居れば【母の手】の使用は可能なので、要らなかったかな? と言う考えは浮かんだ。


 続けて支援魔術バフ効果のある魔道具を作った。

 内容としては僕の【外殻上昇シェル】、【内殻上昇シェリー】の両方を備えたものだ。流石に僕が直接使うものよりは効果が落ちたが、それでも十分と言える程のものは出来た。

 嬉しいことに、この魔道具は【外殻上昇】、【内殻上昇】と効果が重複してくれるようだった。ある意味今回僕が作った物の中で一番の当たりだったかも知れない。

 これはミミリラ達七人にだけ渡した。連盟員全員分は流石に無理だし、集合体主パーティーリーダーだけに渡しても意味がないからだ。

 敢えて僕のは作らなかった。そう言ったものに頼らず、自身を鍛えたかったから。


 この時点で僕の集合体員は技能値6-7相当の【物理障壁】と【魔術障壁】を張る魔道具、【光の部屋ライト・ルーム】と【闇の部屋ダーク・ルーム】で姿を消す魔道具、【母の手】の効果を持つ魔道具、【外殻上昇】、【内殻上昇】の支援魔術効果を持つ魔道具の四つを手にしていることになる。

 彼女達自身も相当の成長を遂げているし、今後余程のことでも無い限り危険に陥ることは無いだろう。


 他にも魔術を使う者達の為に魔術杖を作ろうとしたが、魔道具と化した魔石をはめ込む部分、柄に適した素材が無かったので諦めた。あれは魔力の伝導率が高いものでないと意味が無いのだ。


 気まぐれにミミリラ達の首輪を作ろうと思ったのだが、良いものが思い浮かばなかったのでまた今度にすることにした。それに気づいたミミリラ達がちょっと残念そうだった。

 ただ今回の魔道具作成は落ち着いた時間で出来たこと、ミミリラ達が常時傍に居たこともあってかかなり順調に作ることが出来た。それらへの感謝も含めて存分に愛でてやった。


 最終的に見れば、随分と魔石を消費してしまった。

 試作として使用したものも含めて、先日ジャルナールから譲り受けた分はもちろん、【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】の中に貯蔵ストックしておいた魔石もかなりの量が減ってしまった。

 皆が喜んでくれたからいいのだが――ジャルナール、いっそ金貨百万枚分くらいの魔石を仕入れてくれないものだろうか? あるいはカーラックの山に存在する魔獣を片端から狩り尽くすのもありかな?


 そんな馬鹿なことを考えられる程に、のんびりした一日だった。

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