第116話 木々は集う、大樹の下に

 ローラルから聞かされたシムシス達に関する話は、彼女達と似たようなものだった。やはりコンコラッド公爵の奴隷狩りから逃げる為に落ち延びた彼らの最終地がここだったらしい。

 元々花人はなひと種吸血属と木人きのひと根魂ねっこ属の集落は近いところに存在しており、次期長であるローラルとシムシスは幼い頃からの顔見知りだったと言う。それもあって、くだんの反攻作戦の時は同じグーニ町へ攻め込んだらしい。

 二人は昔馴染みだったこともあり、城塞都市ガーランドで顔を合わせた時にすぐ互いの存在に気付いたと言う。それからはただの冒険者同士の関係を装って時に協力し合い、情報交換などもしていたとか。

 また顔見知りじゃなくとも、植物を原種に持つ亜人族は互いに何かしら感じるものがあるらしく、近くに居れば何となくは存在を感じ取ることが出来るそうだ。


 最近依頼が減ってきているのはシムシス達もまた同じで、その辺りに関して先日お互いの現状を相談し合ったらしい。

 そしてたどり着いた結論が『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』に加入を求めることだったとか。


 そこまで聞いた僕は眉を寄せてテーブルを指で叩いた。

 叩く前から僕の不快に気づいていたミミリラ、それに続くニャムリ達六人が傍に寄って慰めてくれる。僕の表情が浮かべる機嫌の悪さに気が付いたのだろう、ローラル達が僅かに俯いた。


 いや、うちは他種族の駆け込み連盟ギルドじゃないんだが。


 そう思う僕に、気まずそうにしながらもローラルは話を続けた。


「お互い別々に足を運びお願いしようってことになって。それでもし先に所属させて貰えた方はもう片方の加入をお願いしようって」

「で。お前はあいつらが明日にでも来たら俺にお願いするのか?」

「今の私達はジャスパーの配下だから。何かしらの指示がない限りは一切口利きするつもりはないわ」

「なるほど」


 もし口利きしようとしていたら僕のローラル達に対する姿勢は変わっていただろう。その言葉が聞けて僅かに気を緩めた。本当に巫山戯ている。ローラル達はもう受け入れた故に何を言うつもりも無いが、滅びるなら知らぬところで勝手に滅びろという話だ。

 しかし気になる。どうしてサガラもこいつらも、逃げ落ちた先が城塞都市ガーランドなんだ? これでは他にも逃げ落ちた他種族が住んでいるんじゃないかと疑心暗鬼になりそうだ。


 そんな僕の疑問に、ミミリラが答えてくれる。


《城塞都市ガーランドは逃げ落ちる場所としては最適です》

《何故だ?》

《貴族が治める領地と言うのは、その領主が好きに出来るので無理が通るのです。僅かでも不審に思われた時は強引に手が入りますし、そうで無くとも見目が良い女がおれば連れて行かれることもあります。男も同様で、無理に労働力とされることもあります。なので、貴族領という場所はそもそも逃げ落ちる場所としては不適切なのです》


 それは非常に分かり易い理由だ。

 何度も述べてきたように、基本的に領地の中で何をしようと領主の自由。国王が口を出してくることだって殆どない。余程のことをしない限りは、アーレイ王国に存在する自浄作用でもある、「実力主義に於ける抑止力」が発生することは無い。


 この「実力主義に於ける抑止力」と言うのは、この国が「強きものが正義」と言う思想を持ちながらも、王侯貴族が理不尽に圧政を敷いたり民を虐げることが無い根本的な理由でもある。


 貴族には、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵を総じて言う五爵があり、言うまでも無く男爵が最も権威や権力、実力が低く、また公爵が最も高い。

 では仮に男爵が理不尽に民を虐げていたとしよう。それこそ自由市民であれど強引に奴隷とし、男は労働、女は妾、なんてことをしていたとする。ある程度なら何も言われないだろう。だがそれが長く続いたり度を越してしまうと、自分よりも上の存在が出てくる可能性があるのだ。


 例えば男爵より上の爵位を持つ子爵がその振る舞いを目にしていたとする。そして子爵は言うのだ。「面白いことをしておるな。それだけ奪っているのだ、私が貴様から何を奪おうと構うまい?」と。

 すると当然のことながら、男爵程度では子爵には権威も権力も実力も敵わないので全てを奪われてしまう。当然だ。「強きものが正義」と言うのであれば、子爵の行いは「正しき行い」になるのだから。

 では今度は子爵が男爵同様に理不尽な振る舞いをしていたとする。その先がどうなるかなんて考えるまでもない。伯爵が子爵から全てを奪い、次に伯爵が理不尽な振る舞いをすれば侯爵が出てくる。最後は侯爵が理不尽に振る舞えば最上位貴族の公爵が全てを奪っていくのだ。


 上には上が居る。強きものはより強きものに食われる。

 これが実力主義国家アーレイ王国に存在する、「実力主義に於ける抑止力」だ。


 分かりやすく俗な言い方をすれば、「調子に乗ってると潰すぞ?」と言うことだ。潰すとはもちろん貴族社会に於ける地位や名誉じゃない、物理的な意味だ。

 この理不尽は公爵で止まる。公爵は血を遡れば王家の血にたどり着く、よってそんな“馬鹿なこと”は決してしない。もしした場合は王城から国王が牙をむき出しにして襲いかかって来る。

 よって、公爵以外の五爵は支配者層としての権威や権力、実力を背に傲慢な振る舞いこそすれど、度を超すことは無い。


 以前アンネの一件でアジャール侯爵について述べたが、仮に領主が自分の領地で村や町を気に入らないからと言う理由で滅ぼしても、他の王侯貴族は「ふぅん」で終わるだろう。

 しかし、例えば領地全ての民を奴隷に落とし虐げていると聞けば全員が全員、特に侯爵級以上が「ほぉ?」と目を光らせるだろう。それ以前に国王よりの呼び出しがあってもおかしくは無い。

 領地を持つ貴族とは、あくまでも国王より領地を封土され、その土地の管理を特権込みで許されているだけ。そこを文字通り好き勝手に荒らせば、それ即ち国王が動く理由の筆頭である「国を乱す」ことに繋がる。


 歴史を振り返れば、実際にアーレイ王国初期の頃はこう言った理不尽が当然の如くにまかり通っていた。

 これは初代アーレイ王の「領地を支配したい奴がいるなら勝手にしろ」と言う方針からくるもので、初代アーレイ王は国王直轄領に迷惑をかけなければ各地の領主が何をしようと完全に放置していた。

 それこそ違う領主が違う領主の土地を武力で以て奪おうと何も言わなかった。初代アーレイ王が何も言わない以上、それに異を唱える大臣や諸侯も居なかった。


 そんな時代に終止符を打ち、「実力主義に於ける抑止力」を生み出したのが初代ザルード公爵だった。

 初代ザルード公爵は二代目国王の実子であり直系の血を持つ御方だった。その力は凄まじいものがあり、また基本的に理不尽なことを嫌っていた。

 二代目国王の直系の実子と言うことは、三代目国王とは父母を同じくする、完全に血が繋がっている間柄だ。その仲もまた至って良好なものだったらしい。むしろ三代目国王は初代ザルード公爵に頭が上がらなかったと、本人が記録に残している。

 つまり、権威も権力も縦や横の太い繋がりすらも持つ、ずば抜けた実力を秘めた理不尽を嫌う公爵が誕生したのだ。


 もう何を語ることもないだろう。

 初代ザルード公爵は理不尽を行っていた領主達を己の力でねじ伏せていった。


 当時はまだ二代目国王の治世であり、国の土台作りをしていた二代目国王はむしろ笑いながらそれを楽しんでいたという。

 まぁそうだろう、正しい国作りをするのに煩わしい領主は不要。そんな不要な存在を我が子が滅ぼしていったのだから、手間が省けた、さぞ愉快と褒美まで与えていたらしい。

 ちなみにそんな孫の行いを耳にした初代アーレイ王は「あいつも元気だな。どの御方に似たんだか」なんて呑気な言葉をこぼし、初代王妃に「貴方様ですよ」と返されていたとか。「どの御方」と言う辺り、初代アーレイ王も洒落が効いている。


 そして時は流れ、ザルード公爵に恐れを成した領主達は徐々にそういった理不尽な振る舞いをなくしていった。

 無論時代が流れれば同様のことは起きる。起きるが、やはり同様の結果に落ち着くことになる。そう言ったことが積み重なっていき、この国では「実力主義による抑止力」という不文律が存在するのだ。


 まぁ話がずれにずれたが、領主が存在する土地はやりすぎ無ければ特権をもつ貴族が好きに出来ると言う訳だ。度を越さなければ誰からも何も言われないから。


《ではここは? 国王直轄地だからか?》

《そうです。国王直轄領であれば無理を言えるものはおりません。代官ですらそんなことをすれば王より罰せられます。そしてここは王都からも適度な距離で、規模は大きくも冒険者や商人の動きが穏やかなのです。、安全に隠れるという場所としては候補の筆頭格として上がります》

《なるほどな……サガラもそうか?》

《はい。サガラの場合は幾つかの都市を巡りましたが、やはり最終地はここでした》

《ん、ご苦労》

《はい》


 ミミリラの頭を撫でてやると、小さな口から色っぽい声が漏れた。


 今のミミリラの言葉は非常に納得のいくものだったが、その思考の奥を読めばもう一つ重要な理由があった。ここ城塞都市ガーランドには、この国で三番目に高貴な存在が住んでいた。故に、凡ゆる貴族や代官も決して理不尽を行えないと確信していたのだ。

 今となっては過去の話になるが、この都市には国王の絶対的な寵愛を受ける王妃が己の命よりも大事とする息子が、そして最上位貴族が溺愛する孫が住んでいたのだから。そんな高貴な王太子カー=マインが座する地で馬鹿なことをする愚者は居る筈も無かった。


「シムシス達一族の人数は多いのか?」

「いえ、そこまでじゃない筈よ。あの一族は結構な数が直接戦闘に参加し散っていったから。だから逃げ落ちた人はそう多くは無いし、今は力の無い者が殆どだろうから苦労しているみたい。そもそも私達の一族とシムシス達の一族は少数一族の部類に入るから」

「昨日、お前達は多少粘ったがあいつらはあっさり帰ったと聞くぞ。切羽詰まってるにしては簡単に引いたのはどうしてだ」

「あの一族は非常に清廉で潔癖なの。見苦しい真似はしない。その代わり、こうと決めたら一途なところがあるわね。時々こちらの予想の斜め上を行くような言動をすることもあったわ」

「ふぅん」


 聞いておきながらあまり興味が無かったりする。もう要らないから。ただ頭が硬そうな印象を受けるな。殴って凹んでくれる頭なら断る時も楽なのだが。


「ちなみにだ。実際幾つの種族が紛争状態にあったんだ?」

「全部は流石に分からないけど、私達が結託した時は五種族だったわね」


 汚い言葉で失礼だが言わせて貰おう――あの糞公爵。それだけ手を出してれば確かに戦場へ兵を送るゆとりも無いだろう。あの戦自体自分の担当区域だったのに、奴隷狩りを始めたことが原因で役を果たせないとは何事だ。

 恐らくは元々種族紛争が続いていた時にナーヅ王国との戦が始まり、そちらに兵士を持っていったから五種族の反撃にあい町や村が滅んだんだろうな。なるほど、これならローラル達が一時的とは言え勝利出来た話も納得だ。そもそも主要な兵がごっそり居なくなっていたのだから。


 まぁあの戦が無かったとしても愚かしい行為に違いない。

 他種族とは決して弱くない。それどころか遥かに優れた種族だって居ると言うのに何をしているのか。逆に見方によっては人種こそが一番弱いと言う説だってあるくらいなのに、公爵ならそれくらい理解して当然だろう。


「残りの三種族もまさかこの都市に居るとは言わんだろうな」

「それは無いわね。一つの種族はその殆どが散っていった筈よ。戦士として生きる種族だったから。残りの二種族は徹底抗戦することを選んだし、そもそも住んでいたら私達が気づいているわ」

「その徹底抗戦を選んだ二種族の名前は?」

土人つちひと種のエクァン一族。森人もりひと種のサン一族ね」


 あ、これ紛争まだ暫く終わらないな。そう確信した。


 土人種は魔術を不得意とするが、小柄ながらに直接戦闘を得意とする種族だ。能力等級値は知力と魔力以外は総じて高く、特に魔術耐性が秀でている為に純粋な魔術士にとっては天敵とも言える。

 森人種は直接戦闘を不得意とするが、知力や魔力が高く、魔術に優れた種族だ。またその戦闘方法バトルスタイルも基本的に弓などの遠距離攻撃を得意とし、魔術と相まったその戦い方は純粋な戦士からすれば厄介極まりない。

 この二つの種族を同時に、よりにもよって森の中と言う相手の活動拠点ホームで矛を交えるだなんて、無事に済むわけもない。多分手を出すつもりは無かったが間違えてつついてしまったのだろう。


 ただ二つの種族とも容姿に優れており、愛玩用、性奴隷用として有名な美しい種族だ。土人種の男性などは小柄でありながらも高い力等級値を持つので、魔石採掘の為の鉱山奴隷として働かせられる二度美味しい種族だ。この辺りを鑑みれば故意か事故かは判然としない部分はあるか。

 これからは奴隷市場が活発になるな。あるいはもうなっているのか。ローラルの一族が流れた場所含め、今度ジャルナールに聞いておかないといけないな。


「まぁ分かった。お前達は今後シムシス達とは絡みはどうするんだ? お前達は加入出来てあいつらは入れない、だと遺恨が残ると思うが。俺は何を言われても知らんがな。文句を言ってきたらニール達の良い訓練が出来る」


 何やら力こぶを見せつけているがニールよ、隣のヒムルルより遥かに小さいぞ。


「気にしないわ。多少思うところは出るでしょうけど、嫌がらせをしてくるような一族じゃないから」

「なら良いがな。明日は今後の話し合いと斡旋所での各種手続きについやして、明後日にでもお前達の戦い振りや種族技能を見せて貰うかな。折角だ、さっき話に出てた経験値稼ぎレベリングでもするかニール」

「お、早速か?」

「ああ、俺が居たら荷物持ちポーターは要らないしな。下の階層までは最短最速で行こう。日数にはまだゆとりがあるから数日予定だな」

「うっかり魔窟踏破ダンジョンクリアーしたら国王陛下率いる軍勢がここに押し寄せてくるな」

「何て恐ろしいことを言うんだニール。なら魔窟守護魔獣ダンジョン・キーパーだけ倒して素材をジャルナールに売りつけるか。肉は美味いのかな?」


 そんな馬鹿話を皮切りとして、ローラル達含めて歓談の時間へと突入していった。実際僕もまだまだニール達から聞けてないことは多かったし、ローラル達が馴染む為の場としては丁度良かった。


 そんな時間を過ごしながら、僕の頭にはちょっとした考えが巡り巡っていた。それは先程ミミリラが口にしていた、城塞都市ガーランドは逃げ落ちる場所としては最適と言う言葉についてだ。


 五年前、我がアーレイ王国によって滅ぼされたドゥール王国は人種を頂点とする他種族の複合国家だった。

 当然だが、元ドゥール王国領土は現在アーレイ王国の領土に組み込まれている。そこに隠れ潜んでいた、僅かながらに生き逃れていた王室が城塞都市ガーランドに逃げ落ちていたら、なんて馬鹿なことを考えてしまった訳だ。

 ただ実際のところ、ドゥール王国の王族の生き残りですらナーヅ王国に逃れていた。ならば王室が逃げ落ちていると言うのも妄想とは言い切れない。複合国家の王室だ、全てを合わせればその総数は千を超えていてもおかしくない。

 王室とは厳密に言えば、僅かでも王族――アーレイ王国で言えば、直系の一親等及びその妻まで。ドゥール王国は直系の二親等及びその妻まで――の血を引き、誰かしらに認知されている者達の総称だ。

 しかし王室の末端の末端なんて表には知られていないことが多い。例えば先王陛下の従兄弟の息子の息子がメイドに子を産ませて一応の認知をした、なんてことになっても殆どの者が知らないだろう。それが他国なら何をか言わんや。

 なるほど、そう考えたら今は亡きドゥール王国の他種族がこの都市に潜り込んでいてもおかしくはないのかな? とまぁ、そんな連想が色々と浮かんでくるのだ。

 試しに城塞都市ガーランドの全てを範囲として、「ドゥール王室」を条件に【万視の瞳マナ・リード】を発動してみたが、案の定反応することはなかった。所詮妄想は妄想と言う訳だ。本当に居たら即座に捕らえて父上に差し出していただろうな。


 それから時間は過ぎていき、本当に夜も更けてきたのでお開きとなった。

 僕がその旨を口にし立ち上がると、釣られるように皆が解散していく。僕も自分の部屋へと戻る為に階段を上がっていく。


「ジャスパー、私達は寝所に行かなくても良いのかしら?」


 去り際にローラルから送られた言葉を、手のひらを振りながら軽く流した。僕の心境を察知したミミリラ達七人が警戒気味に威嚇してくれたからか、それ以上ローラルが追求してくることはなかった。こいつら本当に可愛いな。

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