第115話 花の香りは何処までも

 僕の言葉に対し、ローラル達七人はすぐに金の神に対しての誓いを言葉にした。その上で契約紋カラーレス・コアをその身に刻むことを望み、僕はそれを受け入れた。

魔力視マジカル・アイズ】を彼女達に向け、確かに契約紋が刻まれていることを確認した僕はしばし静謐と化した空間の余韻を味わい、姿をジャスパーへと変化させた。


 そして至って軽い口調で全員に対し言葉を投げかけた。


「頭上げて座って良いぞ」


 するとサガラの面々が顔を上げて、何事もなかったかのように普段通りの様子で椅子へと戻っていった。ただ、皆が皆、その頬がどこか緩んでいる様子は隠せていない。

 対してローラル達はようやくと言った様子で顔こそ上げたものの、未だ呆けた表情で僕を見上げている。


 僕は小首をかしげ、再び言葉を投げかけた。


「ローラル達も座れよ。連盟ギルドへの加入を許したんだ。もう仲間だろ?」

「だな」

「ああ違いない」

冒険者アドベルの女性陣が増えるね」

「だねぇ。負けないようにしないといけないかな?」


 僕の言葉に続いて、再び酒を口にし始めたサガラ一同から追従する声が聞こえてくる。最後の言葉を発した女のサガラには安心して欲しい。例え逆立ちしようともローラル達ではお前達の足元にも及ばない。


 僕はそんなサガラ達に向かい、これまた軽い口調で問いかけてみた。


「ニール達どうだ。前にジャルナールとサガラ以外に教えるつもりがないと言っておきながら明かしたこと。特別感が無くなっただろう」

「関係ねぇな。俺たちゃジャスが決めたことなら全て従うさ。そこに不満は一切ねぇ」


 周囲に視線を流したニールが「なぁ?」と言えば、皆が笑顔で頷いた。

 僕はミミリラの尻尾を撫でながら微笑を浮かべた。そして未だに状況が理解出来てない様子のローラル達に再度言う。


「まぁ座れよ。色々気になることあるだろ?」

「ええ……はい」


 ようやく座ったローラル達に、僕は城塞都市ガーランドから出立した後の経緯を簡単に説明した。それに加え、ミミリラ達がローラル達と同じように追われて逃げ落ちた者達であることも。

 ローラル達は情報通な連盟『リリアーノ』のお抱えだったこともあり、王太子カー=マインが城塞都市ガーランドから出て行ったことは耳にしていたようだった。しかし当然と言うべきか、その後の一切については知らなかったらしい。現在はザルード公爵家当主だと改めて口にした時は目を見開いていた。


 それ以上に驚愕していたのがサガラの存在だ。

 話を聞いたローラル達は信じられないといった様子でサガラ一同を見回したが、そんな視線に応えるかのようにニール達は笑いながらマグを掲げた。


「ローラルさんよ、あんた運が良かったな。ジャスの庇護下に入れたんだ、さっきのあんたの選択は正しかったぞ」

「どっちが正しかったんだろうな実際。まぁこの場の七人だけを選んでいた場合、多少なりと扱いは変わっていたかもな。少なくとも生き残った一族は死のうとどうしようと放置一択だったな」

「じゃあ大正解だな」


 実際庇護する側の印象としては、七人だけがこうべを垂れに来た場合と一族全員でこうべを垂れに来た場合、どちらを大事に扱ってやろうと思うかなんて考えるまでも無いだろう。

 どちらの選択が良くて悪いと言う話では無い。一族の命運を預ける覚悟で跪きに来た者達とそうでない者達、そんなもの前者の方が大事にしようと思って当たり前だ。


 次々と持ってこられる酒を次々飲み干しながらニール達が楽しそうに騒ぎ始めた。まぁ新しい仲間を迎える為の宴と思えば正しいだろう。連盟『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』設立パーティーの時、ジャルナールに対して抱いた気持ちと似ているのかも知れない。

 自分達と秘密を共有できる仲間を得る、と言うことは彼ら、彼女らからすれば重要な意味を持つだろうから。


「え、じゃあもしかしてこの連盟って」

「そ。サガラの奴らを庇護する為に作った連盟。俺一人なら連盟なんて作ってないよ」


 唖然。七人の顔はそんな感じだった。

 そんな彼女達の視線を流し、僕はお茶目な感じでニールに言った。


「昔はベルナール商会の名前だけで何とかしてるところあったからな。これからは公爵家の力でも守ってやれる。そう考えればようやく約束を果たしたことになるのか?」

「いや、そうなる前からもうこの連盟に手を出す奴はそう居なかっただろうよ」

「伯爵家までなら大丈夫だったな。侯爵家以上になると国王陛下にご迷惑がかかる」


 僕がお茶目を口にすると、言葉の意味を理解したサガラの面々がさぞ愉快と大笑いした。対してローラル達はと言うと、僕の発言にやや頬を引きつらせていた。

 僕が言うのも何だが、これがここの空気だ。早く慣れた方が楽だと思うぞ。そもそも敵対しない限りは冗談事なのだから、真面目に受け取られても困ると言うものだ。


「まぁそんな訳で、一度受け入れた以上は必ずお前らを守ってやる。但し俺や俺に属する奴らを裏切った場合は例え大陸の果てまででも追って必ず世界へ還元してやる。覚えておけ。お前の一族の一人でも裏切ったら一族全員がそうなるとな」

「ええ……もちろんよ」


 別に睨んだわけでも無いのだが、ローラルは幾度も頷いていた。

 まぁ契約紋カラーレス・コアを刻んでいる以上、裏切れようもないのだが。

 しかし、まだちょっと表情と口調が硬いな。全力では無いとは言え少し【王者の覇気】で脅しすぎてしまったようだ。

 確かにあれは脅す威圧と言うより覇気殺意からくるものだったので、ローラル達みたいな弱者には堪えたかも知れないな。


「そう言えば、実際お前達って今収入どうしてるんだ? 七人の冒険者だけじゃ無理があるだろ」

「ええ。だから時々街で募集している細かな作業や、後は酒場食堂とかで給仕人をやったりとかね。それでももちろん足りないから、集落から持ってきた価値あるものを売ってしのいでいたわ。宝石や装飾品の類は結構あったから」

「なるほどな。やっぱりみなみなで冒険者は出来ないからサガラ程上手くはいかないか」

「ええ」


 ローラルはどこか切なそうな顔をした。力無き者が浮かべる、憂いの表情だ。

 そこを指摘することなく会話を続ける。


「一族には上手く伝えられそうか?」

「それは大丈夫。間違いなく伝えるし、約束は守るわ。私達の一族は本当に長が一番なのよね。植物種全般に言える、種族特性からくるものだと思う」

「へぇ。そう言う意味じゃ極めて平和な一族なんだな」


 恐怖政治を行わずに絶対王政を敷けるだなんて、支配者側の観点からすれば最高の環境だ。他勢力からすれば厄介なことこの上ない種族特性だが。

 支配者と言えば、聞いておくべきことがあった。今後どういう風にローラル達を使うかについて重要なことだ。


「ところで男女の割合はどうなってるんだ?」

「え?」

「ん?」


 ローラルの反応がおかしかったので僕が首をかしげると、彼女はやや訝しげにしながらこう言った。


「男は居ないわよ? だって花人種の吸血属って女だけの種族だもの。ジャスパーなら知ってると思ってたんだけど」


 僕の頭に、花人種に関する記憶が浮かび上がってくる。

 そして思い出した。ローラルの言うように、花人種とは基本的に女性で構成されている種族だったと。「属」によっては男性が生まれる場合もあるが、その確率は極めて低い。

 もし男性が生まれた場合は超希少種として扱われ、奴隷狩り対象の筆頭格として名前が上がる。その際に付けられる値段は金貨百万枚とも二百万枚とも言われている。

 また幼ければ幼い程に希少性は高くなり、嘘か誠か金貨一千万枚の価値が付いたこともあるとか。


「……繁殖、繁栄はどうしていたんだ?」

「近くの種族の男から子種を貰うの。そして吸血属から生まれるのは必ず女。種族は別としてね。私達はそうやってずっと暮らしてきたわ」


 僕は軽く首を振った。

 何だろう、アンネ達から娼館の人数を聞いた時と似たような心持ちだ。


「と言うことは一族全員が女ってことだよな?」

「ええ」

「子供から老人はどうだ?」

「成人前で二十五人、それ以外が百八十人ね」


 一族総出で逃げ出した筈なのに、成人していない人数の割合が極端に少ないな。

 真っ先に奴隷狩りの餌食になったか、もしくは近年では出産の頻度が少なかったか。何はともあれ、彼女達の移動には少々の難があるようだ。

 ローラル達の一族は全員が全員城塞都市ガーランドの中に住んでいる訳ではない。嘗てのサガラ同様、結構な数が森の中などに潜んで生活を送っているらしい。

 言ってしまえばローラル達が僕達と合流する道中は、サガラとアンネ達が持っていた危険性の両方を背負った移動になるのだ。巨大な権力者に怯えながら移動する女だけの集団とか、ある意味アンネ達の護衛よりも余程に難易度が高い。


 もしかしたらまた僕の出番かな、なんて思いながら眉を顰めた。


「じゃあ結構移動が辛いか。サガラの時もそうだったが、怪我人や病人、後は老人とかも居るなら尚更だな」

「そこは大丈夫よ。全員が健常体だし、私達は寿命はあるけど老化はしないから」


 流石植物を祖とする種族だ。人種とはまるで生体が違う。

 いやまぁ、老化と言う現象を捨てているとしか思えない親族や妾が居る訳で、そう言う意味では一概に否定は出来ないんだが。後者に至っては何故か明確に若返って来ている不思議具合だ。アンネもそうだが、先代であるアンナや先々代であるアンシーなんて見た目が完全に十代に戻っている。

 それでいて色気は元のままなのだから、最近では「こいつら娼婦って種族なんじゃないかな?」と戯けたことまで思うようになってきた。

 幻想種・女夢魔属と言う、男を惑わす為だけに生まれてきたような種族が居るらしいが、そいつらとは仲良くなれそうだな。


 一族全員が健常体と言うのはやはり戦い方と、逃げる期間が短く弱体化効果バッドステータスが付かなかったことに理由があるのだろう。


「私達は成人したらその姿のまま。多少環境や状態で姿形の変化はあるけどね。例えば子供を産んだら乳房が大きくなるとか」

「ああ、なるほど」


 その辺りは亜人族と言う、人の姿をかたどった種族らしさがあるようだ。

 正直どうでもいい情報だな、と思う僕に何を思ったのか、どこか悪戯な笑みを浮かべたローラルが言う。


「必要なら幾らでも抱いて良いわよ? 私達はその辺大らかだし。まだ殆どが手折られてない花ばかりよ」

「その気持ちだけ受け取っておこうか。大体分かってるだろうけど俺のたねなんて絶対に渡せないからな」

「冗談よ」


 楽しそうに花咲く笑みを浮かべたローラルに釣られ、僕も笑った。

 先程に比べて大分砕けてきたようだ。今の時点で冗談が言えるのなら今後も大丈夫だろう。


「ちゃんと皆に伝えておくわ。子種は頂けないわよって」

「ああ、そうしてくれ」


 ミミリラの尻尾を弄びながら息を吐く。

 今の言葉の意味を理解しないようにしながら。


「ああ、後こっちに移るのは少し待って貰うぞ。その代わりに生活する為の金は渡す」

「ええ大丈夫よ。と言うより、こちらに移っても良いの?」

「金だけ渡して終わり、なんて上位者に価値はないよ」

「……顔だけじゃなくて、中身も良い男なのね」

「そうらしいな。じゃないとこうやって懐いてくれないさ」


 言うとミミリラ達がわざとらしく引っ付いてきた。僕もまた顔を近づけてきたミミリラと頬をこすり合わせた。

 そんな僕達に対し、ローラルは幾度かの瞬きをした後に、何とも表現しづらい表情を浮かべた。何が言いたいのかが顔から伝わってくるような困惑具合だ。


「本当、凄いわよね。全員?」

「サガラの女は使用人以外全員。あと裏の娼館に居る女全員が妾だな」

「……そう言えば、そんなことも言っていたわね」

「その辺は追々な。女ばかりなら顔を合わせても気兼ねは少ないだろうが、あいつらは俺の本当の姿知らないから口滑らすなよ。一族の奴らにも徹底して伝えとけ」

「分かったわ」


 正直最近はそこまでして秘密にする必要もないかな、なんて気持ちにはなっているのだが、彼女達の為にも言わない方が良いだろうという考えもある。


 市民として僕の正体を知る者は未だ一人として居ない。そんな中で彼女達が真実を知ったと父上に知れた場合、その鋭い眼光に光が煌くことだろう。

 仮に彼女達に子が宿ったとしてもその扱いは相談の上で決められるし、母子共々恐らく世界へ還元されると言う未来が訪れることは無いだろう。しかし、カー=マインの秘密なんて極大魔術級の重要事を知った市民が居ると父上の耳に入れば、確実に要注意人物として意識のらち内に入ることだろう。

 臣下や配下であるジャルナールやサガラ、そしてローラル達に正体を明かすことと、所詮はただの妾に過ぎないアンネ達に正体を明かすのとでは全く意味が違う。


 父上にはまだアンネ達に秘密を明かしていないと伝えている。仮に今後自ら暴露することになった場合も隠すつもりはないし、聞かれたら素直に答えるだろう。但し、それを耳にした父上からすれば「教える理由がどこにあった?」と言う考えに至る筈だ。

 僕からすれば大事な女達でも、父上から、国王からすれば「ただの妾」でしか無い。その程度の存在がある意味国家機密級の秘密を知ったとなれば、今は何もしなくともこの先“何かあった時”の準備を僕の知らないところで始めてもおかしくはない。

 極論で例えれば、仮に僕が死んでしまった場合、カー=マインの秘密を知る「ただの妾」から「ただの女」になったアンネ達の命は確実に無くなるだろう。僕が死ぬと言うことはつまり、唯一にして最高の後ろ盾が居なくなると言うことなのだから。

 後ろ盾カー=マインを失った彼女達をアーレイ国王から守る存在なんてどこにも居ない。


 だからこそ、彼女達にはそう言ったまつりごとに関係する事柄を教えない方が良いだろうな、と言う考えが浮かんでくるのだ。知る、と言うだけで窮地に陥る可能性が生まれるのはアンネ達との一件で述べた通りだ。

 

 少し喉が渇いたので紅茶を一口飲み、後は何かあっただろうかと考える。そしてある意味重要なことを思い出した。


「『リリアーノ』には俺から話を通しておく。構わんだろ?」

「ええ、むしろそうしてくれた方が助かるわ」


 ローラルが安堵した様子を見せた。

 何だかんだと言って世話になった人達への義理を裏切る形になり、心苦さを感じているのだろう。

 逆に言えば心苦しさを覚えるくらいには感謝の気持ちがあるのだ。色々と落ち着いた頃にでも自分から侘びの品を持って挨拶に行くだろう。


 僕は一つ頷いた。


「分かった。何か聞きたいことはあるか?」

「私達は今後どうしたら良いかしら?」


 言われて、少し悩む。

 こいつらを活用したいのは冒険者ジャスパーではなくザルード公爵カー=マインだ。ただ実際に当主として活動を始めるのは、一度父上にご挨拶をした後のことになる。それまでの間どういった行動をさせておくべきか。


 順当に考えればサガラと同様の活動をさせておけば良いとは思うのだが、それを許さないのがローラル達の弱さだ。

 再度彼女達の個体情報ヴィジュアル・レコードを見るも、魔窟ダンジョンに潜っているサガラ達と同様のことをしてはその日の内に帰って来なくなる不安を覚えてしまう程に脆弱だ。

 サガラとの連合集合体レイドパーティーで行くにしても集合体パーティーを組み直して混ぜるにしても、結局は足を引っ張るのが落ちだ。それはサガラとしては嬉しくないだろうし、僕としても望ましくはない。させるとすれば危険度の低い魔獣に種を植えておけ、くらいだろうか。


 そもそもこいつら何でこんなに弱いんだろう?

 取り敢えず【透魂の瞳マナ・レイシス】のことは口にせず、濁して聞いてみる。


「お前ら魂の波動を感じる限りじゃ魂位レベル低そうだけど何でだ? 支配した魔獣使って野良の魔獣を倒せばもっと強くなれた筈だろ。魔獣を支配しているんだから共同体パーティー登録だって可能だろうに」

「使役した魔獣が倒した経験値は入ってこないの」

「ふむ」

「種を植えた魔獣が死ねば、その魔獣の経験値が入るの。だから使役した魔獣に出来るだけ多くの獣や魔獣を倒させて魂位を上昇させる。最後にその魔獣が死んだ時の経験値を得るのよ」


 使役している魔獣に違う魔獣を弱らせさせてとどめを刺すでは駄目なのだろうか? それをするくらいなら使役する魔獣を少しでも強くする、あるいは増やすってことなのかな。そもそもそう言う戦いを主にしているくらいだし。

 戦士で言うなら魂位を取るか技能スキルを取るか、みたいな。


 ただ少し疑問が残る。

 それならもしローラル達が支配する魔獣を他者が殺した場合はどうなるのだろうか。


「魔獣の死因が他の生物からの攻撃にあった場合、経験値の行き着く先はどうなるんだ?」

「その場合でも私達に流れてくるわね」


 非常に好奇心がくすぐられる言葉だ。それはつまり、『えにしほだし』によって経験値を得ると言う現象を否定していることになるのだから。

 己の分身足る種を植え付けて魔獣と最も「絆」を強くするまでなら分かるが、それが理由でローラル達以外からの「縁」が断ち切られると言う答えにはならない筈だ。

 しかも使役している魔獣には『縁と絆』から経験値が入るのに、その魔獣を倒しても経験値が流れないとか矛盾の塊だ。


「ふむ」


 頭によぎるのは、先日ミミリラとの交感で得た【大樹の宿り花】だ。

 あれの効果と【分種わけみたま】の効果、この二つは類似している部分が各所に見られる。

 もちろん完全に同じと言う訳ではないし、むしろ真逆の効果らしき部分もあるが、どちらの技能にも共通しているのは“支配者”と“従属者”が存在していることだ。

【大樹の宿り花】は従属者側から望む支配を許し、【分種】は支配者側から従属者に支配を強制していると言う違いも大きいが、原理としてはやはり似ている。


 ここまでくると少し、二つの技能の関係性が気になってくる。

 僕の血族技能である【大樹の宿り花】の名前の中には「花」の文字が入っており、その効果はローラル達の種族技能である【分種】と類似している。それはつまり、【大樹の宿り花】の謎について花人種であるローラル達なら多少なりと情報を持っているのかも知れないと言う推測に至る。

 ただ、もし本当に“血族技能”である【大樹の宿り花】が“花人種に関係する技能”だとしたらそれはそれで非常に重要な疑問が生まれてくる。王室全体を見れば話は変わるが、生粋の人種一族であるアーレイ王家直系の血の中に花人種の魂の欠片が混ざっていることに繋がるのだから。


 そこで頭に浮かんで来たのは、公爵四家の一つであるカルミリア公爵家だった。

 実はあの家、「花」と言うものに強く関係する一族なのだ。家紋も当然のように花柄だし、ザルードの象徴が火と水を意味する紫色の瞳だとすれば、あの家の象徴は花を意味する桃色の瞳だ。

 しかもカルミリア公爵家が花に関係する一族になった理由は、初代アーレイ王にあるのだ。初代カルミリア公爵家当主に、初代アーレイ王が自らの手で作った花の冠を授けたことがその全ての要因となっている。


 敵対する者以外は基本どうでもいいと言う姿勢を生涯貫いていたものぐさな初代アーレイ王が、わざわざお手製の花の冠を自らの手で、当時まだ目が開いたばかりの幼いカルミリア公爵家当主の頭に被せてやったと言うのだ。

 それが理由でカルミリア公爵家の中では「花」というものは凄まじく重たい意味と価値を持つ――どれだけ重たいかと例を挙げれば、嘗てカルミリア公爵家の後継に対し、その家紋を侮辱する発言をしてしまったことが理由で皆殺しにあった伯爵家があるくらいだ。無論国王の許可なんて取らず問答無用で滅ぼしている。それどころか後に当時のカルミリア公爵家当主は国王に対し、「あんな奴に爵位を授与したお歴代国王の頭はどうなってるんだ」なんてこの上無いほどに喧嘩腰の上奏をしている――。


 そう考えたら、もしかしたら本当にアーレイ王家直系の中に花人種の魂の欠片が混ざっていてもおかしくはない……のかも知れない。

 公爵家とは元を辿れば全てが初代アーレイ王と初代王妃へとたどり着く。その初代アーレイ王がカルミリア公爵家に「花」を送ったことには深い理由があると考えてもおかしくはない。

 つまり、僕にその魂の欠片が混ざっていても不思議ではないと言えば不思議ではない。が、そうなると今度は初代アーレイ王か初代王妃には花人種の魂の欠片が引き継がれているという仮定に至る訳で、何だか堂々巡りをしている錯覚に陥ってしまう。


 今この場で【大樹の宿り花】の話題を出せば話の筋がズレにズレてしまうし、凄まじく長くなりそうなので止めておく。ただ今度ローラル達からその辺りを聞き、是非ともこの推論を考察してみたいものだ。


 最近こんなことを考えてばかりだな、何て思いながら呆れたようにローラルに言う。


「お前ら本当によく冒険者出来てたよな。魔獣を使役してるところ何て見せられないだろうから、戦いは直接戦闘だけだろうし」

「大変だったわ」


 その言葉は酷く重たく、実感が込められていた。


「まぁいいか。後はまた明日から詰めていこう。もう夜も遅いしな。何なら今日は泊まっていっても良いぞ」

「それは嬉しいわね。まだ宿を取ってなかったから」

「ああ、客間は使用人のサガラに聞いてくれ。そろそろお開きかな?」


 明日からはローラル達に関することで動かないといけないな、なんて思っていると後ろに立っていたパムレルが肩を揉んでくれる。最近マッサージの腕が上がってきた彼女達のこれは本当に気持ちが良い。まぁ肩凝りなんてものとは縁遠い僕には本来の意味はなさそうだが。


 さて部屋に戻ってミミリラ達と戯れながら考えごとの時間かな、とティーカップに残っていた紅茶を飲み干し立ち上がろうとした時、ふと思い出したと言わんばかりにローラルが口を開いた。


「そう言えばジャスパー。シムシス達が来なかった?」

「ん? なんか昨日来てたらしいな。それが?」

「本当は言わない約束なんだけど、私の主人だから伝えておくわ」

「何だ?」

「シムシス達の集合体は全員が木人種の根魂ねっこ属よ」

「……詳しく」


 どうやらお開きするにはまだまだ時間が早いようだった。

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