第73話 これにて一件落着

 さて、これはお祖母様がお菓子を作ってくれるまで、お祖父様と再び向かい合っていた時のことだ。

 当たり障りの無い雑談を始めて暫くして、僕は今回の件で気になっていたことを切り出した。


「時に公爵。此度、少しばかり気になる点が」

「何だ?」

「あの巨人種に関してです」

「ふむ……」


 朗らかな表情から一点、お祖父様の顔付きが変わる。


「ご存知のように、巨人種は理由無く他種族を襲うことは殆どありません。穏やかな性格をしており、言葉もかいす知性に優れた種族です」

「うむ」

「で、ありながら。自ら人を、それもこの領地で最大の都市を攻めるなぞありえません。ましてや大発生スタンピードに参加するなど聞いたこともありませぬ」

「それはわしらも考えておった。お主が本流の殆どを討伐した後に生き残った巨人種と戦った者達も、まるで魔獣のように暴れまわったと口にしておる」

「はい。私も何体かは直接手で倒しましたが、そこに知性があったとは思えませんでした」

「どう思う?」


 僕はちょっと困った顔をした。


「正直に申し上げればまだ考えはついておりません。戦っている最中は必死でしたし、今となっては死人に口無しとも言える状況。ただ憶測にすらならぬかも知れぬ考えが二つ」


 これから話すのは正直自分でも微妙だと思う推論だ。

 それを理解しつつも口にするのは、お祖父様がどう思われているのか気になるのと、この後の会話への切欠作りだ。


「一つは魔獣全体に変化が起きていることでしょうか」

「ほう」

「私は少しばかり前、ジブリー領はゲール地区に出没した認定危険度第5段階の溢れの討伐に向かいました。総勢三百人を越える大規模連合体レイドで行われた討伐、そこで目の当たりにしたのは大木の姿を成した魔獣でありました。伝え聞く知識から言えば、それは『蠢く森トレント』にも似た姿でありました」

「ふむ。珍しくはあるが大仰のことでもないな」

「ええ。ただその魔獣、私の所感では危険度第6段階はあったように思うのです。後に参加していた者達とも話したのですが、皆同様のことを口にしておりました」

「6だと?」

「はい。事実ジブリー伯爵閣下の兵二百からも多数の死傷者が出ており、それは冒険者アドベル傭兵ソルディアも同様。そして参加していた連盟第5段階ギルドランク5集合体パーティーも、恐れながら私がいなければ全滅していたことでしょう」


 お祖父様はそれを聞いて顎を撫でた。


「もちろんこれだけでは根拠にもなりませぬ。ただ、最近は各地でも他種族による紛争が増えてきていることも気になります。種族間による紛争が起きる時は必ず原因があると思われます。国と国との戦とは意味が違いますので」

「それはある」

「そして巨人種は歴とした種族です。魔獣ではありません」


 一瞬、間があった。


「つまり、魔獣などの変化が巨人種を変化させたと?」

「想像に過ぎぬかも知れませぬ。ただそう考えれば此度の大発生も規模の大きい紛争とも……いえ、これは失礼を」

「構わぬ。この場は戯言よ」

「感謝を。して、もう一つは誰かが意図的に巨人種をそうさせたか、でしょうか」

「ほう?」

「方法などはまだ考え付きませんが。巨人種の知性を奪い、魔獣化させた。大発生の波に乗っていたのは偶然か、そもそも大発生が起きるのを知っていたからそうしたのか……やはりこれも想像の域を脱しません」

「雑談程度であろうな」


 二人の間に微妙な空気が流れる。

 ただ、僕が本当に話題にしたいのはここからだ。


「これは、私の仲間が商人から聞いた話なのですが」

「何だ」

「公爵が西の戦に赴かれた後に、武器や食料を買い集めていた貴族が居ると」

「――詳しく聞かせよ」


 そうして僕は、ニャムリとピピリがセイラード地区で宿泊したセーナードと言う町で商人から聞き出した話を全て伝えた。引き出した方法は二人の色香に負けた駄目な商人と言うことにしておいて。

 説明していく内に、お祖父様の顔付きはすっかり最上位貴族のものへと変わっていった。


「今の話、誠か?」

「その商人が口にした言葉が偽りでなければ、そうです。酒に酔い女に酔った商人の言葉をどう捉えるかによりますが」


 僕がニャムリとピピリを見ると、二人共が頷いた。自信有ります、と言った風だ。お祖父様も改めて二人の姿を見直して目を細めた。この二人が男を酔わせる程の魅力ある女として納得して貰えた様子だ。


「ここからは雑談を続けますが。此度の大発生を先程のように捉えた要因の一つは、この御三方のことがあったからでもあります。公爵が領地をお出になった後、周囲に気取られぬよう食料含めた物資や武具を買い揃える。それはまるで、これから起きる驚異に備えていたか、あるいはこの都市の困窮した状況に利を得ることを考えていたか」

「それまでだ」

「畏まりました」


 僕は言葉に従い口を閉じた。

 これ以上はお祖父様が制止するように、貴族の領域だ。雑談と銘打っても限度はある。僕も制止されることを前提にお話していた。

 どれだけ大恩人であろうとも、立ち入ってはいけない領域がある。何せここに居るジャスパーはあくまでも冒険者に過ぎないのだから。先程お祖父様が黙認してくれたのは僕の秘密に関して。貴族の世界に口を出すことが許されると言う道理は無い。


「商人、商会の名は分かるか?」

「覚えてるか?」


 僕が二人を見ると、二人は指を顎に当てて首をかしげた。それからすぐに顔を見合わせて頷くと、こちらを見て、口を揃えて言った。


『ダルダン商会のジャック』

「……の、ようです」

「なるほど」


 お祖父様は考え込んでいる。家族にはただただ甘いだけのお祖父様も、普段は最上位貴族なのだ。その瞳に睨まれて逃げられる者はそうそう居ない。現段階では難しいかも知れないけれど、この都市の状況が落ち着いたらすぐにでもザルード公爵家の裏人が動き始めるだろう。

 そう言えばこの部屋も裏人が見張っているのかな? どうしても気になると言う程ではないので【万視の瞳マナ・リード】は使わないけれど、好奇心はくすぐられるな。


 しかし、お祖父様がこちらの話を耳に入れてくれてよかった。

 これに関しては出来ることならお祖父様に伝えたいと思っていたからだ。実際お祖父様が気にする程度には重要な情報だったみたいだし、正解だったかな。お手間を増やしただけなら心苦しくはあるが。

 まぁ、少しでもお祖父様のお役に立てたなら良かった。あとでニャムリとピピリには褒美を……今は特に与えるものが無いので精々可愛がろう。


 そんなことを僕が考えていると、ニャムリとピピリは両手を合わせにっこり微笑み合い、ミミリラは僕に向かって「私は?」みたいな顔をしている。感情と声が全部伝わって来るので、何を考えているのかも手に取るように分かる。


「ふむ。まぁ分かった。真偽不確かではあるが、次第によってはまた褒美を渡そう。今すぐでなくともよい、考えておけ」

「畏まりました」


 ソファーに背を預けるお祖父様の疲れた顔を見て、僕はちょっと切なくなった。



 ※



「おいしかったのねーん」

「本当、あんなに美味しい茶請け菓子は初めて食べました」

《流石カー=マイン様のお祖母様です》


 馬車で送って貰って宿の中、ベッドでごろごろしている僕の左右と身体の上で獣娘達が感想を言い合っている。ミミリラだけは何故か思念の声で喋っている。まぁお祖母様のお菓子を褒められて嫌な気分にはならない。僕自身、久しぶりの満足感に浮かれているしな。と言うかミミリラのその呼び名と口調はどうしたんだろう。


 まだ日は随分高い。茶菓子の時間ミッディー・ティーブレイクが過ぎて暫く経っているものの、まだまだ夕餉には遠い。あれから結構日数が経っているにも関わらず、空腹感自体はまだ続いていたりするのでちょっと辛い。

 まぁ実を言えばこの間の焼肉の際、サガラに大量の肉を焼かせてそれを【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に放り込んでおいたので、いつでも好きなだけ食べることは可能だ。一応宿でも食事は出るし、最近は割高だが食品も一定して市場に出回りつつある。出店すらちらほら目に入るようになってきた。


 それはそれとして、食べること以外にすることが無いのが悩みどころだ。あるとすればこうして宿に帰ってごろごろするくらいのものだし。

 個人的にはもうお祖父様への挨拶も終わったし帰っていいかな、なんて思ってはいるんだけど、ミミリラを筆頭にしたサガラの面々から、城塞都市ガーランドに戻るのは能力値が回復しきってからにしようと強く訴えられているのだ。二度も命の危機に瀕していたこともあり、僕はただ頷くことしか出来なかった。

 まぁ実際弱体化効果バッドステータスもかなり残っている状態だから、ミミリラ達の言うことはぐぅの音も出ない程に正しいんだよね。


 仕方無く夕餉までは寝ておくか、なんて思っているとミミリラが顔を上げた。


《カー=マイン様》

《ん?》


 唐突に思念の声が飛んでくる。

 と言うかどうしてさっきからカー=マインに向ける口調なんだろう? 後、呼び方。まぁ可愛いから良いんだけどさ。


《ジャルナールがカー=マイン様にご連絡差し上げてもよいかと》

《え? そっちに連絡来てる?》

《はい。この間の件から、カー=マイン様へのお伺いは私に何度か》

《いいよ。と言うかそのまま三人で繋げよう。やり方は分かるよな?》

《はい、大丈夫です》

《ずるいのねーん》

《羨ましいです》


 僕とミミリラの会話を読み取った二人がぶーぶー文句を言ってくるが聞く耳は持っていない。ここからは三人での会話だ。


『ジャナルよ、壮健か? 何やら心配をかけたようだな』

『ご無事で何よりに御座います』

『常時身に付けておく故いつでも声をかけろと言っておきながら本人が倒れていたら意味が無いな。ははは』

『誠仰る通りに御座います』

『危うく戦の前に口にしたものが現実になるところであった。まぁよい。して何かあったか?』

『はい。現在王太子殿下がご逗留されている宿をお伺い致したく』

『ん? その言い方ではお主、こちらに向かっているようだが?』

『お言葉通りに御座います。現在食料や物資を積んだ大商団にてそちらに向かっている最中で御座います。予定では五日後の夜には到着するかと。ただ夜に都市に入っては混乱をきたす恐れもありますので、野営をしてからとは思っております』

『お主、もしや最初から準備を?』

『はい、正確に言えば私は本隊とも言いましょうか。既に先遣隊は幾度か城塞都市ポルポーラに物資を運び、城塞都市ガーランドとの間を往復しております。私はガーランドにて各地への手配など調整をしておりまして、此度王太子殿下がお目覚めと聞き、馳せ参じる為に出発致しました』

『大義であるな』


 そう言いつつも内心で首をかしげる。

 僕が目を覚ましたのは一週間も前だ。目を覚ました時にミミリラが教えてくれていたように、二人は結構な回数のやりとりをしていた筈だ。僕が目を覚ましてからは、ミミリラから「用事があれば向こうから連絡させるように言っているから今は身体を治して欲しい」と言われ、今日まで僕からは連絡を取っていなかった。

 ただ、ジャルナールとしては僕の様子が気に掛かっていただろうから、ミミリラには何か変わりがあれば連絡が欲しい、程度はお願いしていた筈だ。だが実際問題、僕は別に会話程度なら問題無いくらいには昨日や一昨日には回復していた。


 その上で今この時期タイミングで僕に声をかけることをミミリラが確認してきたと言うのはつまり、僕の身体の回復を待ち、お祖父様との会談やりとりが終わり、僕が心身共に落ち着くのを待っていたと言うことだろうか。

 気になるのはここだ。五日後にこちらへ到着予定と言うのはつまり、日数計算すれば僕が目覚めてすぐに出発したことになる。その上で僕が目覚めたのを聞いて出発した、と本人が口にすると言うことは、だ。


『ジャナルよ、もしや私の為に出発を前後させてしまったか?』

『とんでも御座いませぬ。丁度次に出発する商団がありましたので、それに併せて向かわせて頂いております故』

『そうか、ご苦労であるな』

『何のことも御座いませぬ。ただ、出発するまでに王太子殿下愛飲の紅茶葉をあまり手に入れられなかったのが痛恨の極み』

『私の下に馳せ参じると言葉にしつつその品を載せる辺り、流石と言えるな』


 いや本当流石だ。僕ですらそんなこと頭に無かった。

 こういう心配りの部分ではジャルナールが一番かも知れないな。なんて思うとミミリラが首を舐め始めた。猫は構って欲しいと舐めるという。仕方無いので尻尾の根元をくすぐって構ってやる。


『で、その荷物は全てお祖父様に?』

『一部は他の商会からの輸送を代行しているものもありますが、それ以外はそうさせて頂こうかと』

『ジャナル。お主仮にその品全てを失ったとして、商会に支障はあるか?』

『損失と言う意味ではそれなりになりますが、商会が、いえ支店すら揺るぐことはありませぬ』

『で、あれば。その品全て無代むだいでお祖父様に渡せるか?』

『お望みとあらば』

『ではやれ』

『御意。して、名目はどう致しましょうか』

『名目……? ああ、そう言うことか』


 貴族は決して乞食みたいなことはしない。またその権威を利用して強引に物の譲渡を迫ることはしない。見えないところではしている貴族も少なからずいるだろうが、そういうことをしていると表に出た時点で貴族としての名は地に落ちる。

 ましてやお祖父様は公爵、そして運んでいるのは王室御用達ベルナール商会、その城塞都市ガーランド支店長だ。


 これで例えば善意でジャルナールが持って行っても、代価無しで受け取ることはそれこそ貴族の恥として残る。例えお祖父様でもこれが表に出ればただでは済まない。何よりお祖父様の矜持が許さないだろう。

 だが、僕としては無償で届けたい。その為にも、お祖父様が貴族として問題なく受け取れる名目が必要なのだ。

 この場合は冗談や格好付けな理由では絶対に受け取って貰えない。


『ジャナル。お主ならどうする』

『恐れながら申し上げます。対価無しにザルード公爵閣下に物資を受け取って貰うことは不可能かと。それを許す御方であれば公爵の地位にはおられませぬ故』

『で、あるか』


 ミミリラの尻尾を掴んで弄びながら考える。

 対価なしに渡したいけれど対価なしには受け取って貰えない。


『掛売……も結局は受け取ることになるか』

『左様です。その場合は契約書を交わすことになりますので曖昧には出来ませぬ』


 お祖父様は莫大な財産があるけれど、現在もほぼ私財を投げ打つ覚悟で物資を買い集めている。そして今後もまだ城塞都市ポルポーラの復興や城壁の修復だけじゃない、それ以外の被害にあった町村や都市への補填も要る。金は幾らあっても足りない筈だ。


 悩んでも全く答えは出ない。本当どうしよう、なんて思っていると、先程から首元で鳴き声を上げていたミミリラが会話に参加した。


『対価は形あるものでなくともよいと思われます。公爵閣下にとっては何の苦にもならず、されどこちらにとっては利となり得のあるものならどうでしょう』

『ほう』

『ふむ。確かにそうですな』


 対価とは受け取ったものに対する報酬だ。つまり渡した側にとって満足がいくものであれば、受け取った側としては対価を渡したことになるのだ。

 迂闊だった。対価をどうやって貰わないかばかりに意識が向いていた。


「んにっんっ、にぁっ」


 ついつい両手でミミリラの両耳を擦り撫で回してしまう。


『ジャナルよ、何かあるか?』

『私めにとって、と言う意味であれば今は特には。ただ王太子殿下であれば如何いかがでしょう?』

『私か?』

『はい、例えば身元保証人となって貰う、などです。間違いなく信用等級は上がるでしょうし、それだけで冒険者として連盟長ギルドマスターとして、ひいては連盟ギルドにも箔が付きます』

『ああ要らぬ。保証人はお主だけでよい。それに信用や信頼とは強請ねだって貰うものでは無く、向こうからくれるものであろう』

『仰る通りに御座います』


 何かないかな……何て思っていると、一つ思いつく。


『山岳進入許可証はどうだ?』

『なるほど……それは良いですな』


 今回大発生の発生推測地点とされるビードル、その山岳地帯と山脈地帯、ここは普段は立ち入ることを禁止されている。と言うのも以前説明したように、この山岳地帯や山脈地帯には昔から強力な魔獣が棲んでおり、それは度々人の住む地へと下りて来ているのだ。そんなところに誰かが足を踏み入れ下手に魔獣を刺激されても困るので、原則進入を禁じているのだ。

 もう一つの理由として、ここにはかなり希少な鉱石や植物類が存在しており、また価値の高い素材が取れる魔獣も棲んでいる。ある意味では天然の宝庫とも言えるのだ。それを狙った無謀な冒険者達が無駄に命を散らさないように禁止している側面もある。


 山岳地帯の麓にはビードル大森林があり、ここを抜けて山岳地帯へと入るルートも一応はあるが、鬱蒼と茂る森の中には危険度の高い多くの魔獣が潜んでいる。

 迷いやすく、抜けるまでに日数もかかる。食料は要るし強力な魔獣も居る。

 これでは行きはよくても帰りを含めると難易度はかなり上がる。なので、無理をしてこのルートを通り山岳地帯に無許可で進入する愚か者は殆ど居ない。


 正しくこの山岳地帯に入る為には複数用意された専用の道を通るしかない。そこにはもちろん兵士達が見張りに立っており、許可のない者は絶対に通してくれない。

 その許可を証明するものこそが、山岳進入許可証になるのだ。


 この許可証が与えられる条件は複数あるらしいが、その大前提となるのが強さになる。僕も詳しくは知らないけれど、冒険者の実力段階で言えば5は確実に必要だろう。もし4で倒せるような魔獣ばかりならそもそも禁止される理由もないし、長年に渡り魔獣被害をザルード公爵家が抑える必要もないから。


 僕なら少なくとも実力の点に関しては誰からも文句は出ないだろう。むしろ魔獣の間引きすら可能な冒険者だ。許可証さえあれば何の問題も無く山岳地帯に足を踏み入れることが出来る。

 実際問題、貰えたら嬉しい許可証代価に違いない。強い魔獣が棲んでいると言うのであれば経験値稼ぎレベリングにも最適だし、良い素材等々があればジャルナールに渡して褒美にもなる。完璧だ。


『ジャナル。それで話を進められそうか?』

『十分可能かと。あの許可証は殆ど発行されていない筈ですので、希少性を見るだけでも十分な価値があります』

『商人のお主にそれをくれるか?』

『正直に言いますとも。懇意にしているジャスパーと言う冒険者に普段の礼として渡したいと。この度王太子殿下のご活躍により、その力を誰よりも理解されているのは紛れもなく公爵閣下。譲渡の許可を含め、ほぼ確実に頂けるかと』


 まぁ普通に考えて、当主からしか頂戴出来ない許可証を誰かに譲ります、なんて許しが出る訳も無い。ただお祖父様からすれば僕への褒美の一つとして捉えることも出来る、か。

 ジャルナールに山岳進入許可証を渡すことで対価とし、それが僕の手に渡ることを認め褒美の一つとする。大丈夫そうかな?


『改めて聞くが、此度の物資の対価として納得して貰えるか?』

『それだけの価値があるものだとは公爵閣下にもご理解頂けるかと』

『うむ。ではよしなに。どうしても駄目なら多少の代価は受け取っても構わん。その後隠れて宝物庫に返しておくゆえな』

『ははは、畏まりました。それではまた後日、公爵閣下の邸宅に品を卸してからご挨拶に参りたいと思います』

『うむ。急がぬで良いぞ。のんびり茶でも飲んで来い』

『はは、畏まりました』

『ではな』


 会話を切って息を吐く。


「会話終わったのん?」

「結構長かったですね」

「ああ、まぁな。それよりだ」

「んにっ、にっ」

「さっきのはでかしたっ。褒美だ受け取れ」


 先程最高に素晴らしい助言をくれたミミリラの弱いところをさすったりつまんだりと弄っていく。この猫耳娘、殺されそうになった時に笑ったことからも分かるが、僕に何をされても嬉しいらしい。何かされること自体が嬉しいので、逆に言えば何もされないと澱んだ感情が伝わってくる。滅多に無いが、少し離れる時とかはそんな感じになる。


「あり、あっ、ぁりが、ござっ」

「羨ましいのねん」

「ですね。私達もあの商人の件でご褒美貰えるのを期待しましょう」

「なのねん」

「んっ、かい、ん、さまっ」


 目の前で自分達のおさが嬌声を上げていると言うのに至って普通な二人のこの態度。いくら幼馴染とはいえ、もっと気にかけてあげても良いと思うんだよね。

 まぁ安心して欲しい。ミミリラが終わったら次はお前達の番だ。なんて思ったらミミリラが抱きついて来て、二人はさぞ嬉しそうに笑った。


 何だか締まりの無いこの空気。

 僕はつい微笑みを浮かべてしまった。何の緊張感も無いこの穏やかな空間に、今回の騒動は全て終わったんだなと感じることが出来たから。

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