第60話 ザルードの槍
レーニル町と言う場所をそのまま要衝としたそこにたどり着いた時、僕が最初に思ったのは、
殆どの建物は崩されており、多少の家屋が残っているだけだ。そして森の方面を重点的に、町全体を囲むように幾つもの柵や堀が作られており、高い見張り台までが備えられている。
ただ、その見張り台に立つ兵士以外はその殆どが地面に寝転ぶか、あるいは木や建物に背を預けて身体を休めていた。この要衝の中全体に、重たい空気が漂っているのが足を踏み入れなくとも分かった。
「一応確認する。
以前も述べたことがあるが、
これから
戦いがここだけで終わらない以上、全員の魂位が上昇しなければいけないのだ。
全員が頷いたので要塞化した町に近づくと、入口に立っていた兵士が汚れた顔を向けてくる。疲れた様相をしているがまだまだ目に光がある、戦士の顔だ。
兵士は立ち止まった僕達の姿を上から下へ視線を滑らせ確認すると、一つ頷いた。
「
「ああ。もう応援は要らないか?」
「いや、正直助かるな。今はやつら引いてるが、昨日の昼に一度襲撃があったからな」
「そうか……じゃあ邪魔をする」
「ああ。食料物資なんかは今のところ届いているから、そこは安心してくれ」
「助かるよ」
言いながら町の囲いの中に入っていく。
「昨日の昼か……もう少ししたら来るかもな」
「うん」
ではそれだけの脅威に幾度と襲われながらも、何故こうしてこの要衝が未だに残っているのか。それは大発生のもう一つの習性にある。
今回のような自然発生型の大発生は、基本的には魔獣達の飢えが原因という説がある。食べるものが無くなる程に異常繁殖したからこそ溢れた、と言う解釈だ。
それを証明するように、襲って来る魔獣を倒していくとある一定に達した時、襲い来る魔獣はこちらが倒した魔獣の死体を食べ始めるのだ。それも戦いの場ではなく、安全に食べる為か仲間である筈の魔獣の死骸を持って去っていく。
そして持って帰った死骸を食べ終わると、また再び襲って来るのだ。
基本的に大発生の討伐とはこの繰り返しとなり、そして魔獣が数を減らすまでひたすら戦い続けるのだ。
まぁ、これは全て書物からの知識や嘗て王城で伝え聞いたことでしか無いので、本当のところは分からない。何せ僕は大発生に立ち向かうのはこれが初めてなのだから。
ただそれを教えてくれたのは大発生に直接立ち向かった経験のある人だったので間違いはないだろう。
僕は柵のある外縁部まで歩き、他の人から距離を置くようにして腰を下ろした。
他の冒険者や
ましてや僕の側には美少女が三人侍るように居る。緊張続きの男達にとっては色々な意味で毒だろう。
そんな空気を読んでか、僕が座っても三人はそうくっついてはこない。こう言うところはきちんとしてるんだよな。
「そうじゃない。ジャスパーが嫌そうにしてるから」
「ん?」
「ジャスパーさん、【
「あ、しまった」
「切らないで良いと思うのねん」
咄嗟に解除しようとした僕を、ピピリが止める。
「それ、心で思うだけで会話が出来るから、戦いの時とか、人に聞かれたくない会話をする時とか便利なのん」
「言われてみれば確かに」
そう考えたら、この【一心同体】は擬似的な『
《全員聞こえるか?》
《聞こえる》
《聞こえます》
《聞こえるのん》
分かりきったことだが、完璧に全員で意思疎通が可能だった。
移動する際の伝達手段としてしか認識していないのが
《じゃあ今後何かある時はこれで。距離が離れ過ぎたら多分駄目だけどな。どれくらいまでの距離なら大丈夫か今度試しておかないといけないな》
《私は『
《その言い方はずるいと思うんですよね……》
《最近ミミ、意地悪なのん》
《自分に素直になっただけ》
何だか
近い内に魔獣は来るだろう。ではいつになるのか。そしてここに流れて来ている大発生はどれくらいの
当初ある程度予定していたことも、こうして現地に来ると思うところが次々に湧いてくる。
いっそ――そう。いっそ魔獣の存在全てを見つけて片端から潰していくとか。
「……いや、出来るじゃないか」
自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
そうだ、僕は【
最近そういう使い方をしていなくてど忘れしていたようだ。
ただ今までの範囲では到底足りないだろう。ここに居ても相当奥まで届くようにしなければ。
【万視の瞳】を使い、
じわりじわりと【万視の瞳】の距離が広がっていくのを感じる。そして魔獣の反応が無くなるところまで届いた時、その範囲は凡そ十キロ以上にも及んでいた。
少し疲れた感じがするが、それどころではなかった。思わず溜め息が出る程の数がそこには映し出されている。更に疲れる気もするが、仕方無くそれら全てを詳細に映し出す。
そこに見えた魔獣は、名前から判断するに危険度段階が3から5のようだった。出発する前にジャルナールが言っていた通りだ。
ただ食われてしまったのか3は少なく、4が大半、5がそこそこに、と言ったところか。
これだけを言えば少なく聞こえるかも知れないが、全体の総数は一万を超えている。これが一斉に襲って来る光景なんて見たくないし考えたくもない。
……僕達が来るまでに何人死んだんだろうな、って思うと、やりきれないものがある。
そんな思いを消すように、軽く頭を振って立ち上がる。
「行くの?」
「ああ。挨拶だけしてな。駄目なら強行突破」
「分かった」
僕は【万視の瞳】で人が多く集まっているところを探し、その中で見つけたこの要衝の責任者らしき者の元に歩いていく。表示されているその名前に、少し眉を寄せた。まさかな、と思いながら。
どうやら張られた天幕の中に責任者は居るようで、見張りをしている兵士に許可を取ってから中に入る。
そこに居たのは、立派な甲冑を着込んだ男だった。
どこか疲れた顔をしつつも、逞しさと力強さを感じさせる姿には確かな戦士としての威風が漂っている。もう四十は超えているだろうに、伝わってくる魂の波動には一切の衰えがない。
【万視の瞳】に映っていた男の名前はティラード子爵。正真正銘の貴族だ。
ティラード子爵は天幕に入って来た僕達の姿を見やると、その疲れた顔のままに目を細めた。僕もまた、見覚えのある彼に目を細めた。
だって、幼い頃に見た彼の顔は、もっと
その後ろに立つ壮年の騎士もまた見覚えがあった。二人共、もっとよく笑う人だったろうに。
そうだよな。二人共ここに居てもおかしくないよな、なんて、無表情を保ったままに思った。同時に、懐かしさと切なさが湧いた。
「新しい冒険者か?」
「ああ。と言ってもすぐに立ち去る予定だがな」
「どう言う意味だ?」
「今から魔獣を片っ端から潰してくる。終わったら次の要衝に向かわせて貰う」
「なにぃ?」
僕の言葉に、ティラード子爵の顔色が変わった。目つきも正に獣のそれ。
そして僕の発言を聞いていた周囲の兵士も視線を向けてくる。
「貴様自分が何を口にしているか分かっておるのか?」
「分からない程
「馬鹿なことを」
「好きに言ってくれて構わない。どうせ俺達四人が暴れた程度じゃ魔獣の枝は分かれない。迷惑をかけることもない。じゃあ構わんだろ?」
「はっ。好きにせよ」
「好きにさせて貰う。終わったら報告には戻るさ」
言うだけ言って、僕は天幕を出た。それから町の柵を乗り越え堀を跳び越え、先に見える森に向かって駆けていく。【万視の瞳】では大発生の枝分かれはまだ奥の方に居る。なのでもう少しだけ先へと進んでいく。
森に入り暫く駆けて、この辺で良いだろうと言うところで足を止めた。
「実際どうするんですか?」
「幾つかやりようはあるが、今回はここからまとめて潰す」
「ここからん?」
「ああ」
実はここに来るまでの間、正確には
大発生で出てくる魔獣の総数は少なくとも数万に及ぶ。読んだことのある書物によれば、最大で五十万を越えることすらあったらしい。
そんなやつらを相手に斬ったり殴ったり魔術で減らしていってもキリが無いだろう。ではどうするか。薄らと想像していた魔術はあったけれど、先程のティラード子爵と後ろに立っていた騎士を見て、はっきり
僕は【
そして
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ
種族 人族・人種
魂位 810
生命力 69,127/69,127
精神力 65,437/70,527
状態:
力 6-7
速度 6-7
頑強 6-7
体力 6-7
知力 6-7
魔力 6-7
精神耐性 6-7
魔術耐性 6-7
魔術属性
光 6-7
闇 6-7
火 6-7
風 6-7
金 6-7
土 6-7
水 6-7
技能
攻撃系技能:【短剣術4-4】【剣術5-1】【槍術4-1】【格闘術4-7】【投擲術5-3】【投槍術3-7】【万死圧風6-7】
防御系技能:【五色の部屋6-7】【物理障壁4-7】【魔術障壁3-7】
補助系技能:【言霊6-7】【性質硬化6-7】【視力上昇5-7】【魔力視5-7】【外殻上昇6-7】【内殻上昇6-7】【暗視6-7】【優激の風6-7】【励ましの風6-7】
回復系技能:【悪性還元6-7】【母の手6-7】
属性系技能:【光魔術5-7】【闇魔術5-7】【火魔術5-7】【風魔術6-4】【金魔術6-7】【土魔術6-3】【水魔術5-7】【光よ在れ6-7】【暗闇1-7】【風撃圧5-7】【土柱6-5】【水激流6-2】【風掌握5-7】
特殊系技能:【魔道具作成5-7】【人形体作成6-7】【複製体作成6-7】【変化6-7】【光の部屋6-7】【闇の部屋6-7】【気配感知4-7】【魔術感知3-7】【危機感知3-4】【魔力操作4-1】【魔力隠蔽6-7】【馬術6-7】
固有技能:【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】【僕だけの部屋】【僕だけの宝物箱】【透魂の瞳】【万視の瞳】【還元する万物の素】【一心同体】
種族技能:
血族技能:
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ちなみに、【
さて、本題。
僕は普段平然と色々な魔術を使用しているが、もちろんこれは精神力を消費している。そして僕の精神力の総量は別に特別多い訳では無い。今でこそ魂位が上昇しているから多くも見えるが、逆に言えば魂位相応でしか無いのだ。
僕がいつも
これは今まで出会ってきた冒険者や傭兵から酒の場で聞き出して気づいたことだ。推測混じりだが、恐らく間違ってはいないと思う。
そしてそれを理由に好き放題している訳だが、先程言ったように僕の精神力の総量は特別多い訳ではない。
今から使うのは初めて創造する
無いとは思うけれど、精神力を消費しすぎて倒れる可能性もあるから。
「今から魔術で一気に全部を倒す。大丈夫だとは思うけど、動けなくなったら皆で何とか俺を守ってくれ。なんなら一度要衝に戻っても良いけど、色々聞かれたりしても面倒だろうし、頼むな」
割とふざけたことを言っているなと我ながら思うが、それを聞いた三人はこちらがびっくりするくらいに真剣な表情を浮かべた。
特にピピリの顔は際立って見える。普段ふざけていてもサガラ。その在り方に迷い無しか。
頼りになるものだ。
「じゃあいくぞ」
※
昔、何度もお祖父様に見せて貰った槍捌きがある。
それは幼い頃の目にはまるで光が走っているかのように映った。一瞬の間も無く、気づけば目標を貫いているそれは穂先が光となって走り、残光が後を追っていくのだ。
その美しさが果たして子供の瞳だったからこそ、そう映ったのかは分からない。ただ、僕は例えロメロやエルドレッドの優れた技能であっても、その美しさには到底敵わないと今でも思っている。
僕にとって、槍とはお祖父様のあれこそを言う。そして、この地はお祖父様の槍によって守られているのだと幼い頃は本気で信じていた。
お祖父様の槍であれば、例え地の果ての敵であっても貫くことが出来るのだと。
だから僕は思うのだ。例え西の戦地にその身を置こうとも、お祖父様の槍はこの地を守っているのだと。
※
「【
僕がそう言葉を発した瞬間、万を越える光が一斉に空から降り注いで来た。大地を穿つばかりに落ちてきたその光は遥か遠くまで続いており、まるで光の塔が立っているようにも、風に揺らめくカーテンのようにも見える。
今したことは至極単純、【万視の瞳】に映る全ての魔獣を対象として、凝縮した光の槍を空から降らせたのだ。
光とは、凝縮すれば物体に影響を与えることを僕は知っていた。強い火は物体を消し炭にするが、強い光は物体そのものを散らすのだ。
恐らく直撃した魔獣達はその全てが即死している筈だ。
「ぁ……」
一瞬目の前が暗くなると同時に身体から力が抜けた。咄嗟に抱き抱えてくれたのは誰だろうか。
猛烈な倦怠感の中、浅い呼吸をしながら個体情報を見る。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ
種族 人族・人種
魂位 4050
生命力 20,714/1,693,443
精神力 0/1,844,843
状態:精神力が枯渇している:万物の素が不足している
:生命力が急激に減少している
:外殻に状態異常:体力が急激に減少している
:内殻に状態異常:精神耐性が下降
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
魂位がとんでもないことになっていた――いやそうじゃない。精神力が底をついて生命力まで元の三分の一程も減っていた。予想以上どころじゃない、予想外の消耗率だ。
「ジャスパー飲んで」
言われて回復薬の瓶を口に当てられるも、全く飲む力が出ない。一気に精神力を使い果たして生命力を削るとこうなるのか。呼吸までもが落ち着かないし、腕や足にも力が入らない。
屋敷で知力を6-7にした時は頭への負担の強さから気絶し精神力が枯渇していたが、あれとは意味が違う。今回は精神力の枯渇による肉体への影響。なるほど、精神力が失われた状況で無理に魔術を使えば死ぬとはこう言うことか。
僕は英雄級の力を持った状態から始まった。しかし、本当の英雄達は自力で強くなった上で英雄と呼ばれていたのだ。だからこそ、英雄と呼ばれるに相応しい魂位や能力値を持っていた。
僕はそこを完全に勘違いしていた。英雄級の力を持っていても、僕は英雄では無いのだ。英雄として大事な土台を持っていないのに、僕は立とうとしてしまったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ
種族 人族・人種
魂位 4050
生命力 19,805/1,693,443
精神力 0/1,844,843
状態:精神力が枯渇している:万物の素が不足している
:生命力が急激に減少している
:外殻に状態異常:体力が急激に減少している
:内殻に状態異常:精神耐性が下降
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
生命力がどんどんと減っていっている。分かった。これは『
「んっ」
と、口に柔らかい感触と、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。無理やり舌を割って液体を流し込んでくれているのはミミリラだ。
全てを飲み込み小さく呼吸していると、またもう一度唇が落ちてくる。何度も何度もそれを繰り返し、渡していた回復薬全てを飲み込む頃には、少しだけ落ち着いてきていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ
種族 人族・人種
魂位 4050
生命力 15,777/1,693,443
精神力 554/1,844,843
状態:
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
見ると生命力の減少が止まり、精神力が僅かに回復している。気づけば全く動こうとしなかった身体に多少の力が入るようになっていて、そこでようやく命の危機から脱したことを理解した。
「大丈夫?」
「ああ。感謝する」
「無事で良かった」
背もたれにしているミミリラに抱きしめられながら、改めて生命力、精神力、魂の関係性について考える。
生命力と精神力は魂から抽出される。生命力は身体の維持を担っているからこれが失くなれば死ぬ。精神力が失くなれば生命力が減るのは、生命力を精神力に変換しているからだ。
この二つは自然回復するが、その速度は魂から抽出される速度を表している。それを上回る損傷で残りの数値が失くなれば魂が減り、死ぬと言うことだ。
僕の場合、今のは精神力を一気に使って生命力が変換されるよりも早く、強引に魂から抽出したのかも知れない。そしてそれを補う為に生命力が魂に流れ込み続けていたのだろう。あるいは負荷が掛かって純粋にどこか身体を痛めてしまったか。
どちらにしても考え無しに違いない。知力第6等級とは何だったのか。
何だろう。ここ数日は失敗ばかりしている気がする。まだ焦っているのだろうか。
他者からどれだけ罵倒されようと鼻で笑う精神は持っているが、自分のこんな無様な失敗は流石に堪える。
しかし本当に馬鹿をした。ザルード領を守るどころじゃなくなっていた。
「うん。もう絶対にしないで」
「お願いします」
「お願いね」
三人から懇願の言葉が飛んでくる。
絶対にこれは感情を読まれたな。ピピリなんて口調すら変わっている。こっちが素なのだろうか?
ただ、彼女達から伝わってくる感情、そして僕に向けられる表情と声色から本当に心配してくれてるんだな、と強く感じる。
それが、非常に心地良かった。
いや、三人とも本気泣きしているから、かなり心苦しかったりはするんだけどね。
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