第59話 向かうは要衝レーニル

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ミミリラ・サガラ

種族  亜人族・獣人種・狐猫属

魂位  281

生命力 8,067/8,067

精神力 28,580/28,580

状態:

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ニャムリ

種族  亜人族・獣人種・長耳狐属

魂位  348

生命力 12,775/12,775

精神力 14,375/14,375

状態:

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ピピリ

種族  亜人族・獣人種・兎属

魂位  410

生命力 21,969/21,969

精神力 17,469/17,469

状態:

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 ふざけんな。

 起きてミミリラ達三人の個体情報ヴィジュアル・レコードの変化した部分を確認した僕の心の底からの感想だ。

 たった一夜、たった一夜を共にしただけでこの魂位レベルの上昇具合。ミミリラが25、ニャムリが14、ピピリが11も上昇している。

 これはこのペースで上がり続けるのか? 回数は? 頻度は? 上昇数値の度合いは?


 ニャムリとピピリとは二度目だが、ミミリラとはもう何度も交わっている。と言うことはミミリラの魂位などが上昇している理由の大半は、狩りでは無く僕との性行為と言うことになる。

 こんなこと聞いたことはないし、屋敷にあった書物のどこにも載っていない。


「……お前達三人、身体に違和感は無いか?」


 そう言うと、三人共が自分の個体情報を確認しているようで暫く中空に視線を漂わせていた。確認が終わると同時にミミリラがその場でぴょんぴょん飛んだり手を握ったりしている。ニャムリも足を上げたり曲げたり色々しているし、ピピリは拳を唸らせている。風を切る音が凄い。

 ちなみに今は全員まだ裸の状態だ。眼福にも程がある。


「また身体が軽くなってる」


 とはミミリラの言葉だ。それに残りの二人も続く。


「昨日身体が楽になってたのは気のせいじゃなかったんですね」

「凄いのねん。あ、でも胸がちょっと重たくなったような……」


 両手で支えながら見下ろすピピリの母性は確かに素晴らしいものだが、元が大きいからよく分からない。それに一日で体格が変わってなるものか。


「あ、それはある」


 その話題にミミリラが乗った。確かにミミリラに関しては凄く実感していた。

 初めて肌を交わらせた時はまだ僕の手で楽に覆えていた乳房が、今では手で掴める程になっているのだから、嫌でも気づく。嫌なことは全く無いが。


「……ふむ」


 これは今後真剣に考える必要があるな。これを使えばサガラ女衆の力を増やせるかも知れないからだ。魔導士の論文を参考にするなら、僕にはあまり影響はなさそうだけど。


「まぁいい。これは後だ。早く着替えて下で飯を取ろう」


 言って立ち上がると、三人が寄って来て服を着せてくれる。何だか屋敷のメイド達を思い出す光景だ。ただし、メイドはピピリのように着せながら下半身に悪戯はしない。いや本当に止めて欲しい。朝から盛るつもりも無ければそんな状況でも無いんだから。

 三人が服を着るのを待ってから一階に下りる。まだ相当に早いので宿泊客の姿は見えない。


 テーブルを拭いていた女将がいたので挨拶をする。


「ああ、早いねお客さん。まだ準備出来てないから朝食は簡単なものになるよ」

「それでいいさ。頼む」

「はいよ」


 席に座って背もたれに身体を預ける。左右にはミミリラとピピリが腕に寄り添ってきて、後ろからはニャムリがのしかかるように肩を揉んでくれる。どこのお貴族様だろうか、これは。貴族どころか王族ではあるが。


「お客さん両手どころか頭にも花だね」


 けらけら笑いながら女将が朝食を持って来てくれる。僕はそれに笑いながら握った手を差し出した。女将が不思議そうに差し出した手の上に金貨を十枚載せる。

 驚く女将に僕は笑う。


「少し聞きたい。ここから真っ直ぐ街道沿いに東に行けば城郭都市サラードで間違いないよな?」

「ああ、そうだよ。ただお兄さんちょっと情報が古いね。今は“城郭”都市じゃなくて“城塞”都市だよ」

「え?」

「五年、六年前かね。サラードの西南で魔窟ダンジョンが発生したのさ。それの所有がサラードになってね。魔窟所有都市になったからサラードは城壁とか都市そのものの規模を大きくして、今では立派な城塞都市だね」


 知らなかった……まぁその時期と言えばちょうど僕が王太子屋敷に移動する前だし、そもそもザルード領の城郭都市の情報なんて耳に入ってくる訳も無い。

 色々聞きたいが今は置いておこう。


「その途中とか周辺の村や町の位置が分かる地図か何か無いか? 無いなら口頭の説明でも良いんだが」


 何度も足を運んだことのあるザルードだけど、流石に細かい場所を知る機会なんて無かったし、加えてもう五年以上経っているから尚更不明な点は多い。

 ここら一帯はまだ被害が無いだろうけれど、後々の役に立つかも知れない。


「あるにはあるけど……お兄さん、もしかして大発生スタンピードの関係かい?」

「ああ、公爵閣下には大恩があってね。その領地で好き勝手されるのは我慢がならんのさ」

「……なるほどね」


 そんなつもりは無かったけれど、最後は語調が少しキツくなってしまった。しかしそれで何か察してくれたのか、女将は奥に行ってから少し大きめの巻かれた紙を持って来た。

 隣のテーブルを寄せてから、その上で紙を開いた。


「これは写し書きの簡易地図だね。文字で記されているのが現在ある村や町の場所」


 見れば、本当に大雑把ではあるが町村の数と名前が記された地図だった。ただし範囲はそう広くはない。確かに簡易地図だ。


「金貨一枚から二枚程度の安物だけど良かったらあげるよ。こんなものでも十分役にたってくれそうだからね」

「あんた最高の女将だよ」

「ありがとさん。それに自分の住む領地の為に来てくれた冒険者さんだ。けちってちゃザルードに住む資格は無いね」


 良い女将を通り越して良い女だな、と思った。まだ三十を超えた程度だろう。


「一つ聞いても良いか?」

「何だい?」

「あんたにとって、ザルード公爵閣下とはどう言うお方だ?」


 僕の言葉に、女将はにんまり笑った。


「最高のお方さ。私の若い頃の夢は公爵様のお妾さんだったからね」

「はははっ!」

「笑いごとじゃないさ。あの頃は本気だったんだから」

「ああ、馬鹿にしてないさ。何だか聞いて嬉しくなっただけでな」

「ふぅん……?」


 その言葉に何を思ったか、しかし女将はそれ以上聞いてくることは無かった。


「食べたらそのままにしておいて良いよ」


 言いながら、女将は奥の方へと引き込んで行った。ここは良いな、また来よう。


「良い宿だ」

「ジャスパー、ああ言う女が好み?」

「好みという意味では今のところお前が一番だな」


 言うと、ミミリラの尻尾が僕の身体に擦り付いてきた。そういうのが可愛いと思うんだよな。

 対抗してニャムリとピピリが引っ付いてきたが、早く食事を済ませるように言ってあしらった。



 ※



 僕は再び三人を【一心同体ソール・コート】で後方に引き連れながら疾走していた。

 向かう先は予定通り城郭都市改め城塞都市サラードだ。

 僕が知っている記憶の時点での総人口は凡そ三十万。あの女将の話の通りなら、今はさぞ立派な都市へと発展していることだろう。ガーランドが確か人口五十万だから、同じくらいは居るかもな。


「ここからは全員で走るぞ」

「分かった」

「分かりました」

「分かったのねん」


 都市の城壁が遠くに見えてきた辺りで【一心同体】を解除する。ここからは僕も【優激の風ブリーズ・カース】と【励ましの風ブリーズ・メント】を使わず、全員に【外殻上昇シェル】をかけて一緒に走る。


 そうしてたどり着いた立派な城門の前では、どこか気の張り詰めた都市兵が僕達を見据えていた。遠くからかなりの速度で近づいて来ていた訳だし余計にだろう。


冒険者アドベルか?」

「ああ。大発生のことを聞いてな。冒険者証明証アドベルカードは要るか?」

「見せてくれ」


 そう言われて四人ともが冒険者証明証を見せる。

 普段であれば城塞都市であろうが城郭都市であろうが、こういったチェックは基本的には無いのが普通だ。行き交う人や物が多すぎて、していたらキリが無いからだ。あるとしたら冒険者や傭兵ソルディア連合体レイドや、商会の馬車が連なった商団のような、集団単位での場合だ。

 今は恐らく傭兵崩れや変装した盗賊なんかを警戒しているのだろう。火事場泥棒と言うのはどこにでも居るから。


 証明証カードを確認した都市兵はそれを返しながら頷いた。


「確かに。斡旋所か?」

「ああ。出来れば教えて欲しい」

「門を入って大通りを真っ直ぐ進んで中央に大きな交差点がある。それを左に曲がって突き当たりに大きな建物がある。それだ」

「感謝する」


 言われた通りに向かう。念の為に【万視の瞳マナ・リード】を使って建物を検索すると確かにあった。更にその中を確かめるも、殆ど人が居ない。


 早足に向かう道中に感じる街の空気は重いものだった。歩いている人はどこか少なく、露天商の姿もやはり少ない。【万視の瞳】で見ると人の数は確かにあるのに、皆引きこもっているのだ。

 中には建物があるのに人が全く居ないところもあった。果たして出かけているだけなのか、それとも逃げてしまったのか。どちらにせよ、僕の胸の中に虚しさを湧かせるには十分だった。


 女将が言っていたように、昔見た景色よりも遥かに立派で広い城壁があるし、街並みもかなり豊かになっている気がする。それでありながら、昔僕が見た景色よりも遥かに寂れた空気がここにはあった。


 これがお祖父様の守っている都市の姿か。そう思うと、やるせなさが湧いた。


 斡旋所の中に入ると、入口にある広いホールでは数人程が依頼板を見ているだけだった。今この時点でここに居ると言うことは、実力第3等級未満の冒険者か傭兵だろう。

 そんな彼らを尻目に、僕は真っ直ぐに受付に向かう。


「現在の状況が知りたい。どこがどうなっているのか全てだ」

連盟証明証ギルドカードか冒険者証明証をご提出頂けますか」

「これだ」


 受付に座っていた女は僕の出した証明証両方を側に置いてあった半透明な板の上に載せた。すると受付の前に透明の板が浮かび上がる。

 これは個体情報証明版ヴィジュアル・レコード・コピープレートと似たようなもので、証明証に登録されている個人の魂の波動を確認することが出来るのだ。

 魂の波動は冒険者登録をする際に必ず登録する。これを冒険者証明証などに宿らせることによって、個人個人を識別しているのだ。そして魂の波動は誰一人として同じものは無い。

 僕はその板の余っている部分に手を載せる。これで証明証と同じ魂の波動が確認されれば本人であると認められるのだ。


「ありがとうございます。では現在実力第3等級以上の冒険者には強制依頼が出ています。ジャスパー様にはこちらの中からお選び頂きます」


 証明証の後に差し出された依頼用紙は十枚以上もあった。僕はそれを全部受け取り、受付の女を見た。


「出来る限り受けたい。だがどんなものがあるのか、どこから受けるのかを決めてからそこに移動したい。依頼受理は依頼完了報告の際に確認でも良いか?」

「現在の状況が状況なので問題ありません」

「じゃあこの依頼用紙は全部貰っていく。後、各地の状況が知りたいのと、出来ればこの周辺の地図などがあれば見せて欲しい」

「暫くお待ち下さい」


 普通であればこんな依頼の受け方なんて認められる訳が無いし、多数の依頼を同時受理なんて安易に許可は下りない。しかし何を指摘されることも無く了解を得られたこの状況。

 どこでも良いからさっさと行け、と言うことだ。


 実際問題、こんな状況だと誰が依頼を受けて受けていないか何て斡旋所でも把握出来ていないだろう。何せ依頼なんて受けないままに、依頼の内容と同じ行動を取っている冒険者や傭兵なんて腐る程いるだろうし。


 あの町が落ちれば今度はこっちに被害が来る、と分かっていながら呑気に依頼を受けて行く馬鹿は居ない。装備を持ってその足で向かうだろう。

 僕も似たようなものだ。依頼なんてどうでもいい。ただ、どんな依頼が出ているかで各地の状況が知りたいだけだ。


「現在、ザルード地区、スタード地区、クーレイド地区、シシリアード地区全域の町村、都市が襲われています。残っているのはここ、現在要衝地としている城郭都市セントナからここレーニル町とされています。それ以外は全て避難、壊滅、あるいは確認が取れない状態となっています。

 それらに接する地区に関しては各要衝地への支援を行うと同時に領兵の派兵を行っておりますが、同時に避難の構えも必要な為、全てが全て要衝地へ向けられている訳ではありません。これは昨日来た情報を最新としています」


 持ってこられた地図の一つ一つを指差しながら説明してくれるそれを、地図そのものと合わせて頭に叩き込んでいく。やはりかなりの被害が出ている。地図の至るところに小さな覚書が記されており、それはもはや形を成さなくなった町村を示すものだった。


「分かった。感謝する」


 僕はそれだけ言って受付を去った。そのままの足で隣の食堂に移動し、近寄って来た給仕人に果実水を四つ頼んだ。

 席に座るなり、早速テーブルに依頼書を広げる。


「避難護衛などが結構ありますね」

「後は避難する間の時間稼ぎとかのん?」


 二人が言うように、討伐に関する依頼そのものは少ない。

 市民が避難する時間を稼ぐ為にどこどこで防衛しているので参加、とか。その避難する道中のはぐれた魔物、つまり小さな枝分かれからの護衛とかそう言ったものだ。後は物資を運ぶというのも結構な数があった。

 僕はそれらを見ながら、先程受付で脳裏に焼き付けた地図と照らし合わせる。僕達が護衛なんてしても意味が無い。するなら原因の大本を蹴散らすか、防衛線を作る要衝地への応援だろう。


 大発生には一つの習性がある。それは、必ず人や作物が多いところを狙うと言うものだ。つまり、基本的には村や町、都市を襲う。


 大発生の際はその習性を利用して、特定の場所を決めて要衝を作りそこに大量の兵や冒険者や傭兵を置く。それを幾つか作ることによって防衛線とするのだ。

 そうすれば、自然と魔獣達は散らばらずに各要衝を目指すので、こちら側としては戦力を集めることが可能となり、また被害を絞ることが出来る。


 なので大発生の際の手順は三つ。市民を逃がす。要衝を作る。討伐する。事態が沈静化するまでに行う大きなことはこれだ。


 昨日の酒場食堂で男が言っていた城塞都市ポルポーラの防衛線が無いとは、予想するに、都市に出来る限り多くの魔獣を呼び寄せる為だろう。

 つまり城塞都市ポルポーラそのものを生贄にすることで、それ以外の場所への被害を減らそうとしているのだ。

 城塞都市ポルポーラはザルード公爵領で最も人口密集度の高い主要都市。大発生に参加している魔獣にとってはご馳走が詰まった入れ物にしか見えないだろう。

 考えるだけで胸を掻き毟りたくなる。


「どうするのジャスパー?」

「どうしようかな」


 そう言って一口果実水を飲む。

 闇雲に動くのでは意味が無い。でも動かなければ今もこの領地の人は襲われ続けている。

 現在作られている――残っている大きな要衝は四つ。この四つは間違いなく大発生の大きな枝分かれを食い止めている重要拠点だ。どれを見捨てることも出来ない。


 少し、目を瞑る。

 北に行けば城塞都市ポルポーラがある。落ちることはないだろうが、今現在、確実に大発生の群れに襲われている僕の大事な思い出の詰まった都市だ。

 そこから一番離れた東の要衝地に行けば、戻ってくるのには時間がかかる。逆に言えば、そこは一番支援を受けづらい、離れた場所でもある。

 右隣の領主である伯爵が支援にでも来れば話は変わるだろうが、まぁまずしないだろう。自分の領地の防衛に必死になっているのがいいところだ。


 僕は大きく息を吐き、目を開けた。

 何を悩むことがある。もう昨日の時点で決めていたではないか。お祖父様の領民を守り、その名に傷を付かせないと。


「東から全部潰していこう」

「波が収まってなかったら?」

「まとめて潰す」

「分かった」


 波、とは大溢れと同じで、大発生の別称だ。波が収まっていないとは、まだ後続が来ている、増援がいると言うこと。

 もしそうなら枝分かれの根元から潰すしかない。


「最初に向かうのはこの要衝だ」


 僕は依頼書に出ているそれを指差す。

 仮名として付けられているその場所の名は、要衝レーニルと言った。

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