第56話 隠せぬ焦燥

 あれから多少の準備を終えて、僕達ジャスパー集合体パーティーは城塞都市ガーランドを出た。城壁を出ると少し速めに走る形で街道を進み、途中でわざと外れて人目がないところで足を止める。更に【万視の瞳マナ・リード】で周囲に完全に人が居ないことを確認して、僕は三人に向き合った。


「じゃあ行くけど、何かあったらすぐに言いなよ」

「分かった」

「分かりました」

「分かったのねん」


 声を揃えて返事をする三人の姿を見ると、やっぱりこいつら姉妹なんじゃないかな、と言う気がしてくる。

 そんな疑問を抱きながら【一心同体ソール・コート】の効果で三人を浮かせ、後方一列に並べる。これで移動の最中に人を吹き飛ばすこともないだろう。

 更に今回は全力で走るので、人目を避ける為に【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】を全員に使用している。これで姿も見えないし【五色の部屋サン・ク・ルーム】以上の障壁を張ることが出来る。


 ここでちょっと説明すると、僕はもう結構前の時点で力等級値と速度等級値は6-7にしてある。更にジブリー伯爵の次女サマンサ嬢に会った日に創造した、補助系技能の【優激の風ブリーズ・カース】と【励ましの風ブリーズ・メント】と言うものがある。


 【優激の風】は足の裏に空気の層を作り、後ろ足を蹴る瞬間に破裂させて加速を手伝うものだ。【励ましの風】は単純に風で身体を押す魔術で、イメージとしては以前エルドレッドに使用した【風撃圧ブリーズ・ラッシュ】を自分に向けて放つものになる。走っている時にこれを背中で発動させて、常時身体全体を押させるのだ。


 速度等級値が6-7、更に【外殻上昇シェル】で速度を上昇させて、上記二つの補助系技能を発動した状態で走るのが現時点で僕が出せる最高速になる。

 但し、【僕だけの部屋】や【五色の部屋】、あるいは一般的に使われている物理系の障壁を併用してないと、風圧を思い切り浴びることになるので決して忘れてはいけない。僕は最初、その辺りを気にせずこれをやって外套を置いてきぼりにしたことがある。


「じゃあ、一気に行くぞ」


 速度を上昇させる為の三つの魔術と【視力上昇サップ】を発動させて僅かに腰を落とし、力を込めて後ろ足を蹴る。

 瞬間、視界の中の景色が霞んで消えた。そして新しく目に入ってくる景色はどう言ったものかを確認する間も無く刹那の内に後ろへと流れていく。きちんと確認出来るのは左右に見える遠くの景色くらいのものだ。


 調子を確かめるように暫くそのまま進み、問題ないことに一つ頷いて更に速度を増していく。単純な視力と動体視力を強化する【視力上昇】を使ってないと、正直僕でも躊躇いがある速度だ。

 一瞬でも気を抜けば前方に誰かが居た場合とんでも無いことになるから。


《すっごーいのん!》

《これはすごいです……》


 ニャムリとピピリの声が聞こえる。気持ちは非常に分かる。僕も初めて全力で走った時は変な笑いが出てしまったから。


 ちなみにどうして離れた状態なのに会話が出来るかと言うと、移動している際に意思疎通が出来ないのは困る、さてどうしよう。と言う話になり、そこで僕が「自分の身体の一部として認識する魔術だから意思疎通出来ないのはおかしいよな」と創造したものに想像を加えて試してみたら成功した。それは三人も同様で、僕を介してお互いに直接会話が出来ている。

 ただこれ、心の声で伝えたことは全員に伝わるので注意は必要だ。


 ふと、一人無言のミミリラの様子が気になったので繋がった感覚から確かめると、何やら非常にわくわくした感情が伝わって来た。どうやらこう言うのが結構好きなようだ。

 ならばもっと速くと思わないでもないが、残念ながら本当に今の速度が限界だ。これ以上は速くしようとしても変わらない。


《夕暮れまでって言ってたのは大げさじゃなかったんですね》

《何だ疑ってたのか》

《そうじゃないですけど、これは予想外過ぎますよ》

《もっとのんびりした馬車の旅が個人的には好きなんだがな》

《じゃあ今度皆で行こう》

《大勢での旅行なのねん》

《百人超えの旅行ってそれ最早もはや行軍だな。冒険者アドベルってこともあるから絶対に領兵に絡まれるな》

《ジャスパーなら大丈夫なのねん》

《おいミミリラ。こいつ俺がどういう生まれか忘れてるぞ》


 国の上位から数えた方が圧倒的に早い王太子に不穏なことをさせようとするな。


《ピピリは昔からこんな感じ。でも里の中ではかなり優秀だった》

《マジか……》

《マジですジャスパーさん》

《ヒムルルの立ち位置も、ピピリがなってたかも知れないくらいにマジ》

《そこまでか》


 もう何度も顔を合わせているが改めて言えば、ヒムルルとは現在のサガラ一族の副族長で、熊耳が色々な意味で似合う巨体の持ち主だ。ただ見た目に反して非常に丁寧で腰が低く、それでいて気が利く男だ。

 元々里があった頃は副族長ではなく、ニール達のような外で働く実働部隊を率いる立ち位置に居たらしい。


 サガラ一族は、役職と言うか、立ち位置によって名前の最後の文字が変わる。「ラ」が付けば族長。「リ」が付けば族長の三親等までの血筋。「ル」が付けば実働部隊の精鋭。「レ」が付けば「ル」以外の実働部隊。「ロ」が付けば実働部隊では無く、里の維持管理担当になる。

 ヒムルルは「ル」が二つ付いているので、「ル」を率いる隊長だった訳だ。それと比較されるピピリの恐ろしさよ。

 ちなみにミミリラは族長の娘の「リ」であり族長になった「ラ」なので「ミミリラ」と言う名前らしい。つまり本来は「ミミ」と言う名前な訳だ。


 そんな感じの会話をしながら走り続けること凡そ半日弱、お祖父様の領地ザルードの最西端の土地セイラードに入った。領地区分の中では比較的狭い方だが、物の流れは多いので栄えている土地でもある。


 一つ覚えのある大きめの町があるのでそこに向かって更に足を進めていく。遠くの方に目的地らしきそれが見えてきたので、足を止めて周辺に人が居ないことを確認してから三人を下ろす。


《気分悪かったりしないか?》

《むしろ楽しかった》

《ですね》

《またやって欲しいのねん》

《嫌でもすることになるさ》


 【僕だけの部屋】を解除し、そこからは姿を現して四人で歩いて行く。

 たどり着いた町の中に入ると、どこか空気が重い。道行く人の顔色もどこか暗く見える。どうやら最西端のここまでもが大発生スタンピードの影響を受けているようだ。

 この町には斡旋所がないので寄り道せず真っ直ぐ宿屋に向かう。この町でも一番大きな宿だ。もう辺りは暗くなる一歩手前であり、今日はこの町で一泊することにしていたのだ。


 本当であれば休みなく行きたいのだが、まだお祖父様の屋敷がある城塞都市ポルポーラまでは全力でも一日半以上はかかるだろう。到着した時点で体力や精神力を失くしていては逆に足手纏あしでまといになりかねないと、ここでも急がば回れを実行することにしたのだ。

 精神力は大丈夫だと思うが、体力はどれだけ残っているか自分でも分からない。無理をすれば身体が碌に動かなくなる上に、精神力が激減するからやはり本末転倒になってしまう。


 ここから東にあるサイレンド地区の城郭都市サラードには斡旋所がある。ここはザルード地区の南にあり、またザルードの中継地とまで言われる都市だ。現在のザルード領の情報も数多く集まっているに違いない。だが、もし今日中にそこまでたどり着こうとすれば確実に夜になっている。

 どうせ動けるのが明日の朝である以上ここで一泊するのが無難、と言う結論になった訳だ。


 宿に向かう道すがら、僕は隣で腕が触れ合うくらいに近いミミリラを見下ろす。それに気づいたミミリラも見上げてきて、首をかしげた。

 何となく内心を悟られそうで、当たり障りのない話題を口にする。


「いや、部屋をどう割るかと思ってな。流石に四人部屋は無いだろうし」

「じゃあ私とジャスパー。あと二人で」

「それは酷いです」

「横暴なのねん」


 この三人やっぱり仲が良いな。ああまぁ、ニール集合体やそれ以外も仲が良いから、サガラ特有かな。もしくは獣人種特有か。


「まぁ取り敢えず聞いてからだな。無ければ二人部屋が二部屋だ。部屋割りはミミリラが言うように」

「えー、なのねん」

「じゃあミミリラを説得してみな。ちなみに俺は何の問題もない」


 最近では毎日のようにミミリラと寝ているから、多分居なければ落ち着かないし。そう言う意味ではニャムリとピピリには酷だが、僕としてはミミリラが居るなら後はどちらでも、と言う感じになってしまう。

 ピピリとミミリラはほんの少し見つめあっていたが、どうやら軍配は上位者に上がったらしい。


「私は優しい部下なのねん」


 そう言いながらニャムリの腕に抱きつく姿に苦笑しつつ、宿に向かった。

 そして入って受付の女将に聞いて返って来た言葉がこれだ。


「あるに決まってるよ。うちをどこだと思ってるのさ」


 女将と言うには若々しい女性に呆れられた。どうやら良い宿なだけあって、家族連れ向けなどの複数人が泊まれる部屋も当然のように用意しているらしい。知らないよ。


「じゃあそこで」

「毎度ありがとうございますだぁね。ああ、あんまり汚さないでおくれよ」

「ああ」


 どうせ【還元する万物の素ディ・ジシェン・ジ・マナ】で汚れを落とすから問題はない。お互いに何をするのかきちんと分かってる。そう思いながら簡易な鍵を受け取って最上階に向かう。

 部屋の中に入ると、綺麗に清掃された、花瓶などが置かれた広い光景が目に映る。ベッドもきちんと四つあり、確かにこれなら町の規模に対して高級宿に相応しいだろう。


 早速僕は一番奥のベッドを専有するべく寝転ぶと、その上にそっとミミリラが乗ってきた。行動が早い。

 そして何やらガタガタ音がするなと思い右に顔を向けると、そこには二人してベッドを寄せる姿が。そうすると不思議、接したツインベッドの完成だ。使われる気配の無くなった残り二つのベッドが哀れでならない。と思っていると更にもう一つ並べられた。さようなら残った孤独なベッドよ。

 仕方無しに真ん中のベッドにずりずり移動すると、左右にニャムリとピピリがくっついてくる。三人の非常に心地よい感触に目を瞑りながら、もやっとする気持ちを落ち着かせる。


 出来るだけ気楽な感じでここまで来たけれど、やっぱり焦燥感だけは取れてくれない。今すぐお祖母様のところに向かって安全を確認したい。精神力とか体力とか気にせず、先ずはあちらに到着しておくのが正しいのではないか、そんなことばかりが頭をよぎる。


 お祖父様のお屋敷がある城塞都市ポルポーラは、今回の大発生の発生推測地点であるビードル山脈及び大森林がある場所からは南西、あるいは西にある。

 頑丈に作られた多層型城塞で都市を囲んでおり、内部は三重の城壁によって守られている。各城壁層の間にも居住する為の土地が用意しており、中で農業が行われる程に広大な作りとなっている。

 大発生が襲って来たとしてもそうそう落ちる場所ではない。それをよく知っているからこそ、こうしてパニックにならずにいられるのだ。


 そうでなければジャルナールから情報を受け取った時点で全てを投げ出して僕はここに来ていただろう。国や領地や斡旋所の決まりなぞ知ったことではない。そんなものよりも遥かに大事なものがあそこにはあるのだから。


 そんなことを考えていたらいきなりミミリラに顔を抱きしめられて口づけられた。左右の二人も服の中に手を入れながらさすってくる。いやまだ食事も取ってないしするつもりは無いんだが。


「焦ってるしイライラしてる」


 口を離したミミリラにそう言われ、ちょっと驚く。

 そんなに分かり易かっただろうか?


「魔術のせいか、感情が凄く伝わって来る」

「あ」


 そう言えばそうだ。僕と彼女達の魔力を繋げているんだから、彼女達も大元の僕から色々読み取れても不思議ではない。

 気まずいので解除しておこう。魔術名カラー・レイズにして創造しているからいつでもまたすぐに使える、問題はない。


「あ、分からなくなった」

「流石に恥ずかしいしね」

「私達は結構読まれてたと思いますが」

「俺は特権だな」

「ずるいのねん」

「おいお前達の主人だ」


 四人の間に少しの笑いが溢れる。ひょっとしなくても、三人を連れて来たことは正解だったのだろう。不思議と落ち着いていく自分を感じる。

『男を癒すのに一番良いのは女さ! 一発やりゃあ親が死んだって元気にならぁ!』と言っていたのはニールだ。あの時は白けた顔を向けたもんだが、確かにそうなのかも知れない。里を滅ぼされたニールの言葉と考えれば説得力があり過ぎるから。

 連盟拠点ギルドハウスにはニールやイリールの親族は居ないし、外で働いている十人の中にも居ないと聞いている。間違いなく五年前の戦で散ったのだろう。

 それどころか、生き残ったサガラの殆どは親族、取り分け両親や祖父母、おじやおばをうしなっている。基本的に若い者、優秀な者から逃げるように前族長、ミミリラの父親が指示したらしい。

 仮にアーレイ王国が滅ぼされて家族を失ってしまった時、果たして僕は耐えられるだろうか。想像するだけで吐きそうになると言うのに。


 英雄色を好むと言う。

 これは強い者や権力を持った者は女を囲うし、自然と女も寄って来ると言う意味で伝えられた言葉だが、実際は違うのかと思う。

 あれはもしかしたら、そうしなければ心が耐えられなかったからなのかも知れない。英雄にしか分からない途轍もない苦悩から逃げる場所が女だったと言うことなのかな、なんて思ってしまう。


 いけない、ちょっと気分が落ち込んできている。


「今度ニールには何か褒美をやるか」

「何かあったんですか?」


 ニャムリの言葉に、僕は苦笑だけを返した。

 女性には理解して貰えないだろう。ここはニールの尊厳を守ることにしよう。

 代わりに僕はミミリラの尻尾の根元を掴んで撫で始めた。


「んにっ」


 ここは獣人種の殆どが性感帯だ。分かっていながらそれを触り、ゆっくり先の方へと滑らしていく。本当に滑らかな毛並みだ。いつまでも触っていたくなる。


「ほんの少しだけ休む。一時間くらいしたら起こして」


 言うなり、僕は寝る為に目を閉じた。力を抜くと、一気に眠気が襲って来る。これも能力値が成すことなのか、寝ようと思えばすぐにでも眠れる身体になった。

 起きたら色々動かないとな、と思いながら僕は眠りについた。


「お休みなさいませ、王太子殿下」


 意識が落ちる間際に聞こえた優しい声に、何故か瞳が熱くなった。

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