第55話 一心同体

 今更言うまでも無いが、僕の【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】には僕単独が冒険するには十分過ぎる程の物資や生活に必要な諸々が入っている。

 なので僕の準備は要らない。後はミミリラに、ジャルナールに指示したことと合わせて他の集合体パーティーと急ぎ過ぎない程度に追って来てくれと頼むだけだったのだが、ここで思い切り蹴躓けつまずいた。


「一緒に行く」

「絶対に無理」


 僕が先行して単独行動をすると口にした瞬間にミミリラから物言いが入ったのだ。

 僕の支援魔術バフ有り技能スキル有りの全力疾走に追いつける存在なんてそうは居ない。少なくともミミリラの魂位レベルや能力等級値では不可能だ。


「しがみ付いてでも行く」

「邪魔だろ」


 むしろ速度落ちるだけだ。ああいや、小柄なミミリラ一人くらいなら誤差だとは思うが、それはそれだ。

 確かにあの誓いの際にいつでも一緒にいるとは言ったが、状況にもよるだろう。


「私もしがみ付いてでも行きますね」

「私もねん」

「障害が増えた」


 ジャスパー集合体パーティーの面々大抗議だ。いっそ気絶させてから行くか、なんて思いながら、ものは試しにと三人の個体情報ヴィジュアル・レコードを見てみる。


「ん?」

『?』


 思わず漏れ出た僕の声に三人が揃って首をかしげる。あ、これ可愛い。今度ベッドでやってもらおう。猫が並んでやるあれだ。こいつら実は姉妹か。


 いやそうじゃない。ニャムリとピピリは初見だから良いんだけど、何かミミリラの能力値が全般的に増えてる気がする。特に魂位が。

 僕と出会ってからは多少の狩りと王太子屋敷での戦闘しかしていない筈だが、こうも急激に増えるものか?


 僕が最初の頃に一気に上昇したのは、あれは【万視の瞳マナ・リード】と言うある意味反則な魔術で片っ端から魔獣を見つけ、能力値に任せて狩りまくったからこその結果だ。

 王太子屋敷で行う宴の準備が終わるまでの間、確かに狩りには行った。他の集合体含めて一緒に魔窟ダンジョンに潜ったりもした。だが、その時はそこまでミミリラは戦闘に参加していない。しかも共同体パーティーで経験値の分配までしているのだ、急激な上昇は無いだろう。

 もう一度技能以外を見てみる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ミミリラ・サガラ

種族  亜人族・獣人種・狐猫属

魂位  256

生命力 6727/6727

精神力 27240/27240

状態:


力    4-1

速度   5-6

頑強   4-1

体力   5-4

知力   5-2

魔力   5-2

精神耐性 6-1

魔術耐性 5-3


魔術属性

光    3-5

闇    4-7

火    3-6

風    5-3

金    1-7

土    3-5

水    4-1

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 やっぱりちょっとおかしいなこれ。前は魂位が184だったし、能力等級値も上昇してる。あ、これは魂位が上昇したからかな?


「ミミリラ。お前最近異様に身体が軽くなったとか、力が強くなったとかあった?」

「うん。特にジャスパーと一緒に寝るようになってから凄く」

「ふむ」


 それに関して、実は思い当たるところが以前からあった。

 初めての女性であるティアナ。彼女との朝を迎えた時、異様にティアナが元気だったり綺麗に見えたり。

 娼婦集団といたした後も、皆思いきり運動した筈なのに逆に元気になっていたり、あと何故か一緒に寝る前よりも綺麗に見えたり。


 そしてミミリラもそうだったりする。

 寝所を共にするようになってから日に日に綺麗さと愛らしさが増していき、髪の毛や耳や尻尾の毛などが繊細に滑らかになっていき、肌もそれは同様で、更に言えば身体付きも良くなってきている――ような気がする。これは肌を交わらせたことによる錯覚みたいなものかと自分では納得していた。

 

 男女の営み、交わりが能力値を向上させるというのは、実はその道を研究する魔導士によって論文が発表されている。

『魂位や能力値の高い者と低い者が交われば低い者が上昇傾向にあり、同じ程度であれば互いに上昇傾向にある』と。

 ただこれ。上昇傾向がある、と言うだけで即効性があると言う研究結果は一切発表されていない。それはそうだ。そんなことが可能であれば強い男はほぼ種馬に、女は半ば娼婦にならされるだろう。強制と言う意味ではどっちもが悲惨だ。多分。

 だからミミリラのこの数値の異常な上昇具合は不自然な点が多すぎる。要検証だ。

 固有技能で主人との交わり、とかだったら面白いんだが。


 話はさておいて。


「まぁ諦めろ。後から他の面々とのんびり付いて来い」

「絶対に付いて行く」

「無理ですね」

「嫌なのねん」

「おいニール。こいつら三人気絶させるから女にやらせて縛っとけ」

「え? 俺?」


 離れて僕達を見守っていたニールに振ると、彼は僕に言い縋る三人に視線を向けて挙動不審になった。返された三人の視線から必死に顔を背けている。


「ジャス、その、自分の女をそう言う風に扱うのは良くない、と、俺は思うぞ? うん。なぁガガール?」

「ん? んん……まぁ男女の関係とは他者が触れて良いものじゃないし、難しいところだ」


 隣に立っていたガガールがニールに話題を振られて、「てめぇ俺をまきこんでんじゃねぇ」という顔で睨みつけていた。


 もうこの時点で僕もかなり気持ちが落ち着いているが、急がなければいけないことに変わりはない。

 何せここからお祖父様の屋敷までは馬車で十日以上かかる。僕なら昼夜問わず全力で駆ければ二日もかからず行けるとは思うが、もう現時点で大発生スタンピード確認から二週は経っているとジャルナールは言っていた。そう考えれば、今この瞬間もザルード各地では激戦が繰り広げられているだろうことは想像に難くない。


「現実的に考えろ。ザルードの一番こっち寄りの町に着くのにも馬車で四日から五日はかかる。馬で二日から三日だ。俺が走れば今日の夕暮れには着くだろうがお前ら連れてたら遅くなるだろう」

「ジャスパーなら私達を抱えて行ける」

「可愛い顔で自信満々に言うな」


 物理的に無理だ。あ、いや横抱きと背負いと肩車ならいけるか?

 いやいや。変種の魔獣じゃないんだから。


「じゃあせめて私だけ」

「ミミ!」

「駄目なのねん」

「族長命令」

『ひどい!』


 置いて行くか。僕が思った時、ニールが気まずそうに言う。


「ジャス。非常に申し訳ないんだが何とか連れて行けねぇか?」

「何だニール。お前までミミリラ達の味方か」

「いやそうじゃねぇ。単純にお前が族長達置いて行っても、身体の限界まで走って付いて行きそうでな。そうしたら間違いなく途中で野垂れる。これは俺の確信だ」

「……」


 ミミリラを見ると、惹きつけられるような綺麗な瞳が僕を映していた。どうしてだろう。この瞳を見ているとニールの言葉が真実であるかのように思えてくる。いや、これは真実だな。不思議な確信が湧いた。

 急がねばならないのは分かっているけれど、どうやら急がば回れの状況のようだ。


 何か無いかと方法を考える。

 先程の全員を抱えて走ると言う手段は出来ないことは無さそうだけど、流石に僕の身体が持つかが分からないしそもそも振り落としそう。体力と言うのは限界まで消耗すると、精神力や生命力同様回復するのに時間がかかるのだ。これを何とかするのは魔術や技能でも難しい。

 少なくとも今の僕は回復量を増やす手段を持っていない。


「ふむ」


 ふと、出来るかどうか分からないものを思いつく。ようは、振り落とさず、重みを感じないようにすれば良い訳だ。


「ミミリラ。動くな」

「分かった」


 僕は少し離れてミミリラの姿を【魔力視マジカル・アイズ】で凝視する。

 全身の魔力の流れ、魂の波動を把握してミミリラと言う存在を理解する。これは以前シリルから貰った記憶転送石の時と同じだ。その存在の構造を想像出来るようにする為の手段だ。


 ミミリラに近づいて胸に手を添える。

 魔力や魂の波動と言うのはここに一番多く宿り、発せられているのだ。ミミリラの中にある魂の波動を感じながら、その箇所に魂そのものがあるという想像をする。その魂の波動に、腕を通して僕の魂の波動が触れる想像をする。その二つが合わさり、混じり、離れぬ程に密着した二人の魂の波動を想像する。


 その最中、悶えそうになる自分を必死に耐えているミミリラは気にしないことにする。恐らく魔力同士が触れているからだろう、ミミリラの身体がどうなっているのか、何を感じているのかが詳細に伝わって来るのだ。


 ミミリラの魔力と僕の魔力が完全に繋がった想像が出来たところで、先程【魔力視】で把握したミミリラの身体に流れる魔力の全てを我が物の如くに想像し、創造する。

 そして、それで成功したことを確信する。


「【一心同体ソール・コート】」


 僕は魔術名カラー・レイズを言葉にし、ミミリラを見る。その姿に普段とは違った身近なものを感じ、完璧に成功していることを理解した。

 一歩後ろに下がって、ミミリラを球体状の【五色の部屋サン・ク・ルーム】で閉じ込めるように囲み、浮かぶようにイメージする。


「おおい……マジかよ」

「凄いです……」

「凄いのねん」


 浮かび上がったミミリラを自由自在に動かしてみる。


「ミミリラ。何か動いている感じあるか? こう、圧力とか風の動きとか」

「全く無い。この障壁の中だけ別の空間みたい」

「じゃあ成功だ」


 今創造したのは、ミミリラを僕の離れた身体の一部として認識し、自由に動かせるようにした魔術だ。【五色の部屋】で囲んだのは高速で移動する際に何かあってはいけないからだ。【五色の部屋】は障壁自体に物体や魔術からの干渉はあっても、破られない限りは中にそれらが通じることはないのだ。


 これで、僕がどれだけ動いても側にある身体の一部として動かせる。


「ニャムリとピピリ、お前達もだ」

「分かりました」

「分かったのねん」


 近寄ってきた二人に、先程のミミリラと同様の手順で魔術をかけていく。

 その後、三人を僕の周囲に浮かせた状態でエントランスホールの端から端まで試しに走ってみる。そこそこ速く動いたにも関わらず、三人の入った球体は僕の側から離れることは無かった。


「出来た。行こうか。準備は出来てるか?」

「ちょっと部屋に行って装備を取って来る」

「私もです」

「私もん」

「早めにな」


 三人の魔術を解いてから、椅子に座る。


「紅茶くれ」

「分かりました」


 側に居た使用人に紅茶を注文して、ぐったり背中を椅子に預けて息を吐いた。


「ジャス、お前、何でもありか」

「何でもじゃない。想像ディ・ザイン出来なかったら無理だよ」

「即座にしてんじゃねぇか」

「まあ必要に応じてだし。それに、多分あの三人……後は昨日部屋に来た女達しか無理じゃないかな?」

「何でだよ?」

「対象を“自分の身体の一部として認識する”魔術だからな。中も外も実際に自分で感じとかないとな。――これは変な意味じゃなくて真面目な話だからな」


 何だか呆れた風な顔をするのできちんと訂正しておく。お前だって分かるだろうに。実際肌を触れ合わせると、触れ合わないと決して理解出来ない親密感が湧くんだから。例えばむさくるしいおっさんが自分の身体の一部とか無理だろうに。


 そんな訳で、僕は紅茶と三人が帰って来るのを待った。

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