第51話 価値ある女

「では改めて、皆の者はご苦労であった」


 複製体の言葉に合わせて、着座したまま皆が頭を下げる。

 この場には複製体マイ・コピー、ジャルナール、ロメロ、エルドレッド、そして冒険者アドベル傭兵ソルディア一同に多数の近衛兵、ゼールやタナルを筆頭にした多くの使用人が集っている。


「して、当日は如何いかに?」

「はっ、警備箇所そのものは当日にて冒険者達に伝える予定です」

「ふむ。当日の人数は?」

「では、ここからは私が」


 今回の依頼は、僕の依頼を受けたジャルナールが三つの連盟ギルドに直接依頼をした、と言う形となる。こう言った二重依頼は本来よろしくは無いのだが、貴族などが依頼元の場合は結構ある。


「当日は最低三十五名を、との意見をプラム様とマルリード様より伺っておりますので、最低条件をそこに各連盟へと依頼したいと思っております。但し、屋敷のより多くの安全の為、各連盟には出せるだけの人員を出して貰おうと考えております」


 まぁ正直に言えば、近衛兵や直属兵に比べたら冒険者達の方が質が落ちるって理由だ。ここに居る面子は合格だとして、それ以外の連盟員ギルドメンバーが本来屋敷の警備をする兵士達と同等だとはどうしても思えない。

 その辺りは多分、皆承知の上で話を聞いている筈だ。


「そしてこれはプラム様とマルリード様にお伺いしたいのですが、警備の期限はどう致しましょうか」

「ふむ。私は宴の最中だけでよいと思うが」

「私も賛成ですな」


 これは確かに、兵が警備を出来ない間の警備依頼だから間違ってはないんだけど、酔いってそんなにすぐに取れるものなのだろうか? 僕が今までに見てきた冒険者や傭兵達は、普段ならいざ知らず、打ち上げの一杯の後はふらふら千鳥足かべろんべろんに酔ってベッドに直行だったのだけど。酷い奴なんてその場で倒れ込んでいた。


 ちょっと複製体に聞かせてみよう。


「酒の酔いとはすぐに消えるものなのか?」

「回復を促す技能スキル魔術カラーを使用すれば、比較的早くに戻ります」

「なるほどな」


 あれ? 解毒魔術を使えば良い、って言葉が出なかったのはどうしてだ? やっぱり毒としては認識されてないのか?


「で、あれば。宴が終わり、酔いが覚めるまでとしよう。一刻もあればよいか?」

「十分に御座います」

「ではそのように進めよ」

「はっ」


 そこから先は特に決めることも無かった。

 何日後のどれくらいにどこに集まるか、程度のものだ。


 それ以外の細かいところ。どこの連盟がどれくらいの人員を出すのか、金額はどうするのかなど、そう言うのは外でやれば良い。

 何より王太子の前で金の交渉話など不敬極まりない。

 多国間交渉ならいざ知らず。金額の細かな交渉と言うのは王侯貴族にとっては基本的に下賤な行いとして認識されている。器が知れる、と言うやつだ。

 まぁもちろん例外の場合もあるんだけどね。


 そして話は終わって、ようやく解散となった。



 ※



「しかしまぁ、今回は美味しい仕事になりそうだ」

「ああ。だが失敗したら下手をすれば連盟が消えるな」

「参加する連盟員にはしつこいくらいに言っておいた方が良いな。行くメンバーも厳選するくらいで」

「だが人数入れれば入れるだけ金が貰えるってのを考えると、少し悩むな」

「僅かな金で信用と命失うよりは堅実さが一番だろ」

「まぁそうだな」


 打ち上げと言う訳では無いが、大きな仕事前の前祝いみたいなものと連合体員レイドメンバーリーダー格同士の交流的な感じで、僕達六人は酒場食堂に来ていた。

 まだ日は十分明るいし酒の時間と言うには早すぎるが、まぁ先程戦場に足を踏み入れていた面々にとっては今日の仕事は終わったようなものなのだろう。


「取り敢えずはジャスパーに感謝だな。こんな美味い話流してくれたんだからよ」

「ああ、そこは確かに。あと良い経験も出来た」

「そこは今後ご近所さんだからよろしくと言うことで。そもそも冒険者としてもまだ駆け出し、連盟なんて生まれたてな上に依頼は一度もこなしてないんだしさ」


 連盟としての初仕事が王太子の屋敷の警護ってよく考えたらとんでも無いな。

 僕はぐびりとエールを飲み干してからお代わりを頼んだ。


「そういえば連盟拠点ギルドハウスはどこにしたんだよ」

「郊外の元タレット伯爵邸」

「はっ?」


 僕が素直に言うと、マッシュのマグを持つ手が止まった。


「おい、連盟拠点だよな?」

「そう。びっくりするぐらいでかいよ」

「お前んところの連盟員何人だ?」

「冒険者が百十二人で、あと使用人とその家族が五十二人」

「がらがらじゃねぇか。って言うか設立当初から連盟員多すぎだろ」

「おい宿屋でも始めんのか。専用部屋とっといてくれよ」


 グリーグが肩をバンバンと叩いてくるも、そんなもの作ったら女を連れ込むイメージしか湧かない。どうやらグリーグは『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』の連盟拠点には出禁確定のようだ。

 神妙な顔をしていたキースが口を開く。


「何やら改築工事がされていたり物が運びこまれているとは聞いていたが、あれがジャスパー達の連盟拠点だったのか……」

「いや、俺もまさか貴族屋敷だとは思わなかったよ。静かで大きいのが良いな、程度は言ったけど」

「ん? お前の指定じゃないのか?」

「違うよ。ジャルナール支店長が用意してくれた」

「……でかい後援者があるところは良いよなぁ」


 全くだ、なんて目の前の連盟上位者達がジト目を向けてくる。いや自分達だって大きな連盟後援者居るだろうに。


 今更ながらに先日知ったのだけど、この二つの連盟、この都市の中ではかなりの大手連盟だったのだ。ジャルナールの商会の護衛依頼などもこの二つともう一つの大手連盟が担当しているくらいだった。

 なので、当然その後ろにはお貴族様の影だって見える。羨む側じゃなくて本来彼らは羨ましがられる立ち位置なのだ。

 ニールから多少は聞いていたが、改めて知った時には素直に驚いたものだ。


「ああそう言えば、連盟名ギルドネームの書き名は『ミミリラの猫耳』だったよな。で、隣の連盟副長サブマスの名前はミミリラだっけか?」


 マッシュがニタニタといやらしい顔で見てくる。頬が赤いので多分酔いが回っているのだろう。

 その視線を向けられたミミリラは無言で果実水を飲んだり食事をして一切相手をしようとしない。と言うより基本的にこの娘、あまり他者の前では喋らない。


「なぁジャスパー、連盟名はお前が付けたのか?」

「そうだよ。可愛いでしょ?」


 言いながら僕は隣のミミリラの顎を指でくすぐる。ミミリラは一度肩を跳ねさせ、口を尖らせて何かに耐えている。


「こう言うのを聞くのもあれだが、ジャスパーの女か?」


 キースの問いに、ミミリラが小さく息を漏らして俯いた。


「それがまだなんだよね」

「ほう、まだ、か」

「まだ、さ」


 僕はわざとらしく笑いながらミミリラの肩に手を置き抱き寄せた。ミミリラはもうそれこそ固まった猫のように身を縮まらせている。


「だから手を出したら俺の拳が飛ぶよ」

「拳も飛ぶだろうが当たった首も飛ぶな」

「間違いないな」

「連盟員には確実に周知しておこう」

「ああ、そりゃ良いかもな。見目が相当良い女だし。手を出して連盟潰れちゃたまらねーわ」


 繰り返すようではあるが説明しよう。

 冒険者や傭兵同士の殺し合いは他者に迷惑がかからなければ違法ではない。

 そして僕はジブリー伯爵領に出没した、三百からなる大規模連合体レイドを全滅させかけた溢れを瞬殺して見せた男。その女候補に手を出せばどうなるかなんて分からない冒険者や傭兵は居ない。


 四人して昼間っから酔っ払い笑う。酒が良い感じで回ったのだろう。どんどんと飲むペースが増えている。僕はそんな四人を見ながら、ふりふり揺れるミミリラの尻尾を掴むか掴むまいかひたすら悩んでいた。



 ※



 さて王太子屋敷で行われる宴まで時間があるが、同時に連盟拠点にサガラの全員が集まるのも今少し時間がかかりそうだった。

 もう大半は合流しており連盟拠点に住まいを移している者も居るが、やはり身体が弱っていたり距離があったりで、全員が全員順調に移動出来る訳でも無いらしい。

 それでもあと数日以内には全員が集まりきると言うので、それを待ってようやく連盟『ミミリラの猫耳』は活動を開始と言う訳だ。


「うーん」


 連盟拠点の僕の個室。その大きな天蓋付きベッドに寝転び、僕は身体を伸ばした。流石は伯爵家当主の部屋。僕の屋敷部屋程では無いけれど十分過ぎる程に広い。このベッドは多分ジャルナールが新調したものだろうけれど、それを除いても良い部屋だ。これが連盟長部屋ギルドマスタールームとか、人が見たら頭おかしいんじゃないかと心配されそうだ。


 しかし思うのだ。最初はただ屋敷の外に出てみたかった。生き残る為に魂位上昇レベルアップをしたかった。そして多少のお金が要るようになったから稼いでいた。それだけだったのに、何やらことが大きくなってきている。

 もう触れることの無いと思っていた王族としての勤めにも軽く触れたし、今後は上手く話が進めばザルード公爵家の養子の話もあるだろう。


 成人してからは色々と物事が進んでいる気がする。もしかしたら僕の能力は成人になったからじゃなくて、物事が進み始めるからこそ目覚めたのだろうか?

 なんて、まぁそんな訳は無いだろう。


 一先ずは王太子屋敷での宴と、サガラへの顔通しを終えれば落ち着いてくれるだろう。サガラには気になるナーヅ王国のことを調べて貰うとして、それからはジャルナールに利益が出るように色々と働かないといけない。それ以外はのんびりまた狩りでもして魂位上昇していれば良いだろう。

 何かしら忘れていることが無ければ良いんだけど、なんて小さく息を吐く。


 そして、部屋の扉へと視線を送る。


「何だ?」

「邪魔したか?」


 室内に範囲を絞っていた【万視の瞳マナ・リード】が反応したことでミミリラの存在に気づく。逆に入って来るまで気付けなかったその隠遁、と言えば良いのだろうか。それに驚きを隠せない。流石裏人の里、その族長だ。伊達に可愛いと言う訳じゃない。


「別に良いけど、普通に入ってくれば良いのに」

「寝ていたら悪いかと思ってな」


 確かに時間はとうに夜中。考えごとをしてなかったら寝ててもおかしくはない。


「まぁ良いよ。何さ」

「一緒に寝ようと思って」

「ん?」

「今日。他の連盟の者達と飲んでいる時に、まだと言っていたので、いつなのかと思って」


 部屋が暗いせいでミミリラがどんな姿をしているのかが分かりづらい。

 以前ニールの個体情報ヴィジュアル・レコードを参考に想像した【暗視ダーク・サップ】を使うと、彼女の姿がはっきり見えてくる。

 ミミリラは太もも辺りまである薄手のチュニックしか着ておらず、その素足がスラリと伸びている。ゆらゆら揺れるその尻尾が今の彼女の感情を表しているようでもあるが、何とも言えない表情を見ると判断が付かなくなってしまう。

 夜中に男の寝床を訪れることに対しての照れとはまた微妙に違うような気がする。緊張以上の硬い空気を彼女の身体と表情からは感じられるから。


 よくは分からないが、僕は素直に自分の考えを伝えることにした。


「正直言えばいずれは、と思ってるけど、無理やりするつもりは無いよ? 契約紋カラーレス・コアを使って強制するつもりは無いし。そもそも女には困ってないし」


 最後に女性と床を共にしたのは人生で二度目のアンネ達娼婦集団だ。あれから結構な日数が経っているが、別にそこまで飢えている訳じゃない。お金はあるし、【変化ヴェイル】によって変えているこの顔も見目は悪くない。女を抱きたいだけなら何とでもなるのだ。

 まぁあれだけ耳と尻尾を触っておきながら何を今更と言われてしまえばそれまでだが、あれは主人からの触れ合いと言うことで容赦して貰おう。それに、僕はミミリラの生殺与奪の全てを捧げられている。何をしようが誰にとやかく言われる筋合いは無い。


「身体を預けたくないと言う訳では無い。もう返しきれない恩があるし、異性としての魅力も他の男と比べるのすら失礼だ」


 中身は抜群の容姿を持った王子様だもんね。

 あの父上と母上の子である僕と弟の見目の良さは我がことながら、国内でも最上位に位置するだろう。まぁ弟は父上似の美丈夫びじょうぶで、僕は母上似の愛らしい童顔をしているのだけど。多分並んで立てば弟の方が兄に見えるだろう。

 身体を起こし、ベッド脇まで近づいて来たミミリラと向き合う。ここまでの言葉と態度で何が言いたいのか分かってきた。


「素直に言いなよ。何が言いたいの?」

「……音が漏れないようにして欲しい」


 僕は指を立ててくるりと回した。言葉にする必要は無いだろう。僕の部屋にはカーテンが引かれているので誰に見られることも無い。

 僕が【闇の部屋ダーク・ルーム】を使ったのを確認してから、ミミリラはベッドに乗ってきた。そのまま足元の中央に移動すると、握り合わせた両手を掲げながら頭を下げた。


「王太子殿下に於かれましては、此度、里の者を受け入れて下さったこと、誠感謝の極みに御座います。どうぞこれよりも幾久いくひさしく、我らサガラをお見捨てになられませぬよう、伏してお願い申し上げます」

「……」


 やっぱりか、と言うのが本音だった。

 ミミリラにしてみれば、ここ最近の出来事は里が滅んでからの苦労が報われた瞬間だったのだろう。


 普通なら暮らすことなど出来ない伯爵邸という住まいを用意して貰い、そこに次々と各地に散らばっていた仲間を呼び寄せることが出来た。

 ベルナール商会と言う後ろ盾を持つ、国内有数の実力を持つ冒険者が連盟長を務める、設立当初から連盟段階ギルドランクの高い――周囲からの信頼度の高い――連盟に所属出来た。そのことにより堂々と顔を晒し往来を歩くことが出来るようになった。


 権威も実権も無いと言いつつ、平民が決して気軽に足を踏み入れることの出来ない王太子殿下が住まう国王別宅に入ることを可能にし、前もって打ち合わせていた通りの行動を起こした上で国内有数の騎士すら圧倒し、都市の大手連盟の長級マスタークラスからは手を出したくないと言わしめる存在感がある。

 これだけで、今まででは決して手に入れることの出来なかった安心感が生まれたのだろう。


 人は、手に入れた安住を手放そうとはしない。それは重ねた苦労が大きければ大きい程に膨らむ。ミミリラは自分と同時に、里の者の安住を手に入れなければいけない重圧すらあっただろう。

 そんな彼女にすれば、今更僕から「やっぱりお前達要らない」なんて言われることは、下手をすれば僕と出会う前の怯えて暮らす日々よりも恐ろしいことだろう。


 ――と、僕は予想する。多分殆ど間違っていないだろう。


 そんな訳で、ミミリラとしては僕に気に入って貰おうと必死なのだろう。だからこそ、僕から求められることを求めている。嫁か妾か、あるいは奴隷や捧げ物となってでもだ。


 ミミリラからすればだ。普段から自分に可愛いと言葉にしたり耳や尻尾を撫でているのに手を出してこない。今日もあの四人に「いずれ出す」とまで言葉にしているのに誘いすら無い状態。

 それがもどかしくて不安を助長するのだろうか?


 僕は【技能解除マナ・アンロック】で【変化ヴェイル】を解除した。

 ここからは冒険者ジャスパーでは無く、王太子カー=マインとして相対あいたいすべきだろう。


おもてを上げよ」

「……」


 上げられたその顔には涙の跡があった。色々な感情が入り混じって自分で自分が分かっていない、そんな表情だ。今更こいつが僕に演技を出来るとは思ってもいない。本音から漏れた落涙だろう。


「恐怖か?」

「はい」

「何を求める」

「安寧を」

「最初よりも傲慢なことだ」

「恐れ入ります」


 最初にミミリラが求めたのは里の者の安全だ。そして今度は安寧ときた。


「では私に何をもたらす? 里の一族に安全な場所を与え、私は貴様らの力を得た。安寧を欲するならば、貴様は私に何を捧ぐ?」

「私を」

「足らぬ」

「であれば、里の女全てを」

「はっ」


 僕は笑ってしまった。


「女をくれてやるから生涯お主らを守れと? 貴様私を愚弄しておるのか?」


 割と馬鹿にしてると思う。何様のつもりだろうか。

 この場合の安寧とは即ち、安全に、安心して暮らせる生涯のことだ。あらゆる不安や害から命尽きるその時まで守ってやることを、安寧を与えると言う。

 それは決して並大抵に出来ることじゃない。


 これは領地で表せば分かり易いだろう。

 領主が民に、土地と言う住む場所を与えてやるから税を収めろと言う。ここまでが僕とサガラの関係だ。安全という土地――この場合は信用のある連盟と里の者が住める連盟拠点――を与えてやることで、ミミリラ達は僕に裏人としての働きという税を納めるのだ。

 僕は以前ミミリラ達に――纏めて言えば――「連盟を設立し、連盟拠点を用意することで庇護下とする」と言った。この場合の庇護下とは今述べたことを示す。

 今度は違う。女数十人を差し出すから周囲から襲い来るかも知れない外敵から守って下さい。何か困ったことが起きたその時は常に助けて下さいと訴えているのだ。

 先程の例を再び出すなら、今度はその土地の周囲を騎士や兵士で常時見張り、何かあれば討伐すると同じことだ。その脅威の程度に限らずだ。


 何が悲しくてその程度で命をかけねばならないのか。

 簡単に考えれば分かることだ。僕はサガラを王太子カー=マインとして守ってやることは現状ほぼ不可能なのだ。だからこそ、冒険者ジャスパーとして連盟を設立し、連盟拠点を用意したのだから。

 仮にもしサガラの存在が露顕したりで彼女達が本格的に王侯貴族の誰かしらに追われることになれば、僕はジャスパーとして国と戦う羽目に陥る可能性すら出てくるのだ。僕とサガラは今の段階では雇い雇われの間柄でしかない。僕が彼女達の為にそこまでする義理なんて無い。


 だからこそ、馬鹿にしていると僕は断ずるのだ。


「私が貴様を愛らしく思うておるのは事実。他の女も見目が良いのは認めよう。だが貴様らにそこまでの価値があると? 我が身を以て貴様らを守る程の価値が?」


 演技では無く心から不愉快な気持ちでミミリラの目を見る。すると、ミミリラは真っ直ぐに僕を見つめ返した。


「御座います」

「ほう」

「本日屋敷にて、王太子殿下はメイド達に一切の魅力を感じていないよう見受けられました。見る人が見るなら私なぞよりも余程に美しい女性達ばかりでありながら、王太子殿下は私を愛でて下さります」

「見飽きただけかも知れんぞ? いずれは貴様らにも飽きると言うことであろう」

「飽きられぬよう努めます」

「努めて何とかなるものか」

「それに私は彼女達より遥かに優れた点が御座います」

「ほう? 申してみよ」


 言うなりミミリラは近寄って来て、身体を預けてきた。色仕掛けだろうか?


「私はお側におれます。いつ如何なる時も。彼女達にはそれが出来ませぬ。されど私であればこの屋敷の中、冒険の際、あるいは買い物一つ、そのあらゆるところ全てに於いて四六時中お供することが叶います」


 王太子屋敷の中を除けばそれは確かに可能だろうし、非常に魅力的なことであるのは間違い無いと思う。だけどそれでは根本的なところを解決出来ていない。


「それと飽きぬは話が変わろう」

一時いっときの飽きはありましょう。されど、彼女達と私では意味が違います。そも、本来は飽きられることにこそ価値が有るものかと」

「ふむ」


 ちょっと面白い意見だ。興味が湧く。


「続けよ」

「人は長く食を過ごせば贅を尽くすと言います。美味なるもの、価値あるもの、珍味なるもの。しかし一時それらを好んだとしても、必ず長く食すものへと帰ると言います。それらは繰り返され、その都度やはり最初の食に帰る、これは普遍のものに御座いますれば」

「つまり?」

「長く食されるからこそ飽きがくる。食されることもなく飽きられている彼女達はそも王太子殿下に食して頂く価値無き女。私は飽きられようとも必ず食し続けるに値する女になることが叶います」

「ははは!」


 思わず笑いが出た。お腹の底から溢れ出すような笑いだ。

 だってミミリラは今、屋敷のメイド達に女としての価値が無いとはっきり口にしたのだから。


 王城や王宮で働く女性使用人と言うものは、代々王族に仕えてきた使用人一族からの者や、身元がはっきりしており、見目も良く教養に優れた者がなれる。

 それ以外として、行儀見習いとして貴族令嬢が働くことも多い。

 その大半は王妃や側室、また王女などの侍女として働く者だが、中には普通のメイドと変わらぬ働き方をする者も居る。そして王子の世話役として付く者だって居る。


 僕の屋敷で働くメイド達だってそうだ。あの中には貴族家から行儀見習いとして王宮で働いていた者だって居る。それが僕の世話役として屋敷に送られて来たのだ。

 例を出せば僕と同い年のメイドであるリーサだ。彼女は歴とした子爵家のご令嬢だ。普段であればドレスに身を包み、世話をされる側の女なのだ。

 見目は美しく、教養だってある。将来は王宮で働き、仮にも王太子の世話をした経歴のある貴族の夫人として優雅な生活を送ることが約束されている存在なのだ。

 それに対し、ミミリラは烏滸がましくも「価値の無い女」と断言したのだ。その上で自分は「価値がある女」と評したのだ。


 これを愉快と言わずして何とする。どうしよう、ミミリラのことが本格的に気に入ってしまった。いいな、いい、これは最高だ。

 僕は衝動に任せて思い切りミミリラを抱き寄せた。


 実を言えば、冒険者としてサガラを本当の意味で守る方法はあるにはあるのだ。例え国王である父上にその正体が露顕しようとも、迂闊に手を出せなくする方法が。

 ただそれは途轍もなく困難なことであり、余程の理由でも無い限りはしたいとは思えないある意味最後の手段とも言えるものだ。それこそ国一つを滅ぼせと言われるよりも遥かに。

 でも、この女の為ならば多少の無茶も構わないと思わされてしまった。今回は僕の完敗だ。素直に負けを認めようじゃないか。


「気に入った。貴様と引き換えにサガラの安寧、カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイが確かに約束した」

「有り難き幸せ。このミミリラ、生涯王太子殿下にお仕え致します」

「うむ」


 僕はミミリラから身を離した。


「世話をせよ」

「畏まりました」


 そう言って自分の一枚の布を脱ぎ、僕の服を脱がそうとするミミリラ。初めて見る小柄な細身に対してふくよかな、それでありながらも均整に整った身体を眺め見て、少しの好奇心を抱く。

 僕はミミリラに対して【透魂の瞳マナ・レイシス】を発動させた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ミミリラ・サガラ

種族  亜人族・獣人種・狐猫属

魂位  184

生命力 3567/3567

精神力 24080/24080

状態:極度に安堵している:生命力・精神力・体力の回復力が著しく増加


力    3-7

速度   5-6

頑強   3-7

体力   5-2

知力   5-1

魔力   5-1

精神耐性 6-1

魔術耐性 5-3


魔術属性

光    3-5

闇    4-7

火    3-6

風    5-3

金    1-7

土    3-5

水    4-1


技能


攻撃系技能:【短剣術5-4】【剣術5-3】【槍術5-1】【格闘術5-7】【弓術5-1】【投擲術5-7】【投槍術5-1】

防御系技能:【闇纏い5-7】【部分強化5-4】【風纏い5-1】

補助系技能:【隠伏5-7】【風流れ5-7】

回復系技能:

属性系技能:【光魔術1-7】【闇魔術2-7】【火魔術1-7】【風魔術3-7】【金魔術1-7】【土魔術1-7】【水魔術1-7】【発光5-7】【発火5-7】【発水5-7】【土硬化5-1】

特殊系技能:【還元する万物の素5-1】【気配感知5-7】【魔術感知5-7】【危機感知5-7】

固有技能:【才知才覚】【超感覚】

種族技能:【種族強化】【暗視】【視力強化】【感覚強化】【聴覚強化】【嗅覚強化】

血族技能:【原祖返り】【率いる者】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 普通に強いな。いや、技能含めたらかなり強いぞこれ。

 精神耐性の等級値なんて6-1もある。こんな英雄級のもの、余程才能を持って生まれたか、あるいは精神的な苦痛を耐え続ける環境に居ないと手に入らない筈だ。


 それ以外の等級値も高いが、何より速度が凄い。等級値は5で天才と言われているが、5からは後ろの数字が一つ上昇するだけで全く意味が変わってくる。

 例えば嘗て見たニールの速度が5-2だったが、もしミミリラの5-6と勝負すれば一瞬で置いていかれるだろう。

 攻撃系技能もそう。今の僕ではミミリラとやれば全てに於いて圧倒される。

 ただ魂位レベルを見る限り、戦闘の経験は少ない筈だ。魂位184とは冒険者で言うなら下位の下。駆け出しが終わって少し経ったくらいの弱さだ。

 つまり、ミミリラは生まれ持っての天才か、あるいはこの等級値を得るほどの過酷な環境か鍛錬を経験したと言うことになる。

 だがもしそうなら生命力がもっとある筈なので、やはり生まれ持っての天才か。だからこそ族長になったのだろうな。いや、なってしまったのかも知れない。

 どちらにせよ、こいつは魂位を上昇させ、戦闘経験を積めばかなりの傑物になることは間違いない。

 しかしこの生命力と精神力の極端な差は一体どう言うことだろうか。見れば見る程に気になることが増えていくな。


 まぁ今はそんなことは無粋だろう。ただ彼女のことを知りたくなったから見たのだ。ならばもういいだろう。自分の女になったのだ。追々知っていけばいい。


 僕は寄り添うミミリラの顎を指で持ち上げ瞳を合わせた。


「ミミリラ。貴様歳は幾つだ?」

「じゅう……ご、で御座います」

「では同じ歳なのだな」

「恐れ多くも」

「ならばよいな」


 そう言って、僕はミミリラとの長い夜を迎えた。

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