第52話 戦勝の祝杯

 ミミリラとの長い夜が明けた。

 僕とミミリラは一睡もしていない。正確には途中でミミリラは倒れていたが、英雄並みの体力がある僕はずっとその美しい身体を弄んでいた。

 一切寝ていないと言うのにむしろ普段よりも遥かに心地よい感覚が満身を包む。良いな、素晴らしい朝だ。少ない経験の僕だが、ミミリラは至上の味だったと断言しよう。


 僅かに身体を起こし、大きな枕に背を預けたままミミリラの耳を弄ぶ。ミミリラは僕の下半身にぐったり倒れ混んでいるので触りたい放題だ。

 さて今日はどう時間を過ごすかな、なんて思いながらミミリラが目を覚ますのを待った。



 ※



「王太子殿下、他の女はどう致しましょう? お望みであれば今日の夜にでも全員が寝所に参りますが」


 深い眠りから目覚めたミミリラは、起きて暫くするとそんなことを口にした。

 言われて思い出した。ミミリラはサガラの女全てを差し出すと言っていたのだったか。僕の興味はミミリラにだけ向いていたので、それに関してはすっかり意識の外に追いやってしまっていた。


「そんな話もあったな。来たいと言う者がおれば好きにしろ。私は暫くはお主がおればそれで良い」

「光栄に御座います」


 いやこれは本音だ。暫くは多分ミミリラに夢中になると思う。身体とかじゃなくてこの娘は存在が可愛いのだ。一夜にしてそれを十分過ぎる程に思い知らされた。


「ああそう言えば、一つ言い直さねばならぬことがあるな。お主もだ」

「何で御座いましょう?」

「昨日の約定よ。私はアーレイ王国王太子としてではなく、カー=マインとして貴様に約束しよう。貴様もその名を以て金の神に誓え」

「それは構いませぬが、何か理由が?」

「ああ」


 そこで、僕はもしかしたらお祖父様の養子になるかも知れないことを説明した。まだ確定では無いが、王家の名前では無くなる可能性があるのだ。アーレイのカー=マインではなく、ザルードのカー=マインだ。小さなことかも知れないけれど、決して蔑ろには出来ない。金の神を信仰している僕からすれば尚更だ。

 あらゆる契約や誓いを司る金の神は、常に誓いの言葉を耳にしているらしいから。


 昨日の段階ではまだお互いに金の神に誓っていないので問題はない。もし誓っていたら僕は本当の意味で王太子、あるいは廃太子のままサガラを守らなければいけなくなっていた。金の神への誓いとはそれほどまでに絶対なのだ。


「そう言うことですか……」

「王太子では無い私では不足か?」

「滅相も御座いませぬ」

「ならば誓え。私、カー=マインは生涯サガラ一族に安寧を齎すことを金の神に誓う」

「私ミミリラは生涯この身この心この魂、全てをカー=マイン様に捧ぐことを金の神に誓う」

「よろしい」


 僕はそう言ってジャスパーに変化した。


「さて気楽にいこう。実際どうだ? 俺がザルード公爵の名になることは不都合か?」

「そんなことは無い。最早ジャスパーと言う存在が我らの庇護者となっているしな。それに……烏滸がましい言い方だが、実権があると言う意味では公爵家につらなる方が強いだろう」

「それはあるな」


 今の僕には権威もなければ実権も無い。僕が力を明かさない限りはどれだけの年月を重ねようとそれは変わらない。

 逆にザルード公爵家の嫡子であれば十分な権威が付いてくる上に、将来的には強大な実権を得ることが出来る。

 むしろミミリラ達にとってはそっちの方が嬉しいことかも知れない。


「その場合は連盟拠点ギルドハウスもあちらに移さないといけないが……まぁ、まだ先の話だしどうなるか不明だな」

「うむ。どちらにせよ、私達に不安は無い」

「媚を売るのが上手くなったな? 女になって変わったか?」

「そう言うつもりは毛頭無いが。まぁ我がことながら、この一夜で甘えるのは上手くなった気がするな」


 そう言ってまた僕に纏わり付きながらもぞもぞするミミリラを、尻尾を触りながら堪能する。その心地よさを感じながら、本当に今後どうなるのだろうとふと思ってしまった。僕がいずれ公爵家当主になれば、サガラを正式に裏人として扱ってやれる。それは確かな庇護だろう。

 だがそこに至るまでの間、サガラが誰からも手を出されないような状況も作っておかなければいけない。先ずは下準備だな、と望洋と部屋の壁を見つめながら、今はただミミリラの感触と匂いを味わうことにした。


 それから準備が整う数日間、僕は狩りに出てみんなの魂位レベルを上昇させながら素材を集めたりミミリラの奉仕を受けたり、連盟拠点に興味本位で乗り込んで来たネイルやグリーグ達の相手をしたりミミリラと夜を楽しんだり、魔窟ダンジョンに潜ったり夜にはニール達と飲んではミミリラを可愛がったり、買い物をしたりジャルナールと色々と今後の話をしたりミミリラを弄んで快楽に耽っていたりした。

 多分僕はもうミミリラを手放せないと思う。


 そうこうしている内に準備は整い、その日を迎えた。



 ※



 ゴーレムジャスパーに冒険者達の指揮を任せて、僕は王太子としての姿で屋敷の庭に居た。

 そこには注文していた焼肉調理器具セットと酒樽を設置した台座が並び、その周りには大量の椅子や小さなテーブルがずらりと並べられている。

 屋敷側には長いテーブルが幾つも置かれ、そこには各種調味料や香辛料、そして焼きやすいようにスライスされた牛肉や兎肉、その他の肉や魚が大量に並んでいる。

 これはお代わり用であり、同じものは各テーブルに置かれている。更には寸胴鍋に大量に作られたスープやパンもあり、万全の体勢だ。


 もう現段階で揃った総勢百二十の近衛兵や直属兵が着座しており、屋敷側にある一番高価な椅子に座る僕を見ている。僕の周囲には執事にメイド、料理人や庭師など、屋敷の管理、維持に必要な使用人全てが勢ぞろいしている。


 全ての準備が整ったのを確認した僕は立ち上がり、杯を手に口を開いた。


「皆の者、時間は経ったが先の戦いではよくぞ勝利へと導いてくれた。大儀である。このカー=マイン、皆のことを生涯誇りに思うであろう」


 そこで皆が声を張り上げる。百二十人とは言え、こういった場所だと流石に響く。だがそれが心地良い。あの戦で誰一人別れを告げることが無かったからこその歓声だから。


「さて、実は此度ロメロ・プラムとエルドレッド・マルリードとは、戦の際に酒を酌み交わそうと約束しておった。そのことを耳にされた国王陛下より、此度はワイン、果実酒、ビールを賜った。これは王室が口にする最高級品である」

『ぉぉぉぉぉ』


 皆が唸り、手元にあるそれらを見る。兵士なだけあって酒好きが多く、その瞳は爛々らんらんと輝いている。


「そしてこれは同じく私が賜った最高級の肉や魚であるが、誠残念なことに、これは私に対して下賜かしされた物であり、皆には食して貰えぬ」


 そこで初めて皆の頭に疑問が生まれた様子だった。

 理屈は分かる。そこに不満も無い。だが、それならば何故ここに、と言う顔だ。


「なので、心苦しくはあるが、私はこれらを一人で食さねばならぬ。だが私は思うのだ。このままこれを食してよいのであろうか、と」


 そこで僕は皆を見渡す。


「国王陛下よりの賜り物、それを私に渡ることをよしとせぬ者もおるかも知れぬ。ならば、それを心から堪能したい私は考えた。誰かに毒見をさせれば良いと」


 そこで一部から理解の色が生まれた。


「ここにある物は全て私の物である。であればこそ、皆にはその毒見をしてもらわねばならぬ!」


 そこで殆どの人が理解したのか、笑みを浮かべた。


「皆の者には手間をかけるが、どうかそれを手伝って欲しい。何せこれは最高級の肉や魚だ、美味すぎて毒の味が分からぬやも知れぬ。よってその味が分かるまで幾らでも、あるだけ全て毒見してほしい。皆分かったな? 分かった者は杯片手に立ち上がれ!」


 全員が立ち上がる。かなり戸惑っている使用人達は一応と言う風に杯を持って立ち上がる。その中でも一切動揺していない執事長ゼールと副執事長タナルは流石と言える。


「皆の者、毒見は酒の合間合間で構わぬさ! 飲んで歌って叫び回れ! 今共にあるこの瞬間をこそ存分に楽しもうではないか! 乾杯!」

『乾杯!』


 皆で一気に杯を干す。僕も初めて飲んだワインだが確かに今までに飲んだことが無い程に美味い。

 これには兵士達も声を上げて喜んだ。


「さぁ、代わりは近くにある酒樽で自ら好きなだけ注いで飲め! 肉も魚もあるだけ全てだ! 食すを毒見ついでに酒を飲んで互いを労おうではないか! 今宵は無礼講である!」


 そこで上がる大喝采。本当に無礼講なんて言うものはありえないが、皆はそれぞれ楽しむことを許された。


「ゼール達も飲んで食べろ。全て私が許す。皆の世話も私の世話もせんでよい。国王陛下よりの賜りものだ、味わわぬと王族侮辱罪で罰するぞ」


 笑いながらそう言うと、真っ先にゼールやタナルが動き、それにつられるようにして皆がそれぞれ酒を飲み肉や魚を焼き始め、スープやパンを手に取り始めた。

 こういう時、空気を察して率先してくれるゼールやタナルには感謝の一言だ。


 分かりきったことだが、こんなものは詭弁である。普通であれば「戯け」と父上からお叱りがあって当然だ。だがこれまた普通に考えれば、僕一人であの量を食べられる訳が無い。


 つまり、これは父上なりのお茶目だったのだと思う。

 どうせ僕がこれをどう処理したかなんて間違いなくゼールから父上の耳には入るだろう。でありながら、こうしてゼールは何食わぬ顔で僕に乗ってきてくれている。これが最初から父上が「好きに扱え」と言ってくれている何よりの証明とも言えるだろう。なので、皆には遠慮無く毒見をして貰おうと思う。

 ちょっとだけ、色んな意味で試されている気はするが、まぁ目の前の光景が見れたのでよしとしよう。


「さてさて」


 そう言いながらも、僕もワイン、果実酒、ビールと順に味わっては戻っていく。牛も兎も魚も本当に最高に美味い。こんなものを昔は毎日食べていたのかと思うと、本当に贅沢な環境で暮らしていたのだなと思う。まぁこの屋敷での生活も普通で考えたら贅沢なのだが。

 しかしビール美味しいな。斡旋所の食堂にも置いてくれないだろうか。


 そんなことを思いながらも、街や斡旋所の食堂にはそれに応じた味があるし、野営食にはそれの美味さがあることを思い出す。

 ミミリラの言葉が頭をよぎる。確かにこう言ったものを食べているのも良いけれど、普段食べているものが一番美味しく感じるのかも知れないな。


 そんなことを思う僕の側に、騎士や兵の長である二人が姿を見せた。


「殿下、飲まれてますか」

「流石王室御用達。約束を守って頂いて感謝です」

「はは。これで少しでもお主達に報えたなら良かった」


 そう言って僕が敢えて中身を溢す程に勢いよく杯を突き出すと、理解した二人は笑顔でそれに力強くぶつけてくれた。溢れて手が濡れるが、それもまた良い。

 一気に干して、近くにある樽からまた注ぎ三人で輪を作る。


「まぁそれと、これまでの五年間、二人や皆にはその役割を全うさせてやれなくて心苦しくもあった」

「そんなことは」

「ですな。苦と思ったことはありません。それに直属兵は近衛兵と違って結構城壁外の見回りもしていましたからね」

「ああ、言われればそうだな。おかしいな。美味い魔獣なぞ献上して貰ったことは無いが」

「いやぁ、殿下のお口に合うか味見していたら不思議と毎回消えるんですよ」

「なるほど分からんでも無いな。今も毒見している内に次々消えていっている」

「ああ、それなら私も納得してやろう。但し今後は多少は持って来ることだな。たまにはこうして卓を囲むのも良いだろう。流石に小規模にはなるだろうがな」

「まぁ、そこはどうしても難しいですからな」

「ですな」


 言いながら三人でぐいぐい酒を干していく。ちょっと面白くて僕もペースを緩めないのだがこの二人、中々強い。


「二人共、言うだけあってやるな」

「以前騎士としては弁が、と言うお話をしましたが、酒もそうでして。国王や上位者の方々からの酒は飲めねば不敬。また部下に負けては恥の極み、と。なので随分鍛えられました」

「ははは、随分とまた厳しい父上なのだな。そういえばロメロの家は子爵でありながら騎士爵を永代であったか」

「ええ。ありがたいことに、子息は全員が成人と共に騎士号を頂いております」

「へぇ、そりゃ良いな。俺の家はザルード公爵様に代が変わるごとに国王陛下へ上奏して頂いてから騎士爵を授与して貰っている形だぜ。騎士号に関してはロメロと一緒だがな」


 その話はそう言えば、幼い頃に教えて貰ったな。

 元々エルドレッドの家は古くからザルード家に仕える家系で、嘗てその功績で騎士爵を叙爵してからは正しく騎士の家系となったとか。そして騎士爵は基本一代。だから今エルドレッドが言ったように、毎回叙爵して貰っているのだ。公爵級の主人を持つからこそ出来る芸当だ。

 一応マルリード家はザルード家の分家の娘を嘗て娶っているそうだけど、あくまでも娶っただけで、男爵以上の爵位を持っている訳ではないのだ。


 あっさりしているこの二人にもやっぱり色々と立場があるんだな、と感じる一幕だ。と言うかエルドレッドはいつの間にロメロだなんて親しげに呼ぶようになっていたんだ。この二人、あの戦以来何だか距離が近くなっている感じだな。良いことだ。


 そんな話を聞きながら、またぐびりと杯を干す。ちょっと聞きたいことがあるけど、無粋かな? まぁ良いか。

 酒をまた注いでから、少し二人に聞いてみる。


「祝いの席で聞くのも白けるやも知れぬが二人共、冒険者アドベルと戦って実際どう思った? 私も正直騎士や兵士が冒険者と戦うのは初めて見てな。傭兵ソルディアと兵士と言う意味ならついこの間見たばかりだが」


 そう言うと、二人は真剣な顔を浮かべた。


「素直に言えば中々やる、と言うところでしょうか。対人戦において騎士や兵士とは本来冒険者達とは一線を画します。それでいてあれだけ戦えるのは予想を超えていました。特に『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』と言う連盟だけは連盟副長サブマスター含めて別格でした」


 そこでロメロがちらとエルドレッドを見る。


「殿下の前で無様なところを見せながらですが……確かにあの二人は別格でした。あの連盟副長であれば、ロメロと俺でも何とかなるでしょう。ただあのジャスパーと言う者だけは流石と言ったところでしょうか。噂に聞けば危険度第6段階に匹敵する魔獣を拳一つで圧倒したとか」


 なるほど、と僕は頷いた。聞いておいて何だが、これ以上は興が醒めるだろう。


「うむ。あい分かった。つまらぬことを聞いた」

「いえ、とんでもないことです」

「ええ、次は負けません」

「ははっ。らしいな、エルドレッド」


 でもまぁ、次が無いと良いな。エルドレッドのあの戦い方が、だ。


「ただエルドレッドよ。次はあれは無しだ。一度の勝利でその後の生涯を敗北に終えるよりは、一度の敗北でその後の勝利を得る方がよいと私は考える」

「……」


 少し、エルドレッドの表情が歪む。あの時の言葉を思い出すと、決して引けなかったのは良く分かったし、素直に嬉しかった。

 だがそれとこれとは話が別だ。


「何。私を守るにしても、どうしても勝てぬ相手なら私を抱えて逃げればよい。お主達の大事は私を守ることであって、命を失ってまでの勝利を得ることではないからな。守るのであれば後々を含めて守るがよい」

「……ええ、であれば、今後はそう致します。まぁ相手が逃げるくらいには強くなってやります。丁度良い訓練相手もここに居ますし」


 ばん、とエルドレッドがロメロの背中を叩く。


「望むところだ。私もあのジャスパーとやらに負けぬよう精進せねばな」

「ははは。二人であれば出来るさ」


 軽い言葉だな、と自分で思う。僕の力は僕がよく知っているから。

 でもこの二人であれば、自力で英雄の領域に達しても不思議ではないな、と本気で思う。

 強い者とは、皆共通点があると思う。それは、決して歩みを止めないことだ。何があろうと、例え障害があろうと邁進していく者を強者と呼ぶのだろう。

 僕は本物の強者を見ているからこそ、そう思う。アーレイ国王御歴代最強の名を持つ父上。猛者つわものの名を持つお祖父様。このお二人ならば、例え目の前に何が現れようとも破壊した上で突き進んでいくだろう。

 お二人を例にしての言葉は烏滸がましいかも知れない。けれど、僕はロメロとエルドレッドにそれと似たものを感じるのだ。だからこそ、この二人なら英雄だってきっと夢じゃない。


「有り難きお言葉です」

「ええ。他の何よりも励みになる言葉です」

「うむ。励め。さて、つまらぬ話は終わりだ、お主達も兵を労ってやると良い」

「そうさせて頂きます」

「酒樽全部無くす程度に飲ませてきます。では」


 そう言って、二人はそれぞれの部下の元へと歩いて行った。

 その背中を、細めた目で見つめる。


「……やれやれ」


 以前ロメロと会話した時に味方を増やすかどうかを悩んだことがあったが、あの二人の背中を見ていると、作った方が良いのだろうな、なんて思ってしまう。

 現金なものだ。自分にとって心地がよければそれを良しとするのだから。

 僕は再びビールを杯に注ぎ飲み干した。

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