乾杯、乾杯、乾杯

第48話 ミミリラの涙

 弟も元気になったしさぁ帰ろう!


 と言う訳にもいかず、僕はそれから数日を王宮で過ごすこととなった。

 傷ついた兵には治療した後にも多少の休息が必要とのことであり、またご褒美を準備するのに時間がかかるからもう少し滞在していけ、と言うのが父上の言葉だった。

 それは納得する理由だし別に構わないんだけど、父上の後ろに母上の影が見えるのはきっと気のせいじゃない。


 だってそれから数日感、母上はずっと僕と同じベッドで寝ていたからだ。今まで会えてなかったのでこれ幸いにと母上が父上に僕の滞在を伸ばすようお願いしたとしか考えられない。

 母上のことは嫌いじゃないし好きな方ではあるけれど、僕はもう十五歳であるし、今まで離れていたこともあって触れ合い自体が気恥ずかしいのだ。


 その上母上、寝る時は何も着ないタイプなのだ。

 文字通り裸体の母が横で寝ているのだ。この時点で色々と察して欲しい。加えて言えば母上は見た目は十代で十分通用するし、スタイルは表現するのも烏滸がましいくらいには美しい。

 そんな母に思い切り顔を抱きしめられたまま眠る僕の気持ちにもなって欲しい。性的な欲求は一切無かったけれど、表現出来ないくすぐったさともどかしさと気持ちよさがあって、この数日感は拷問のような夜を過ごしていたのだ。

 なので、父上に帰って良いぞと言われた時はもの凄く良い笑顔で「畏まりました!」と返事をしてしまい、怪訝な顔をされたものだった。


 お別れする時に僕を抱きしめながら本気泣きする母上に気まずさ十割で挨拶をして、ようやく僕は帰途に着くことが出来た。

 ある意味、父上も母上も弟も変わってないんだなと知ることが出来た帰省だった。


 さて、今回父上が個人的にくれたご褒美だが、知らない内に増えていた。

 名目としては「療養していた王太子を戦場に赴かせた」と言うものだった。非常に無理やりな気がするけれど、確かに僕が軟禁される時の理由が「療養」だったし、まぁそんな王太子を戦場に行かせることは普通はありえない。なのでその辺を使ってのご褒美という名のお小遣いだろう。それでも強引とは思うけど。


 さて僕が知らない内に父上がくれたご褒美が以下になる。



・金貨一万枚

・戦場で使っていた名剣

・最高級ワイン  二十樽

・高級果実酒   二十樽

・高級ビール   二十樽

・最高級ミード  瓶詰め二十個

・最高級兎肉   二十匹 (生きたまま)

・最高級牛肉   十頭  (生きたまま)

・最高級魚    十尾  (魔術で防腐処理済)

・王室御用達職人達による衣類や装飾品多数

・最高級テーブルセットにティーカップ一式



 多すぎ。僕の率直な感想である。

 確かに僕は酒をくれと言ったが六十樽は予想外だしそれ以外の方が下手すれば目立ってる。

 と言うかビールって王侯貴族か高級宿、後は一部の食堂などでしかまだ出回って無い酒じゃなかったかな。エールを発展させた酒とは聞くけど実はまだ一度も飲んでなかったんだよな。これはちょっと楽しみ。

 蜂蜜酒ミードは普通に好きな部類なのでその最高級品となると期待は高まる。少ないから流石にこれは自分専用かな。


 問題なのが食料の方だ。“国王が直々に王太子の為に”褒美として授けた食料などは、執事、メイド、料理人などの使用人、また近衛兵や直属兵も勝手に口にすることは許されない。

 お酒は元々その予定で貰ったから良いとして、え? 僕これ全部一人で食べないといけないの? 魚も十尾って言うけど一尾が一メートルはあるよ?


 帰る途中馬車の中で読んだ目録に、僕は早速頭を抱えることとなった。



 ※



『そんな訳で、だ。土産代わりにお主にも幾つか分けようと思うのだが、流石に量がな』

『それはまた、国王陛下も豪胆なことで御座いますな』

『限度と言うものもあろう』

『それが国王と言うものなのでしょう。我々とは尺度が違います故』

『まぁそうではあるがな』


 屋敷に帰って早々、僕は忠実なる臣下であるジャルナールに連絡を取っていた。

 無事なことは王宮に戻った時点で連絡しているし、その時はこれでもかと言う程に喜んでくれた。今回の事情を話した時には少し考え込んでいたようだが、それ以外は素直に無事を祝ってくれた。


『兎や牛は生きておるから食べる時に捌けば良いし、魚も宮廷魔術士を使って処理済みだから日持ちはする。それにしてもこれはいつ食べ終わるか分かったものでは無いぞ』

『せめて国王陛下よりお許しのお言葉があれば何とでもなるのですが、いやはや』

『そこよ。父上も故意か好意かは分からぬがこれではな』


 今更手紙で「皆で食べて良いですか?」って言うのも気が引ける。

 そもそもそう言うのは父上側から言ってくれなければいけないのだ。褒美を貰う側は素直に受け取るだけしか出来ないのだから。


『まぁよい。顔を出せるなら一度顔を出せ。いや待て、連盟拠点ギルドハウスはどうなった?』

『それでしたらもう完成しており、後は王太子殿下にお目通り頂き、足らぬ物のご指摘を頂くだけで御座います』

『おお。ご苦労であった』

『有り難きお言葉』


 それを聞いてすぐにでも飛び出したくなる自分をぐっとこらえる。こちらでやることはまだあるので我慢だ。


『分かった。ともあれ、無理は言わんが早い内に荷を積む馬車を連れて顔を出せ。ああ、その際連盟拠点に持ち込む分の酒も渡すからそのつもりでな』

『お優しいですな』

『言うてくれる』


 互いに笑う。僕のしたいことが良く分かっている。


『ついでに何かあれば持って来い。父上から直接の金も賜ってな、売り残っているものがあれば遠慮無く売りに来い』

『はは、畏まりまして御座います』

『ではまたな。来る時は一応声をかけよ』

『ではお言葉通りに』


 連絡を切ってから、久しぶりのベッドに寝そべる。

 本当にどうしよう。毎食肉と魚だけだなんて無理だし、だけど食べないと無くならない。

 これはもう最初から「どうやって自分で食べきるか」を考えるよりも「どうやって自分以外にも食べさせるか」と言う方向に考えを移した方が良いだろう。


「ふむ」


 一つ、思いつく。その思いつきが可能かどうかを熟慮する。そこでとあることに気がついて、可能であると思い至る。そこからはその為に必要なものも色々と考えながら、その手順も決めていく。


「よし」


 思い立ったが即行動。こういうところは僕を斡旋所に強気で連れて行ったジャルナールを参考にすることにしよう。

 考えているだけでは物事は先には進まない。一つ一つ潰していくことにしよう。


 そんな訳で、僕は先程連絡を切ったばかりのジャルナールに再度連絡を取った。


『ああジャナル。ちと頼みがある』



 ※



 大きいねぇ。


 ジャルナールが用意してくれた連盟拠点を見た僕の最初の感想である。

 確かに郊外で比較的静かな場所で、多少騒いでも周囲に迷惑はかからないだろう。

 ただ何と言うか。例えるなら連盟拠点は数階建ての酒場食堂を大きくしたり、あるいは宿みたいな作りを広くしたもの、と言うのが一般的なイメージだ。


 ここはもう屋敷だ。それも巨大な邸宅とか庭とか諸々もろもろが揃った。


「大きいな」

「元々はタレット伯爵家の別宅として使われていたものでな。売りに出されてからは誰の手も付かんかったのよ」

「何なら冒険者関係無く商売で生きていけそうだ」

「その際は一声かけてくれ。一緒に儲けようではないか」


 ジャスパーの姿をした僕とジャルナールの会話である。

 お互い冗談とは分かっているが、しかしこれは流石に大きい。現段階で登録する予定の連盟員ギルドメンバー全員がゆとりある使い方をしてもまだ余るだろう。敷地を使って改築をしていけば尚更だ。

 まぁその辺りは追々考えていこう。


「ニール達は連盟拠点の中を見回って足りないものとかが無いかを見てきてくれ。取り敢えず厨房器具と寝具は確実にな。食いもんや素材入れるところと武器庫とかも」

「ああ、分かった」

「分かりました」

「気を入れないとねん」


 一緒に来ていたニール集合体パーティーと僕の集合体、そしてもう二組の集合体計十六人で連盟拠点の初お披露目だ。僕は寝所さえきちんとしていたら文句は無いので後は任せておく。


 ジャルナールと僕を先頭に邸宅の中に入ると、作り自体は正に貴族の屋敷、と言う感じの奥行きあるエントランスホールが迎えてくれた。そこには丸テーブルとそれを囲む椅子が幾つもあり、普段はここで歓談すると言う形に見える。内装も至るところで華美が過ぎないように改築したりしてくれている。

 見れば階上の通路や広くなっているところにもテーブル等が見えるので、連盟ギルドっぽさを見せてくれているのかも知れない。もしくは単純に人数が多いからか。

 まぁ広さ的にここが集い場になってもおかしくないしね。


「どうかの」

「悪くないね。屋敷と土地含めて結構しただろうに」

「どうと言うことも無い。それにどうせすぐに利益で返ってくるだろう」

「頑張るさ」


 基本的にうちが手に入れた素材はその全てをジャルナールのところに卸すことにしている。僕は【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】を使って珍しいものやその他の品を大量に運ぶことが出来るので、それだけジャルナールの利益となると言う訳だ。

 ただこれ、金貨一万枚は軽く超えてるな……


「ミミリラは何かあるか?」

「いや、無いな。これで文句を付けたら贅沢が過ぎる」

「同感だ」


 三人で笑う。

 ちなみに僕の側に護衛とばかりにくっついているミミリラは、うちの連盟の連盟副長サブマスターに就任している。本人が辞退しようとしたが強制就任だ。


「設立早々我が連盟ギルド、『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』は金策に困りそうだな」


 全く困ってないことを言いながら、僕はミミリラの頭をわしわしと撫でた。彼女は何も言わずにされるがままだ。


『ミミリラの猫耳』は、連盟名ギルドネームを登録用紙に書き込もうと言う段になった時、僕がミミリラの顔と耳を見て即決した。完全なその場の思いつきだった。

 それを決めた時の、耳と尻尾をぴんと張って目を右往左往させながら顔を赤くさせるミミリラの姿は非常に可愛かった。その後に恥ずかしがって名前の変更を訴えるその言葉を無視して、我らが連盟は設立と相成った。


 それから恥ずかしいのかいじけているのか、ミミリラの反応はそっけない。良いじゃないか、他のサガラの面々も凄く喜んでたし。

 まぁ挨拶する時に「可愛い私の猫耳連盟です」って自分のこと言うようなものだから恥ずかしいだろうな。僕でもきつい。

 だが僕を含め、ミミリラ以外は大絶賛なのでこの先名前が変わることはないだろう。


「じゃあこれでうちの連盟設立に関することは大方終了だな。後はあっちの屋敷に必要なものの準備と、ネイルとマッシュのところへの依頼かな。時間差があったら矛盾するから明日の話し合いの後だけど、準備は任せる。俺は依頼の方を調整するから」

「うむ、分かった。では各所への手配はこちらでしておく」

「じゃあ後はまた明日と言うことで」

「うむ。それではな」


 そう言ってから、ジャルナールは自分の馬車に乗って帰って行った。

 僕はそれを見送ってから、改めて邸宅の中を見渡した。僕の住む屋敷とは比べられないけれど、それを例外としたら十分過ぎる。これは間違いなく周囲の連盟や冒険者アドベル商人オーバルの評判になるな。


 そんなことを思いながら隣で佇むミミリラに顔を向けると、何故か無表情のままに泣いていた。


「どうした?」

「え? あ、いやその」


 声をかけられて自分の涙に気づいたのか、ミミリラは指でその雫を拭う。それを暫く見つめてから、今度は腕で全ての涙を拭った。


「ここが我らの家なのだなと思うと、ついな」

「ちょっとでか過ぎだけどな」


 はは、と笑うも、ミミリラは一切笑わない。どうやら本気でしんみりしているようだ。


「まぁ大きさはともあれ、これで約束は一応果たしたわけだ。後はみんなでそう目立たなければ問題無いだろ。仕事はして貰うがな」

「それはもちろんだ。あらゆる言葉に従おう」

「じゃあ今日はしとねを共にするか」

「ああ、喜んで」


 冗談で言うと、それが当然とばかりに即答された。誓って言うが、僕は契約紋カラーレス・コアに於ける命令は使っていない。

 僕が目をしばたたかせていると、ミミリラは不思議そうな顔で小首をかしげた。その耳がぴくぴく動いている。可愛い。


「まぁ全員が集まってからな」

「分かった」


 先ずはサガラで合流出来る全員が連盟拠点に集まってからだ。顔合わせまでは手を出さないと実際決めていたわけだし。


 そんな感じで、僕はミミリラと一緒にエントランスホールの席に座って他の面々のチェックが終わるのを待っていた。その間、ずっとミミリラの尻尾を弄っていたのは予定調和だろう。

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