第45話 戦の終わり

「皆の者。改めて言おう、昨日は立派であった。皆の尽力により敵の本軍を撤退に追いやることに成功した。誇れ」

『はっ』

「誠、ありがたきお言葉にて御座います」

「うむ」


 マタニート伯爵が代表として礼を述べる。彼らもすっかり従順になったものだ。最初は反発、次に怯え、そして戦が終わった今は崇敬の態度だ。

 あの戦の声と行動で、多少なり認めたのだろう。

 まぁそんなものはどうでもいい。


「先に言うておく。此度の指揮を執るクロイツは長い戦いの休息を取る為に休んでいたが、今は問題無い。だが指揮権移譲の判断はザルード公爵にあると国王陛下より賜っておる。よって、ザルード公爵が帰参するまでの間は私が指揮を執る。異議あるものはおるか」


 見回すも、誰も何も言わない。僕はそれに頷いた。


 これは朝、朝食を取ってから僕と弟で決めたことだ。厳密に言えば指揮権移譲の判断は弟から僕へ、の時であってその後については言われていない。だから僕の判断で弟に戻しても良い筈なのだ。

 だが、今しばらくは僕が預かることにした。本人がそれを望んだし、僕としてもあまりこの戦場ではもう弟を疲れさせたく無かったので了承した。今は弟の健康を優先させたい。お祖父様が帰ってきた時は二人で弟を守れば良いので、その時は本当に戻そうと思う。


「で、あればよし。今は国王陛下よりのご指示を待っておる状態だ。昨日皆の頑張りで味方の埋葬こそ済ませたものの、まだ敵兵の骸が残っておる。疲労も溜まっておろう、その塩梅は任すゆえ埋葬せよ。放置しては土の神の怒りを買うやも知れぬからな」

『はっ』


 本来、この世界ではあらゆる生物の死骸は放置するのが基本だ。放っておけば勝手に風化して大地に還るし、あるいは世界の浄化装置とまで言われる水性分解生物スライムによって吸収分解されていく。

 これを世界への還元と言う。


 だが戦などで大量に死体が出た場合、放置するとそれが風化もせずにそのまま残ることがある。こうなると死体が毒を持ち大地や風を侵し、人が住めぬ地へと変わってしまう。

 人はこれを土の神の怒りと言う。なので余程の理由が無い限り、戦における大量の死体は燃やすか埋めるかをせねばならないのだ。


 ちなみに負けた方は「余程の理由」に該当するのか問題は無い。あと、これをわざと敵国で勝っていながらも放置すると、死体は世界に還元するも、放置した国の領土のどこかでわざわいが起きるとされている。

 それらしきもので確認されているのは、不自然に発生した連続した大発生スタンピードと異常な干ばつや大雨だろうか。あれで一つの領土が滅んだことがあると言う。


「後は言うまでも無いが論功であるな。特に今回は個人の分捕り品が殆ど無い故、詳細にせよ」


 戦で兵士や傭兵が一番嬉しいのは、殺した相手からの分捕り品だ。これは特に領兵や傭兵の大事な収入源だ。

 今回の戦はそんなものを捕る時間やゆとりは無かったし、何より兵士達も金より敵を殺すことに意識が向いていただろうから、死体には殆ど武器や防具に装飾類が残っていた。

 放置する訳にもいかないのでそれらは基本的に回収したものの、何かしらの報奨を与えてやらねば不満が溜まる可能性があるので無下には出来ないのだ。


 ただまぁ、騎士や貴族は別として、普通の兵士は金目の物が殆ど無かったんだよな。そう言う意味ではどちらにせよ収入は少なかったと思う。

 後は今後の基本的な行動についてや各貴族や騎士から報告を受けて、一先ずの終了となった。


 さて本題。今回の戦、僕達が撤退するにはかなり時期が難しい。

 と言うのも、今回は宣戦布告からの本格的な開戦だ。つまり、一度や二度の戦いで終わるものでは無い。極端に言えばどちらかの国が亡くなるか降伏するまで続くのだ。

 そう言った大局的な判断は父上がするのだが難しいところだと思う。今この瞬間も戦争は継続中なのだから。撤退して良い瞬間と言うのはあって無いようなものだ。


 かと言って、現在僕達が居るのはこちらの領土だ。そして指揮を執っているのは仮にも王太子と王位継承権第二位、ここにいつまでも拘束しておく理由が無い。間違い無く僕と弟、そして多少の貴族には帰参の命が下るだろう。

 だからと言え勝手に「疲れたから帰りまーす」と言おうものならとんでもないことになるので、大人しく父上からの指示を待っていると言う訳だ。

 僕としては兵数は減っているし、兵士達だって疲労がもう溜まりに溜まっているだろうから何とかして欲しいのが正直なところなのだけど。


 と、思っていたら翌日だ。何とお祖父様が自軍を引き連れて帰って来た。嬉しいけど早くないかなぁ……僕は非常に嫌な予感がした。



 ※



「王太子殿下、クロイツ殿下、ご無事で何よりで御座います」

「うむ。大儀である」

「苦労をかけるな」

「この程度、何程のことも御座いませぬ」


 天幕に入るなりそう言って跪いたお祖父様を弟と一緒に迎える。一応この場にはお祖父様が帰って来たと言うことで大体の貴族や騎士達が集まってきている。

 とりあえず聞きたいのは、だ。お祖父様、早くないですか?


「して、ザルード公爵よ。向こうはどうであった? 現状は?」

「はっ。我が軍が合流を果たす迄の間にジェイナル伯爵、ローネ伯爵の軍は敵軍凡そ四千と相対しておりました。私が到着した時点で四つの町が襲われており、それを到着の翌日に撃退。捕虜とした敵指揮官より分かれた千の軍が城郭都市を占拠していると聞き出し、翌日に移動、翌々日に都市を奪還致しました。その後、周辺に敵軍が無いことを数日かけて確認した上でこちらに帰参致しました」

「……うむ、重ねて大儀であった」

「ありがたきお言葉」


 僕はそれ以上聞くのが怖くて報告を終わらせた。



 ※



 ここで、この大陸における戦争をする際の戦闘方法を語ろうと思う。

 戦いと言うものは攻撃系技能を用いた近接戦闘や、弓矢を使った遠距離戦闘を基本とするが、その中の一つに魔術戦闘ももちろんある。

 そして戦争に於ける戦いは根本的に「軍」だ。多数対多数が基本になる。

 だがその中で、大規模な魔術対魔術戦や、魔術対近接戦と言うものは殆ど無い。


 魔術と言うのは使い過ぎれば精神力が減る。精神力が尽きた状態で使い続けると生命力が減り、それでも尚使い続けると死に至る。

 そして、魔術とは大規模になればなる程に精神力を使う。

 例えば屋敷一つを一回の魔術で吹き飛ばせる魔術師はそう居ない。屋敷一つを吹き飛ばすと言うことは兵士数十を吹き飛ばせると言うことではあるが、これが中々に難しい。


 魔術を創造発動するには知力、魔力、魔術属性の三つが要るが、この内威力を司るのは魔力と言うのはもう知れたことだ。

 簡単な爆発する性質を持った火の魔術を使うだけなら魔術属性は2か3もあれば十分だがそれを、兵士数十を吹き飛ばす威力にするには魔力が4から5は要る。

 そしてそれだけ威力がある魔術を確実に「ここだ」と言う場所に志向させたり発動させるにはこれまた知力が4から5は要る。威力が高ければ高い程に操作は難しくなるのだ。


 つまり戦争で役に立つ魔術師とは、高い精神力を持った、威力の高い魔術を確実な場所に発動させることが出来る者となる。

 そんな者は早々居ない。居ても宮廷魔術士と呼ばれる一部の選ばれし者達か、上位冒険者くらいのものだ。それか上位貴族にお抱えされている例外的な上位魔術士か。


 立地条件が優れた場所での奇襲や、あるいは夜襲程度なら使われることも多いが、それ以外では殆ど見ることは無い。

 よって、戦いの最中に使われる魔術とは大体が強化系か防御系、回復系に、臨機応変に使われる小規模の攻撃系魔術となる。

 僕が戦った先日の決戦でも、ロメロやエルドレッドを筆頭に、そう言った攻撃系魔術は戦闘の合間合間で飛び交っていた。僕は近衛兵の障壁魔術に囲まれていたから安全だったけど。

 結局何が言いたいかと言うと、だ。国同士の戦のように規模の大きな戦いで、敵兵をまとめて吹き飛ばしたりの光景は基本的にありえないのだ。


 さてここからは後日聞いたり調べたりして分かったことだが、お祖父様。伯爵混合軍に合流すると、戦況や情報を確認して次の日に自軍七百を先頭にして全軍で四千の敵軍に真っ向から戦いを仕掛けたらしい。

 お祖父様は火属性と水属性に優れた魔術師でもあり、槍を使う魔術槍士だ。だが敵にはきっと、迫り来るお祖父様は魔獣の王にしか見えなかったと思う。


 お祖父様はなんと戦闘開始早々に馬を乗り捨て単騎吶喊。敵の前線まで辿り着くと穂先に発生させた炎の渦を正面に発射。目の前には敵しか居ないので威力重視の極太の火の槍だ。敢えて制御はさせてなかったのか、炎は唸りながら火を撒き散らす渦となって相手の兵士に襲い掛かり、それだけで軽く数十の命を奪ったという。


 そして敵陣にそのまま突っ込んだお祖父様は愛槍を棒のように振り回し、近寄る敵を吹き飛ばしながら指揮官目掛けて一直線に疾走。途中強い騎士も居たのかも知れないが誰も止めることが叶わず、そのまま敵の指揮官はお祖父様に捕らえられ、「指揮官捕らえた」と言う宣告に敵軍は降伏。戦いはあっという間に終わったとか。

 お祖父様の戦果は一人で四百とも五百とも。冗談だと信じたい。


 そして次の日、“何故か”あっさり情報を吐いた指揮官から聞き出した占拠されている城郭都市に向かい更に次の日の朝。そこで立て籠もる敵軍に向かって降伏を促すも、都市の住人を人質に拒否されてしまう。

 そこでお祖父様、捕らえた敵の指揮官を引っ張り出すと都市に向かって吠えた。


「ダーダリオ伯爵から聞いておる! 既に都市の人々はことごとく滅ぼされたと! ならば貴様らの言うことは全て虚言でしかない! 一刻だけ待ってやろう、素直に武装を解除し降伏せよ!」


 驚く敵兵を他所にお祖父様は続ける。


「降伏せぬも良し! 戦いに散るも良いだろう! 但し覚えておけ、この戦はそちらから仕掛けて来たもの! 降伏せねば貴様ら一人一人を捕らえ皮を剥ぎ目玉を抉り耳を削ぎ手足の先から切り刻んだ上で魔獣に食わせ生まれてきたことを後悔させてくれるわ!!」


 そう言ってどうやったのか。お祖父様は城壁の一部をその場に立ったまま大きく吹き飛ばしたらしい。


「一刻だ! それ以上は僅かも待たぬ! とっとと出て来い糞ども!」


 もう決して権威ある公爵家当主の言葉遣いじゃない。その辺の野盗でももっと優しいだろう。

 しかもその後もう一度城壁を吹き飛ばしたという。


 ちなみにこの時、都市の人は抵抗した者は殺されていたものの、それ以外は本当に人質だったらしい。お祖父様はそれを知った上で降伏を迫っていた筈だ。

 ならばどちらの意味だったのだろう。お前達の言う言葉には怯まないぞ、と言う意味だったのか。それとも人質なんぞ関係無い皆殺しだ、と言う意味だったのか。僕は決して知りたくない。


 そして一刻も経たない内に敵は降伏。籠もっていた千の敵兵は全て大人しく捕虜となった。大人しく降伏した理由は多分、自分達が孤立しており、援軍が来ない状況だと理解していたこともあったと思う。お祖父様が引きずり出した指揮官が捕らえられていると言うことは、四千の味方の軍が負けたと言う証明なのだから。

 ちなみに、お祖父様が捕らえていた指揮官は脱走した後にお祖父様の兵に討たれたらしい。どうやって一時的にもお祖父様の兵士から逃げ出せたんだろうなぁ……死人に口無しとはこのことか。


 その後、伯爵達に引き継ぎという名の現地の防衛を押し付けて僕らの元に駆けつけた、と言うわけだ。



 ※



 僕は申し訳無く思いながらも、ちょっと気になってお祖父様の個体情報ヴィジュアル・レコードの生命力と精神力だけを【透魂の瞳マナ・レイシス】で覗き見た。

 そこに映し出されていたのは、向こうでの戦が終わってからもうかなりの日数が経っていると言うのに回復仕切っていない精神力の数値だった。


 生命力や精神力は高魂位レベルになればなる程に自然回復量が増していく。今見ては無いが、お祖父様であれば相当の魂位なのは間違い無い。それでいてまだ回復しきっていないと言うことは、恐らく一度精神力を使い切ったのだろう。

 生命力や精神力は使い過ぎたり使い切ってしまうと――生命力を使い切れば死ぬが――完全に回復し切るまで自然回復量は極端に遅くなる。

 本来この現象が起きるのは、かなりの激戦や死闘を繰り広げた後くらいのものだ。


 不躾にならない程度にお祖父様のお顔や身体に視線を巡らすも、そこに戦いの跡なんて無い。鎧などにも傷一つ無い。と言うことはお祖父様は激戦も死闘も繰り広げて来た訳では無い。それでいながらこの精神力の状態。

 つまり、お祖父様は戦う者にとって大事な継戦能力を完全に無視した上で早々に戦いを終わらせ、我が身を省みること無く孫二人が危険に陥っている戦場へと戻って来てくれたのだろう。本当にありがたいことだ。

 それが今の僕には、ちょっと辛く感じた。


 ちなみに。じゃあ最初からお祖父様がこちらの戦場でもそれをやっていれば良かっただろうと言う意見もあるだろうが、それは無い。

 こちらに居た敵兵は八千。もしこちらの軍を含めた上でお祖父様が突撃しても、途中で精神力を切らしてしまえばとんでも無いことになる。

 僕も屋敷で経験があるから良く分かるが、精神力が急激に低下したりすると猛烈な眩暈や倦怠感が襲ってくるのだ。戦いの最中にそんな危険を犯すだなんて絶対に出来ない。

 後はまぁ、弟の指揮の戦で自分が全ての手柄を取る訳にはいかない、なんてこともあったのかも知れない。幾ら大将は指揮した結果が手柄とは言え、到着してすぐにお祖父様が敵を撤退させたら立場が無くなるだろうから。


 お祖父様は恐らく今この瞬間も倦怠感に身を苛まれているのだと思うと、申し訳無くも嬉しくなる。


「して、こちらの状況は」

「多少知っておるかも知れんが、敵の本軍は撤退していった。今は戦後の処理を行いつつ国王陛下の御指示を待っておる」

「左様で御座いましたか。戦勝、誠お喜び申し上げます」

「うむ。さて座れ」

「はっ」


 お祖父様が座ると、僕は言う。


「ザルード公爵よ、今はクロイツも休息を終わらせておる。ここで指揮を返そうと思うがどうか?」


 これも弟とは打ち合わせているが、どちらでも良いと言う結論になっている。

 そして何度も言うが弟が指揮権を渡していたのは“休息”する為だ。これは誰にも異議は許さない。


「ふむ……王太子殿下はどのようにお考えで?」

「私は返して良いと思っておる。クロイツがこうして問題無くこの場に座っている以上、私が持つ意味もなかろう」

「であれば、ここで指揮は王太子殿下より、クロイツ殿下へ戻すことと致しましょう。皆、異議は無いな?」


 お祖父様が他に確認すると、彼らは小さく頷いた。

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