番外編 メリークリスマス! 1
ノアはソファで大きなため息をついて本を閉じた。この下りはもうお馴染みなのであえて触れないが、チラリと部屋に飾ってあるアリスの手書きのカレンダーの25日のところを見る。
「今年も来たか……クルシミマス(クリスマス)」
最早何の罰ゲームなのかと思うほど毎年毎年アリスのクリスマスはエスカレートしていく。皆が学校を卒業して数年。その餌食になっていたのは専らバセット家の人たちである。
今年はノアとアリスが結婚して初めてのクリスマスだ。今年こそは去年までとは違うロマンチックなクリスマスにしたいと思うのは決して悪いことではないはずだ。そして皆も期待している。今年は少しはアリスが落ち着くのではないか、と。
「ノア様、皆の期待はどうあれ、俺は今年こそむしろ警戒すべきだと思います」
「僕もそう思う。幸せのおすそ分けだぞ! なんて言ってバセット領を飛び出す可能性があるよね?」
「はい」
ノアの言葉にキリは真顔で頷いた。学園を卒業してからアリスは毎年大人しく家でクリスマスを祝っていたが、何となく今年は嫌な予感がプンプンするのだ。
「最近お嬢様は一人でこそこそと森に入って何かしているのです。この間後をつけたんですが、残念な事に撒かれてしまいました」
「僕も全く同じことしたんだけど妖精手帳使ってどっか消えたんだよ。あれはもう、絶対にろくな事してないよ。今年はもういっそ檻にでも閉じ込めようか」
流石全く信用の無いアリスである。ノアは本気で檻を特注で作ってもらおうかと考えていた訳だが、よくよく考えると新婚で初めてのクリスマスに愛する妻を檻に監禁しなければならないような事態にはしたくない。
「とりあえずお嬢様から妖精手帳は取り上げましょう。25日に何故そんなに執着しているのか俺には未だに分かりませんが、その日俺はここに泊まり込みます。ミアさんの安全も確保する為、キャロライン様の所に泊まってもらうことにしました」
「うん、それがいいよ。25日はねぇ……うん、アリスにとってはお祭りなんだろうなぁ」
もういっそ事情を話してお祭りの日に設定してしまおうかと思うノアだ。
「たっだいまぁ~! お腹減った~!」
「帰ってきたよ、サンタさんが」
ノアはアリスの声を聞いて立ち上がるとキリの肩を諦めるように叩いて部屋を出た。
「アリスおかえり~って、真っ黒じゃない! どこで何してきたの! ほら、お風呂先に入っておいで!」
「はぁい!」
いそいそとアリスはコートを脱ぎながら部屋まで移動すると、適当にかけ湯をして体と髪を洗ってお風呂に飛び込んだ。仰向けにプカーっと浮かびながらもうすぐやってくるクリスマスに想いを馳せる。
ここ数年はバセット家のみで行っていたクリスマスだったが、やっぱりどう考えてもこんなにも楽しい日は皆におすそ分けするべきだ。
かと言ってルーデリアとフォルスとレヴィウスの国民も含めた全員にプレゼントを買うことなど出来ない。そこでアリスは考えたのだ。どうすれば皆にこの日を楽しんでもらえるのかと。そして思いついた。今はその準備段階である。
湯船に浮かびながらクリスマスの事を考えていると、廊下からノアの叫び声が聞こえてきた。それに続いてブリッジと子どもたちが泥だらけのままドアにつけられたブリッジ達専用のドアからなだれ込んでくる。
「アリス! 皆も洗ってやって! もう、本当にどこで何してきてたの!」
廊下から聞こえるノアの怒鳴り声にアリスは肩をすくめて笑って返事をした。
「はぁい! ひひひ! 兄さま達驚くぞ~! ほら、皆も泥落としてからお風呂入ってね! ご飯食べてしっかり寝たらまた明日も朝から頑張るぞ!」
「うぉん!」
アリスに頭からお湯を掛けられながらブリッジと子どもたちが嬉しそうに尻尾を振る。
「楽しみだな~クリスマス。待ち遠しいな~クリスマス!」
ワクワクしながらブリッジ達とお風呂に浸かったアリスは、空にぽっかり浮かんだ月を見上げてクリスマスの夜を想像してニヤニヤしていた。
翌朝、アリスはいつもよりもずっと早起きをして床で毛布にくるまって眠っているノアをベッドに戻すと、朝食を食べて昼食のハンバーガーまで作って秘密の作業場に移動した。
そう、アリスが毎日毎日出掛けていたのは、何を隠そう学園の森番スミスの小屋だ。
そこには既にカラフルな七色ドラゴンとレインボー隊、そしてドンとスキピオにバセット森の動物たちが待機していた。彼らは事情を知っているティターニアが作ったフェアリーサークルをくぐり抜けて毎日ここにやってきている。
動物たちはシルフたちに目には見えない春風のマントまで作ってもらっていた。このマントのおかげで動物たちは冬知らずである。
「皆、おっはよ~! よし、今日もがんばろ~! クリスマスまでもう日がないから急ぐよ~!」
アリスが声をかけるとあちこちから鳴き声が返ってくる。
「お嬢、頼まれてた物なんじゃが、鉱夫達から昨夜全部終わったと連絡があったんじゃ。今から取りに行くかの?」
アリスに巻き込まれたスミスが小屋から出て言うと、アリスはそれを聞いて顔を輝かせた。
「行く行く! ドンちゃん乗せてって! レインボードラゴン達も手伝って!」
「ギュ!」
「キュキュ!」
アリスに言われてドンは卵の入ったポシェットをスキピオに預けると、いそいそとしゃがみこんだ。そこにアリスとブリッジがいつものように乗り込む。
「それじゃあちょっと行ってくるね! あ、そうだ! スミスさん、そろそろザカリーさんとスタンリーさんも来ると思うから、よっろしく~!」
「分かった分かった。気をつけて行くんじゃぞ」
「はぁい!」
そう言って飛び去ったアリスをスミスはニコニコしながら見送る。そこへ入れ違うように疲れた顔をしたザカリーとスタンリーがやってきた。
「はよ~スミス爺さん」
「はよ~っス」
「おはよう、なんじゃ二人共目の下のクマが凄いぞ」
「そりゃもうな……お嬢の無茶振りは今に始まった事じゃないが……誰だ、それじゃあ全世界の子どもたちにとか言い出した馬鹿は!」
「……俺らっスね……」
「途方も無いのぉ。お嬢の話ではサンタクロースと言う人物が全部やってたと言うが……それは人間ではないと思うんじゃよ」
「俺もそう思う。とりあえずこれ、今日の分な……あ、やば。目眩がする」
「大丈夫っスか!? ちょっと寝た方がいいっスよザカリーさん」
アリスに頼まれてクッキーを作り出した二人だったが、途方もない量に既に疲労困憊だ。
けれど最初にアリスに頼まれた量をそれなら全世界の子どもたちに、と言い出したのは自分たちである。
フラフラになりながらスミスに大量のクッキーを渡すと、二人はまた学園に戻って行った。そんな後ろ姿をしばらく心配そうに見つめていたスミス。
「心配じゃのぅ。サプライズか……うまくいくといいんじゃが」
スミスが言うと、森に集まった動物たちと戯れていた小さな妖精たちがスミスの元に集まってきて口々に話しだした。
「おじいちゃん悩んでる~」
「どうしたのぉ~?」
「おじいちゃんのお悩みきく~」
「ほっほ。これこれ、なけなしの髪を引っ張るなと言うとるじゃろうが」
レスターが連れてきたあの小さな妖精たちは未だにスミスの小屋に住み着いている。子どもも孫も居なかったスミスだが、今や驚くほどの大所帯で毎日が賑やかだ。
スミスはあちこち引っ張って無理やりスミスを座らせて休ませようとする妖精たちに礼を言って椅子に腰掛けた。
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