番外編 終わりとこれから5
けれど、何故ティターニアやその子供達まで居るのかが全く分からないし、何ならレヴィウスの王と王子も全員居る。今ここに奇襲でもかけられたら、一気にいくつの国が潰れるだろう……それぐらいカオスだ。
「うぅ、ぐすっ……ノア……」
「兄さん、早い」
「そっとしといてやれ、セイ。ほんとは兄さん、未だにノアに戻ってきて欲しいんだよ」
「……執念、怖い」
「あいつ、本当にレヴィウスの王子なんだな……」
「ええ、私も今同じ事を思ってたわ……」
後ろから聞こえてくる大国レヴィウスの三兄兄弟がノアについて話しているのが何だかとても不思議な感じがしてならないが、隣に座っているリアンとオリバーは青ざめている。
「ね、ねぇ僕達本来もっと末席だよね⁉ 何でこんな所に居るんだと思う⁉」
「……分かんないっす。あの二人の考える事は俺には全く分かんないっす」
リアンの必死の問いかけにオリバーはゆっくりと首を振った。
一番前の席にはルイスとキャロラインとカインにアラン、そしてシャルルとシエラ。ここまでは分かる。
けれどここからが本気で分からない。その隣にリアンとオリバーとライラ、シャルとオリジナルアリスが座らされ、二列目にはバセット家の使用人達と、チャップマン商会の面々、さらには従者や騎士達が座っているが、トーマスとオスカー、そしてルーイとユーゴは揃って顔色を失くしている。一体何の拷問だ、これは。
いや、普通に考えて仲間たちという括りなのだろう。
しかしこれは無い。ありえない! ルカやステラたちなど本来なら一列目、もしくは二列目にいるはずだろうに、まさかのほぼ末席にいる。あの妖精王達でさえ、だ。
「こ、怖すぎて後ろ見れないんだけど!」
「俺もっす。これやったの、絶対にノアっすよね?」
「それ以外誰がいんのさ⁉ あと、あっちの参列者席おかしくない⁉ それから上! 怖いんだけど!」
リアンがチラリと横目で通路を挟んだ参列者席を見てゴクリと息を飲んだ。
そこには最前列にクマ・クマ・狼・狼・狼・狼・虎・虎……と、何故か動物たちが行儀よく座っているではないか!
おまけに参列席を囲むようにドラゴン達が座ってこちらを見下ろしている。
「あっちの参列者はきっとアリスね!」
嬉しそうに手を叩いて笑うライラの精神の強さを、今ほど尊敬した事がないリアンだ。胃の弱い自分には本当にピッタリの妻である。
何よりも不思議なのは、こんなおかしな並びだというのに、誰一人として不敬罪だ! などと言い出さない事だ。何なら皆どこか晴れ晴れとして楽しそうである。
しばらくそんな光景を見ていたリアンは空を仰いでポツリと言った。
「モブ、僕はとうとう分かったよ」
「え、何すか、急に」
神妙な顔をして突然そんな事を言いだしたリアンにオリバーは首を捻る。
「ここは多分、夢の世界なんだよ。アリスとノアなんて本当はこの世には存在しないんだ。そう、これは僕の見てる長い夢なんだと思う」
「え、どうしたんすか⁉ 急に!」
「だって! そうでも考えないとありえないでしょ⁉ 何で皆、普通なの⁉ 僕がおかしいの⁉ どうなの! 王子! お姫様!」
「突然だな! まぁリー君の気持ちは分かるが、これは夢ではないぞ。現実だ」
「そうね……残念ながら現実よ。アリスもノアも居るし、あなたは参列席の先頭にいるわ」
いそいそと泣き出してしまった時用のハンカチなど用意しながらルイスとキャロラインが言うと、リアンはとうとう頭を抱えてしまった。
「リー君、もうここまで来たら諦めなって。ところで俺、ずっと気になってたんだけど、あれ……全部祝辞?」
カインがそう言って赤い絨毯の先にある簡素な机の上に、山の様に積み上げられている紙の束を指さした。
「じゃないっすか? まぁ三人分だと思えば……あんなもんっすかね?」
「いや、にしても多くない?」
腕を組んで首を捻ったカインに仲間たちは全員頷き、その時を待つ。
しばらくすると、ようやく鐘の音が鳴り響いた。見た事も無い楽器で聞いた事も無い音楽が演奏される中、赤い絨毯の先が光って一番に姿を現したのは、アーサーとグレースだ。
「おお! アーサーさんじゃないか! 奥さんは初めて……ではないな⁉ あれはパン屋のグレースじゃないか⁉」
思わずルイスが言うと、キャロラインもカインも頷いた。何度も何度もバセット領に遊びに来ている仲間たちは、既に領民達とはすっかり顔見知りである。
まさかのアーサーの相手がグレースだと知って、ルイスはさらに笑顔を深めて手を叩いた。
そしてアーサーとグレースはと言えば、参列席の末席を見て可哀相になるほど青ざめている。どうやらアーサーは席順については何も聞かされていなかったようだ。
続いてまた絨毯の先が光った。続いてやってきたのはキリとミアだ。キリは既に呆れたような疲れ果てたような顔をしていて、それを慰めるようにミアは苦笑いを浮かべている。そんな二人の顔を見て仲間たちは何となく何かを察したのだが、それよりも気になったのはミアの着けているベールの美しさだった。
ミアの体をすっぽりと覆いそうなほどの長いレースは驚くほど細かく、金糸で出来ていた。少しの風に舞い上がる様は、最早ミアに羽根が生えているのではないかと錯覚させるほどだ。ミアの家族など、そんなミアの姿を見て既に泣き出しているし、綺麗な物を見るのが大好きな妖精達もうっとりしている。
キャロラインもあまりにも美しいレースを纏うミアを見て涙を浮かべて手を叩いた。
「ミア……とても綺麗だわ……あなたはやっぱり、私の誇りよ」
そんなキャロラインの声が聞こえたのか、ふとミアがキャロラインの方を向いて微笑んだ。口パクではあるが、はっきりと嬉しそうにお嬢様、と呟いたのをキャロラインは見逃さなかった。
最後に赤い絨毯の先がまた光り、最後の最後にアリスとノアがやってきた。それを見てとうとうキャロラインとルイスが泣き出してしまう。
「……早くね?」
「な、何かしら……何だか感極まっちゃって……リー君じゃないけど、夢じゃないのよね?」
何か色々と今までの事を走馬灯のように思い出したキャロラインが言うと、カインが無言で頷く。
そんな事を仲間たちが考えているとも知らずにノアはアリスに腕を差し出した。そこにアリスはそっと手を置く。
「アリス、歩ける? ゆっくりね」
「うん、大丈夫だよ! これ破いたらキリに殺されるでしょ? 私」
「多分ね。さ、行こう」
「うん!」
ゆっくりと歩き出した二人を皆からの拍手が包み込む。
アリスのベールも驚くほど美しかった。ミアの物ほどの長さはないが、いつだって元気なアリスにはぴったりの沢山の色が使われていてとても華やかだ。よく見ると色んな種類の花の模様が描かれていて、万物を愛するアリスにはとてもよく似合う。
「私のもあるなんて思わなかった」
アリスは透けるレース越しにノアを見上げて言うと、ノアも笑って頷く。
「僕も思わなかった。何だかんだ言いながらキリはやっぱり、アリスが大好きなんだなってこのベール見ると分かるよ」
「へへ! うん。私もキリ大好きだよ」
「2推しだし?」
意地悪な笑みを浮かべたノアにアリスは笑って頷いて、まだ歩いている最中なのにノアの腕に自分の腕を絡めた。
「でも1推しは兄さまだよ!」
いつだってやっぱり自由なアリスにノアは笑みを浮かべた。
結婚式の司会はまさかのエリスだった。突然の若返ったエリスの登場にバセット領の人達が思わずエリスに口々に声をかけると、エリスは嬉しそうに皆に手を振って、コホンと咳払いをする。
「それでは、これよりバセット家の結婚式を始めます。皆さん、最後まで静粛にお願いします」
エリスが言うと、野原の草を風が一斉に撫でた。その途端に足元に咲く小さな花たちが嬉しそうに揺れる。
「本来の結婚式であればここで長々と挨拶をするのですが、お集まりいただいた皆さんもご存知の通り、とにかくこのアリスは長時間じっとしていられません。おまけに参列者には森の住民達も居ます。彼らは既に大変お腹が減っているようで、花嫁、もしくは花婿が食べられてしまっては困るので細かい事は全部飛ばしてこのまま誓約に移りたいと思います。なお、祝辞も大量すぎるのでこの場では読みません。新郎、新婦はこれを持ち帰って存分に読みふけってください」
エリスの言葉に会場が笑いに満ちた。
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