番外編 終わりとこれれから4

「な、何故リー君が知ってるんだ!」

「何でって……バセット家の三人も知ってるよ?」

「何故⁉」

「だって、ユーゴさんの彼女の車いすと義足を作ったの、アリスだから」

「はぁ⁉ 初耳だぞ!」


 驚いたルイスにリアンは苦笑いを浮かべた。


 ユーゴの彼女は幼馴染の女の子だ。小さい時に不慮の事故で片足を失い、それからすっかり家に引き籠ってしまったのをユーゴはずっと元気づけてきたのだという。


 破天荒なアリスの話が彼女はとにかく大好きで、とうとうユーゴはアリスに相談したそうなのだ。歩けない彼女に何かしてやれることはないだろうか? と。


 するとアリスは任せて! と言って彼女の為に車いすと義足を作ったのだ。最初は半信半疑だった彼女も徐々に義足に慣れ、今では近くの店に一人で買い物に行けるようになったという。


 それを聞いた夜、ユーゴはリアンの元にやって来て、号泣しながらリアンを朝まで無理やりつき合わせた。それをルイスとカインに伝えると、二人は目を丸くしてリアンを凝視している。


「な、何故リー君の所に行くんだ……」

「ほんとだよ……」

「あんた達だって来るでしょ」


 呆れたように言ったリアンに、ルイスもカインもお互い顔を見合わせて何かに納得したように頷いた。


「そう言えばそうだな」

「言われてみれば……ほんとだね」


 何か悩み事があればとりあえず皆、何故かリアンとライラの元へ行く。多分それは、一番公平な目で判断してくれるからなのだが、リアンからすれば嬉しいとは思いつつ鬱陶しい時もある。


 そんないつも相談を受ける側のリアンとライラが相談するのはバセット家の三人だ。


「まぁ、世の中上手く出来てるもんだよ。後はルーイさんとトーマスさんだね。オスカーさんはもうマーガレットさんと一緒に住んでるんでしょ?」

「そうなんだよ。突然屋敷出る! とか言うから何事かと思ったら、二人で住むんだってさ。毎日ラブラブで楽しそうだよ」


 カインはそう言って一日中一緒に居るオスカーとマーガレットを見て目を細めた。二人は今も楽しそうに動物たちに何かを与えている。


「ルーイとトーマスは一切浮いた話がないが、あいつらもそのうちイーサン先生のようにある日突然婚約やら結婚やらしそうでな」


 大人二人はもう本当にいい歳なのだが、どちらも浮いた話が一切無い。そこの所が一体どうなっているのか誰にも分からない。


 けれど、それでいいと仲間たちは思っていた。あの二人は相当しっかりしているし、どんな相手を選んでもきっと幸せになるだろう。


 

「お嬢様、少しは衣装に見合った行動をとってくれませんか」


 その頃新郎新婦の控室では、相変わらずアリスとノアとキリが格闘していた。そんな様子をヒヤヒヤした様子で見守っているのは、アーサーとグレースとミアだ。


「だって、こんな高いヒール、絶対グキッってなるよ!」

「なりません。お淑やかに歩けばそんな事にはなりません」

「アリス、ちょっと頭動かさないで。まだ終わってないんだから」

「ぶー!」

「膨れないの。可愛い顔が台無しだよ」


 ノアの言葉にアリスは途端に大人しくなった。小さい頃から何も変わらないバセット三兄妹である。そんな様子にグレースはおかしそうに笑った。


「あなた達はいつまでも変わらないわね。思い出すわー、ノアとキリに連行されて毎日パン買いに来てたわよね!」


 まだ幼いアリスを挟んで財布を首から下げたノアとキリがよく買い物に来ていた。まだアリスがよちよち歩きの時だ。


「あったね、そんな時期も。懐かしいなぁ」

「そんな小さい頃からお三人は仲が良かったんですね」


 ミアが何かを想像しながら言うと、アーサーとグレースがおかしそうに頷く。


「それはもう、バセット家の三兄妹って有名だったよ。兄妹喧嘩がそれはもう激しくてねぇ。しょっちゅう物が壊れるから、うちは調度品は何も置かなくなったんだ」


 そう言ってチラリとアリスを見たアーサーが苦笑いを浮かべる。しかも何故か高価な物ほどよく壊すのだ、アリスはいつも。だからそういう物は全て未だに仕舞ってある。


「アーサー様、おかしな先入観をミアさんに与えるのは止めてください」

「全部本当の事じゃないか。それよりもキリ、一体どんな魔法を使ってミアさんのご両親にこんなにも早く承諾を貰ったんだい?」

「それ! 私も聞きたかったの! 兄さまに聞いても何も教えてくれないんだもん!」

「それは私も聞きたかったんです。キリさん、どうしてあんなにもうちの家族と仲が良いんでしょう?」


 にっこり笑ったミアにキリは珍しく顔を顰めて一歩後ずさって小さく咳払いをする。


「それは簡単な事です。あのパレードの後、俺はすぐにあなたの家に挨拶に行ったんですよ」

「え⁉ い、いつの間に!」

「流石に公衆の面前であんな事をしでかした訳ですから、そりゃ俺だって頭を下げに行きます。そこでお義父さんに殴られそうになりまして」

「えぇ⁉」

「それでそれで⁉」


 思わず身を乗り出したアリスの頭を、ノアがグッと掴む。それを見てキリが続きを話し出した。


「お義父さんの拳を止めたんです」

「駄目じゃん! そこは大人しく殴られないと!」

「そうなのですか?」

「そうだよ! 娘さんをください! お前にはやらん! このバカチンが! って言われてガツンって殴られて机ひっくり返されてもめげずに何度も通って、ぼろ雑巾みたいになるのがセオリーだよ!」

「アリス、それはもうあんまり無いんじゃないかな」


 やっぱりAMINASの知識は偏っている。ノアはそんな事を考えながらいそいそとアリスの髪に髪飾りを挿す。


「そうでしたか。ですがミアさんのお義父さんは元々騎士をされていたんですね。拳を受け止めた事で何やら大変気に入られまして」


 キリがそこまで言うと、ミアは両手で顔を覆って呟く。


「お父さん、強い人が好きなんです……」


 と。つまり、キリはミアの父親の拳を止めた事で受け入れられたという訳だ。


「その後服をその場で脱がされまして、筋肉を見せろ! と」

「お、お父さん……」


 とうとうミアはその場で恥ずかしさのあまりしゃがみ込んでしまったが、それを聞いてノアもアリスも大爆笑している。


「ちゃんと鍛えているな! 良し! と言われました。あの時ほどお嬢様の無茶苦茶な修行に感謝した事はありません」

「うぅ……」

「それからちょくちょく遊びに行ってたんです。だからすぐに承諾してもらえたんですよ」

「週一ぐらいで行ってたよね?」

「はい。いつも美味しい食事を振舞ってくれるのです。ミアさんのご家族は、やはり良い人たちばかりです」


 そう言ってキリは目を細めた。親の居ないキリの事情を聞いてミアの家族たちはすぐにキリを受け入れてくれた。それはキリが家族というものに並々ならぬ想いを抱えているのを知ったからかもしれない。


「はい、出来た! 後はベールだよ、アリス」


 ノアがアーサーがどこからともなく借りてきたベールを箱から取り出そうとすると、それをキリが止めた。


「待ってください。ベールはこちらを使ってください」


 キリはそう言って二つの箱を持ってきて一つをアリスに渡し、一つをミアに渡した。


 アリスとミアはそれを受け取って互いに顔を見合わせて箱を開けて驚く。


「え……これ……」


 ミアはポツリと言って箱の中身を取り出して感嘆の声を上げた。中から出て来たのは金糸のみで出来た金色のベールだ。


「うっわ……すっご……え? じゃあこれは?」


 アリスはミアのベールを見て驚き、続いて自分の箱を開けて固まる。


 震える手で箱から引っ張り出したのは、やっぱりベールだ。


 けれどミアのとは違って赤やらオレンジやら青やら沢山の色が使われている。それはよく見ると全て野花の形をしていて、とても元気で可愛らしい。


「キリ……これ……」

「キリさん……これは一体……?」


 キリは震える二人と唖然とするノア達を横目にミアの手からベールを受け取り、それをそっとミアにかけた。


「ミアさんは俺にとって太陽のような存在です。太陽が無くては生きていけない。あなたをイメージして作ったベールです。こんな俺を受け入れてくれて本当にありがとうございます。あなたの為にこれから先、俺が出来る事なんて限られていますが、末永くよろしくお願いします」

「つ、作った……?」

「はい。俺の趣味はレース編みなので。あなたが好きだと気付いた時からずっと作っていました。先週ようやく出来上がったんです。間に合って良かった」


 毎日毎日コツコツ仕上げていた長いレースは、ミアをイメージして作ったものだ。それを聞いてミアはベールの裾を抱いて涙を流す。


「ありがとう……ございます……」

「いえ。ワガママを言ってすみません」


 キリはそっと泣き出したミアを抱き寄せて頬にキスすると、そんなミアを一旦座らせて今度はアリスに向き直った。


「俺は元々誰とも結婚するつもりはありませんでした。あなたが結婚するとも思っていませんでした。でももし、この先あなたが誰かと、というよりは俺の中ではノア様一択でしたが、結婚するような事があれば、こんな猿でも良いとノア様が言ったら、これだけは俺が作ろうと思ってたんです。あなたは家族の居ない俺にとっては大事な妹のような存在です。いくら猿でゴリラとは言え、それは一生変わりません。そんな妹の晴れ舞台には、これを着けさせて送り出したかったんです。着けますよね? お嬢様」

「……ぎでぃ……ぶえっ……えっ……」


 アリスは泣かないよう一生懸命涙を堪えながら頷いて頭を下げた。そこにキリがそっとベールをかけてくれる。それを見てノアもアーサーもグレースも涙をそっと拭う。


「一生懸命ずっと何か作ってるなと思ったら……こんなの作ってたの?」


 ノアは涙を浮かべたままアリスのベールをそっと撫でてキリの頭を撫でた。そんなノアの仕草にキリはくすぐったそうに小さく微笑む。


「はい。お嬢様にもですが、きっとノア様も喜ぶと思って。お嬢様の良さは俺達しか知りませんから。それにノア様がお嬢様のドレスのデザインをしていたのを知っていたので、それなら俺はベールを作ろうとずっと思ってたんです。あと、これをお二人に」


 そう言ってキリはアリスとノアの胸にそっとレースで出来た白い朝顔の花を挿した。白い朝顔の花言葉に気付いたノアはさらに涙を浮かべる。


「そうだね。アリスの良さは僕達にしか分からない。僕達は誰が何と言おうとこれからもバセット家の三兄妹だよ」


 そう言ってノアはアリスとキリを抱き寄せて二人のおでこに小さい頃のようにキスして笑った。それと同時に涙がポロリと零れ落ちて、思わずアリスとキリがハンカチを探す。


「ありがとう、キリ、アリス。僕の可愛い弟と妹たち」


 そんな三人を見て、アーサーもグレースもミアでさえも涙を拭きながら頷いてる。


「ところでミアさん、お嬢様、化粧、直しましょうか」

「えっ⁉ 今からですか?」

「ええ。お二人ともどうして泣くのですか。せっかくの化粧が台無しですよ」


 シレっとそんな事を言うキリをアリスとミアは半眼で睨みつけた。


「だ、誰のせいだと……」


 アリスの言葉にミアも無言で頷くが、そんな二人の反応が可笑しくてノアとキリは顔を見合わせて笑う。結局、その後アリスとミアはもう一度一から化粧を直され、予定の時間を少しだけ遅れてしまったのは言うまでもなかった。


 

 参列者たちが案内された結婚式会場は建物の中では無かった。バセット領の森の奥にある野原のど真ん中に赤いじゅうたんが敷いてあり、その両側に長椅子が何列もどーんと置かれている。


「……なぁ、何で俺達ん時より重鎮がこんなゾロゾロ来てんの? あと、ここどこ?」

「……分からん」


 カインが会場と参列者を見てポツリと言うと、ルイスとキャロラインも首を捻った。


 まだ百歩譲ってルカやロビンやヘンリーは分かる。ステラもオリビアも妖精王もだ。

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