番外編 終わりとこれから6

「まず初めにアーサー・バセット、グレース、お願いします」

「はい。私、アーサー・バセットはパン屋のグレースを本日妻に致します。彼女とは幼馴染であり、長い間戦友でもありました。事が思うように運ばず、彼女を随分長い間待たせてしまいました。けれど、後悔はしていません。彼女のおかげで私はここに居る素晴らしい家族を持つことが出来ました。ありがとう、グレース。これからはずっと一緒に毎日パンを焼こう」

「私、グレースは今日、アーサー・バセットに嫁ぎます。彼の言う様に私達は戦友であり、親友であり、恋人でした。そして今日、妻になります。末永く、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、これからもよろしく」


 アーサーは涙を浮かべるグレースのベールをめくって、愛おしそうに頬を撫で、ノアに教えてもらった指環の交換をしてグレースを抱きしめた。


 そんなアーサーの行動に驚いたのはグレースだけではない。ノアもキリも驚いたし、参列席にいるエリザベスも目を丸くしていた。そんな中アリスだけは嬉しそうに手を叩いて喜んでいる。


「ア、アーサー?」

「じっとして、グレース。これを君に」


 そう言って体を離したアーサーは、グレースの首から下がったネックレスを見て目を細めた。グレースはハッとして自分の首にかかったネックレスに埋め込まれているものに気付き、アーサーを見上げて笑み零れる。


「まだ持ってたの?」

「もちろん」


 グレースに送ったネックレスには琥珀の中に四葉のクローバーが埋め込まれていた。周りには美しい銀の細工が施されている。


 中に埋め込まれたクローバーは、幼い時に両親を亡くして泣いていたアーサーにグレースがくれた物だ。それをアーサーは押し花にしてずっと大事に持っていたのだ。


 グレースと結婚するにあたり、アーサーはティターニアに相談した。どうにかしてこの押し花をペンダントに出来ないか? と。するとティターニアはクローバーの経緯を聞いて喜んで手を貸してくれた。そして出来上がったのがこの琥珀のネックレスである。


「ありがとう……嬉しい……」


 グレースは嬉しそうにネックレスを撫でてアーサーに自ら身を寄せた。そんな二人にエリスがコホンと咳払いすると、二人は慌てて体を離す。


「えーじゃ、次行っていいですか?」

「ど、どうぞ」


 照れくさそうなアーサーにまた会場に笑いが起きる。


「では次、キリとミアさん」

「はい。私は本日、ミアさんを妻とし、生涯を彼女と共に過ごす事をここに誓います」


 いつもの調子で淡々と言うキリに、仲間たちは目を丸くした。もっとこう、何かあるのでは? と思っていたのだが……そんな一同の雰囲気に気付いたのか、キリは薄く笑って言う。


「早く終わらせてミアさんと二人きりになりたいのです。いけませんか?」

「キ、キリさん!」


 キリの言葉にミアは顔を真っ赤にして俯いてキリをポカポカと殴るが、何だかそんな光景すらイチャついて見えるから不思議だ。


 キリはそんなミアの手を取り、そっとベールを捲って顔を覗き込む。


「ミアさん、返事を聞かせてください。皆にしっかりと聞こえるように」

「ぅ……わ、私、ミアは今日、キリさんの妻になります。至らぬところばかりですが、どうぞ今後とも公私ともによろしくお願いいたします」

「……何故そんな堅苦しい挨拶なんです?」

「は、恥ずかしいんですよ! 察してください!」


 顔を真っ赤にしたミアを見てキリはおかしそうに笑った。ミアが困れば困るほど嬉しいキリのドSは健在である。


「何だかんだと、ここは相変わらず甘酸っぱいね」


 カインの言葉に仲間たちも赤面して頷く。言葉少なめなのに何故こんな甘酸っぱくなるのか分からないが、それがキリとミアだ。


 そしていよいよ、最後にアリスとノアである。


「じゃあ最後にノア、アリス」


 エリスはそう言って真ん中に居た二人を見て涙を浮かべた。あの幼かった兄妹が、まさかこんな事になるなんて思ってもいなかった。


 いずれどちらも年頃になれば誰かと結婚するだろうという事は分かってはいたが、何となくそんな日が来なければいいのに、と願っていたエリスだ。理由はこの兄妹はずっと一緒に居て欲しかったからなのだが、まさかそれがこんな形で実現するとは思わなかったというのが本音である。


 エリスの言葉にノアが頷くと、隣に立ってソワソワしているアリスの方を向いて言った。


「アリス、僕は師匠じゃなく神様にでもなく、君に誓うよ。散々嘘ついて来た僕だけど、これだけはちゃんと守る。ずっとずっと君の側にいるよ。何があってもどんな時でも。だからアリスはちゃんと毎日家に帰って来て。僕の所に、ちゃんと帰ってきて」


 ノアの言葉にアリスは一瞬キョトンとしていつもの様にニカッと笑った。こんな時でもそんな笑顔なのかと言いたげな仲間たちを無視して、アリスは元気にノアに抱き着く。


「うん! 兄さま、大好きだよ! ずっとずっと前から私の1推しはずっと兄さまだからね!」

「はは、うん。僕の1推しもずっと君だよ、アリス。もう離さないからね」

「私も、もう兄さまと離れないよ。ずっとずーっと一緒だから!」


 アリスはノアの正面に立ってノアをじっと見上げた。自分からベールをめくってノアのようにニコッと笑う。


「アリス?」


 そんなアリスに怪訝な顔をするノアを見て、アリスはさらに笑った。


「へへ! 誓いのキスしなきゃ! 結婚式だもん!」


 そう言ってアリスはノアの肩に手をかけて背伸びをすると、驚くノアの唇に自分の唇を押し当てた。今度はちゃんとど真ん中だ。


「っ!?」


 不意打ちのアリスからのキスにノアは耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆ってその場に蹲った。いつもこうだ。肝心な時にアリスの行動が読めない。こうしていつもアリスに振り回されるノアである。


「兄さま? 大丈夫?」


 その場でしゃがみ込んでしまったノアの顔をアリスがしゃがみ込んで覗き込むと、ノアはパッと顔を上げて軽くアリスを睨みつけてきた。


「今のは反則!」

「え?」


 アリスが理由を聞こうとしたところでしっかりと顔をノアに押さえつけられ、今度はがっつりとノアにキスされてしまった。何ならそのままアリスを押し倒しそうな勢いである。


 それを見て動揺したのは仲間たちだ。


 アリスからのキスは何だか可愛かったのだが、ノアからのキスはなんて言うか、思わず目を逸らしてしまった。何となく何十年もの想いがそこに込められている気がしていたたまれなかったのかもしれない。


「あー……その辺で終わりにしとこうか、二人とも」


 目の前でなかなかに過激なキスを目の当たりにしたエリスが咳払いをすると、ようやくノアはアリスを離した。そしてグルリと周りを見渡して、アリスのようにテヘペロをする。


「あいつ、やっぱ変態だよ。何でこんな公衆の面前であんな事出来んの……」


 一番に顔を隠したリアンが終わったかどうかを指の隙間から確認して言うと、すっかり涙が引っ込んだルイスとカインが無言で頷いた。


「あの度胸、私にも分けて欲しいですね……」

「私は全然平気ですけどね」


 シャルルの言葉にシャルが言うと、シャルルはキッとシャルを睨む。


「そりゃあなたは中身が乃亜ですもんね! はぁ……凄いな」


 驚く男子達とは違って喜んだのは女子達だ。キャロラインとライラとシエラとオリジナルアリスは共に頬を染めてキャーキャー言って喜んでいるし、後ろの方ではやっぱりステラとオリビアがはしゃいでいるのが聞こえてくる。


 そしてこの後、何かインスピレーションが降って湧いたのか、ライラはユリに今の出来事をその場でメッセージで送った。


 それを受けたユリはすぐさまそれを自身の小説に反映して、その作品は永遠の乙女小説の金字塔として馬鹿売れするのだが、それはまだ先のお話だ。


 結婚式が終わり、主役たちは来た時と同じように赤い絨毯の先に消えた。それを見届けて妖精王が叫ぶ。


「よし! 我らも戻るぞ! パーティーだ!」


 妖精王はそう言って大きなフェアリーサークルを作って広場に繋げた。そこに動物たちが待ってましたとばかりに飛び込んでいく。その後に参列者たちも続いた。

 


 

「少し歩こうか」


 結婚式が無事に終わり、会場から退場したアリス達はノアの言葉を受けて控室に戻る前にぶらぶらと野原を歩いていた。


 アーサーとグレースは既に控室に戻り着替えている。二人も主役のくせに、この後のパーティーは準備側に回るつもりらしい。


 歩きながらノアはアリスを抱き寄せ耳元で囁く。


「アリス、僕のアリス。ずっとずっと、一緒だよ」

「うん! 約束だからね! もしも破ったら、森の中裸で引きずるから!」


 それを聞いてノアは引きつる。


「ノア様、お嬢様は本気ですよ。血だるまになりたくなかったから、一生お嬢様の側に居て面倒みてやって下さい」

「そ、そうだね。そうする。それに、今更僕がアリス以外に目を向けるとも思えないしね」


 キリは腰が抜けて立てないミアを抱きかかえたまま真顔で頷く。


 結婚式はあとはパーティーで終わりだ。アリスと結婚という一番の目的を果たしたノアは目を細めて言った。


「これで終わりかな?」

「ううん! これから始まるんだよ!」

「そうです、ノア様。これからも地獄は続きます。覚悟しててください」


 いつもの様にニカッと笑ったアリスと薄く笑うキリを見て、ノアは嬉しそうに頷く。


「そうだね。まだまだ先は長いね」 


 アリスはノアの言葉に頷いて雲一つない真っ青な空に両手を上げた。大きく息を吸い込んで目を閉じて未来を思い描きながら叫ぶ。


「そうだよ! まだまだこれからだよ!」


 よく通るその声は雲一つない空に吸い込まれて行った。

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