番外編 それぞれの領地にて ライト家・続バセット領
ケース5 ライト家
「俺は何も心配してないよ、メグ、母さん。彼らが選んだ布陣は、最善で最強だ。ほら、ライリーとローリーも手伝ってくれてるんだから、二人も早く手伝って」
ルードはそう言っていつまでも涙を零すメグとサリーを慰めながら作業していた。
そんなルードの言葉に二人はようやく頷いて、ルードの作業を手伝い始める。
この日が来るまでルードもまた、ずっと準備をしていた。鉱山に自ら赴き鉱夫達や妖精達と共に武器に使う鉱石を採掘したり、フォルスから取り寄せた銀で動物たちの鎧を作ろうとしていると、それをどこかから聞きつけた鍛冶ギルドのメンバー達が手伝ってくれたりと大忙しだった。
そして満を持して出来上がった鎧を今、ルードはダニエルに連れられて庭にやってきているバセット領の動物たちにつけている所である。
「痛くないかい? 重くは?」
「グォ!」
「そうか。良かった。ガチャガチャ煩いし、いつもよりは走りにくいかもしれない。でも、これは君達の身を守るものだから我慢して。決して怪我をしないよう、無理をしないようにするんだよ」
「ウォン!」
「いい返事だね。さあ、迎えが来たよ! 思う存分暴れておいで!」
ルードがそう言うと、庭の隅から手を振るダニエルに向かって動物たちは駆け出した。
「ダニエル君! 皆をよろしく!」
「おう! 任せとけ」
そう言ってダニエルがフィルマメントから渡された妖精手帳を繋ぎ合わせて輪にしたものを地面に置くと、そこに『戦場』と書き込んだ。
「よし、揃ったな! それじゃあ仲間を助けに行くぞ! お前ら!」
ダニエルが輪に足を踏み入れると、動物たちもすぐさまダニエルの後に続いて姿を消してしまった。
途端に騒がしかった庭が静まり返る。シンとした空気の中聞こえてくるのは、メグとサリーの鼻をすする音だ。
「父さん、母さん、おばあちゃん、僕達はここから応援しましょう! きっと、あの子達が皆を助けてくれます! それに、アリスちゃんはまだ本気じゃない! 絶対に大丈夫です」
「そうです! アリスちゃんは本気出したらもっと凄い! だから大丈夫!」
ライリーとローリーの声に、サリーもメグもルードでさえも目を丸くした。
さっきまで見ていた映像の中で、アリスはほぼ一人で敵兵を倒していた。それでも、ライリーとローリーは、アリスがまだ本気ではないと言う。
「ライリー、ローリー、どうしてそう思うの?」
ルードが問うと、ライリーとローリーは互いに顔を見合わせて同時に言った。
「だって、アリスちゃんまだ寝てないもん!」
と。
「ん?」
「アリスちゃん、寝てる時が一番強いんだよ。起きてる時はね、ジセイシンが働くんだって。だからアリスちゃんの本気は寝てからだってノア君が言ってた」
「寝るって……寝たら普通は動けないよ」
「アリスちゃんは動ける!」
真顔でそんな事を言うローリーに思わずルードは噴き出してしまった。いくらアリスでも流石にそれは無理だろう!
そして、次の瞬間には出掛けにロビンとカインにかけた言葉を思い出して涙ぐむ。
メグを追ってこの家を飛び出した時、ロビンはとても大きく、そしてカインはとても小さく見えた。
それなのに、久しぶりに抱きしめた二人は、いつの間にか逆になってしまっていた。ロビンはこんなにも細かっただろうか。こんなにも小さかっただろうか。そして、カインはこんなにもしっかりしていただろうか。大きかっただろうか……。
今回の作戦にはもちろんルードも加わった。
けれど、最初立てていた作戦は女王だけを想定していたものだ。きっと、今はもう自分も加わった作戦は書き換えられているだろう。
「そうだな。アリスちゃんだけじゃない。森の仲間たちも妖精達も手伝いに行ってる。それに、アリスちゃんの本気もまだ見てないし、皆でここから応援しようか」
「うん!」
「僕、準備してくる!」
駆けだしたローリーの後に続いてライリーも走り出す。その後ろを、三人でゆっくりついて行った。
宝珠の映像は、今まさにダニエル達が到着した所だった。その前に何があったのか、敵兵が持ち込んだ岩を投げる大きな武器がぺしゃんこに潰されているし、何やら真っ黒の覆面をした何かがそこら中で蠢いている。
「うわぁ……アリスちゃん、カッコイイね……」
パパベアに乗って剣を振り回して雷撃を敵兵に食らわせるアリスを見て、ローリーが頬を赤くして喜んでいる。
「ノア君とキリ君もカッコイイよ! ノア君の武器、あれどうなってるんだろう」
敵から離れた場所に居るのに、ノアは剣を敵に向けてあっという間に敵を倒していく。キリもその隣で近寄って来た敵兵の剣を受け流しながら戦っていた。
「お前達は本当にあの三人が好きだね」
ルードが笑いながら言うと、二人は真顔で振り返って大きく頷く。
「「うん。筋肉は、裏切らない!」」
「……感化されすぎだよ、二人とも」
けれど、この二人がさきほど言った事があながち間違いではなかったという事を、ライト家はこの後すぐに思い知る事になる。
そして心に固く誓った。眠っているアリスには、絶対に近寄らないようにしよう、と。
続・バセット家
「……旦那様、薄々気付いてたんですけど、お嬢は……人間じゃないです?」
宝珠の映像を見ながら青ざめてそんな事を聞いてきたのは、コックのロイだ。ロイの隣ではジョージもハンナも頷いている。
ついこの間、アーサーからノアがバセット家の子ではないという事を聞いた。その時、使用人達や領民達は皆それを聞いて納得したのだ。
ああ、やっぱりな、と。アリスとノアは髪と瞳の色こそ似ているが、顔立ちは全く似ていない。というよりも、出来の差が激しすぎる。まだノアとキリが本当の兄弟だと言われた方がしっくりくる程度には、あの二人は似ていない。
「……僕も今、少しだけそう思っているよ……」
アーサーは映像の中の寝ぼけたアリスを見てゴクリと息を飲んだ。
確かにアリスはアーサーの娘ではない。ただ、血縁ではある。間違いなく。だから余計に今、何が起こっているのか理解出来ないでいた。
シャルルのそっくりさんがアリスの肩を叩いた途端、アリスの目が据わりパパベアから飛び降りた。そこまでは良かったが、その後がいけない。
アリスは縦横無尽に走り回りだしたかと思うと、見かけた敵兵を片っ端から切りつけ、挙挙句の果てには数十人の敵を一振りで吹き飛ばしていた。
そんな中、味方達は早々にアリス達に任せて避難をしたようで、天幕の中から呆れるノアの声と怯えるルイス達の声が聞こえてくる。
「旦那様、正直に言ってください。お嬢はやっぱり人語を喋る何かなんですか?」
「え、いや、普通に……人間……だと……?」
流石のアーサーもそろそろ分からなくなってきた。拳一つで地面を割ってしまう人間など、果たして居てもいいのだろうか……。
「まぁ何でもいいさ。お嬢はお嬢だ。私はそんな事より、今からあの子達の子供が心配でならないよ……」
既にこちら側の勝ちを確信したハンナが言うと、領民達は何を想像したのか、揃って絶句した。
「いや、でもまだ確定じゃないじゃないか! ノア坊ちゃんが誰か他所のお嫁さん貰うとか……ないか」
「ないな。それだけは絶対に無い。ついでに言うと、お嬢が他に嫁ぐって可能性はもっと無い。絶対にすぐ追い出されて戻って来る」
「……だよな。何せ素手で地面割っちゃうんだもんな……」
今しがた見た光景に息を飲んだ領民に、アーサーは苦笑いして言った。
「まぁまぁ皆。ノアに似るかもしれないじゃないか!」
「……旦那様、それは夢見過ぎです。今までも領地の子達はほとんどお嬢に感化されたじゃないですか。そりゃ普通の子はついていけませんよ? でもね、お嬢と坊ちゃんの子供となると話は別です。どんな子になるのか、もう想像もつきませんよ」
真顔で言い返して来たハンナにアーサーが頷くと、横からグレースが口を挟んできた。
「そうよ、アーサー。よく考えて。ノアぐらい賢いアリスを想像してみてよ。ちょっとゾッとするでしょ?」
「そ、それは怖いね」
グレースの言葉に、広場に居た全員が無言で頷いた。妖精達まで頷いているので、相当である。
「おまけにそこにキリの子供も出来るだろ? これもう、マジでカオスじゃないか?」
「大丈夫、キリのお嫁さん候補はあのキャロライン様のメイドさんだからね! かなりの人格者だったよ」
「そりゃ嫁さんの血引きゃいいけど……確率は二分の一だぞ? 怖い賭けだなー!」
領民達がまだ見ぬアリス達の子供に思いを馳せている頃、宝珠の映像には敵を殲滅したアリスが仰向けに倒れて爆睡している姿が映し出されていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます