番外編 外の世界 前編

 戦争が終わりシャルの答え合わせが終わって、仲間たちはそれぞれの領地に戻った。流石の仲間たちも色々と疲れ果てていて、帰るなりベッドに倒れ込んだ。


 そんな中シャルだけは一度過去に戻り、今度はアリスを連れて来る! と息巻いていたが、どうせまたうっかり忘れて会社を大きくしたりしているのではないだろうか。


 それからしばらくの間、仲間たちはまるで示し合わせたかのように誰も互いに連絡を取ろうとはしなかった。


 別にもう顔を会わせたくなかったとかそういう訳ではなく、ただ単に皆、それぞれに忙しかったのだ。


 何十年も無かった戦争に勝った。それに参加していたという事で、今やどこへ行っても英雄扱いだ。アリスなど、あまりにも圧倒的な強さを全国民に見せつけた為、今では絵姿となってお守りとして持ち歩かれている程である。


 ちなみに他の仲間たちもそれぞれ絵姿を描かれて、こっそり販売されているらしい。一番売れ行きがいいのは、やはり聖女キャロラインだと妖精達が噂していた。


 ようやくそんな現象が落ち着いて来たある日、ルイスから仲間たち全員にこんなメッセージが届いた。


『一週間後、王都でパレードをするそうだから全員集合するように!』


 それを見たノアはスマホをポケットに仕舞い、目の前で繰り広げられる光景を腕を組んで見ていた。


「ノア……あれが君の……お嫁さん?」


 声を震わせてこんな事を聞いてくるのはオルトだ。


「そうだよ。可愛いでしょ?」

「いや、あれは……可愛い……のか?」


 笑顔で答えたノアに、ラルフは頬を引きつらせた。


「……怖い」


 セイはラルフに隠れるようにして、さっきから暴れるアリスをこっそり見ていたが、あれと結婚しようとしているノアの方が怖い事に気付いて、ノアから一歩距離を取った。


 そう、アリス達は今、エリス達を助けるために念願の外の世界にやって来ていたのだ。七色のドラゴンと、戦士妖精、そして鎧を付けた動物たちを引き連れて。


 幻の島は守られた。


 けれど、まだ教会の結界は解けないままだった。


 なぜなら、まだ外の世界では戦争中だったからだ。メイリングも途中参戦してきた事で、自体は相当ややこしくなっているとエリスから聞いてはいたものの、まさかここまでとは思ってなかったというのが、ノアの見解である。


 ゲームの強制力が解けた時、ノアと妖精王が交わしたルーデリアで生まれたという事にしてほしい、という魔法も解けてしまった。全てをノアが思い出したからだ。


 その魔法が解けた途端、三人の兄はまるで憑き物が落ちたかのようにノアを探し出そうとした。そんな三人にエリスがノアの近況を説明すると、三人は揃ってノアに会いたいと泣き出したと言う。


 そんな三人を見て、ようやくエリスは気付いたそうだ。この兄弟は、決して仲が悪くなんて無かったのだという事に。


 そんな訳でエリスに呼び出されたノアは、あの戦争が終わって二日後、久しぶりにレヴィウスの地を踏んだのだった。


 三人の兄たちは、突然姿を現したノアを見て固まっていた。年齢が明らかに違うからだ。


 けれど、それはほんの一瞬だった。やはりどこか面影があるのか、ラルフが無言でノアを抱きしめ、続いてオルトと何故かエリスが声を上げて泣き出し、最後にセイが寄って来てポツリと言った。おかえり、と。


 それから四人は朝までずっと話続け、ノアが昔よく話していた幻の島やアリスという少女の話に盛り上がり、そこにエリスまで参戦してきた事で今に至る。


『そんなに強いのか? そのアリスさんは』

『強いなんてもんじゃない。あれはちょっとした災害だ。なぁノア』

『そうだね。この間とうとう拳で地面割っちゃって。それはもう、大騒ぎだったんだ。敵が怯えちゃって』


 笑いながらそんな事を言うノアの言葉を、三人の兄たちは心のどこかで思っていた。まだ虚言癖でもあるのかな? などと。おまけにエリスはそれを聞いて大真面目に頷いていたのでエリスは優しい奴だ、などと思っていたのだが――。


「ノア……お前、物凄く正直者だったんだな……」

「ごめんね、ノア。俺達が間違ってたみたいだ。アリスさんは居るし、あれは……災害だ……」


 目の前で繰り広げられているのは戦争じゃない。アリスと愉快な仲間たちによる蹂躙である。


「はい、次ー! はい、次ー! はい、クリームパーン!」


 アリスが言うと、どこからともなくクリームパンが飛んでくる。投げているのはエリスとキリだ。


「わははは! いやー、楽だわー。こんな事ならもっと早く呼ぶべきだったなー! うちの仲間たちも強いが、ずっと連戦で疲れ切ってたから丁度いいな!」

「お嬢様、少し食べ過ぎでは」

「エリスはこんな戦闘力を俺達に望んでたのカ……」


 エリスの仲間の戦士妖精が暴れるアリスを見て青ざめていると、アリスがふと振り向いて笑顔でノアに手を振った。クリームパンでエネルギーをチャージしたアリスは、まだまだ元気一杯だ。


「兄さまー! 一緒にやろうよー! 今こそ師匠に恩返しする時だよ!」

「アリス! お前って奴は、泣かせるじゃねぇか! よし、もっと食べろ!」

「師匠! 止めてください! これ以上お嬢様に餌を与えるのは!」


 怒鳴るキリに笑うエリス。まるであの頃に戻ったようだ。


「もー、しょうがないなぁ」


 アリスに呼ばれたノアがガンソードを持って天幕から出ようとすると、三人の兄たちが止めた。


「待て! お前は王子だぞ⁉ まさか最前線で戦う気か⁉」


 ラルフの言葉にノアはニコッと笑って頷いた。


「僕はもう王子じゃないよ。今はノア・バセットなんだ。ただのしがない男爵家の長男だよ、兄さん」

「そんなもの! いくらでもどうとでもなる!」

「ならない。させない。僕はこれからもノア・バセットで居たい。ていうか、昨夜その話は片付いたでしょ? あんまりしつこく言うんなら、今すぐアリス連れて引き返すよ?」


 そう言って笑うノアに、三人の兄は渋々頷いた。ノアは、どうやってもバセット家を離れたくないようだ。ここでノアの臍を曲げてしまって戦線離脱されたら堪らない。


「じゃ、ちょっと行ってくるね」


 そう言って駆け出したノアを見ていたセイがポツリと言った。


「ノア、楽しそう。好きにさせてた方がいい」

「セイ……しかし……」


 名残惜しそうなオルトにセイは首を振って珍しく微笑んだ。


「別に、縁が切れる訳じゃない。僕達はもう、いつでも会える。だから、これでいい」

「……そうか。そうだな。いつでも……会えるもんな」


 ラルフはそう言ってそっと涙を拭って、アリスと一緒に戦うノアを見て笑った。


「あいつ、強いんだな」

「うん、強い。体も、心も、僕達よりずっと」


 セイはそう言ってドンに跨り、空から意味の分からない武器で敵兵を片っ端から仕留めていくノアを、感心したように見ていた。


「あいつらを止めろ! ドラゴンを撃ち落とせ!」


 一人の兵士が言うと、他の兵士も躍起になって弓で敵を撃ち落とそうとしているが、たかが弓がドラゴンの強靭な皮に刺さる筈もない。


「うちのドンちゃんとスキピオはそんな武器じゃ倒せないっつうの! よぉし! 私も本気出しちゃうぞ~!」


 わははは! と笑うアリスは、パパベアから降りて何やら詠唱し始めた。それを見てノアは顔を引きつらせて叫ぶ。


「皆、退避して! 師匠も! 早く!」


 ノアはドンから飛び降りて急いで天幕まで戻ると、首を傾げる兄たちを安全な場所まで退避させた。渋るエリスをキリが連れて来ると、おもむろに空になったクリームパンの籠をそっとラルフに渡す。


「ラルフ様、追加のパンをお願いします。あと、危ないので頭は下げておいてください。皆さんも」

「おいおいキリ、お前、一国の王にパンのお使い頼むなよ」


 相変わらずなキリにエリスが言うと、キリは小さく首を傾げてはっきりと言った。


「では、私の代わりに寝ぼけたお嬢様を止めてくださいますか?」


 それを聞いてギョッとしたのはエリスだ。


「え⁉ ま、待て。アリスのあれ、寝ぼける為の詠唱?」

「はい。お嬢様はこの間の戦いで、自分でリミッターを外すという小技を覚えてしまったのです。本当に、シャルは余計な事をしてくれました」


 そう、アリスは女王との戦いで、リミッターを外すと何でも出来て大変気持ちが良いという事を覚えてしまった。本来アリスはお花畑で美味しい物も楽しい事も気持ち良い事も大好きである。思う存分暴れられる夢の世界は、アリスにとってはパラダイスという事だ。


「エリス、どういう事だ? 寝ぼける為の詠唱とはなんだ。そんな魔法、聞いた事ないぞ」

「あ、いや、それがそのぉ……」


 いつもは何でもはっきりしているエリスがこんな風に言い淀むのは珍しい。ラルフがパンの籠を持ったまま詰め寄り、エリスが口を開こうとしたところに――。

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