番外編 それぞれの領地にて キングストン家・オーグ家
ケース3 キングストン家・オーグ家
城の広間には、王家に与する人達、使用人達、そしてオーグ家の人達が勢ぞろいしていた。もちろんそこにはロンドとルーシーも居るし、オリビアも居る。
深夜に開戦が言い渡された後、ルイスとキャロラインが揃ってステラに会いに来た。二人は既にしっかりと戦闘準備を済ませていて、強い瞳で声を揃えて言った。
『王妃、行って参ります』
と。
その一言を聞いてステラは王妃らしく頷き、気をつけて、必ず戻るように、とだけ伝えた。その言葉を聞いて二人は真剣な表情で頷き、妖精手帳を使って行ってしまった。
ステラはそんな二人が行ったのを確認して、両手で顔を覆って声を殺して泣いた。
どうしてあの子達が行かなければならないのだ。どうして自分達の代ではなく、神は子供達の代に戦争など起こしたのだ。今までずっと平和だった。それなのに、どうして?
声を殺して泣くステラの元に、ルカがやって来た。ステラが泣いているのに気付いていたのか、音もなく部屋に入って来てそっとステラを抱きしめてくれる。
「俺もそろそろ向かう。ステラ、案ずるな。あの子達は俺達が何としても守るから」
「……あなたもよ。あなたも必ず戻ってきて……お願いよ」
「ああ、もちろんだ。少しの間だけ待っていてくれ。それと、オリビアを呼んでおいた。宝珠からお前達の力を送ってくれ」
ルカは開戦が分かったと同時にオリビアに連絡を取った。ステラがこうなる事が分かっていたし、オリビアだってヘンリーが戦地に向かうのだ。きっと不安で仕方ないはずだと思ったのだ。
「ありがとう、あなた。美味しいアイスを作って待ってるわ」
「ああ。愛してる、ステラ」
「私も、愛してる。気をつけてね」
ステラは涙を零しながら背伸びをしてルカに口付けると、ルカはどこからともなく現れた御者の居ない不思議な馬車に乗り込んで行ってしまう。
それと入れ違いに、ホールから元気な赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきて、ステラは慌てて涙をはしたなく袖で拭って、鏡の前で笑顔の練習をしてから部屋を後にした。
ホールにはステイシアにおんぶされたテオが、顔をくちゃくちゃにして大声で泣いていた。それを慌てて泣き止まそうとしているのは、オリビアとステイシアだ。
「テオはこんな時間でも元気ね」
「ステラ! ごめんなさい、こんな時間なのに」
「いいのよ。サミーがよく言ってたわ。赤ん坊は泣くのが仕事ですって。どうしたの? テオ。何か怖いの?」
ステラがステイシアの背中のテオを笑顔で覗き込むと、テオはそんなステラを見て途端に泣くのを止め、笑い声を上げた。手にはしっかりとグレイが握られている。
「……笑ったわ……どうして?」
オリビアが驚いたように言うと、ステラはまるで何てことないように言った。
「きっと、オリビアの不安がテオに伝染してしまったのよ。何も怖がる事ないわ。私達は、彼らを信じて待ちましょう」
オリビアと二人なら、きっとステラもまた泣いてしまった。不安で仕方ないと言って。
けれど、ここには今日は使用人も居る。王妃である自分が不安そうな顔をしていたら、使用人達までもが不安になってしまう。
ステラの言葉にオリビアは何かに気付いたかのように表情を引き締めて頷いた。
「そうね。何せ私達の自慢の旦那様と子供達が参戦しているんだもの。テオ、あなたのお父さまのお仕事とお姉さまの勇気をしっかり見ておくんですよ?」
オリビアが言うと、テオは声を上げて笑う。その顔はあまりにも笑った時のヘンリーとキャロラインにそっくりで、オリビアは少しだけ切なげな顔をして広間に移動した。
やがて開戦の鐘が王都に鳴り響いた。しばらくすると城の広間にはロンド達もそれぞれの家の使用人達もやってきていて、あっという間に広間は一杯になった。
どれぐらい映像を見守っていたのか、アリスが暴れて敵兵が戦意喪失したと思ったら、どこからともなく第二陣がやってきて、戦場はさらに激しくなった。
それまで強気で見ていたステラが思わず拳を震わせると、隣からオリビアがそっと手を重ねてきて無言で頷いて来る。そんなオリビアを見てステラも頷くと、また映像を食い入るように見守っていた。
敵兵が大きな石をいくつもいくつもこちらの陣営に打ち込んでくる様は恐怖だった。
ところが何故か子供達は誰一人そんな事はまるで何てことないかのような反応をしていて、ステラとオリビアは思わず顔を見合わせてしまう。
「あの子達……随分強くなっていたのね……知らない間に」
オリビアがポツリと言うと、ステラも真顔でコクリと頷いた。
いま、映像の中でルイスが敵兵を相手に戦っている。小さい頃は怖いし痛いから嫌だと言って決して手を付けようとしなかった剣技。少し見ない間にいつの間に彼はあそこまで出来るようになったのだろうか。
「キャロラインだって、凄いじゃない……あんな……凄いわね」
ステラはそう言ってゴクリと息を飲む。キャロラインは大きな氷柱で敵の大型の武器をあっという間に壊してしまったではないか。それを見た途端、騎士達の士気が上がる。あちこちから聖女様! という声が聞こえて来て、とうとうオリビアが鼻をすすりだした。
「私も知らなかった……いつの間にこんな……きっとヘンリーも驚いてるわ……あの子の魔力はおじい様譲りなの。でも、おじい様でもあんな大きな氷柱は出せなかったわ」
「守りたいのよ、きっと……その思いが魔力に現れているんだわ」
釣られたように思わず涙ぐむステラに後ろからそっと二枚のハンカチが差し出された。振り返ると、そこには鮮やかなオレンジ色の瞳をしたルーシーが泣きながら笑っている。
「ルーシー……ありがとう」
「ありがとう、ルーシーさん」
「いえ、お二人のお気持ち、痛いほど分かるので……」
「そう言えばレスターはどうしたの? あの子は招集されていないでしょう?」
ステラが言うと、ルーシーはとうとう顔をグシャグシャにして泣き出してしまった。それを隣から慰めるのはロンドだ。
「招集は……ありませんでした。けれど彼はヴァイスに乗って、自分も仲間だからと言って屋敷を飛び出して行ってしまって……」
ロンドはそう言ってルーシーの肩を抱いた。
レスターは開戦の鐘を聞いた途端、いつから考えていたのか戦争の準備をしてルウとカライス、そしてロトを連れて挨拶もそこそこに城を飛び出して行ってしまった。
『父さん母さん、ルイス様からこんなものを預かりました。使ってください』
そう言ってレスターが出掛けに両親に渡したのは妖精手帳だ。使い方も細かく書いてあったので、ルカから城でステラと一緒に宝珠を見てやって欲しいと連絡がきた時もすぐに皆でここにやってくる事が出来た。
「何てこと……」
「あの子はただでさえずっと閉じ込められていて……私、それを救い出してやる事も出来なくて……それをあれほど後悔していたのに、今度は戦争に行くのを止められないなんて……母親失格だわ」
そう言って涙を拭うルーシーにオリビアが言った。
「それは違うわ、ルーシーさん。レスター王子は、あなた達が彼を守って自分達が犠牲になっていてくれた事に気付いてるわ。だからこそ行ったの。キャロが言ってたわ。レスター王子は本当に頼りになるんだ、って。彼が居なければ飢饉はもっと酷くなっていたし、妖精達は手を貸してくれなかっただろう、って。もっと信じてあげてちょうだい。あなた達の子供なのよ。大丈夫。彼はちゃんと成し遂げるわ」
「オリビア様……はい……はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます……オリビア様」
ルーシーとロンドはオリビアに頭を下げて映像に視線を移す。戦況はかなり悪い。先程キャロラインがどうにか一つあの大きな武器を壊し、リアンが他のをなぎ倒したが、あっという間に体制を立ちなおされてしまった。
「そんな……」
ステラが手で口を覆ったと同時に、シャルルの呻くような声が聞こえてきた。
『ここまで……でしょうか……』
やけに大きく聞こえたシャルルの声に、全員が息を飲み視線を下げた。やはり、長年戦争が無かったこの島では対処しきれないのか。近いうち、沢山の兵士がこの島を蹂躙しにやってくるのか。
誰もがそんな事を考え、オリビアはそっとステイシアの腕からテオを受け取り、すっかり眠ってしまったテオを抱きしめた。
「この子に……未来はないのかしら……ごめんね、テオ……あなたに、母様は何もしてあげられないかもしれない……」
ポツリと呟いた声と共に涙が一粒、眠っているテオの頬に落ちた。そんなオリビアの背中をステラが撫でる。
その時だ。映像の中が一瞬、白く光ったような気がした。そして次に映し出されたのは、シャルルだ。
いや、シャルルではない。彼はアランの隣に居るはずだ。では、あれは誰だ。
そこまで考えてステラはハッと息を飲んで、ルカの言っていた言葉を思い出した。
『おいステラ、ルイス達が何やら最強の仲間をどこかから召喚する為にシャルル大公に喧嘩を吹っ掛けるらしい。その為にしばし王都を明け渡してほしいそうだ』
ルカはそう言って笑っていたが、そう言えばそれからどうなったかをルイス達にすっかり聞きそびれていたステラだ。もしかしてその仲間と言うのが、あのシャルルにそっくりな、青年の事なのだろうか。
「……オリビア……大丈夫……未来は……繋がったわ……」
俯いて涙を流すオリビアに、ステラは目の前の映像を見ながら言った。
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