番外編 それぞれの領地にて バセット領・クラーク家 

 妖精界の一部で戦争が開戦された頃、国民達は固唾を飲んで宝珠を見ていた。アランが宝珠にリアルタイムで自分の見ている光景を映し出す事に成功したのだ。


 この宝珠の案をアランが思いついたのはチビアリスの一言がきっかけだった。


『私も何か出来る事ない? ここで待ってるだけ?』


 もうすぐ戦争が起きる事、自分もそこに参加する事を伝えると、チビアリスは涙を浮かべてアランにそう言った。そんな事を言われてアランは考えこんだ。


 きっとこんな風に考えているのはチビアリスだけじゃない。この島に住む全員がそう思っているのではないだろうか? 自分達は国民を巻き込みたくないと言ってわざわざ開戦地を妖精界に指定したが、ただ待っているだけというのは、どれほど辛いだろう。それをアベルに伝えると、アベルもそれには賛同するように頷いた。


 今回の戦争に、アベルには招集が来なかったからだ。主要人物が全員戦争に行き、敗戦した時の事を考えてルカはアベルをこちらに残した。


 こうしてチビアリスの一言からリアルタイムで宝珠を映すという方法を思いついた次第なのである。


 宝珠は事前に仲間たちの家族と、全ての国の領主に配られた。領主達は戦争が起こり次第、その宝珠を広場で放映したのだ。


 開戦してすぐ、ルーデリア、グラン、フォルスではほぼ全ての領地で深夜にも関わらず鐘の音が鳴った。開戦の合図だ。


 これを聞いた国民達や、避難していた妖精達が次々に着の身着のまま広場に集まり、戦争の行方を見守っていたのだ。

 


ケース1 バセット領。


 深夜、突然アリスとノアとキリが三人揃ってやってきて、一人一人とハグをして戦地に赴いて行った。


 ハンナは泣きながら三人を抱きしめ、キスをしてお守りを持たせ、ノアにいつもの様にオートミールクッキーを持たせた。


「三人とも、必ず無事に帰るんだよ。これは皆からのお願いだよ。破ったらどうなるか分かっているね?」


 涙目でそんな事を言うアーサーに、アリスが飛びついてノアとキリは真顔で頷く。


 バセット家の『お願い』は絶対である。破ったらアリスのように一晩豚小屋に閉じ込められてしまう。


 こうして三人を見送ったアーサーはジョージに鐘を鳴らすよう指示して、急いで広場に向かった。


 広場には鐘を聞きつけた領民達や、動物、妖精達が既にあちこちから集まって来ていた。


 深夜だというのに、居ても立っても居られなかったのか、赤ん坊を抱いて出て来た人もいる。そんな人にはハンナがベビーカーを貸し出してやり、お年寄りにはアリスの折りたたみ椅子を貸し出す。それ以外の人達は地面に直接座り、広場には老若男女問わず、人と妖精と動物で溢れかえっていた。


「始まったぞ!」


 一人が声を上げると、全員が宝珠に注目した。


 ゾロゾロと集まりだす敵兵を見て、領民達はその数が異常に多い事にまず一番に驚いた。


「何で誰も戦わないんだ! 全員集まったら負けちまう!」


 一人が叫ぶと、近くに居た少女が立ち上がって叫んだ。


「お外に居る妖精さん達助けるためだよ! アリスは全員助けるって言ってたもん!」

「そうじゃ、これは作戦なんじゃろう。外に捕らえられた妖精達を無事に助け出すまで、手は出さんだろう」

「あ! お嬢が映った! あーあー、怒ってんなぁ!」

「あれは止めるの大変だぞ」


 キレたアリスが大変厄介なのはバセット領の皆は痛いほどよく知っている。鼻息を荒くして土を後ろに蹴っているアリスは、最早キレる寸前だ。


「あれじゃあまるで闘牛だねぇ」


 呆れたようにハンナが言うと、隣でアーサーも苦笑いしている。


 やがて敵兵が羽を盗られた妖精達を連れて現れだすと、あちこちから悲鳴や怒声が上がった。特に妖精達は仲間達のあまりにも酷い姿にボロボロと涙を零し、叫んでいた。


 全員がようやくこちらにやってきたのか、敵兵のフェアリーサークルが消えた。それと同時に戦場に居た妖精達が一瞬で姿を消す。


 それを見て人間達は妖精が消えたと思ったのだが、妖精達は羽を震わせ、妖精王! と叫んでいる。


「皆さん、大丈夫。妖精王が全ての仲間たちを救いだしたようです。彼らは皆、クラーク家に送られたようなので安心なさい」


 森の奥から、それはそれは美しい虹色の羽を持つティターニアと、その娘、息子達が姿を現した。


「これはこれは……お初にお目にかかります。妖精女王と殿下、姫たち」


 アーサーが最上級の礼をすると、ティターニアは柔らかく笑ってアーサーの頭を上げさせた。


「森の一部を借りていたのに挨拶が遅れて申し訳ありません。この森は不思議ですわね。色んな種族の生物が皆、共存している。とても楽しませていただいています」


 ティターニアはそう言って森を見ると、そこには柵の外から森の動物たちもじっと映像を見守っていた。


「どうぞ。よろしければ一緒に見ましょう」

「ええ、ありがとう。ご一緒させていただきますわ。あなた達」

「はい、母上」


 こうして、ティターニア達も見守る中、戦争は激しさを増していったのだった。



ケース2 クラーク家

 

 鐘を鳴らし、巨大で真っ白な壁を広場に設置したアベルは、そこに宝珠を映してすぐさま屋敷に戻った。


 屋敷では既に屋敷中の皆が集まり、アランがくれた宝珠を応接室で見ている。チビアリスはアランの母、アイリーンの隣に座って腕を掴んで震えている。そんなチビアリスをアイリーンは抱きしめ、涙を浮かべた。


「大丈夫。大丈夫よ、アリス。アランは強いもの。絶対に負けないわ」

「うん……うん」


 そんな二人を見てドロシーも涙を浮かべる。ドロシーは所在なさげに桃が居ないポシェットを握りしめていて、そんなドロシーを元気づけるようにどこからともなくやって来ていた妖精達がドロシーの周りに集まっていた。


 そんなドロシーの手をさっきからずっと握っているのは、オリバーの母親だ。


 戦況は良くない。数が圧倒的に違いすぎる。アランの魔法にいつものキレがない。それに気付いたのはアベルだ。


「アラン……あいつ、無理をしてるな」

「ええ……あれほど無茶はするなと言ったのに……」


 アランは二人の本当の息子ではない。いつまでも子供が出来ない二人の間に、まるで神の思し召しかのようにやってきたアランは、最初は怯えて口も利いてくれなかった。


 孤児院でどんな待遇を受けていたのか、彼は魔法を制御する枷を手に嵌められ、詠唱出来ないように口枷まで付けられていた。そんなアランを初めて見た時、アイリーンは連れて来た孤児院の御者を思わず怒鳴りつけてしまったほどだ。


 アランはなかなか心を開かず、いつも顔を隠そうとしていた。それを見兼ねてメイドがアランにフード付きのローブを作って渡すと、アランはそれを着る事でようやく口を利いてくれるようになったのだ。 


 アイリーンは涙を拭いながら、出撃する前にアランが言った言葉を思い出して鼻をすすった。


『父さん母さん。僕はここに来れて本当に幸せです。魔力だけが強くていつまで経っても上手く話せなかった僕を愛してくれて、気遣ってくれて本当にありがとうございます。今度は、僕が恩返しをする番です。行ってきます』

『そんな事……っ』

『血は繋がらずとも、お前は俺達の息子だよ。必ず、必ず無事に戻りなさい。無茶だけはしないと、約束してほしい』

『はい。僕は、ここで全てを終える事が出来て本当に良かった。愛してます、父さん、母さん』


 アランはそう言って、初めて自分から前髪をかき上げてピンで留め、にっこりと微笑んだ。


 初めてまともに見るアランの素顔にアベルもアイリーンも息を飲み、それ以上に込み上げる愛しさにとうとう泣いてしまったのは言うまでもない。


 映像の中にアランの姿は無い。そりゃそうだ。これはアランの視点から映し出されているのだから。


 けれど、両親には分かる。アランが繰り出す魔法を見れば、今、どれほどアランが全力を出しているかが。雷を操り、同時に火の矢を撃つ。その間も休む間もなくキャロラインの為に雨を降らせるアラン。


 あんな事をしたら、体にどれほどの負担がかかるか、アランは分かっているのだろうか。


 アイリーンはそっとチビアリスを抱きしめて、祈るように手を組んだ。そんなアイリーンを見て、チビアリスもまた手を組んで祈っている。


 妖精王が捕らえられていた妖精達を全て保護し、今アレックスの元にいるから応援に来て欲しい、とクラーク家に連絡があったのはそれからすぐの事だった。


「アイリーン、僕は行ってくるよ」

「私も行くわ! アリス、宝珠をドロシーさん達と見ていてくれる?」

「私も行く。妖精さん達、怪我してるんでしょう?」


 チビアリスが言うと、アイリーンもアベルも一瞬頬を引きつらせて、次の瞬間には笑顔で言った。


「大丈夫よ。あなたにはしっかり宝珠を見ていて欲しいの。そして私達が戻ったら、アランがどれだけ活躍したか教えてくれる?」

「……分かった。待ってる……でも、何かあったらすぐに呼んでね! 手伝いに行くから!」


 意気込んでそんな事を言うチビアリスに、アベルもアイリーンも笑顔で頷いて、まだ小さな頭を撫でて屋敷を出た。


 道中、アイリーンは出掛けにチビアリスに渡された紙で折ったチューリップを見て小さく笑った。


「見て、あなた。アランがくれたのと同じ物をくれたわ」

「ああ、本当だね。アランが教えたのかな?」

「かもしれないわね。あの子も小さい頃のアランと同じように毎日怯えて……いつかちゃんと笑ってくれるかしら」


 アランとは違った意味でいつも必死なチビアリス。そんな必死さが、彼女が置かれていた状況を物語っているようだった。


「大丈夫。アリスは頑張り屋さんだ。それが空回りしていつもドジを踏むが、その頑張りは皆がもう知ってる。何よりもアランがあの子には敬語じゃないんだ」

「そうね。アランはあの子に何か通じるものを感じるのかしら。それに……あの子はまだ気付いてないけど、魔力も凄いわ……」


 チビアリスはアランにも負けずとも劣らない美しい赤い瞳を持っていた。


 けれど、それに気づいたのは最近だ。


 最初クラーク家にやってきた時はチビアリスの瞳は黒かったのに、アランが何かに気付いてチビアリスにかかっていた魔法を解いた途端、チビアリスの瞳は鮮やかな赤に変わった。


 きっと、あの魔法はチビアリスの事を誰かが想って彼女に封印の魔法をかけたのだろうとアランは嬉しそうに言っていた。掛けられた魔法の質が、思いやりに溢れていた、と。


 アイリーンの言葉にアベルは神妙な顔をして頷いた。


「アイリーン、もしもあの二人がこの先結婚する、なんて事になったらどうする?」

「ええ? 気が早いわよ」

「いやいや、無くはないよ。だって、あのアランが敬語を使わない唯一の相手だし、あんなにも気をかける相手もアリスだけなんだよ? 僕は思うんだ。これが運命というのかなって」

「あなた、本当に運命論が好きね」

「好きだよ。いいじゃないか。まるで何かに引き合わされたような繋がりを感じるのは、これで三度目だ」


 そう言ってアベルはアイリーンの手を取って笑った。一度目はアイリーン。二度目はアラン。そして三度目はチビアリス。


「だからアランには無事に戻ってきてもらわないと。まぁ、何も心配はしていないが」

「そうね。私達の息子は、誰よりも優秀だもの。決して約束を違えない、とてもとても優しい子だから」


 そう言ってアイリーンはアベルの手に自分の手を重ね、微笑んだ。

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