番外編 女王とメイドの消息

 その頃、レヴィウスではアメリアとエミリーが呆然として目の前の出来事を見つめていた。


 落とされたはずのレヴィウス城が、再建されようとしていたのだ。追い出したはずの王達とエリスによって!


「何故……あの人は追放したはずよ!」

「そんな事より、これどうするんですか! 私達、一体何でこんな事に……」


 エミリーは自分のシワシワの両手で顔を覆って泣き出した。


 ここに戻って来た時、二人は喜び勇んで真っ先に仲間たちの居る隠れ家に向かおうとした。


 この時はまだ二人は気付いていなかったのだ。自分達が今、どんな姿をしていたかを。二人は歩き出そうとしてふと違和感に気づき、互いの姿を見て悲鳴を上げた。


『な、何なのエミリー! そのおぞましい姿!』

『あんただって! え⁉ ど、どういう事⁉』


 フェアリーサークルを通っても年齢のブレは十歳前後。何度も何度も実験してきた。それなのに何故こんな事になっているのか――。


 そこでふと思い出す。ノアが言った『元気でね?』と『頑張って』という言葉を。 


 彼は、フェアリーサークルを通るとアメリア達がこうなるという事が分かっていたのだ。だから、わざわざ自分達に聞いてきたのだ。


 これからどうしたい? と。あれは、契約と同じように自分達から戻りたいと言い出させるためだったのだろう。


 アメリアはそれに気付いてカサつく唇を嚙みしめた。


『は! 妖精! また妖精捕まえたら!』


 エミリーが言うと、アメリアがフンと鼻で笑った。


『死にたいのならやればいいんじゃない? 私達はもう二度と、妖精とは関われない! あちらにも行けないのよ!』

『そ、そんな……じゃあどうすれば……』

『とりあえず仲間を探すしかないわ。行くわよ』


 アメリアはそう言って手近にあった棒を支えにしてヨタヨタと歩き出した。普段からあまり運動らしい運動などしてこなかったアメリアには、歩く事すら重労働だ。


 隠れ家に辿り着くと、そこには誰も居なかった。それどころか室内は誰かに荒らされていて、あちこちに血が飛び散っている。ここで何か激しい戦いがあったようだ。恐らく、エリスの手の者だろう。


 アメリアは無言で小屋を出て城下町を目指した。何か少しでも情報を入手しなければ。そしてどこかに潜んでいるであろう仲間を探さなければ!


 そんなアメリアと違って、エミリーはすっかり意気消沈していた。もうどうでもいい。ノアも手に入らなかったし、ありえないほど年を取っているし、何もする気力が沸いて来ない。このままいけば、この先もずっとアメリアと一緒に居る羽目になるのだろう。一体、どこでどう間違えたのか、いくら考えても分からなかった。


 城下町ではあちこちでもうじき戦争が終わるという喜びに満ちていた。民が喜んでいると言う事は、間違いなく教会が負けているのだろう。


 そんな中、アメリアはこんな声を聞いた。


『王も王子も戻って来て王政が復活した! これでレヴィウスはまた持ち直すぞ!』


 と。


 アメリアは青ざめて城を目指した。そして、冒頭に戻る。


 高い柵の中では、あの頃とは比べ物にならないほど精悍な顔をしたラルフが壊された城の瓦礫の上に居た。その隣にはオルトとセイ。セイはノアの肖像画を持ち、それをエリスと仲間の妖精達を筆頭に、多くの民たちが手を叩いて涙を浮かべて称えている。


「どう……なってるの……」

「仲直りしたんじゃないですか? 王子様たち」


 ここでふとエミリーは思いついた。王子達はエミリーが幼い頃から面倒見て来たのだ。きっと気付いてくれるに違いない、と。


 あわよくば取り入って彼らの乳母として短い余生を送りたい。


「ラルフさまー! オルトさまー! セイさまー!」

「ちょ、ちょっと! エミリー⁉」

「私です! エミリーです! 小さい頃にあなた達のお世話していた、エミリーです!」


 アメリアが止めるのも聞かず、エミリーは叫び続けた。そんなエミリーの声が聞こえたのか、ふとオルトが顔を上げた。そして、隣に居たセイとラルフに何か耳打ちしてエミリーの隣に居るアメリアを見る。


 それに気づいたアメリアはパッと顔を輝かせた。一時とは言えラルフとは夫婦だったのだ。エミリーではないが、ラルフがアメリアに気付いた可能性は十分にある。


「ラルフ! 私よ、アメリアよ!」


 思わずアメリアも叫んでいた。ところが、ラルフはこちらを一瞥して後ろに居た騎士に何かを言ってそのまま下がってしまった。


 しばらくするとアメリア達の元に数人の騎士がやってきた。


「お前、そのドレスはどこで手に入れた? アメリアが着ていたものだな?」


 騎士の言葉にアメリアは激怒した。王妃を呼び捨てにするなど、もってのほかだ!


「アメリア王妃でしょう⁉ お前達、私を誰だと思っているの⁉ ラルフが王に戻ったのなら、私だって王妃に戻るはずよ!」


 アメリアが叫ぶと、騎士達は馬鹿にしたように鼻で笑った。


「おいおい、このばあさん、世間に疎すぎるだろ!」

「仕方ねぇよ、こんな歳だ。あのな、ばあさん、確かに王政は復活したが、例えアメリアが戻って来てもあいつはもう王妃でも何でもない。ただの罪人だ。素性も全部偽りだったってバレて、あいつの母親のシスターも流刑になったんだよ」

「な、なんですって⁉」

「そもそも、ラルフ王とはとっくに離縁してるし、ラルフ王はついこの間、男爵家の娘のアーシャ様と再婚したとこだ」

「……アーシャ……ですって……?」

「嘘……アーシャと……?」


 それを聞いてアメリアとエミリーは愕然とした。嘘だ。ラルフが好きだったのはアメリアの筈だ。何せあれほど洗脳を繰り返したのだから!


 おまけに相手はアーシャ⁉ アーシャは当時ラルフ達の世話をしていた、ただのメイドだったはずだ!


 エミリーもアーシャを知っていた。エミリーがノアのメイドに志願して移動になった時に、後釜としてやってきたのがアーシャだ。大人しくて地味で、何の取り柄も無い、まだ幼い少女だった。


「そうだぜ。エミリーってメイドが色々やらかしたおかげでアメリアが犯人だって分かったんだが、追放されたラルフ様をずっと支えたのがアーシャ様だったんだ。俺達もそれを知ってるし、この再婚には賛成だ。オルト様もセイ様もエミリーの世話から逃れて勇者たちと行動を共にするうちにお互いに誤解していた事が分かって、めでたく全員仲直りしたって訳だ。今更アメリアとエミリーが戻って来たところで、確実に処刑だろ。何せあれだけの事を教会と手を組んでしでかしたんだからな。やっぱ前王弟が戻ってきて証言したのが一番利いたよな! あれは胸アツだったぜ!」

「分かる! 俺も震えた! 前王弟を探して来たのもエリス達だもんな。あいつ、マジで勇者だわ。それにノア様も生きてるっていうし! もうちょっとでハッピーエンドだろ、これは! だからな、ばあさん。アメリアの名前は騙んない方がいいぞ? そこら中で迫害されちまうからな。まぁ、殺されたきゃ構わんが。じゃな」


 騎士達はそれだけ言って、また城の柵の中へ戻って行った。そこに先程立ち去ったラルフが、簡素な仕立ての良いドレスを着たアーシャを伴って戻って来た。その途端、あちこちから歓声が聞こえてきて、アーシャは恥ずかしそうに微笑む。そんなアーシャをラルフは愛おしそうに見つめている。


「……許さない……あそこは私の場所よ!」

「そうよ! 私だって、ノア様とあそこに居るはずだったのよ!」


 二人の叫び声が聞こえたのかどうかは分からないがふとアーシャがこちらに視線を向けた。そして何を思ったのかこちらにやってきて言ったのだ。


「こんにちは、おばあさんたち。この花をどうぞ。これからやって来る幸せのおすそ分けです。早く元の幸せなレヴィウスに戻りますように」

「ふざけないでちょうだい! いらないわ! こんなもの!」

「きゃっ!」


 差し出された花をアメリアは叩き落した。その拍子にアメリアの爪がアーシャの手の甲の皮を裂く。それを見た途端、ラルフが声を上げた。


「お前達! 王妃に傷をつけるなど、言語道断だぞ!」

「ラ、ラルフ様! これぐらい何てことありません! ただのかすり傷ですよ!」

「いいや。ケジメは大事だぞ、アーシャ。お前達、その二人を捕らえろ!」


 ラルフに続いてオルトが言うと、セイも無言で頷く。そんな中、エリスが王達を諫め、近寄ってきて小声で言った。


「あんた達、本物のアメリア元王妃にメイドのエミリーだろ?」

「!」

「⁉」


 エリスの言葉に二人は一瞬顔を輝かせた。思わず事情を説明しようとすると、それは意地悪な笑みを浮かべたエリスに遮られてしまう。


「ノアから話は聞いたぜ。災難だったなぁ! あいつ、アリス以外には容赦ねぇもんな。あっちこっちに根回しして、もうじきアリス達がこっちにやってくる。もちろん、こっちの戦争を終わらせるためだ。その前にどっか遠くに逃げた方がいいんじゃねぇか? 今度こそ本気で殺されるぞ。仲間の目が無きゃ、ノアは何でもする。お前達はあいつを甘く見過ぎなんだよ。四人の王子の中で、何でまた一番厄介なのを敵に回しちまったんだろうな? なけなしだが、これ持ってけ。俺はノアほど鬼じゃない。どっかでいい加減身の丈にあった暮らしをするんだな」


 そう言っておかしそうに肩を揺らして去って行ったエリスを見て、アメリアとエミリーは互いの顔を見て青ざめた。


 何故エリスがこんなにもノアの事を知っているのかは分からないが、どうやっても、もう自分達は戻れないのだろう。


 それを悟った二人は、エリスに貰った三枚の金貨を握りしめて棒を頼りにして城下町を無言で出た。


 どこにもあてなど無い。頼れる友人も居ない。もしかしたら、このままどこかで自分達は野垂れ死ぬのかもしれない。それでも、歩くしかなかった。


 こうして、女王とメイドは世界から姿を消した。


 死んだのか、どこかで今もひっそり暮らしているのか、それは誰にも分からない。

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