第四百九十九話 親心と子供達

「そうか! アレックス達は本当に優秀な研究者たちだな!」

「自分達が犠牲者だったので、きっと気持ちがよく分かるのでしょう。オピリアに侵されている間は身体的にもですが、脳への負担が一番大きかったようです。それはまるで、特殊な洗脳や服従系の魔法をかけられていたようだった、と。それ系の魔法を無効化する妖精達の粉であれば、どうにかなるかもしれないと思ったようですよ。その薬を使えば劇的に中毒患者たちはすぐに目を覚ましました。腕輪は程度によって回復するまでに時間がかかりましたが、その薬は本当に一瞬です。落ちた体力や食欲などはすぐには戻りませんが、自らオピリアを求める事はなくなるんです」


 鼻息を荒くして暴走しそうなアベルをヘンリーが止めて言った。


「素晴らしいな。では、開戦と同時にそれを撒こう。そして、本当に望んでここにやって来たのかを問おうじゃないか。そうでない者はすぐに向こうに帰してやろう」


 おかしなオピリアという薬によって操られた者達まで巻き込みたくはない。もちろん、好んで女王について来た者達は別だが。


「よし、ではその報告は私からルイスにしておこう。後な、今更だがやはり子供達を戦場にはあまりやりたくないのだが……」


 ポツリと言うルカに、ステラも深く頷く。


 戦争を引き起こしたのは早くこの事態に気づかなかった自分達のせいだ。ただでさえ彼らはシャルルとの戦いで一度世界を救っている。


 一体どんな派手な喧嘩をしたのかは分からないが、戻ってきたら王都は酷い事になっていた。幸いにも皆避難していた為死者は出ていなかったが、ノアが瀕死の重体だったと後から聞いた。


 それを聞いてルカはシャルルを責めようとしたが、子供達は全員がそれについては誰もシャルルを責めてくれるなと言ってきた。


 つまり、派手ではあるが本当に喧嘩だったようなのだ。


 しかし、そのせいで世界は一度終わりかけた。それを防いだのは彼らだ。そんな彼らにまた命をかけて戦えと言うのは、あまりにも酷ではないだろうか。


 ルカとステラはそう思っていたのだが、意外にもそれに反対したのはヘンリーとアベルだった。


「ルカ、ステラ、君達の気持ちは分かる。俺だって娘がその場に居るんだ。だが、それは彼らの意志に任せたいと俺は思う」

「しかし! どう考えても不利なんだぞ⁉」

「ああ、そうだな。だが、この国は彼らのものでもある。それに、彼らももう子供ではない」

「そうですよ、ルカ。私だってアランにそんな事はさせたくない。でも、彼はもういつまでも我々が守ってやらなければならない存在でもない。彼らの意見を尊重すべきです」


 落ち着いたアベルの声にルカはストンと座って頭を掻きむしった。怪我などさせたくない。


 けれど負ければ怪我などでは済まない。それに、ルイスは絶対に自分も戦うと言って聞かないのも分かっている。分かってはいるが、親心がそれを邪魔する。


「何よりも、彼らのおかげでここまで来れたんですよ。最後だけ除け者にする訳にはいかないでしょう?」


 痛いほどルカの気持ちが分かるアベルが最後に優しく言うと、ようやくルカは納得したように頷いた。


「……そうだな。そもそもこうなるまでに対策を取れなかった俺が悪いんだな。分かった。ここは引く。もう一度彼らに意志を聞こう」


 ルカが言うと、その場に居た全員が頷いた。


 

 それから二週間。ドワーフの堅い武器が王都に届いた。イフェスティオのレイとフルッタのジャスパー達の計らいによって柄の所に一人一人の名前が入れられていた。

全てに、だ。どれほどの想いが込められているのかと、流石のルカ達も驚いた。


 時を同じくしてフォルスの騎士達の元にも新しい剣が届いたが、そちらにもきっちり全てに名前が入っていたという。


「兄さま! 見て見て! これね、凄いの! ドラゴンの武器真っ二つだったよ!」


 アリスは今朝学園に届いた剣を抜いてノアに見せると、ノアは剣を貰って喜ぶアリスを見て苦笑いを浮かべた。


「良かったね、アリス」

「そう言えばお嬢様、先ほどライラ様が探してましたよ」

「え? ライラが? 分かった! ちょっと行ってくる!」


 そう言ってアリスはライラを探して学園中を走り回っていると、保健室の前でアランに頭を下げるライラを見つけた。


 けれど二人して何やら真剣に話し込んでいるので、アリスはそっと隠れて二人の会話を聞いていた。


「それじゃあアラン様、学園に呼びつけてしまって申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします」

「構いませんよ。アリスさんを守りたいというあなたの気持ちは痛いほどよく分かります。それに、もうトーマスさんに増幅をかけてもらっているので、あなたの魔法でも十分な威力を発揮するはずです」


 それを聞いた途端、ライラの顔がパッと輝いた。


「そうですか! 良かった……私は最後の戦いに参加できませんが、こういう形でアリスの役に立てるのなら、本当に良かった!」

「大丈夫です。それにしても、よく思いつきましたね」

「はい。シャルル様に新しい堅い武器の話を聞いて、ずっと考えてたんです。そんな武器を渡されたら、多分アリスは自分の力を過信して一人突っ走ってしまう。きっと彼女は止まらない。だったら、私に出来る事はそんなアリスの負担を軽くする事だなって思って」


 そう言って恥ずかしそうに俯いたライラに、アランが優し気に微笑んだ。


「アリスさんは、とても素晴らしい親友がいますね。これ、他の人達の物にも使って構いませんか?」

「もちろんです! 是非使ってください! 私は直接戦えませんが、私だって……仲間です!」


 そこまで聞いて、アリスはもう堪らなくなって廊下の影から飛び出してライラに飛びついた。


「もちのろんだよ! あったりまえだよ! ライラはもうずっと、ずーっと仲間だよ!」

「アリス⁉ 驚いた。いつから居たの?」

「割と最初から居た! ライラ、私ね、ライラが居てくれるってだけで色んな事頑張れるんだよ。だから、自分は戦えないだなんて思わないでね。そこに居てくれるだけで強くなれる事ってあるんだからね!」


 ライラの肩を掴んでそんな事を真顔で言うアリスに、ライラは笑顔で頷いた。


「ありがとう、アリス」

「うん! 私も、いっつも支えてくれてありがとう!」


 そう言ってライラに抱き着くと、ライラは嬉しそうに抱きしめ返してくれた。お互い初めて出来た親友だ。一生ものの大事な大事な親友なのだ!


 そしてこの後、ライラ発案の魔改造された剣は、アリスですらドン引きする程の威力を発揮する。


 その威力を見た仲間たちは皆思った。これを使えば、あるいはアリスは本当に千人斬りを成し遂げてしまうのではなかろうか……と。



 ルイスはその頃、カインと並んで王城の廊下を足早に歩いていた。ノアから新しく入った外からの情報をルカに伝える為に。


 マントを翻して歩く様は、もうとてもではないがおが屑ではない。その証拠にすれ違う使用人達がルイスとすれ違うたびに、小さな感嘆の息を漏らして頭を下げる。


「すっかり王子様が板についてきたんじゃないの?」

「そうか? というか、いつまでも王子様ではいられないからな。俺も、お前も」

「だね。親父さ、これが終わったら引退考えてんだってさ」


 唐突なカインの言葉に、ルイスはギョッとしてカインを二度見した。


「俺が成人したら、宰相引退するってさ」

「……マジか……」

「そ。つまり、ルイスもそう思ってた方がいいよ。まぁ多少は前後するかもしれないけど、俺達が王と宰相になるのはそう遠くない」


 冗談っぽく言うカインにルイスはゴクリと息を飲んで頷いた。

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