第四百九十五話 戸惑うリアン

「ああ。皆さんによろしく伝えておいてくれ。見えないけど」

「そうね、よろしく言っておいて。見えないけど!」


 そう言ってまた笑う二人にリアンもどうにか笑ってライラの手を引いて席を立った。


 足早にバセット家のテーブルに向かうと、そこにはエリザベスもジョーもアーロも居る。


「ちょっとノア、いいかな?」

「ん? どうしたの?」

「ちょっとちょっと!」


 リアンは皆にペコリと頭を下げてその場にライラを残してノアを連れ出し、広場の端っこまでやってくると何とも言えない顔をした。


 その顔を見てノアが何かを察したのか、リアンの頭をポンポンと撫でる。


「いつも通りでいいんだよ、リー君」

「……うん」

「僕を恨んでる?」

「……ううん。ありがとうって思ってる」

「そっか。戸惑うよね。でも多分、これも一つの現実だったんだよ。今回はたまたまリー君のお母さんは亡くなってた。でも、他のループ回ではお母さんは生きてたかもしれない」

「……そだね」

「だから、元に戻ったんだ。リー君のお母さんは本当なら亡くなってなかった。AMINASはその未来を最善だと選んだ。突然母親が生きててリー君は驚いただろうし戸惑うだろうけど、それは今だけだよ、きっと」

「あんたは……戸惑わなかったの? 本当の家族……居ないじゃん、誰も」


 俯いたままそんな事を言うリアンに、ノアは困ったように笑った。


「僕は家族を二度失くしてる。一度目は支倉乃亜の時。二度目はレヴィウス。全く戸惑わなかったかと言われれば、答えはノーだよ。僕の事を知ってる人が誰一人居なかったし、幽閉されて誰からも愛されなかったんだから。でも、今はもうそうは思わないかな」

「なんで?」

「それが、僕にとって最善だったから。物事には長い目で見ないと正解かどうかが分からない時が多々あって、僕達に起こった事は正にそうだと思うんだ。何年も経って、やっぱり母さんが生きてて良かったって思えるようになるのかどうかは、リー君次第なんじゃないかな」

「……僕次第……」

「うん。そんな急に母親だって思えなくても、自分と似てるとこを少しずつ探して行くといいよ。そうしたら気づいたら自然とお母さんだって思えるんじゃないかな」

「……そっか。そだね。すぐじゃなくても、別にいいよね?」

「構わないよ! 多少冷たくしてもお母さんからすれば、反抗期かしら? ぐらいにしか思わないよ、きっと」


 おかしそうに笑ったノアを見て、リアンも笑った。


「また反抗期かー」

「二回目だね」

「うっさい!」

「ははは! リー君は、お母さんの事をちゃんとお母さんだって思いたいんだよ、きっと。ただ、そこに心が追いついてないだけでさ」

「うん、そう思う事にしとく。母さんとしたかった事とか行きたかったとこに、これから行ってみようかな」

「そうしな。一杯色んなとこ行って美味しいもの食べて笑い合えたらそれはもう、家族だよ」

「ん。ありがと」

「いいよ。元は僕のせいだからね」


 そう言って苦笑いしたノアに、リアンは小さく首を振った。


「あんたのせいじゃないよ。あんたのおかげなんだよ。そこは間違えないでよね」

「はは! リー君は本当に優しい良い子だなぁ! 僕にも息子が出来たらこんな風に育って欲しいよ」


 嫌味でも何でもなく、リアンは少々捻くれてはいるが、心根のとても優しい子だ。ノアはたまにそんなリアンが羨ましくなる。


「がんばろうね、リー君。未来を守るために」

「そだね。せっかく、AMINASが僕達の為に選んでくれた未来だもんね」


 そう言ってリアンは大きく伸びをして笑うと、ノアも嬉しそうに笑った。


「ほら、食べに行こ! アリスじゃないけど、お肉無くなるよ。思ったよりも王様とか王妃様が率先して楽しんでるし」

「あー……ね。案外、高位貴族の人達のがうっ憤溜まってんのかもね」

「そりゃ、あれだけ毎日マナーやら何やら言われてたら、うっ憤も溜まるでしょ。でも、楽しんでもらえて良かったよ」


 そう言って広場に目を向けると、皆笑っていた。狭い範囲の出来事だけれど、これこそアリスの思い描く、皆が笑える世界なのだろう。

 


「ルイス! ちょっと手伝って」

「どうしたんだ? カイン」

「いやー、親父がクマ可愛いって放してくれなくてさ、ママベアが困ってんだよ」

「お前の家はほんとに……」


 呆れたルイスにカインは笑った。ふと見ると、ロビンの膝の上には子熊が座っていて、さっきからロビンに生のお肉を貰って喜んでいる。そんな様子をママベアはオロオロした様子で見守っていた。


「モフモフだなぁ。何だこの頭の毛の密集具合は! 堪らないなぁ!」


 グリグリと子熊の頭を撫でるロビンに、ママベアは小さく鳴く。そんなママベアの頭もグリグリと撫でるロビン。


「親父、メロメロだね。ライリーとローリーもメイ連れて遊びに行ったまま戻って来ないし」


 呆れながらビールを飲んで肉を頬張るルードの隣でサリーもメグも苦笑いを浮かべている。


「ごめんね、ママベア。もう少しだけ親父に貸してやって」

「グゥ」


 ルードの言葉を聞いてママベアはようやくその場に座り込んだ。そんなママベアにサリーとメグが同じ母だから気持ちが分かるのか、そっとお肉と魚をやっている。


「クマ怖いって思ってたけど、そんな事は全然ないのね……」


 メグの言葉にルードが真顔で首を振った。


「いや、ここの子達が特殊なんだよ? 普通にクマ見たら騒がず目を逸らさずゆっくり後ずさって逃げてね」

「そうだよ、メグ。他の動物も迂闊に近寄っちゃ駄目だからね!」

「カイン! ルイス君も」

「皆楽しんでるようで何よりです」


 ルイスが笑って言うと、ライト家は全員笑顔で頷いた。


「しかしこれはいいな! たまにうちでもやろうか」


 バーベキューが相当気に入ったのかロビンが言うと、サリーもメグも頷く。


「息抜きにとてもいいわ。外で自分で焼いて食べるなんて! って思ったけど、楽しいし風は気持ちいいし」

「楽しいよな! はい、これ。生ハム追加したーって持ってきてくれたよ、親父」

「おお! 生ハム! これとビールが最高なんだ!」


 カインが定期的に生ハムの原木をバセット家から買い付けているのを知って、最近はよくロビンとルードと三人で生ハムとビールで晩酌をしていたが、それからすっかり生ハムに目が無いロビンである。


 膝にクマを乗せ、生ハムを食べてご満悦のロビンにカインもルードも顔を見合わせて笑った。


「ありがとな、カイン、ルイス君。君達のおかげだよ」


 ポツリとそんな事を言うルードに、カインもルイスも嬉しそうに笑み崩れた。


「アリスちゃんならきっと、違うよ! お兄さん達とお父さん達が頑張ったからだよ! って、言うと思うな」

「言いそうだな。褒めてくれと言う割にアリスはいつもそう言う。何かが上手くいったら、それは本人の頑張りなんだそうだ。だから、やはり俺もライト家全員の功績だと思う」

「ははは。皆、本当にいい子達だな。親父、ルーデリアの未来は明るいな」

「本当だな。しかしよくこんな出来た子がルカからなぁ……」


 しみじみと言うロビンの頭を誰かが打った。ルカだ。


「失礼だぞ、お前、王に対して!」

「本当の事じゃないか。間違いなくルイス君はステラ似だぞ? 感謝しろよ、ステラに」

「そりゃうちのステラは世界一だが!」

「聞き捨てならないな。うちのサリーだろう、世界一は!」

「何だ、お前達こんな所で大きな声で」


 そこにヘンリーが両手に大量の肉と野菜が乗った皿を持って通りかかった。そして事情をルイスに聞いて鼻で笑う。


「いや、そこはオリビアだろう」


 と。


 結局、三人はその場で言い合いを始めてしまったので息子と妻たちはそれぞれの友人の元へ向かったのだった。

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