第四百九十四話 爵位の高さ
「あ、あと、あの端っこの屋台で赤ちゃん用の離乳食とミルクもあるので是非!」
「まぁ、そんなものまで用意されているの?」
オリビアが言うと、アリスは笑顔で頷いた。
「赤ちゃんにも楽しんでもらわないとですから! 是非うちの離乳食、食べてみてくださいね。オススメはキャシーのミルク粥です! あ、あと今日はキャシーのバターサンドも販売してますよ、キャロライン様!」
「本当⁉ 買わなきゃ! 売り切れちゃうわ!」
突然テンションが上がったキャロラインを見て、オリビアは笑いながらテオを受け取って言った。
「キャシーのバターサンドって、あの美味しいお菓子でしょう? 早く行かないと売り切れてしまうかもしれないわよ?」
「え⁉ い、行って来てもいいかしら? 母様」
「ええ、行ってらっしゃい。私達の分もお願いね」
「ええ! ミア、行くわよ!」
「はい!」
お財布を握りしめて早足で去っていくキャロラインとミアを見送ってアリスが笑っていると、テオをステイシアに渡したオリビアがアリスに頭を下げて来る。
「アリスさん、ありがとう。キャロラインがあんなにも生き生きしているのは、あなたのおかげだわ」
キャロラインからの手紙に初めてこの少女の名前が登場した時、相手は男爵家の娘だと知ってオリビアは驚いた。オリビアの親友も元子爵家のステラだ。最初は価値観が違いすぎて話も全く合わなかったのに、気づけばいつの間にかステラと行動を共にするようになった。
けれど、キャロラインは変な所がヘンリーによく似ていて、このアリスに出会うまでは本当に階級主義者だったのに、気付けばキャロラインの口からはいつもアリスの名前が出るようになっていた。
『怪獣のような子なのよ』
そう言って困ったように笑ったキャロラインの顔は、今も忘れらない。確かにアリスは色々規格外で怪獣みたいな子かもしれないが、それでもキャロラインはアリスと友人で居たいと思っているのではないだろうか。
「私からも礼を言わせてもらおう。アリスさん、ありがとう。キャロラインの友人で居てくれて」
オリビアに続いてヘンリーもアリスに頭を下げた。あんなにも大人しかったキャロライン。ヘンリーもそれでいいと思っていた。
けれど、今改めてキャロライン達のした功績を考えると、あの時の自分が間違っていたのだと思わされる。
実際に識字率は上がり、学園に低爵位ながらも優秀な人材が集まって来るようになった。色んな工場が出来た事で就職率も上がり、飢饉も乾麺やレトルトのおかげで乗り切れている。それは全て、この子達のおかげだ。そこに自分の娘も居るという事がヘンリーは誇らしい。爵位の高さよりも、社会に貢献する方が素晴らしいと素直に思える。
「何ですかー急に! キャロライン様は私の推しですからね! 当然です!」
「お、推し?」
「はい! 大好きって事です! これからもよろしくお願いします! ちなみにキャロライン様のお父様とお母様ってだけでお二人も推しです! もちろん、テオ君もだよ~」
アリスはそう言っていつものようにニカッと笑って頭を下げた。そんなアリスにオリビアとヘンリーは思わず顔を見合わせて噴き出す。そして、例に漏れずアリスからカップリング厨カードを受け取ってさらに笑った。
「なんだ、この不思議なクラブは!」
「まぁでも、貴族は大抵おかしなクラブに入ってるものね。でも、これはとても幸せで温かくて健全だわ。ありがとう、アリスさん」
「えへへ! そうだ! ステイシアさんにもお土産あるんです。これね、抱っこ紐って言ってー――」
アリスは重たそうにテオを抱くステイシアに抱っこ紐を見せた。抱っこ紐について説明を受け、実際に使ってみたステイシアは目を輝かせる。
「これは素晴らしい! 楽です! とても! それにほう、どちらに赤子を向けても大丈夫なんですねぇ……え? 背負う事も出来る⁉ 奇跡の紐ですか⁉」
「あらほんと、これは便利ね!」
「俺にも使えそうだな!」
「まだあるよ! じゃーん! ベビーカー!」
「これは?」
「ここに赤ちゃん乗せてー――」
テオの誕生が嬉しくて仕方なくてこの世界でも簡単に作れそうな赤ちゃんグッズを開発し倒したアリスである。まずは領地の赤ちゃん達に使ってもらい、続いてカインの姪っ子、メイにも使ってもらったが、どこでも好評だったので満を持してテオに使ってもらおうと思ったのだ。
一しきりベビーカーの説明を受けたステイシアはガクリと跪いてアリスを拝む。
「神……神ですか、あなたは……」
「いやだなぁ! でも、これでステイシアさんも楽になるといいな! 腰痛いって言ってたし、きっと子育てする人は皆そうだと思うし」
「なりますとも! はぁぁぁ……坊ちゃん、良かったですねぇ!」
ステイシアがベビーカーに乗ったテオを覗き込むと、テオは嬉しそうに手足をバタつかせた。
「アリス、そろそろ皆揃ったし始めようか、って、ああ、早速使ってくれてるんですね」
そこへノアがやって来てベビーカーでウゴウゴしているテオの頬を突いて嬉しそうに笑った。そんなノアの手を、それまで呆けたようにベビーカーを眺めていたヘンリーがガシっと両手で握って来た。
「ど、どうしたんですか?」
あまりにも突然の事にノアが一歩下がると、続いてヘンリーに力いっぱい抱きしめられた。何が何だか分からないノアが目を白黒させていると、ヘンリーが言った。
「赤ちゃん用のグッズも販売するのか⁉ 私が出資しよう!」
「え? は、はぁ、どうも……あ、じゃあちょうどいいです。今ちょっと考えてるものがあって。離乳食のレトルトなん――」
「是非見よう!」
「あ、はい」
こうして、赤ちゃん用品の出資者が現れた。
勢いあまったヘンリーを見て、オリビアはおかしそうに肩を揺らす。そこへキャロラインが戻ってきて、赤ちゃんグッズを見てやっぱりアリスを抱きしめていた。
あちこちでそれぞれの家族が楽しんでいると、あっという間に日が暮れた。
やがて全ての屋台が出揃い、アリス達にバーベキューの所作を聞いた高位貴族達は最初は戸惑っていたものの、気付けば皆、自分達の爵位もすっかり忘れてバーベキューを楽しんでいた。
そんな中――。
「ねぇ、僕まだ戸惑ってるんだけど。初めて会う母親に……」
ボソリとリアンが目の前で美味しそうにビールをガブガブ飲んでいるエデルを見て言うと、隣でライラもコクコクと頷いている。
リアンとライラは学園から直接ここへやってきた。だから本当に、エデルとは初めて会うのだ。心の準備も出来ないまま、お母さんよ~! と言われて抱き着かれ、頬にキスの洗礼を受けたリアンが固まってしまったのは言うまでもない。
確かに絵姿では何度も何度も見た母だが、実際に目の前で動いて喋って食事をしているとなると、何とも言えない気持ちで一杯だ。
けれどこんな風になっているのはリアンとライラだけで、ダニエルはまるで昔からエデルの事を知っていたみたいに振舞うし、マリオやレイシャ達もそうだ。
「リアン、どうしたの? 食べないなら母さんが食べちゃうわよ?」
「こらこらエデル、美味しいのは分かるけど、食べ過ぎないように気をつけて」
「もう、あなたは本当に心配性ね」
あはは、うふふ、と笑い合う仲の良い両親に、リアンは何とも言えない気持ちになってくる。嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちだ。
「ちょっと僕、あっちにも顔出してくるね」
そう言って指さしたのはバセット家だ。バセット家のテーブルはクマやドラゴンが居てカオスである。
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