第四百九十三話 英気を養う

 広場に行くと、そこには既にエリザベスが領民達と抱き合って久しぶりの再会を喜んでいた。


 領民達は皆、エリザベスがこの領地を守るためにユアンの元に嫁いで酷い目にあった事を知っている。アーサー達の魔法のせいであの時の子供は流れてしまったと思い込んではいるが、エリザベスはここで生まれて育ったのだ。小さい頃から皆、顔見知りである。


 エリザベスは領民達にもみくちゃにされながら、自分はアーサーの従弟という事になっているのだと伝えると、皆は神妙な顔をして頷いた。またユアンのようにエリザベスにちょっかいをかけて来る奴が居るかもしれないと思ったのだろう。そういう結束力は大変強いバセット領である。


 そして息子のジョーもまた、領民達にもみくちゃにされていた。


「はは、母さんすっげー人気者じゃん」


 ジョーが言うと、エリザベスは苦笑いを浮かべる。人気者というよりも、心配され続けているのだ、子供の頃から。そこにアーロが近寄っていき、何か二言三言話してまた去っていく。そんな光景を、アリスはノアと一緒に石段に座って見ていた。


「兄さま、あの二人上手くいくかなぁ?」

「いくんじゃないかな。ていうか、アーロさんには幸せになってほしいな……何となく」


 長い間エリザベスを遠くから守り追いかけていたアーロを他人とは思えないノアだ。


「ノア様、お嬢様、こんな所で先に休憩してないで、手伝ってください」

「はぁい」

「お疲れ様、キリ。少し休んでていいよ」

「いえ、どうせこの後はお祭りです。お嬢様、動物たちもゾロゾロとやってきてますが、入れます?」


 匂いを嗅ぎつけたのか、領地の入り口に動物たちがゾロゾロと集まっている。


 けれど、彼らはこの領地のルールに従って決して勝手に入ってはこない。誰かが開けてくれるまでは。


 キリの言葉にアリスは頷いて立ち上がって、行ってくるー! と言って走りだしてしまった。そんなアリスを見てノアとキリは顔を見合わせて肩を竦める。


「一生あのままなんでしょうね、お嬢様」

「多分ねぇ。キリ、頑張ろうね」

「……はあ」


 気の無い返事をしたキリは、広場に視線を移してパッと顔を輝かせた。その顔を見てノアはキャロライン達がやってきた事を察すると、ようやく重い腰を上げた。

 


 領地の入り口までやってきたアリスは、柵の前で動物たちに囲まれて右往左往している馬車に目をやって走り出した。


「おーい! ダニエルー! エマ―! マリーさ-ん! フランさーん! ケーファーにコキシネルもー!」


 とてつもなく大きな声が聞こえたのか、おっかなびっくりダニエルが馬車の窓から顔を出して引きつっている。


「ちょ! これ、何とかしてくれ! てか、何でクマまでいんだよ⁉」

「お友達だよー! パパベアー! 開けて入っといでよー!」


 アリスが言うと、一番前に居たパパベアがのっそりと柵を開けた。それを見て待ってましたと言わんばかりに動物たちが流れ込んでくる。


 一目散にアリスめがけて走って来るのは、ルンルンと子熊達だ。いっぺんに飛びついて来られたアリスは、その場に仰向けに倒れて笑うが、傍から見たら完全に猛獣に襲われる人である。


「おいリサ、君の娘、襲われてるぞ」

「……獣臭くないのかしら……」


 そんな光景を離れた所から見ていたアーロとエリザベスは同時に言って顔を見合わせて笑う。いや、アーロは完全に苦笑いだ。


「君の娘だよ、アリスは」

「私、あそこまでじゃないと思うのよ」

「まぁ、あれはちょっと……いや、大分特殊だな」


 そんな中、一人の青年がアーロとエリザベスの横を駆け抜けて行った。


「ルンルーン! 皆ー!」


 レスターだ。レスターは涙を浮かべてアリスの元まで駆けて来ると、ルンルンに抱き着いた。ルンルンも尻尾を揺らしながらレスターの顔を舐めてやっている。


「レスター、その人がルンルンか?」


 肩に居たロトが言うと、レスターは嬉しそうに頷いた。


「そうだよ! ルンルン、紹介するね! 僕の大親友のロトとカライスとルウだよ!」

「ウォウ!」

「レスター! 私よりも先にルンルンなの?」


 笑いながら言うアリスは子熊を両手に抱き上げて毛まみれだ。


「アリス! 完全に動物に隠れてたよ!」


 驚いておかしそうに笑ったレスターの腕に、アリスが子熊を押し付けてきた。おっかなびっくり子熊を抱きかかえたレスターの後ろからルウとカライスが子熊の頭をワシワシと撫でている。


「皆も行こ! パーティーだー!」

「グオォォォ!」


 アリスの一声に動物たちが移動し始める。それに続いてようやく馬車から降りて来たダニエル達も近寄って来た。


「何か久しぶりだな! 色々あったんだって? 詳しい事は聞かねーけど、気をつけろよ、お前ら」

「ありがと! そっちはラブラブ?」


 アリスはそう言ってチラリと視線をダニエルの後ろにやると、エマとマリーとフランが足元にまとわりつく虎たちを撫でていた。最初はあれほど怖がっていたのに、どうやらすっかり慣れたようだ。


「あー……まぁ、な」


 そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめたダニエルを見て、アリスはニカっと笑って親指を立てた。


「いいね! 今日は一杯食べて楽しんでね! ドロシーもそろそろ……あ! きたきた!」

「マリー! フラーン!」

「「ドロシー!」」


 駆け寄って来たドロシーを見つけてマリーとフランは同時にしゃがんでドロシーを抱き留めようとしている。そんな光景を見てアリスといつの間にか隣に居たエマとダニエルは顔を見合わせて笑った。


「すっかり親子だよね、あの三人」

「エマ! ラブラブなんだってぇ~? このこの~!」

「ちょ、止めてよ、アリス! もう、ほら行こ!」


 肘でグイグイ突かれたエマは顔を真っ赤にしてダニエルとアリスの腕を掴んで歩き出した。ダニエルはそんなエマを見下ろして恥ずかしそうな嬉しそうな顔をしていてアリスまで嬉しくなってしまう。


 広場に戻ると、そこにはほとんどの人達が既に集まっていた。


「テ、テオ! だ、駄目よ! 齧られちゃうわよ⁉」


 テオを抱いていると、いつの間にかキャロラインのすぐ後ろに居たヴァイスの鼻先をテオがさわさわと触っていてキャロラインはギョッとした。そんな光景をヘンリーもヒヤヒヤしながら見ていたが、オリビアはおかしそうに笑っている。


「キャロライン様―! テオくーん!」

「アリス!」


 名前を呼ばれたキャロラインが視線を移すと、アリスがこちらに向かって走って来る。


 手にはカラフルな何かが持たれていて、キャロラインはそれを見て首を傾げた。


「それはなぁに? アリス」

「これ、テオ君におもちゃです! こうやって、この紐を天井から吊るしてミアさん、そよ風をここに当ててください」

「こうですか? わぁ!」


 アリスに言われた通り風車のようになった部分にミアが風を送ると、動物の形を模したカラフルな綿がクルクルと回り、簡単な音楽が流れ出した。それを見てテオは声を上げて喜ぶ。


「まぁ! 素敵ね! 作ってくれたの? これ、どうなっているの? 音楽が鳴ってるわ!」

「はい! 動物はキリが作ってくれました! 仕掛けは兄さまとアラン様だよ! オルゴールって言って、金属の板のデコボコを金属が弾いて音楽が流れる仕掛けなんです! 少しの風で回るようになってるから、窓とか開けてたら勝手に回ると思います!」

「まぁまぁまぁ! 素敵ね!」

「へぇ、凄いものだな……これか、その金属の板というのは」


 ヘンリーがおもちゃを覗き込んで金属板をしげしげと眺めた。すると、そこには確かにアリスの言う通り、単純な魔法がかけられている。


「あなたはほんとに次から次へと何でも思いつくわね。でもありがとう、アリス。皆にもお礼言わなきゃね」

「えへへ!」


 テオはまだクルクル回るおもちゃを見て声を上げて喜んでいる。

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