第四百九十六話 アリスと一般人の差+おまけ

「で、結局こうなるんだな」


 ルイスは一つのテーブルに集まる仲間たちを見渡して頷いた。


「しょうがないですよ。もう本気でカオスですから。でも、これが平和という奴なんでしょうねぇ」


 いつの間にかやって来ていたシャルルとシエラは、広場の光景を見て目を細めた。


 階級も種族も何も関係なく皆が笑い合う光景は、どこからどう見ても平和だ。


「気づいたら妖精達も沢山来てるのね」

「妖精王も見てください、あのはしゃぎよう」


 妖精王は楽しくて仕方ないのか、どこからともなく取り出した楽器で演奏など始めてしまった。その音楽に合わせて妖精達も踊りだす。


「英気を養う……か。正にだな。戦争が終わったら、またやりたいな」


 ポツリと言うカインの肩で、手羽元を齧っていたフィルマメントが頷いた。


「出来る! 皆、その為に頑張ってきた! パパがこちらの味方だもん。絶対に負けない!」


 いざとなったらこの島だけ残して無に帰してもらえばいい! そう言って胸を張ったフィルマメントの頭を軽く小突き、カインは言った。


「明日からはまた日常だな。外の様子をノア、師匠から聞いておいてくれる?」

「分かった」

「私はねー、剣研ぐ! 師匠に貰った奴!」


 ドラゴンの剣は思っていたよりも軽かった。あれならアリスでも余裕で振り回せる。そんな事を言ったアリスにリアンが白い目を向けて言う。


「あんたに振り回せなきゃ誰にも無理だよ。ずっと言おうと思ってたんだけどさ、あんた、自分の基準値どれぐらいに設定してるのか知んないけど、力面で言ったらあの屋根より高いんだからね? そんで、僕達普通の人はここぐらいだよ」


 そう言って地面から五センチ程の所を手で示したリアンに、ルイスとカインが噴き出した。


「一般人、低いな!」

「あながち外れてないのが何とも言えないね」

「何にしても、今になって思えばシャルルが変なステータスの弄り方してくれてて助かったよ」


 ため息交じりに言うノアに、シャルルは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。


「今だから言いますけど、多分アリスは本気、まだ出した事ないですよね?」

「え? そうなの? シャルと戦った時も?」


 シエラの言葉にシャルルはコクリと頷いた。


「ええ。大分手を抜いてたと思いますよ。怒ってはいたけど、やはり最後の理性が邪魔したんじゃないですか」


 食べないなら殺さない。アリスの根幹にある教えはどれほどに強力なのかと思う程である。そんなシャルルの言葉を聞いて、シャルル討伐の時のアリスを思い出したキリが眉を寄せた。


「あれで、ですか?」

「ええ、あれで。普通に鉄塔とか腕力だけで登ってましたけど、そこから飛び降りたりしてましたけど、あれでもまだまだ半分ぐらいじゃないですか」


 シャルルが弄ったステータスは体力と力だが、アリスのMAXは最早どれぐらいの威力を出すのかさっぱりである。


「前言撤回するよ。本気で何てことしてくれたの?」


 それを聞いてシャルルを睨んだノアを見て、シャルルがそっと視線を逸らした。


「でもAMINASはそのまま行った訳ですし、私だけのせいではないんじゃないかな、なんて」

「シャルル、そうやって責任転嫁するのは良くないんじゃないですか?」

「アラン! 今までどこに居たんだ⁉」


 突然現れたアランに驚いてルイスが思わず椅子からずり落ちそうになったが、すんでの所で持ちこたえた。


「居ましたよ、ずっと。アリスが危なっかしいので探知魔法をかけてたんです。すぐにフラフラしますからね、彼女は」

「どこのアリスも困ったもんだね。で、魔導士の本気はどうなの?」

「僕ですか? さあ……どうなんでしょうね」

「ゲームと一緒だったらね、アラン様の魔法はヤバイよ! 怒らせたら駄目、絶対!」


 アリスの言葉に頷くシエラを見て何かを察した一同は、キャシーのバターサンド・アイスクリームバージョンを無言で食べた。


「とりあえず今日はもう温泉でも入ってってよ、皆。最近大型の露天風呂を作ったんだ。ちゃんと男女分かれてるから安心してね」

「そうか! よし皆、食べ終わったら行くか!」


 立ち上がったルイスに続いてゾロゾロと皆が移動していく。子供達が嬉々として温泉に行くというのを聞いて、親たちもそれに倣う。


「あ、ステイシア様、テオ坊ちゃんは私とサミーが預かっておくんで一緒に行ってくるといいですよ」


 ハンナが言うと、隣でテオをベビーカーから抱き上げたサマンサが嬉しそうに頷いた。


「懐かしいですねぇ。ルイス様にもこんな時期がありました」

「ほんとだねぇ。おー、よしよし、男前だねぇ」


 テオを可愛がる二人を見てステラが声を出して笑った。


「ステイシア、大丈夫よ。二人に任せておきましょ。サミーなんて赤ちゃん久しぶりだから見て、あの顔!」

「は、はい! では、テオ坊ちゃんをよろしくお願いします」


 ステイシアはハンナの事もサマンサの事もよく知っている。この二人ならば安心だ。


 そんな光景を、ルイスとキャロラインは目を細めて遠巻きに見ていた。


 サマンサが生きていると分かった時点でルイスとトーマスはまず一番に領地に戻っていたサマンサに会いに行った。


 突然やってきたルイスとトーマスにサマンサは驚いたようだったが、それよりも無言で泣き出してしまった二人にサマンサは何よりも驚いたようだった。


『何ですか、二人とも。男前が台無しですよ』

『……』


 何も言わずにただ黙って泣く二人を見兼ねたのか、サマンサは大きくなった二人を抱きしめて幼い頃のようにポンポンと背中を叩いてくれた。


 トーマスもまた、幼い頃にこうやってサマンサによく慰めてもらっていたようで、二人はそれからサマンサが困るまでずっと泣いていた。


「ねぇルイス、私達に子供が生まれたら、サマンサとステイシアに乳母をお願いしましょうね」

「! ああ、もちろんだ。ではキャロ、最低でも二人は産まなければだぞ?」

「が、頑張るわ」


 真顔で頷いたキャロラインを見てルイスは声を出して笑った。それに気付いたのか、サマンサが笑顔でテオの手をこちらに向かって振って来る。そんなサマンサにルイスもキャロラインも手を振り返したのだった。

 


 人間達が露天風呂を堪能していた頃、動物たちもまた森の奥に作ってもらった動物専用の露天風呂で体を癒していた。そこには水鳥の妖精達や妖精王も居る。


「こらお前達、風呂ではしゃぐでない!」

「パパ、いいじゃないの。水しぶきぐらいでそんなに目くじら立てなくても」

「そうよ。そういう所が、皆が言う事聞いてくれない原因なんじゃないの?」

「うむ……」


 すっかりこの領地に馴染んでいる妻や娘たちに窘められた妖精王は肩を竦めた。


 この調子だと妖精界には戻らないと言い出しかねない。もしくは宮殿の庭をここと繋げとか言い出すのではないだろうか。そう思う程度には馴染んでいる。


「お前達、楽しいか?」

「あら、改まってどうしたの?」

「これから人間達が戦争を起こす。我は出来るだけ手は貸すが、お前達を巻き込みたくはないのだ」


 妖精王が言うと、ティターニアはコロコロと笑った。


「いやだわ、パパ。私達を誰だと思っているの? 私はここが大好きよ。でも外の世界は嫌い。だからパパが何て言っても、私達はここの人達に手を貸すつもりよ? ねぇ、皆?」


 ティターニアがそう言った途端、あちこちに居た子供達や妖精達が一斉に声を上げた。それに釣られるみたいに動物たちも声を上げる。それを聞いて妖精王は呆れたようなおかしそうな顔をして羽を震わせた。


「そうか」

「そうよ」

 


 おまけ『乳母たちの夢』


「テオ坊ちゃんはお部屋の綺麗なお風呂に入りましょうねぇ」


 ハンナが言うと、サマンサは不思議そうに首を傾げたのだが、ハンナに付き添って部屋に添えつけられた個室風呂を見て目を丸くした。


「こんな物がお部屋にあるなんて! びっくりだわ!」

「そうでしょう? お嬢がね、寝ぼけて書いたのよ。ほらサミー! 私達もお風呂を堪能しましょう、坊ちゃんと一緒に!」

「いいわねぇ!」


 こうしてハンナとサマンサはお風呂の準備をしてテオをお風呂に入れた。


 何せテオにとっては生まれて初めての温泉である。驚いたのか気持ち良かったのかは分からないが、入るなり早々に粗相をしてしまった。


「ひゃー! テオ坊ちゃん! ま、待って待って! ちょっと待ってちょうだい!」

「サミー! それ、それで掬って外に捨ててちょうだい!」

「え⁉ そ、外でいいの⁉」


 庭に撒くの? サマンサがポカンとして言うと、ハンナはコクリと頷いた。


「いい、いい! どうせ肥料になるよ!」

「そ、そうだけど……わぁぁぁ! また!」

「ほら、早く早く! お風呂がテオ坊ちゃんの粗相で埋まっちまうよ!」

「分かったわ! それ! えい! ほれ!」


 サマンサは慌ててテオの粗相を掬っては庭に投げ捨てて行く。


 ようやく一しきり落ち着いた所でふとテオの顔を見ると、気持ち良かったのか目を細めて手足をバタつかせて喜んでいる。


「はぁぁ……見てみなよ、この自信満々な何かをやり切った顔」

「ほんとに……ふ……ふふふふ」

「あは……あははははは! いや~サミーの顔!」

「だ、だって、庭にそのまま捨てるなんて! 流石ハンナだわ。あー……久しぶりに張り切って動いた気がするわ」

「ははは! 少しも鈍ってなかったよ、サミー」

「あなたもね、ハンナ。テオ坊ちゃん、気持ち良かったねぇ」


 サマンサが言うと、テオが嬉しそうに笑う。


 流石にこのまま入っている訳には行かないので一旦風呂から出てお湯を全て流し、新しいお湯が溜まるのを待ってもう一度風呂に入りなおすと、今度はテオが船を漕ぎだした。


「子供は自由だねぇ」

「本当に。まぁまぁ幸せそうな顔しちゃって!」


 散々風呂で粗相をしてこの寝顔である。赤ちゃんは本気で自由だ。


「私は今からお嬢の子供の世話が心配でならないよ」


 とうとう夢の中に旅立ってしまったテオをサマンサに渡してハンナが言った。


「あら、どうして?」

「あれの子供だよ? どんな子になるか今から心配しかないよ」

「その前に相手じゃないの? 心配なのは」

「いやいや、相手はもう決まってるさ。ノア坊ちゃんだよ。この間ね、旦那様に色々と聞かされてねぇ。それ聞いて皆妙に納得しちまってさ」

「どういう事?」

「ノア坊ちゃんはここの子じゃないらしいんだよ。小さい時にここにキリと引き取られてきたらしいんだけどね、まぁ皆うすうす気付いてたよね。どう考えても坊ちゃんは優秀すぎるよ!」


 わはは! と笑うハンナにサマンサが神妙な顔をして頷いた。


 こんな風にハンナは笑っているけれど、本当は心のどこかでその事実を悲しんでいてそれを隠そうとしているのではないか、と。


 ところがハンナはそんなサマンサの肩を叩いて笑った。


「いやいや、そんな顔しないでサマンサ。私達はそれ聞いて、やっぱりなって思ったんだよ。ロイなんて普通に旦那様に向かって、やっぱりそうなんすね! とか言ってたからね! そして皆、ある未来に思いを馳せた訳だ」

「ある未来?」

「そう。お嬢と坊ちゃんが結婚でもしてみなよ。そんな嬉しい事ないじゃないか! どこの馬の骨かも分からない嫁や旦那が来てバセット領をグチャグチャにされたら堪らないし、私達は皆、このままのバセット領が好きなんだよ。庭にドラゴンが居て、領内を狼が走り回ってて森の中には妖精や動物たちが居てさ。その点坊ちゃんとお嬢が領主ならここが変わるなんて事ありえないし、あの子達の子供も子孫もそんな事、考えもしないだろ?」


 ハンナが笑うと、サマンサもバーベキューの時のアリスとノアを思い出して笑った。


「それはそうでしょうね」

「だろ? だからさ、むしろ良かったって旦那様に言ったら、旦那様泣いて喜んでたよ。本当に、うちの旦那様は泣き虫なんだ、昔から」

「とても楽しそうじゃない、ハンナ」

「そうだねぇ。そうだ! サミーも仕事引退したらここへ来なよ! ルイス坊ちゃんも引退したら来るって言ってたし!」

「あら、坊ちゃんまで? でも、それも楽しそうね! その時はこうやってまた誰かの赤ちゃんの粗相を一緒に掬いましょうか」

「そうだね! どうせ私達は死ぬまでこうやって子供達の面倒見る事になるんだから!」


 子供に恵まれなかった二人だが、恐らく誰よりも子育てをしている。そんな事を考えながらハンナが言うと、サマンサは顔をくしゃくしゃにして笑った。


「あの流行病にかかった時は死を覚悟したけれど、生きてて本当に良かった。今から未来が楽しみだわ!」


 サマンサはそう言ってすっかり眠ってしまったテオの背中に優しく撫でながら、未来に想いを馳せたのだった。



 風呂から上がってその話をステイシアとオリビアにすると、二人は青ざめてサマンサとハンナに謝ってきたが、二人はそれを大笑いして一蹴した。


「大人と違って、赤ちゃんは泣いて寝て食べて出すのが仕事だよ! いや~久々に慌てた! ねぇサミー?」

「本当に! 皆にも見せてあげたかった、粗相をした後のテオ坊ちゃんの誇らしげな顔を!」


 そう言って笑う二人を見て、ステイシアもオリビアも二人に尊敬の念を抱いたのだった――。

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