第四百八十三話 シャルルの帰還

 最終決戦から二日。


 どこにも異常が無いと王城の医師に診断されたノアは、既にクラーク家に戻ってしまっていたドロシーに妖精手帳を使ってお礼を伝えに行き、仲間たちに一斉に秘密基地に集まるようメッセージを送った。


 彼らに全てを伝えなければならない。それが全てを思い出したノアのやるべき事だ。もちろん、シャルルとシャルの事も。


 ノアが秘密基地に行くと、そこには既にシャルルとシエラを除く全員が集まっていた。


「変態、話ってなんなの。ていうか、体もう大丈夫な訳?」


 何せ全身にシャルルの炎の矢を受けたのだ。おまけに一度死んだとなると、何だかんだ言いつつ心配なリアンだ。


「もうどこも何ともないよ。ドロシーの魔法は優秀だね。傷すら全部治してしまうんだから」


 そう言ってノアはアリスの隣に腰を下ろして小さく息を吐いた。


「まず初めに、全部思い出したよ。支倉乃亜の事。あと、最後のストーリーも追加してきた」

「え⁉ い、いつの間に?」


 カインが驚いて顔を上げると、ノアはいつものようにニコっと笑う。


「死んでる間に。それから多分皆が一番気になってるシャルルの事なんだけど……」


 そこまで言うと、皆がギクリと体を強張らせる。気になって仕方無かったが、口に出すのは躊躇っていた。そんな反応だ。


「生きてるからね、彼も」

「え……で、でも……消えた……ぞ?」

「うん、消えた。というよりも、生まれ変わった、に近いかな」

「どういう事なの⁉」


 唖然とするルイスとは反対に、キャロラインが机をダン! と叩いて立ち上がった。


「メイン外の人は既に知ってると思うけど、偽シャルル、シャルって僕は呼んでるんだけどね、シャルがあのフルバージョンっていう追加ストーリーを書き換えたんだ。シャルルは消滅したんじゃなくて、一時的に魔力を失い、フォルスの魔法の源の木の下で目覚めるって」

「聞いた事ないけど、そんな木」


 リアンが言うと、ノアも頷く。


「うん、僕も知らない。でも、この世界はまだゲームの強制力がかかったままなんだよ。ありもしない木を小道具として用意する事なんて簡単だよ。と言う訳で、皆で迎えに行こうか」

「はぁ⁉」


 驚いた一同と手を繋いでノアは妖精手帳に『源の木』と書き込んだ。


 すると途端に景色がガラリと代わり、見た事もない沢山の果物が成る木が生い茂る、色とりどりの蝶が舞う美しい場所に出た。


 あまり広くはないが、とても幻想的な場所に女子達が頬を染めて喜ぶ。


 目の前には大きな湖があり、その中央の浮島に虹色の木が一本生えていた。


「に、兄さま! あの木見て! 花冠って書いてあるよ!」

「……ダサ」


 リアンの言う通り、虹色の不思議な木の幹にはデカデカと『花咲く聖女の花冠』と書いてある。せっかくの幻想的で美しい広場があの金文字のせいで全て台無しである。


 けれど今注目したいのはそこではない。その木の根元に、誰かが眠っていた。自慢の長かった銀髪はすっかり短くなっているが、あれは間違いなくシャルルだ。


「シャルル!」


 ルイスが声をかけると、シャルルはピクリと指先を動かした。


 そんなシャルルの元に、それまであちこちで乱舞していた蝶が集まっていく。


 集まった蝶達は一匹、また一匹とシャルルの体の中に吸い込まれるように入っていった。その光景は本当に美しいと思うのに――。


「……きみわる……」

「ね。どうしてあんなストーリー書いちゃうのかな、僕は」


 そっと目を背けるリアンとノアを仲間たちはシンとして睨みつける。


「そ、それよりぃ、早く起こしてあげないとぉ!」 


 どこまでも現実的な二人は置いておいてユーゴが言うと、カインとオスカーが目的を思い出したかのように頷いて湖を覗き込んだ。結構深そうである。


「僕が行きましょうか」


 そう言ってフワリと浮き上がったアランは、湖の上をフヨフヨと飛んであっという間に眠るシャルルの元に辿り着くと、優しくシャルルの肩を揺り起こす。


「シャルル、朝ですよ。シャルル」


 アランの声にこちら側でその光景を見ていたルイスが腕を組んで笑った。


「そんな母親のような起こし方をしてやるなよ、アラン」

「朝ごはん食べ損ねるぞー! って言えば起きるよ!」

「そんな言葉で飛び起きるのはお嬢様ぐらいですよ。ここはやはりシエラが来たぞー! でいいのでは?」

「キリ、シエラさんをそんなクマみたいに言わないであげて」

「シエラ⁉」

「ひぃっ!」


 シエラと言う単語をこちらで出した途端、それまで眠っていて微動だにしなかったシャルルがパチリと目を開けた。


 そのあまりの勢いにアランが思わず小さな悲鳴をあげる。


 そんなアランを無視して体を起こしたシャルルは、まるでここに皆が居る事にも気付いていないかのように辺りを見回して、アリスを見て一瞬目を輝かせた。


 けれど、それは本当に一瞬だ。次の瞬間にはこれはアリスだと気付いたのか、大きなため息を落とす。そんなシャルルを見てアリスは両手を振り上げた。


「シャルル! 早くこっちおいでよ! あと……ごめんね。いっぱい斬りかかっちゃって……」

 

 しょんぼりと項垂れて言うアリスに、シャルルは一体何が起こっているのか分からないとでも言いたそうだ。 


「おはよう、シャルル」


 ノアが声を掛けると、シャルルはビクリと体を強張らせてゆっくり顔を上げた。そしてノアを見て短く息を飲む。


「な、何故……ここに……あ、そうか……あなたも私も死にましたもんね……そうか……あなたがここに居るという事は、やはりどこかにシエラが……でも、どうして皆が……?」

「ダメですね。大分混乱しているようです」

「そりゃそうだろう。あんな事があったんだ。俺だってまだ信じられないぞ」


 混乱するシャルルにトーマスが言うと、ルイスも納得したように頷いた。


「とりあえず何でもいいから二人ともこっち戻ってこいよー!」


 カインが言うと、アランは頷いてシャルルの腕を徐に掴もうとしたが、シャルルはそんなアランにビクリと体を強張らせる。


 何せアランはシャルルにあれほどの魔法を仕掛けてきたのだ。怖くない訳がない。それに気付いたアランは、困ったように笑ってシャルルに頭を下げた。


「すみません、シャルル。あの時は僕もカッとなってしまって思わず見境なく攻撃してしまいました」

「……あ、いや……それは私もなので……あの……ここは一体……」

「それを今から説明します。あちらに行きましょう。仲間の元へ」


 アランの言葉にシャルルは胡散臭げに湖のほとりを見た。


 そこには仲間だと思っていた人達が全員勢ぞろいしている。その中には、何故かシャルルが殺したと思っていたノアまで居て余計に混乱しているのだが、そんなシャルルを見兼ねたのか、ふとノアがスマホを操作し始めた。


「あ、ごめんね、突然。そっちは大丈夫? あ、そうなの。あのさ、悪いんだけどシャルルに君はこっち側だよーって言ってやってくれないかな? やっと目覚めたんだけど、どうも疑り深くてさ。うん。じゃ、お願いね。はい」


 ノアはそう言ってスマホの画面をシャルルに向けた。そこに映し出されているのは他の誰でもない、シエラだ。


「⁉ シエラ!」


 シエラを見るなりすぐにシャルルは立ち上がって一瞬でこちらにやってきた。そんなシャルルを見てリアンが呆れたように呟く。


「なんなの、あいつ。秒で来るじゃん」

「リー君! しっ! すよ!」


 思わずリアンの口を塞いだオリバーになど目もくれず、シャルルはノアのスマホに飛びついて画面の向こうのシエラを凝視している。


『シャル、おはよう』

「シエラ……シエラ……どうして……」

『騙していてごめんなさい。私、死んでないわ。この通り、ピンピンしてる』

「……シエラ……生きてる……」


 申し訳なさそうに笑うシエラを見て、シャルルは涙を零した。思わずスマホに頬ずりしそうになった所で、ノアにスマホを取り上げられてしまった。

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