第四百七十話 信じる
「……事情は分かった。アリスには悪いが、今日の誕生日パーティーは中止だ。代わりにこの事をシエラに問い詰める。異存はないな?」
「……そうだね。誕生日に浮かれてる場合じゃないな」
もしも本当にシエラがあちらに手を貸していたのなら、こちらの情報は駄々洩れと言う事になる。最悪、ゲームの話もシエラがアメリアにしていたとしたら、事態はもっと最悪だ。どうにかしてループに持ち込もうとするかもしれないと考えると、それは許される事ではない。
カインは拳を握りしめて唇を噛んだ。これだから人間は嫌だ。平気で嘘を吐き裏切るのだから!
「待ってちょうだい。誰かに弱みか何かを握られていて脅されていたのかもしれないわ!」
「そ、そうです! だって、まさかそんなシエラ様が……そんな事する訳が……」
「そうかな。まだシエラさんが君達を恨んでいるとしたら?」
「……え?」
ノアの冷たい声にキャロラインはハッとして顔を上げた。
「君達のした事を、シエラさんが本当に恨んでいないだなんて、どうして分かるの? 人はいくらでもお芝居が出来るんだよ?」
「そ、それは……そう……だけど……」
ノアの言葉にキャロラインとカインが黙り込んだ。
そうだ、シエラは断罪アリスだ。自分達が処刑台まで彼女を押し上げ、殺そうとしたのだ。表面では笑ってくれていても、心の中で何を考えているのかなんて、誰にも分からない。
「な、何にしてもだ! パーティーが始まったらシエラを問いただそう。どんな理由があれ、こちらの内情を売っていたとあれば、それは……見過ごせない」
最後のルイスのつぶやきに、全員が頷く。
そんな中、キリだけがじっとノアを見つめて近寄った。
さっきの密書の字、あれは器用に変えてはいるが、ノアの字だ。キリが気付いている事も、恐らくノアは分かっている。
「ノア様、何を――」
言いかけたキリに、ノアがそっと人差し指を自分の口に当てた。そして真顔で言う。
「キリ、あの約束、忘れないで」
「……分かりました」
何があっても、君達を裏切らない。ノアはそう言った。
きっと、これから何かが始まるのだ。キリに出来る事は、ノアがこれから何をしようとも絶対にノアを信じる事だ。
そして放課後、アリスとライラが意気揚々とやってきた。そこで二人にその話をすると、アリスは顔から火が出るんじゃないかと真っ赤になった後すぐに青ざめる。
ライラなど、口元に手を当ててブルブルと震え、涙を零しだした。それを見てリアンがそっとライラの肩を抱く。
「な、何で? 何でシエラがそんな事するの⁉ だって、おかしいよ! シエラ、今はシャルル様とラブラブなのに!」
「それ以上に……あの子はもしかしたら私達を恨んでいるのかもしれないわ……」
泣きそうな顔をしてそんな事を言うキャロラインに、アリスはすぐさま抱き着いた。
そんな事ある訳ない! 絶対に! 絶対に何かの間違いに決まってる!
「キャロライン様のせいじゃない! シエラはそんな事思ってないよ! 絶対に!」
自分だから分かる。アリスもシエラもキャロラインが大好きだ。そりゃちょびっとぐらいカインは恨んでいるかもしれないが、キャロラインは絶対に無い。それだけは断言出来る。
「アリス……」
「兄さまも信じてるでしょ⁉ だって、シエラは私だもん! 兄さまは疑ってないよね⁉」
「僕は……僕にとっては、アリスは君しか居ない。守りたいのも……君だけだよ」
「兄さま! 何でそんな事言うの⁉ ねぇ、何で⁉」
そう言って視線を伏せたノアに、アリスはしがみついて揺さぶった。そしてふと思い出す。この間ノアがふと言った言葉を――。
「まさか兄さま……シエラを殺す気じゃ……ないよね?」
「⁉」
アリスの言葉に全員の視線がノアに突き刺さる。ノアはそんな皆の視線を受けても困ったように微笑んだだけだ。
「ノア、それは許さんぞ。もしもそれをお前がしてしまったら、俺はお前を騎士達に突き出さないといけなくなる」
「はは、分かってるよ」
苦笑いを浮かべるノアに皆はホッと息を吐いているが、アリスとキリだけは不審気な顔をしてノアを見上げてくる。
何せ長い付き合いである。こんな時のノアが腹の中で何を考えているのかなんて誰にも分からないのだ。平気で嘘を吐く。それがノア・バセットである。
アリスはキリの腕を引いてパーティー会場の隅っこまで引っ張ってキリを問いただした。
「キリ、何か知ってる?」
「いえ、今回は俺も何も聞かされてません」
「……そうなんだ……」
いつもノアが何かをしでかす時は、まずは計画を全てキリに話す。キリの反応が一番人として正常だからだとノアは言っていたが、どうやら今回は違うようだ。
けれど、キリはさして慌てている素振りも見せない。計画は知らなくても、この二人の間に何かのやりとりがあったのだろうと考えたアリスは、キリを見上げて睨みつけた。
「キリ、兄さまに何か言われたよね?」
「ええ」
キリは知っている。こんな目をするアリスは殴り掛かってくる一歩手前だと言う事を。こういう時は、変に誤魔化すより早目にゲロした方がいいと言う事も。
「だよね。何て言われたの? 兄さまは私に言ったんだよ。裏切者は殺しちゃうかもって。キリは?」
「俺は、これから僕が何をしでかしても、絶対に君達を裏切らない、と言われました」
「……どういう意味だろう……」
まるで反対の事をアリスとキリに言うなんて。ノアには分かっていたはずだ。アリスとキリがこうやって話し合いをするという事を。
「恐らくですが……ノア様の計画を、リアン様は知っています。あと、オスカーさんとミアさん達もだと思います」
「なんで?」
「あの人達は冷静すぎます。芝居はしてますが、動揺はしていません。ですが、俺やお嬢様、ルイス様やカイン様やアラン様、モブ様やキャロライン様は知らないようです」
「! それって……」
ある共通点に気付いたアリスが何か言おうとするのをキリが慌てて塞いできた。
「多分、そういう事なんです。だから我々はいつも通り、ノア様のする事を信じましょう。俺達を裏切らないと言う言葉も、お嬢様が聞いた言葉も嘘ではない。何かの事情があるんだと思います」
キリの言葉にアリスはコクコクと頷いた。ノアはそれこそしょっちゅう嘘は吐くが、アリスが本気で悲しむような嘘は吐かない。今回もきっと、そうだ。
「分かった。兄さまを信じる」
「ええ、そうしてください」
キリはアリスと共に会場の中央に戻った。そこにシエラとシャルルが楽しそうにやってきた。
「お待たせしました! いや~シエラのドレスがなかなか決まらなくて!」
「もう、シャルってばドレスなんて何でも一緒なのに」
「そういう訳にはいきません! 今日で十八ですよ⁉ ちゃんとお祝いしなければ!」
そう言ってシャルルはシエラの腰を抱き寄せると、頬にキスをする。相変わらず人前でも平気でイチャつく二人に、仲間たちはいつもなら呆れた視線を投げかけるのだろうが、今日は誰もそんな視線を送らなかった。
それを変に思ったのか、シャルルが不思議そうに首を傾げる。
「どうかしましたか? 皆さん」
シャルルの言葉にハッとした顔をしてルイスが息を飲んでシエラを見た。
「二人とも、少し誕生日パーティーの前にしたい話があるんだが、いいか?」
「? もちろん。……シエラ? 大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
「え、ええ。大丈夫。ちょっとお水を貰ってくるわ」
「大丈夫ですか? 私も付き添います」
そう言ってシャルルから距離を取ったシエラに付き添ったのはミアだ。
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