第四百六十九話 友達の悩み

 いよいよ明後日、運命の誕生日パーティーだ。発案者はノアで、アリス以外は全員が知っている。


 ルイス達は準備には参加できないだろうから、代わりに準備の為に従者達を貸して欲しいとルイス達に頼み込んだのはノアだ。だから今日は従者たちは全員パーティー会場の飾りつけに勤しんでいる。


『なんか、あんまワクワクしないけどね。こんな大掛かりな事しといてさ』


 ポツリと言ったリアンを見て、ルーイもユーゴも頷く。どれだけ飾り付けても、明後日、そこでシエラを殺す振りをしなければならない。


 普段大人びたリアンは、珍しく年相応に悲し気に顔を歪めた。


「すぐ終わる。全て終われば、来年は皆で楽しもう」

『……そだね。ありがと、ルーイさん。じゃ僕戻るね』

「ああ。ではまた」


 そう言って電話を切ると、ルーイは小さなため息を落とした。


「何だってこんな事になってるんだろうな。普段はあまり考えないようにしているが、あの子達はまだ子供なのにな」

「そうですねぇ……だからこそ余計に、女王の時はあの子達にあんまり負担掛けないようにしてやりたいですねぇ。ゲームに関しては仕方ないとしてもぉ、女王やオピリアの事は大人が頑張るべきなんですからぁ」

「……そうだな。本来なら、俺達が真っ先に気付くべきだったんだよな……」


 王の騎士団に居たくせにこの体たらくだ。それを思うと、ルーイは今でも堪らなく情けなくなってくる。それに気付いたのか、ユーゴがポンとルーイの肩を叩いて来た。


「汚名返上しましょうよぉ。アリスちゃんじゃないけど、終わった事嘆いても仕方ないしぃ、問題はこれからでしょぉ?」


 珍しく真面目な顔をして言うユーゴに、ルーイもまた真顔で頷いた。ユーゴの言う通りだ。気付けなかった事を今更嘆いても仕方ないのだ。


 二人はその後も黙々と血を集めた。少し多くなってしまったが、次はそれを小さな袋に破れない様に詰めて明後日まで保存しておいてもらう。これで準備は万端だ。後はもう、当日を待つだけである。


 その頃オスカーはカインから相談を受けていた。


 内容はノアが何か悩んでいるらしいと言うものだった。実は内容を知っているオスカーは、それとなくミスリードしてカインの話を逸らせる。何せノアと同じぐらい勘が良くて腹黒いカインである。うっかりここでバレる訳にはいかない。


「あいつは本当に周りを頼らないな」

「そうだね。でも、それがノア様って気もするよ」


 今回ノアはばっちり仲間たちに相談している。何度もそれで痛い目を見たと言っていた彼は、本当に反省しているのだろう。だからノアが相談しないというのは少し違うのだが、それが言えないオスカーは苦笑いを浮かべた。


「寂しくないのかな、そういうのってさ」

「どうなんだろうね……キリ君曰く、そういう人だって前に言ってたよ」

「あー……まぁ、そうなんだろうな。そういう人なんだろうけどさ、そういうのちょっと寂しいじゃん。友達としてはさ」


 そう言って視線を伏せたカインを見てオスカーは笑った。


「あんなに嫌いだったのにね」

「ほんとだよ。大っ嫌いだったよ。訳分かんないし、絶対テストでは手抜いてるし、笑顔は胡散臭いし、何にも囚われないし……羨ましかったんだよ。俺はノアが」

「ああ、カインの夢、根無し草だもんね」

「うるさいな! もうそんな事思ってないって!」

「でも、いいんじゃない? 全部終わったらさ、目的地決めずに旅行行こうよ、二人で」


 オスカーがいうと、カインが素直にコクリと頷いた。


「二人で行けるかな? 絶対にフィルはついてくると思う」

「じゃ、マーガレットさんも来るね。それはそれで楽しいかも」


 楽しそうに肩を揺らすオスカーに、カインもようやく笑う事が出来た。

 


 そして運命の日。アリスは朝からノアに急かされるようにキリと共に部屋から追い出された。


「ねぇ、何で兄さまあんなに慌ててたの?」

「昨夜遅くにアーサー様から連絡があったのです。仕事に珍しく抜けがあったようですよ」


 真っ赤な嘘だが。キリはそんな言葉を飲み込んだ。それを聞いてアリスは頬を分かりやすく膨らませる。


「今日は私の誕生日なのに!」

「だからこそですよ。ノア様が忘れてると思います? お嬢様の誕生日を」

「ううん」

「そうでしょう? 何としてでも授業が終わるまでに終わらせてしまいたかったんですよ、きっと」


 それを聞いたアリスの顔が一瞬にしてパッと輝いた。単純バカは本当に扱いが楽である。


「そっか! じゃ、今日も張り切ってお勉強しよう! キリ、ハチマキと眼鏡ちょうだい!」


 そう言って手を差し出したアリスに、キリはハチマキと眼鏡を差し出す。それを受け取ったアリスは意気揚々と教室に入って行った。


 それを見送ったキリは早足で部屋に戻り、荷物を持ってパーティー会場に急いだ。

 

 鞄の中にはアリスのドレスが入っている。ノアが卒業式にお披露目出来なかったドレスをこの機会に着せようと昨夜からこれを鞄に詰めていたのだ。本当にどこまでもアリスバカである。


『猿が衣装を着替えた所で何か変わりますか?』


 真顔で言ったキリに、ノアはいつもの様にめっ! と叱っていたのであれは本気だ。


 会場に到着すると、そこには既に主役の二人とシャルル以外が揃っていた。


 キリが会場に入ろうとした瞬間、ルイスの怒鳴り声が聞こえてきた。


「ノア! これはどういう事だ!」

「僕にも分からない……ずっと考えてたけど、やっぱりこれはシエラさんだと思う」

「ノア様? どうかされましたか? その紙……」


 ルイスが握りつぶしている紙は、最近ずっとノアが見てため息を落としていた紙だ。


「ああ、キリ。うん、黙ってようと思ってたんだけど、やっぱり無理だなって。これ、見てみてくれる? 皆も」


 そう言ってルイスの手から紙を取り返したノアは、皆に見えるように紙を持ち上げた。それはキャスパーに誰かが送った密書だった。驚いたキリがノアを見ると、リアンがゆっくり話し出す。


「実はね、皆でアーロさんに話を聞きに行ったでしょ? あの時にさ、皆が出てった後、僕と変態にアーロさんが言ったんだよね。こちら側に裏切者が居るってさ。それが誰かアーロさんには分からなかったみたいなんだけど、密書を隠してあるから探せって。で、僕が探してきて変態に渡したんだよ。それが、これ」

「どうしてそんな大事な事を黙っていたんだ!」

「そんなまさか……シエラさんが……とても信じられないのですが……」

「もしかして、最近ノアの様子がおかしかったのってこれの事?」


 怒鳴るルイスと息を飲んだアランを押しのけてカインが言うと、ノアは神妙な顔をして頷いた。


「言おうかどうしようか迷ってたんだ、ずっと。だって、シエラさんが裏切ってるなんて、そんな事……思いたくないでしょ」


 視線を伏せたノアに皆が黙り込んだ。


「でも、だからって何も誕生日に言わなくても……」


 キャロラインの言葉に全員が頷いた。何故、そんな重要な事を今まで黙っていたのだ。そんなキャロラインの言葉にノアは静かに口を開いた。


「誕生日だからだよ。皆が必ず集まるから。僕も悩んだよ。直接シエラさんに聞こうかとも思った。でもね……僕はアリスを守りたい。もし、シエラさんのせいでこちらの情報があっちに流れてアリスが危険な目に遭ったりしたら、そう思うだけでどうにかなりそうなんだよ。僕はずっとアリスだけを想ってきた。それこそシャルルなんか目じゃないぐらい、アリスだけなんだ。もう少しでゲームが終わる……それなのに、ここに来てこんな密書だよ……いっそ殺してやりたいぐらいだよ」


 ゾッとするようなノアの声に、裏の事情を知っているリアン達でさえゴクリと息を飲んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る