第四百七十一話 シエラが演じる理由 ※気になる所で終わっています!苦手な方は夕方の更新をお待ちください。

 パーティー会場は二つに大まかに分かれていて、入り口から手前はダンスをする為に広く取られている。


 奥には料理を並べるテーブルがズラリと並べられているが、飲み物だけがおいてあってまだ料理は何一つ置いてない。そりゃそうだ。そもそも料理など、頼んでいないのだから。


 ミアはシエラの背中をさすりながらテーブルの側までやってくると、皆に背を向けた状態で急いでシエラの胸元のコルセットをこじ開けて、胸の谷間にルーイとユーゴが集めた血が入った袋を潰さないように押し込んだ。


「大丈夫ですか? 苦しくありません?」

「だ、大丈夫。ちょ、く、くすぐったい!」

「ご、ごめんなさい。えっと……ノア様は鳩尾の少し上を刺すって言ってたので、このへん」


 そう言って遠慮なくシエラの胸に手を突っ込んでくるミアに、シエラは身を捩った。そんな姿が傍から見れば苦しくて悶えているように見える。


「シエラ……」


 シャルルが苦しむシエラの元に向かおうとするのを、ノアが強い力で遮る。


「シャルル、単刀直入に言うよ。シエラさんはこちらを裏切ってる」

「は?」


 ノアの言葉にシャルルは一瞬理解が出来なかった。思わず声が漏れたが、そんなシャルルを無視してノアは話を続けようとしたのをルイスが制した。


「待て、ノア。俺が……俺が、ちゃんと言うから」

「そうですよ、ノア。ルイスに任せましょう」


 今のノアは気が立っていて何をしでかすか分からない。そんなルイスとアランの言葉に、ノアもよく分かっているのか頷いて一歩下がった。


「王子、あっちで先になんちゃって妖精には話してあげなよ。本人に聞くのはそれからのがいいよ」


 リアンが指さしたのは檀上だ。その言葉にルイスは何の疑問も持たずに頷いてシャルルに目で合図すると、シャルルも真顔で頷いてそれに従う。


 そんな二人を見ていたカインが、その行動を不審気に見ていた。


「なんであの二人をわざわざここから離したのかな?」


 カインが言うと、リアンは肩を竦めてノアを見た。ノアはただ立っているだけだ。


 けれど、その顔には一切の表情が無かった。なまじ元がいいだけにまるで人形のようだ。


「あんた、血迷った変態を止める自信、あるの?」


 計画の全容は知っているが、芝居とは言えノアの怒りは凄まじい。


 さっきからずっと視線をシエラに縫い留め、うんともすんとも言わない。はっきり言って怖すぎる。


 そんなノアにようやく気付いたのか、リアンの言葉にカインが頷いた。


「無理だね……」


 一歩間違えたらシャルルを殺してしまいそうなノアの雰囲気に、カインは息を飲む。そこへようやくシエラとミアが戻ってきた。


「すみません、お待たせしました」

「す、すみません……」


 そう言って頭を下げるシエラを見て、反応は様々だった。キャロラインは心底心配そうにシエラの背中をさすって声をかけているが、カインは完全に疑いの眼差しでシエラを見ていた。


 ただ、そうさせたのは自分かもしれないと思うと、自分も同罪だと思う程度にはショックを受けている。


 リアンは半信半疑といった感じでシエラを見ているし、オリバーは表情が全く読めない。


 そんな中、シエラの背中を撫でていたキャロラインがポツリと言った。


「シエラ……何があっても、私はあなたを信じるわ。あの時、信じきれなかった事でずっと後悔していた……だから今度は、何があってもあなたを信じると誓うわ」

「……キャロライン様……」


 シエラはそんなキャロラインの顔を見上げて涙を浮かべて頷いた。言ってしまいたい。これから起こる事は全てお芝居なのだ、と。


 けれど、それは出来ない。自分には役目がある。これをしないと、ハッピーエンドには向かえないのだ。


 シエラは小さく息を吸い込んで、キャロラインから距離を取った。檀上からは普段温厚なシャルルの怒鳴り声が聞こえてくる。


 シエラはその場にいた全員を見渡してクスリと笑った。


 今からまた大芝居が始まるのだ。あの断罪された時と同じように。あの時は皆に自分は魔女なのだと思い込ませた。次のループに託すために。


 けれど今回は違う。今回は皆でハッピーエンドに向かう為に裏切者を演じるのだ。


「……シエラ?」


 突然手を振り払われたキャロラインは、驚いたようにシエラを見た。シエラは今まで見た事ないぐらい冷たく微笑んでいる。


「もうすぐです。もうすぐ、全てが終わりますよ、キャロライン様」


 そう言ってシエラはキャロラインから一歩距離をとると、ゆっくりとミアの隣に移動した。それを見たキリがミアの腕を引こうとすると、ノアがそれを制した。


 下手に近づいたらミアが危ない。そういう事なのだろうと判断したキリは、ミアに視線だけで動くなと合図すると、ミアは怯えた表情でコクリと頷いた。


 そんな事は気にも留めず、シエラがゆっくり話し出した。


「私は、ずっとずっとこの時を待っていた。私をあんな目に遭わせた人たちに復讐する日を! ゲーム? 知らないわ、そんな事! どうして私が巻き込まれなきゃならなかったの⁉ どうして私があんな目に遭わなければならなかったの⁉ アリス! よく覚えておきなさい! 私達は誰かのエゴでずっとずっと振り回され続けたって事を! 何度も何度も辛い目に遭って、それでもどうにかここまでやってきたのよ! 今更それをハッピーエンドにする⁉ ふざけないで! そんな事、許さないわ! あなた達全員、同じ目に遭えばいいのよ!」


 そう言ってシエラはドレスの下に隠していたナイフを振り上げて、隣に居たミアに切りかかろうとした。


「シエラ!」 


 それに気付いたシャルルが叫びながら檀上から飛び降りて駆けだしたが、一歩、遅かった。


 シャルルがシエラの元に駆け寄るよりも先に、ノアがシエラからナイフを取り上げ、それを深々とシエラの鳩尾当たりに突き刺していたのだ。


「な……んで……」


 それと同時にシエラの胸元がジワジワと朱に染まっていく――。


「っ……!」


 目の前でシエラを刺されたシャルルは息を飲んで、倒れたシエラに手を伸ばそうとしたが、体が凍ったように動かなかった。


 それはルイスもカインも、アランとオリバーでさえもだ。キャロラインなど、ガタガタと震えて膝から崩れ落ちてしまったし、ライラはあまりのショックに今にも気を失いそうだ。


 シエラの側には今も冷たい顔でシエラを見下ろすノアが立っている。


 そんな中、誰よりも早くシエラに駆け寄ったのはリアンだ。


「し……師匠! 師匠のとこに送ろ! 早く! あそこに居る妖精は、白魔法が使える! 誰か急いで!」


 すっかり動転しているリアンが言うと、ハッとしてトーマスが動き出した。


「わ、分かりました! ルイス様! 誰か、妖精手帳を!」


 トーマスが叫ぶが、主達は完全に呆けていて誰一人動こうとしない。


 そんな中、キリがアリスのポケットから妖精手帳を取り出して行き先に『師匠』と書きつけて、ぐったりとして動かないシエラのポケットに捻じ込んだ。


 その途端、シエラの体が淡く光り……その場から消えた。


 シンとした会場の中、しばらくは誰も動かなかった。いや、動けなかった。


 これが芝居だと分かっている組は、ノアとシエラの迫真の演技にポカンとしていたし、メインキャラクター達は一体何が起こったのか分からないとでも言う様だ。


「シエ……ラ?」


 ポツリとシャルルが呟いた。一度目のループをふと思い出し、ゴクリと息を飲む。十八でアリスは死ぬ。シエラもアリスだ。それが発動……したのか?


 いや、違う。シエラを刺したのは、他の誰でもない――ノアだ。

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