第四百六十話 はじめまして
「初めまして、リズさん。ノア・バセットと申します。アリスからお話は色々伺っています」
「初めまして。バセット家従者のキリと申します」
二人はエリザベスがうっかりアリスにエリザベスが母親だとバレてしまわないよう、エリザベスが何か口走る前に自己紹介をして頭を下げた。
そんな二人を見て、後ろで仲間たちはそっと視線を伏せている。切ない話だ。本当の親子だと言うのに、当の息子と娘だけがその事実を知らないのだから。
きっと仲間たちはそんな事を考えているのだろうが、迂闊にアリスに話してしまえば、アーサーがアリスの父親ではない事も話さなければならなくなる。おまけに本当の父親は既に処刑されているのだ。そんな事、口が裂けても言えない。
ノアとキリの言葉にエリザベスはハッとして慌てて頭を下げた。
「初めまして。私もあなた達の事、アリスちゃんから聞いたわ。よろしくね」
「はい」
ノアは微笑むエリザベスを見て、泣き出しそうな顔で笑う。
ノアとキリを見てエリザベスはてっきり怒るかと思っていたが、そんな事は全然無かった。それどころか、懐かしそうに目を細めてノアと同じような顔をしている。
エリザベスも何かノア達に言いたい事があるのだろうが、とりあえずそれは後回しだ。
ノアはチラリとルイスを見た。その視線に気付いたルイスが一歩前に出てエリザベスに礼をする。
「お初にお目にかかる。ルイス・キングストンだ。アーロとは旧知の仲だそうだな?」
「は、はい! そうだ……アーロ……アーロは⁉」
まさか既に処分が決まったなんて事はないだろうか? エリザベスが青ざめて言うと、ルイスは途端に表情を緩めてエリザベスの肩に手を置いて言った。
「ははは! 捕まったのは今朝だ。いくら王でもその日の内に裁く事など出来ない。それよりも困った事に、アーロはどうしてこんな事をしでかしたのかは一切語らないんだ。それによって、彼への処遇は決まる。リズ殿、どうかそれを聞き出してはくれないだろうか?」
「わ、私が……ですか?」
「ああ。アーロは確かに女王側に居た人間だ。だが、アーロの手引きで今、ルーデリアから女王一味は姿を消している状態なんだ。この間に我々は次の策を練る事が出来る。この貴重な時間を作ってくれたのは、間違いなく彼だ。我々は、その理由が知りたい」
「……私では、お役に立てないかもしれません。彼が触れてほしくない事が理由だったと分かったら、きっと私は、あなた達には伝えないと思うので……」
そう言ってエリザベスは視線を伏せた。
もしもアーロが軽い気持ちでそんな事をしたと言うのならいくらでも話すだろうが、とても個人的な理由でアーロがそれをしたと言うのなら、友の名に懸けて、相手がたとえ王子であったとしてもそれは口を割る事が出来ない。
不敬罪だろうとは思ったが、それがエリザベスの正直な気持ちだ。そんなエリザベスの後ろから、アリスが腰に手を当てて叫んだ。
「当然だよ! どこの馬の骨かも分からん王子様なんかに、大事な友達の秘密は話せないよ! リズさん、そんなのどうでもいいから、アーロさんとちゃんとお話ししてきてよ。私は、そっちの方が事件の真相よりもずっとずっと大事な事だと思う」
「ど、どこの馬の骨だと⁉ 間違いなくルーデリアの馬の骨なのだが⁉」
「もう! ルイス様は黙ってて! はい、リズさんこれ。ちゃんと読んでもらお」
アリスはそう言って鞄から大量の手紙が入った箱をエリザベスに渡した。出されなかった可哀相な手紙たちはきっと、アーロに読まれるのを待っているはずだ。
エリザベスはそれを受け取って何かを決心したように頷くと、近くに居た騎士に連れられてその場を立ち去った。
アリスが満足げにその後ろ姿を眺めていると、突然後ろからルイスの咳払いが聞こえてくる。
「俺達はしばらく待っていようか。アリス、菓子を用意してあるぞ」
「お菓子⁉ やったぁ! 行こ! 兄さま、キリ! 私もうお腹ペコペコだよ!」
「ああ、そう言えばアリスお昼ごはん食べ損ねたもんね」
そう言って納得しかけたノアの言葉をキリが否定した。
「いえ、そんな事はないと思います。お嬢様、正直に答えてください。リズさんに何を与えられました?」
「え……? な、何も?」
「嘘ですね。スカートにパンくずがついてますよ」
そう言ってキリが指さした先にはアリスのスカートの裾についたパンくずがついている。あれほど動いても落ちないパンくずにもビックリだが、それを目ざとく見つけたキリにもビックリだ。
「……め、目ざとすぎない?」
「あなたに関してはこれぐらいしないとすぐにそこら中で餌を貰いますから。そういう訳なのでルイス様、お菓子は半分に減らしておいてください」
「わ、分かった」
「えぇぇ⁉」
引きつりながらルイスが言うとそれに抗議するようにアリスは叫んだが、そんなアリスの首根っこをキリが捕まえると、皆はゾロゾロと歩き出した。
「お嬢様、食べ過ぎです」
「あと一個! あと一個だけ! そう言えばアラン様は?」
「アリス、さっきもそう言ってたよ。アランはブレスレット作りしてるよ、卒業してからずーっと」
やんわりとノアからのストップがかかって、アリスはシュンと項垂れてようやくお菓子を食べる手を止めた。
アランは卒業後、チビアリスとドロシーと共に、ずっとオピリアブレスレットを量産している。作っても作ってもおいつかないという事だから、僻地ではどれほどのオピリアが既にばら撒かれていたのかが伺える。
しばらくすると、アーロと面会に行っていたエリザベスが騎士達の護衛付きで戻ってきた。
「リズさん! どうだった? アーロさんとお話出来た⁉」
飛びつかんばかりのアリスの勢いに圧倒されながらもエリザベスが頷くと、アリスも嬉しそうに笑う。
「それで、何か聞けたか? リズ殿」
ルイスの問いに、エリザベスはハッとして口元を覆って青ざめる。
「ん? どうした? 具合でも悪いのか?」
「あ、いえ! ちょ、ちょっともう一回行ってきていいですか⁉」
そう、エリザベスはすっかり忘れていたのだ。何故アーロがこんな事をしでかしたのかを聞いてこいと言っていたルイスの言葉を。
青ざめて縦揺れするエリザベスを見て、ノアが噴き出した。あまりにもアリスにそっくりだったからだ。
「あ、ごめんなさい。まぁいいんじゃない? 別に。どうでした? アーロさんはあちら側の人間っぽかったですか?」
ノアの言葉に一瞬キョトンとしたエリザベスは、真顔で首を振る。
「いいえ、いいえ! それだけは絶対にありません。アーロはそんな事をしでかす人ではないです。昔も、今も!」
力強く言ったエリザベスに、ノアは頷いた。アリスの母親のエリザベスがこんな顔をして言うのだ。間違いなく、アーロはこちら側の人間だ。理由も、何となくだがノアには分かっていた。
「そうですか。だってさ、ルイス。アーロさんは多分大丈夫だよ。それどころか、これからも力を貸してくれると思うよ」
「そうか。まぁ、ノアがそう言うのならそうなんだろうな」
「そだ! じゃあ私が聞いてきてあげよっか? どっちの味方ですかって!」
青ざめるエリザベスを見てアリスが言うと、ノアは一瞬何かを考えたようにチラリとエリザベスを見た。
エリザベスはそんなノアの視線に気付いて青ざめて小さく首を横に振っているが、そんなエリザベスを無視してノアはにっこり笑って言う。
「お願いしよっかな。アリス、聞いてきてくれる?」
その言葉に仲間たちがギョッとした顔をしてノアを凝視する。もちろん、エリザベスもだ。
「いいよ! じゃ、ちょっと行ってくる!」
そう言ってアリスはエリザベスについて来た騎士達を引っ張って意気揚々と部屋を出て行ってしまった。
その途端、エリザベスが怖い顔をしてノアに詰め寄ってきてノアの手を掴んでくる。
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